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「エレナ! お前のような女との婚約は破棄させてもらう!」
「え? 本気ですか? シュバルツ殿下」
今日は、この国の王子であるシュバルツ殿下の誕生パーティだ。そのめでたい席の主役が、突然大声で私との婚約破棄を宣言したのだ。
「聖女エレナ殿との婚約を破棄だと?」
「殿下は何を考えておられるのか……」
周囲からそういった声が聞こえてくる。
私は子爵家の次女だ。次期国王であるシュバルツ殿下の相手としては、本来であればやや不足している身分である。
だが、私は6歳の頃に聖魔法に覚醒し、教会から聖女として認定された。そして、8歳の頃にシュバルツ殿下の婚約者として選ばれた。それ以降は次期王妃として厳しい教育を受けつつ、殿下の呪いの沈静化にも日々努めてきたのだ。
私はこれまで精一杯やってきた。それに、自分で言うのはおこがましいが、私の評判は貴族たち、それに一般民衆の間でも悪くない。実際、この婚約破棄宣言に対して、周囲の人たちは怪訝な顔をしている。
「シュバルツ! お前はいったい何を言っておるのだ!」
玉座に座る陛下が声を荒げる。どうやらこの婚約破棄は、シュバルツ殿下の独断専行らしい。
「父上! この自称聖女と結婚するなど、私は嫌なのです! 可愛げの1つもない! 私はカトレアと結婚します!」
自称じゃなくて教会からムリヤリ認定されたんだよ。それに、可愛げがなくて悪かったな。私も、我が家と王家との政治的な繋がりがなければ、あんたなんかお断りだよ!
やれやれ。顔は悪くないし、昔は優しいところもあったのにな。どこで道を間違ってしまったのか。最近は、横暴な態度が目立つようになってきていた。
「カトレア? 確か、ハットフィールド男爵家の娘か……」
陛下がそう言って、シュバルツ殿下の隣に立つ女性を見る。ゆるふわ系の女性だ。私とは、タイプが異なる。
「エレナは、聖女を名乗るくせに何もしようとしません。聖女であれば、アンデッドを祓うぐらいの仕事をすればいいのに。思いやりの欠片もない。それに対して、カトレアは思いやりにあふれる女性なのです。私を、そしてこの国を支えてくれるのは彼女しかいない!」
シュバルツ殿下がそうまくし立てる。ひどい言われようだ。
「……エレナ嬢が何もしておらぬだと? この、バカ息子がっ!」
「ひっ!」
陛下が怒りを顕にする。それを受けて、シュバルツ殿下が情けない悲鳴をあげる。
「何度も言っておるだろう! エレナ嬢は、お前が受けた呪いを抑えてくれておるのだ! お前が幼い頃に、魔女から受けた呪いをな!」
「そ、それは聞いておりますが……。とうてい信じられませんな。私に呪いなどかけられていません。何事もなく日々の生活を送っています」
シュバルツ殿下は、お怒りの陛下に対して震え声でそう反論する。
「だからそれは、エレナ嬢が呪いを抑えてくれているおかげだと言っておろうが! はあ……。もういい。一度痛い目を見るのが良かろう」
陛下が疲れた顔でそう言う。そして、こちらに顔を向ける。
「エレナ嬢。こやつの呪いを抑えておる聖魔法を、一度解除してやってくれ」
「よろしいのですか? まだまだ呪いは強く残っております。まあ、さすがに即座に死に至るほどの不幸は降り掛かってこないとは思いますけど」
「構わぬ。こやつも、一度痛い目を見るのがよかろう。それでも考えを改めぬようなら、儂にも考えがある」
「わかりました。では」
私はシュバルツ殿下に常時かけていた聖魔法を解除する。ふう。魔法の負担がなくなって、爽快な気分だ。
「ふん。呪いが何だってんだ。父上も大げさなんですよ。その自称聖女の聖魔法とやらがなくなったくらいで……ッ!?」
シュバルツ殿下は、少しだけ怯えつつもそう強がる。だが、彼の強がりの言葉は最後まで続かなかった。
パーン! 強がる殿下の頭上からタライが落ちてきて、殿下の頭部に直撃する。
「痛っ!? な、ななな……?」
殿下が痛みに頭を押さえる。彼が頭上を見上げるが、もちろんそこには種も仕掛けもない。パーティ会場の、何の変哲もない天井があるだけだ。
殿下が数歩よろける。ツルッ! 彼が、いつの間にか足元に置かれてあったバナナの皮に足をすべらせる。
ドンガラガッシャーン! 彼がパーティ会場のテーブルに頭から突っ込む。
「……くくっ!」
「「ぷはははは!」」
殿下のあまりの醜態に、陛下、それに周囲の人から笑い声が生まれる。本来なら不敬罪と言われてもおかしくないが、殿下の父である陛下がお笑いになっているのだ。そこまで厳密には適応されないであろう。
「陛下? そろそろ殿下へ聖魔法をかけなおしましょうか?」
笑いものになっているシュバルツ殿下を見て、さすがの私も少しかわいそうになってきた。
「いや、まだだ。もう少し思い知らせようぞ」
「はあ……。まあ陛下がそう仰るのであれば」
陛下の言葉に従い、私はそのまま静観することにした。周囲の人たちも同様である。
パーン! ツルッ! ドンガラガッシャーン!
