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第5章

426話 口移しで食べさせてほしい

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 俺はリン(?)に看病してもらっている。
 深夜なので顔はわからないが、兎耳なのでおそらくリンだ。
 スープを飲ませてもらった次は、固形の病人食だ。
 栄養さえ摂取できれば、高レベルの俺は自力で快復できる。
 ここが踏ん張りどころだ。

「えっとぉ。コウタさまがご自分で食べられますかぁ?」

「いや、食べさせてもらえるか? 体調はまだ厳しい」

 スープを飲んだところで、それが吸収されるまでには時間差がある。

「わ、わかりましたぁ。それでは、あーんしてくださぃ」

「あ~ん……」

 俺は口を開ける。
 そして、口の中に病人食を入れてもらう。
 咀噛する。
 うむ、美味い。
 スープ同様、リンの料理は絶品だ。
 だが――

「少し固いかもしれん」

「すいません……。病人食って初めて作ったものですからぁ」

「いや、謝らないでくれ。リンはよくやってくれた」

 病人食を作るなんて、簡単なことではないはずだ。
 彼女は料亭ハーゼの元料理人で、今は『悠久の風』の料理担当を務めている。
 だが、病人食を作るとなると、また別の知識や経験が必要になる。

「では、これはもう少し加熱してほぐしてきますねぇ」

 リンがそう言って部屋から出て行こうとする。

「待ってくれ!」

 俺は思わず彼女の手を掴んだ。
 病で弱っているせいだろうか。
 なんとなく、彼女に部屋から出ていってほしくない気がしたのだ。

「ひゃっ!?」

 俺が手を掴んで引き止めたものだから、リンは驚いているようだ。

「すまない……。驚かせてしまったな」

「いえいえぇ……。ワタシの方こそ、変な声を出してしまってすみません」

「気にしないでくれ。それより、リンにお願いがあるのだが……」

「はい、何でしょう? ちなみにワタシはお姉ちゃんじゃ――」

 リンが何かを言いかけるが、体調不良の俺はそれを聞く余裕がない。
 自分の要求だけでも伝えておこう。

「口移しで食べさせてほしい」

「……え?」

 リンの動きが止まる。

「口移しで食べさせてくれ」

 俺はもう一度言う。

「あのぉ……コウタさま?」

「口移しで食べさせてくれ」

 俺は三度目の口移しの要求を行う。

「そ、そんな! ダメですよぉ。いくらなんでもそれはできませんよぉ」

「なぜだ? キスぐらいいつもしているじゃないか。少し咀嚼してから口移ししてくれるだけでいい」

「いつも? だから、ワタシは――」

「なあ、頼むよ。本当につらいんだ……。」

 俺がここまで弱るなんて、この世界に来て初めてのことだ。

「でもぉ……」

 リンは煮え切らない様子だ。
 俺が無事に快復できるかどうかは、『悠久の風』の未来、エウロス男爵家の将来、エルカの町の安寧にも大きく関わってくる。
 ここは何とか拝み倒して、口移しで病人食を食べさせてもらいたいところだ。
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