上 下
7 / 1,057
第1章 初級冒険者として活躍 シルヴィ、ユヅキ

7話 チンピラとの稽古

しおりを挟む
 ギルドの修練場にやって来た。
 チンピラ2人組といっしょだ。
 確か、アーノルドとレオンという名前だったか。

 ちなみに、受付嬢のセリアは付いてきていない。
 アーノルドが口を開く。

「ところで、お前のジョブは何だ?」

 ジョブ。
 『マジック&ソード・クロニクル』において、最も重要な要素の1つである。

 もちろんステータスやスキルも大切だが、それらはジョブに付随して成長する。
 ジョブ選びに失敗すると、思うようにステータスやスキルを整えていくことができない。
 この世界の住人は、ジョブという概念を理解しているようだ。

「風魔法使いと剣士だ」

「ほう……? 複数のジョブを持つ新人か。確かに、自信に根拠はあるようだな」

 この口ぶりだと、複数のジョブを持つ者はややめずらしいようだ。
 とはいえ、ベテランなどには複数のジョブ持ちもいるのだろう。
 MSCにおいても、無課金でセカンドジョブやサードジョブを得ることは可能だった。

「よし。風魔法使いなら、ウインドカッターは使えるな? あの的を狙って放ってみろ」

「ギャハハハハ! もちろん、この程度の距離なら外さねえよなあ?」

 レオンがそう煽る。
 的までの距離は20メートルといったところか。
 この程度の距離であれば、今の俺でもだいじょうぶだ。

 風魔法の制御に影響を与える要素は3つある。
 1つは、『風魔法使い』系統のジョブのレベルの高さ。
 1つは、MPの高さ。
 そしてもう1つは、ステータスに表記されない本人の技量である。

 俺の風魔法使いのジョブはレベル6。
 MPの値もまだまだ低い。
 しかし、俺にはMSCで培った経験がある。

「もちろん外さないとも。……揺蕩う風の精霊よ。契約によりて我が指示に従え。風の刃を生み出し、我が眼前の敵を切り裂け。ウインドカッター!!!」

 ザシュッ。
 ザシュザシュッ!

 的に風魔法を打ち込んでいく。
 全てがど真ん中とはいかないが、駆け出しとしては十分すぎるほどだと思われる。

「おいおい。お前、本当に新人かよ。やるじゃねえか」

「ギャハハハハ! 風魔法の制御はなかなかのようだな」

 アーノルドとレオンがそう言う。
 彼らの冒険者ランクが何かは知らないが、そこそこのベテランだろう。
 そんな彼らからしても、俺の風魔法はいい感じのようだ。

 それにしても、稽古にかこつけてボコられたりするのかと思ったが、意外にちゃんとした指導をしてくれる感じだな。
 彼らの見かけはチンピラだが、実は後輩思いの優しい先輩だったのか。
 このまま指導してもらうのも悪くないが、あまり長時間拘束されるのは避けたい。

「これでわかったか? エルカ草原での狩りは、俺1人でもだいじょうぶだ。ホーンラビットやゴブリンぐらいしか出ないからな」

 俺はそう言う。

「それは確かにな。……しかし、せっかくだ。中堅冒険者である俺たちの力を見せておいてやろう。ウインドカッターを、俺に向けて放ってみな」

 アーノルドがそう言う。
 攻撃魔法を人に向けて放つ、か。

 MSCでも、対人戦はたまにあった。
 プレイヤー同士の戦いや、盗賊の討伐などだ。

 しかし、この世界はMSCのシステムに酷似しているだけの、現実世界と考えたほうがいい。
 人に向けて攻撃魔法を放つことには勇気が必要だ。

 生物に対して魔法で攻撃する場合、対象の魔力の多寡により威力は増減する。
 例えば、ただの木に向かってウインドカッターを使用したときの威力を100としよう。
 ホーンラビットやゴブリンに向かって使用した場合は、威力が90ぐらいになる。
 こいつらは低級の魔物ではあるが、ただの木と比べると魔力をやや多く持っているのだ。

 対象が中級の魔物だったり、あるいは人だったりすれば、さらに威力は下がる。
 せいぜい、ナイフで斬りつけるぐらいの攻撃力だろうか。
 急所にヒットしない限り、一撃で死に至らしめることはないだろう。
 とはいえ、そこそこのケガを負わせる可能性はある。

「いいのか? ケガをするかもしれないぞ」

「さっきぐらいの威力なら問題ねえ。遠慮なく来な」

 アーノルド本人がそう言うのであれば、構わないか。
 この2人は意外にいいやつらのようだが、今後ガチのチンピラに絡まれないとも限らない。
 それに、盗賊などと遭遇する可能性もある。
 いざというときにためらわずに攻撃できるよう、今のうちに慣れておこう。

「揺蕩う風の精霊よ。契約によりて我が指示に従え。風の刃を生み出し、我が眼前の敵を切り裂け。ウインドカッター!!!」

 ヒュンッ!
 俺から風の刃が放たれ、アーノルドを襲う。
 しかしーー。

「鉄心」

 アーノルドが何やらつぶやいたかと思うと、彼が何かで覆われた。
 これは……闘気だ。

 ガンッ!
 俺の風の刃は彼の闘気に阻まれ、防がれた。
 彼の肉体には傷一つついていない。

「なるほど……。格闘家のスキルの1つ、『鉄心』か」

「知ってやがったか。風魔法だけじゃなくて、戦闘の知識も十分にあるようだな」

「ああ。しかし、実際に見るのは初めてだ。いいものを見せてもらった」

 俺の今のジョブは、風魔法使いと剣士だ。
 MSCには、それ以外にも数え切れないほどのジョブがある。
 そのうちの1つが、格闘家だ。

 格闘家を設定しているときの身体能力へのステータス補正は、下級ジョブの中ではトップクラス。
 しかし反面、使用できる武器が限られる。
 また、魔法使いと比べると遠距離攻撃ができない点もデメリットだ。

 そんな格闘家というジョブのレベルを上げていくと、鉄心という防御スキルを取得できる。
 確か、取得レベルは20か25あたりだったはずだ。
 このアーノルドは、先輩風を吹かせるだけあって確かな実力を持つようだな。

「ギャハハハハ! んじゃ、お次は剣術の稽古といくぜ! そこにある木剣を持ちな」

 レオンがそう言う。
 格闘家であるアーノルドに対して、レオンは剣士か。
 それにしても、真剣じゃなくて木剣を使うのだな。
 やはり、この2人はチンピラではなくて、実はいいやつらのようだ。

「ああ、よろしく頼む」

 俺はMSCを結構やり込んできた。
 しかしこの世界は、あくまでもMSCのシステムに準拠しているだけの別世界だと思ったほうがいい。
 対人戦を経験して、細かな差異がないか探っておくことにしよう。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

元勇者のデブ男が愛されハーレムを築くまで

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:617

【完結】モブなのに最強?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,483pt お気に入り:4,577

能力が絶対の世界で無能力者の僕はある日最強の能力を手に入れたけど・・・

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:9

オレはスキル【殺虫スプレー】で虫系モンスターを相手に無双する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,196pt お気に入り:642

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:220

【完結】冷遇された翡翠の令嬢は二度と貴方と婚約致しません!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,094pt お気に入り:4,707

処理中です...