「うわっ! ひいっ! ぐああああっ!」
シュバルツ殿下の1人喜劇は続いていく。パーティ会場は笑いに包まれていたが、しばらくするとみんな飽きてきたのか、彼を無視して談笑する者も出始めた。
「さて……。そろそろいいか。エレナ嬢。悪いが、聖魔法をかけなおしてやってくれ」
「承知しました」
陛下の指示に従い、私は聖魔法をシュバルツ殿下にかけなおす。殿下にかかっている呪いが沈静化し、襲いかかる不幸がなくなっていく。
「う……。はあ、はあ……」
シュバルツ殿下が息も絶え絶えといった様子で立ち上がる。大きなケガなどはないようだが、全身打ち身だらけだろう。何より、精神的に疲れ果てている様子だ。
「思い知ったか? バカ息子よ。エレナ嬢は、この呪いを抑えるために聖魔法をかけてくれておるのだ。決して、何もしていないわけではない」
「は、はい……。よくわかりました」
「であれば、エレナ嬢に言うことがあるだろう」
陛下の言葉を受けて、シュバルツ殿下がこちらを向く。
「エレナさん。申し訳ありませんでした。先ほどの侮辱の言葉は全面的に撤回します」
殿下がそう言って、頭を下げる。侮辱の言葉を撤回してくれるのは、まあいい。婚約破棄の件はどうなるんだ?
「バカ息子よ。婚約破棄の件も撤回するのだ」
「し、しかし。カトレアの気持ちもありますし……」
シュバルツ殿下がそう言う。
「そのことだがな。先ほどお前が醜態を晒している間に、カトレア嬢は帰りおったぞ。何やら、”こんな人とは思わなかった”と言っておったそうだ」
「なっ!?」
そういえば、途中からカトレアの姿が見えないとは思っていたんだよ。帰っていたのか。まあ、あんな醜態を見れば、熱も冷めるか。
「お前をたぶらかして国家を混乱に陥れようとした罪を問おうかとも思ったのだがな。お前の情けない姿を見ていると、その気も失せたわ。お前のような男を支えてくれるのは、この世に1人しかいないと思うぞ?」
陛下がそう言って、私のほうをチラッと見る。私との婚約破棄を撤回させようという狙いだろう。陛下は、私のことをずいぶんと評価してくれている。
陛下の言葉を受けて、シュバルツ殿下がこちらを見る。
「す、すまなかった、エレナさん。婚約破棄を撤回させてほしい」
シュバルツ殿下がそう言って、再度頭を下げる。
うーん。結局、このバカ殿下と婚約するのかー。カトレアに逃げられたから婚約破棄撤回とは、ずいぶんとなめられたものだ。
陛下の意向でもあるし、断りはしないけどねえ。
「承知しました。でも、次こそはしっかりとお願いしますね。私の将来の夫として、恥ずかしくないような活躍を期待していますよ?」
私はそう言って、ニッコリと微笑む。
「うっ! あ、ああ。精一杯がんばると誓う」
シュバルツ殿下は怯えたような顔をして、そう答える。私、そんなに怖い顔をしていたかな?
まあ、殿下には私の将来の安泰と国の繁栄のために、身を粉にして働いてもらうことにしようかな。
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