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シンデレラの世界
しおりを挟むハッピーエンドをとりもどすことになったわたしたち。
「わたしたち、頑張るから、やり方を教えて黒ネコさん」
「勝手に”たち”にするなよ!俺はまだやるなんて……」
「帰れなくなってもいいの?」
私がたずねると、海藤くんはふいっと顔を逸らしながら言った。
「それは……そうだけど」
わたしたちが話をしていると、黒ネコが言った。
『今から時系列通りに物語が進んでいくニャ。お前たちが最初に向かって欲しいところはあそこニャ』
そう言って黒ネコは、ある家の方に視線を向けた。
「あれは……?」
「シンデレラが住んでいる家ニャ。舞台はそこから始まるニャ」
あれが、シンデレラが住んでいる家……。
たしかに絵本で見たイラストとそっくり……。
「そこで本当のシンデレラとは違うことがいくつも発生するニャ。それをふたりで協力して正しくなるよう阻止してほしいのニャ」
「分かった!行こう!海藤くん!」
「なんで俺が行かないといけないんだ!だいたいネコがしゃべるなんておかしいだろ?お前はなんで変に思わないんだよ」
確かに最初は驚いたけど……。
「おかしくないよ!だってここは物語の中の世界なんだもん!」
物語の世界はなんでも起きるの。
動物がしゃべったり、魔法が使えたり、奇跡だって起きる。
それが物語だから。
「意味分かんねぇ」
しかし海藤くんは納得がいっていないみたいだ。
「でもやらないと元の世界に戻れないって言ってたでしょ。だったらやるしかないよ……」
「チッ」
『早く行くニャ。ぼーっとしてると物語が進んでいくニャ』
黒ネコはわたしの腕から抜け出すと、そのままシンデレラが住む部屋へ向かった。
「いこう!海藤くん」
わたしがそう伝えると、海藤くんはぶっきら棒に答えた。
「お前さ、俺のこと怖くないの?」
「えっ」
そういえば、最初海藤くんのことを怖いと思っていたはずなのに、ビックリすることが多すぎていつの間にか怖くなくなっていたような……。
それに、わたしが壁の向こう側に行った時も心配でおいかけてくれたって言ってたし悪い人ではないのかもって。
「怖くないよ!」
わたしがそう告げると、海藤くんはぶっきら棒に答えた。
「陽太」
「えっ」
「苗字で呼ばれるのは好きじゃねぇんだよ」
それって名前で呼んでいいってこと……?
なんだかちょっと仲良くなれたみたいでうれしい!
「わたしも加奈って呼んで!これからよろしくね」
「ふん」
わたしはちょっとうれしくなりながらも、黒ネコの後を追いかけることにした。
家の前にたどりつくと、わたしたちは草むらのしげみに隠れてシンデレラの家を見つめていた。
「ここにシンデレラが住んでるんだね……」
シンデレラは、どんな姿をしているんだろう。
わたし、物語の世界を今から生で見られるってことなんだよね!?
窓から家の中をのぞいてみると。
「あっ、いた!」
シンデレラは部屋の中にいた。
すごい……はじめて見ちゃったっ!
本当のシンデレラだ……。
今はボロボロの服を着ているけれど、キレイなドレスを身に纏って美しい姿に変身するんだよね。
シンデレラは物語通り、いじわるなお姉さんたちに命令され掃除や洗濯をさせられていた。
「ここも汚いわよ」
「早く掃除してちょうだい!」
いじわるなお母さんとお姉さんたちはさらに命令をする。
「あんたみたいなのは雑用くらいしか出来ないんだから」
「本当、邪魔ものだわ」
物語で知っているとはいえ……。
「ヒドイ!かわいそすぎるよ!」
すると陽太くんがたずねる。
「なんでシンデレラってやつは言い返さないんだよ!」
「本当に陽太くん……『シンデレラ』を知らないの?」
「知らねぇ」
こんなに有名なお話なのに。
「シンデレラのお母さんは亡くなってしまったのニャ。お父さんが新しいお母さんをと、迎え入れたのニャ。それでやってきたのが、いじわるなお母さんとお姉さんたちってわけだニャ」
「そんなん従う必要なんかねぇだろ。俺だったらガツンと言い返してるね」
「シンデレラはすごく優しい人なの。誰かを傷つけるような言葉は絶対に言わないんだよ」
陽太くんはふんっと鼻を鳴らした。
今は物語通りで変なところはないみたいだけど……。
じっと見ていると、シンデレラはくたくたになるまで1日中働かされていた。
「もう~~!いじわるなお姉さんたちは何もしないでぐうたらして!許せないよ……!」
「俺がなんとか言いにいってやる!」
「あっ、陽太くん!」
すると黒ネコは言った。
『あんまり不用意に手出しすると、物語がごちゃごちゃになってとりかえしがつかなくなるニャ』
たしかに……物語にわたしたちが出て来ることになっちゃうんじゃない?
