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わたしの知らないシンデレラ
しおりを挟む「それでは今日の授業を終わります。気を付け、礼」
「さようなら」
今日の授業が終わり、先生に挨拶をすると、わたしは一番に廊下へと出た。
やっと授業が終わった!やっとだ!
「加奈ちゃん、今日も図書室に行くの?」
すると、友達の玲奈ちゃんがランドセルを背負いなからわたしにたずねる。
「そうなの!」
「そっか。じゃあまた明日、面白い本があったら教えてね。加奈ちゃん!」
「もちろんだよ!また明日~!」
わたしは玲奈ちゃんに手を振り、うずうずしながら図書館へ向かった。
これからはわたしの時間。
ようやく本がゆっくり読める!
わたし、浅見加奈。本を読むことが大好きな小学5年生。
いつも学校が終わると、わたしは図書室に通っているの。
ガラガラと図書室の扉を開く。
今日は何を読もうかな。
ここには宝物がいーっぱい。
わたしの大好きな本も、読んだことのない本もたくさんあってワクワクが詰まっているの。
図書室は静かで図書委員の人以外、誰もいなかった。
いっつもそうなんだよね。
ここは、こんなに面白いお話であふれているのに、どうしてみんな来ないんだろう?
本の世界は素敵だ。読んでいる時、まるで自分も冒険したかのような体験が味わえるから。
わたしがこの図書室にくるようになったのは、小学校2年生の時。
お父さんとお母さんはお仕事があって、いつもみんなのお母さんたちよりも少し帰りが遅いの。
だから何にも予定がない時は家でひとりぼっちだった。
家で待つのはさみしくて、退屈で、友達と遊びの予定を入れたりもしたけれど、みんなは17時前になると帰ってしまう。
楽しい中、ポツンと1人になるのが余計さみしくて、放課後は図書室で時間をつぶすようにしたんだ。
図書室なら18時までいても大丈夫だし、お母さんの仕事場が学校の通り道にあるからいつも、迎えに来てくれる。
そして何より本を読んでいると時間なんて忘れちゃうの。
だから図書室が大好きなんだ!
今日も新しい本を探して読んでみようと思ってる。
読んだ本はお母さんにも伝えて、友達の玲奈ちゃんにも教えてあげるの。
わたしはうきうきしながらまだあまり行ったことのない奥の本棚へ向かった。
いつも手前の本棚からばかり本をとっているから、今日は奥の本棚からなにか探して見よう。
奥の方へ進んでみると、誰もいないと思っていたはずのところに人影が見えた。
「あれ……」
近付いてみると、そこには同じクラスで学校1怖いと言われている海藤陽太くんが床に座りこんでいた。
金髪の髪に派手な服。目つきが悪くて周りからは怖がられている男の子。
たしか、全然授業に出ていないんだよね……。
ど、どうしよう……。
海藤くんが座っている後ろの本棚から本を選びたいって思ってたけど、怖いな。
こっちに来るなって怒られたりしないかな……。
そっと様子をうかがってみると、海藤くんは本棚の前ですやすやとねむっていた。
寝てるなら、気づかれないように本を取ることができるかも。
そーっと近づいて彼の前を通る。
目をつぶっている陽太くんはまつげが長くて呼吸に合わせて動いていた。
静かに、静かに行けば……。
足音を立てずにそーっと忍び寄る。
でも、どうして海藤くんが図書室にいるんだろう……?
そう思っていると「ニャー」と鳴く声が聞こえた。
ニャー?
すると、わたしを追い越すように黒ネコが通り、そのまま海藤くんの膝の上にぴょんっと乗り上げた。
ど、どうしてここに黒ネコが……!?
っていうか、海藤くん起きちゃうよ……。
焦っていると、案の定パチっと目を覚ます海藤くん。
海藤くんはというと、目覚めるなりぶすっとした顔をしてそのネコを見ていた。
わ、これはマズいのでは……?
そしてすっとネコに向かって手を出す。
もしかして寝ているところを起こしたから、手を出すつもり!?
危ない……!
そう思って止めようとした時、海藤くんは黒ネコの頭をよしよしと撫でた。
えっ、海藤くんがネコを撫でてる!?
海藤くんとネコ……。
なんだか意外な組み合わせだ。
まじまじと見ていると、今度海藤くんは目の前にいるわたしに視線を向けた。
「なに見てんだよ、お前」
海藤くんが眉にシワを寄せ、怪訝な表情を向けてくる。
「す、すみません……本が取りたくて。そしたら黒ネコが……海藤くんは、その、ネコが好きなの?」
てんぱってしまってわたしは早口になってたずねる。
しかし、海藤くんはわたしと会話をする気はないようで冷たく言い放った。
「見てんじゃねぇよ、どっか行け」
「ヒッ……」
やっぱり怖い人だ……!
