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第5章

633話 お代わり

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 俺はタニアと食事中だ。
 彼女は、SSSSSランクのステーキを無我夢中で完食してしまったらしい。
 肉がなくなってしまったことに気づいた瞬間、彼女はひどく狼狽していた。

 それも仕方のないことだろう。
 これほど上質な肉は、それこそ王族や貴族、超一流冒険者でもない限り食べることができない代物だ。
 庶民にとっては夢物語のようなものである。

 そんな至高の逸品を、彼女はすべて平らげてしまったのだ。
 そのショックは計り知れない。
 というわけで、俺はタニアに提案した。

「タニアちゃん、そんなに落ち込むことはないぞ?」

「いえ……、私はとんでもないことを……」

「食べ足りないなら追加で注文すればいい」

「えっ!? お代わりしてもよろしいのですか!?」

 俺の言葉に勢いよく顔を上げるタニア。
 その瞳には希望の光が宿っているように見えた。

「ああ、もちろんさ」

「ほ、本当ですか……?」

「本当だとも」

「あ、ありがとうございます……!」

 そう言って頭を下げるタニア。
 その目には涙が浮かんでいるようにも見える。

(よしよし、いい感じだな)

 ここまでくればあとは簡単だ。
 俺は店員の男を呼びつけ、新たなステーキを持ってくるように命じた。
 ほどなくして運ばれてきたのは、先ほどよりもさらに一回り大きなサイズのステーキだった。
 それを見たタニアはゴクリと喉を鳴らした。

「さぁ、遠慮せずに食べてくれ」

「はい!」

 俺の言葉に頷くタニア。
 彼女はすぐにナイフを手に取ると、再び食べ始めた。

(ふふふ、計画通り)

 心の中でほくそ笑む俺。
 もし彼女がとんでもなく図太い性格をしているのであれば、高い肉を奢ったぐらいでは何も起こらない。
 しかし、彼女のようなタイプであれば話は別だ。

 彼女は間違いなくプライドが高い。
 自分が他人から施しを受けるということを嫌う傾向にあると見た。
 それでもSSSSSランクのステーキの魅力には抗えなかったわけで、この借りは何らかの形で返さなければと考えるはずだ。
 そこで俺は提案する。

「タニアちゃん。ステーキを食べるのもいいけれど、飲み物も飲んだ方がいいぞ?」

 ステーキに合わせて、酒も最初から注文していた。
 ステーキと同じタイミングで提供されていたのだが、肉に夢中のタニアはまだそれを飲んでいなかった。

「そうですね……! いただきます!」

 俺の勧めに従い、グラスに注がれた高級酒を口にするタニア。
 その瞬間、彼女は目を見開いた。

「こ、これ……! すごく美味しいですね……!」

 興奮気味に声を上げるタニア。
 どうやらお気に召したようだ。
 俺は笑みを浮かべながら告げる。
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