それは大変だ。
「陽太くん、我慢して!」
わたしがぐっと陽太くんを押さえると、彼は「おいやめろ!」と言ってわたしの手を払った。
それからしばらく様子を眺めていたけれど、この日は特に変わったことはなかった。
「けっきょく物語通りだったね」
いじわるなお姉さんたちが「舞踏会が開かれる。わたしたちも招待された」と言っていたし……。
もしなにかが起きるとしたら、次かもしれない。
「めんどくせぇな。別に何も変なところなんてないんじゃね?」
「そうならいいんだけど……」
でも確かに、物語の最後はバッドエンドだった。
きっとどこかで物語と違うことが起きるんだと思う。
気づけば辺りは夜になっていた。
「今日はもうおしまいにするニャ」
黒ネコはそう言うと、近くにあるテントに視線を向けた。
「あそこで寝るのニャ。あのテントは温かくてよく眠れるニャ」
「行こう!」
黒ネコが言ったとおり、テントの中はとっても温かかった。
寝袋もあって、鍋の中には温かいスープや、パンが用意されている。
すごい、魔法のテントだ!
「これ食べていいの?」
「もちろんだニャ」
「腹減った」
わたしたち3人はテント中で食事にすることにした。
陽太くんと向き合って食事をしていると思う。
不思議だなぁ……。
みんなが怖いって言ってた陽太くんと今一緒に食事をしているなんて。
最初は怖かったけど、今は怖いという気持ちはない。
もっと陽太くんのことを知れたら、さらに仲良くなれるのかな?
「ねぇ陽太くん、陽太くんのこと教えて」
「は?」
陽太くんはスープを飲みながらこっちを見る。
「ほら、あるでしょう?なんの食べ物が好きかとか、どんなことが苦手で何に興味があるとか……」
わたしがたずねると、陽太くんはふんっとそっぽを向きながら言った。
「勘違いすんなよ。俺は別にお前と仲良くなろうとなんて思ってねぇから。元の世界に戻る。それが終わったらお前と俺は他人だ」
どうしてそんなこと言うんだろう。
陽太くんはわたしと仲良くなりたいって思ってないのかな。
せっかく仲良くなれそうだと思ったのに……。
これ以上聞くことが出来ず、わたしはうつむいた。
するとミミが聞いてくる。
「加奈は『シンデレラ』の内容は頭に入っているかニャ」
「うん、頭に入ってるよ」
「それなら良かったニャ」
「でも、迷ったらこの本を開けばいいんだよね?」
わたしがテントに置いてある本を手に取ると、黒ネコは首をふった。
「その本は開かないニャ」
「えっ」
「ロックが掛けられているんだニャ」
本を開こうとしてみるけれど、堅くて開かなかった。
「ウソ、開かないの……」
「物語が終わるまでは見ることが出来ないニャ」
そうなんだ……。
「でもすべてをクリアーすればロックが解除され、結末を見ることが出来るニャ」
「それじゃあ、最後までやるしかないね」
次のこの本が開く時、幸せな気持ちなれる終わり方だといいな。
「ねぇ、そういえばこの子の名前を付けない?」
ご飯をいっぱい食べた後、わたしは黒ネコを抱き上げて陽太くんに提案した。
「名前?」
「そう。だって、ずっと黒ネコって呼んでるのかわいそうでしょ?何がいいかなぁ~リクエストとかある?」
黒ネコに聞いてみたけれど、彼は釣れない返事をした。
「なんでもいいニャ」
「なんでもかぁ……」
わたしは考え込むようにあごに手をあてる。
図書館にいたからなにか本にまつわるものとかがいいかな?それとも黒いからクロ?でもそんなの普通すぎるかな?
色々考えていると、陽太くんがつぶやいた。
「ミミ」
「えっ」
「俺はコイツのことミミって呼んでたから」
「なんでミミなの?」
「よく耳が動くから」
陽太くんに言われるがまま、ネコを見つめているとミミがピクピクっと動いている。
「本当だ……!ミミいいかも!今日からお前はミミ!」
そう伝えると、ミミは「ニャー」と鳴いた。
気に入ったみたい!
「明日に備えてそろそろ寝るニャ」
「そうだね」
ミミはそう言うと、そっと目を閉じた。
大事なのは、明日だ……。
わたしたち、ちゃんとハッピエンドを取り戻せるのかな。
ミミが眠りにつくのを見ていると、わたしたちもなんだか眠くなってくる。
今日はもう疲れちゃった。
明日は物語がまた動くかな。進んでいくといいな……。
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