とはいえ、やっとの思い出海藤くんのいる前まで来たんだ。
本だけはとって帰ろう。
「本だけとったら退きますから……」
わたしはなにか適当に選んで立ち去ろうとした。
しかし、その時。
「あれ……」
1冊の本が光っている。
周りの本とは違って明らかに光を放っていた。
「なんでこれ……」
気になってわたしは、その本を背伸びしながら手に取る。
するとタイトルには、【シンデレラ】と書かれていた。
シンデレラ……?
この本は読んだことがある。
すごく有名な童話でわたしも大好きな物語のひとつ。
なんでこの本が光ってるんだろう……。
疑問に思った時。
「あっ!」
手からするりと落ちてしまう。
すると本は、ドサっと音を立てて床に落ちた。
「……何してんだよ、早くとってどっか行けよ。俺はひとりが好きなんだ!」
「ご、ごめん……すぐ戻るから」
本は最後のページを開くように落ちた。
ふと本に手を伸ばそうとした時、本の物語が目に入る。
【王子様はいじわるなお姉さんたちと末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし】
「え、ええっー!!」
わたしは思わず声を荒げた。
どうして王子様がいじわるなお姉さんたちと幸せに暮らすの!?
「なにそれ!!こんなの『シンデレラ』じゃない!」
わたしは思わず図書室だということを忘れて声を出してしまった。
「うっせ!デカい声出すな!」
「そ、そうだった……」
ここは図書室だ。静かにしないと……。
でもそんなことも言ってられない。
だって、王子様はシンデレラと幸せに暮らすはずなんだよ?
それなのに、いじわるなおねえさまたちと幸せに暮らすって、全然めでたし、めでたしじゃないよ。
どうしてこんな結末のこんな物語になっているんだろう。
そうだ、他のページは!?
わたしはいても経ってもいられなくなり、ペラペラとページを戻ってめくっていく。
中を見てみると、かぼちゃの馬車になるはずのカボチャは見つからないし、シンデレラは舞踏会に行けずにお留守番のまま。
なんとか自分ひとりで舞踏会に向かうけど、けっきょく王子様と幸せに暮らすのはいじわるなお姉さんたち!?
なにもかも全然違うじゃん!
「こんなのひどいよ~!」
わたしがショックで伝えると、海藤くんはわずらわしそうに眉をひそめた。
「お前さ、さっきから何言ってんだよ。いいから早くどっか行ってくんね?」
そうだ、海藤くんだってこの結末のシンデレラを見たら、ヒドイって思うよね?
「ねぇ海藤くんシンデレラってお話し知ってるでしょう?これを見て欲しくて」
「知らねぇし」
「ええっ、知らないの……!?」
あんなに有名なのに……。
そんなやり取りをしていた時、大人しく座っていた黒ネコが海藤くんの膝からぴょんと飛び越えてさらに奥へと向かってしまう。
「あっ、おい!」
海藤くんは慌てて立ち上がる。
「大丈夫だよ、そっちは壁しかないから。ネコちゃん、そっちは行き止まりだよ」
そうゆっくりと告げながら、壁の方まで向かってみると、黒ネコは奥の壁をするりと通り抜けてしまった。
「えっ!ね、ネコが壁をすり抜けた!?」
「ウソ、だろ……」
わたしと海藤くんは目を見開く。
見間違いかもしれないと目をこすってみたけれど、確かに黒ネコはいなくなっていた。
壁をすりぬけてしまうなんて、物語の世界でしか見たことないよ……。
でも物語の世界だとこのすり抜ける壁は、どこかの世界に繋がっていたりするんだよね。
「ねぇ、海藤くん。わたしたちもこの壁を通り抜けることが出来るのかな」
「はぁ?何言ってんだ」
「行ってみようよ」
わたしはもう壁の向こう側にくぎ付けだった。
そっと黒ネコが消えていった壁に手を添える。
すると、わたしの手に反応するように壁が光った。
強い光を放つ壁は次第に透明になっていく。
間違いない。この先に行ける。
「ねぇ、海藤くん!この先に行けるよ」
「はぁ!?何言って……」
「行ってみようよ」
わたしは思い切って足を踏み出した。
「お前、何して……」
だってこんなこと、本の世界でしか体験できないことだ。
今、わたし……みんなが体験できないようなことをしてる。
わたしはゆっくりと、壁を通り抜けた。
「わぁ……っ」
一歩足を踏み出した瞬間、そこには見たこともない空間が広がっていた。
まるで宇宙みたいに真っ暗な場所。
だけど目の前に大きな扉がある。
後ろにあった図書室の壁はいつの間にか消えてしまっていて、不思議な空間だけがそこにあるといった感じだ。
すごい……ここ、なんだろう。
「お前、何してんだよ!こんな変なところ連れてきやがって……」
振り返ると、後ろには海藤くんがいる!
「あれ、海藤くんも付いてきてくれたんだ!」
「お前が行こうって消えていくから、引き留めようとこっちも思わず足を出しちまったんだよ」
「ご、ごめん」
じゃあわたし、海藤くんのこと巻き込んじゃったんだな。
「つい扉の向こうが気になっちゃって……」
「だからって平気で飛び込んでいくやついねぇだろ」
「ごめんって……でもほら、ネコちゃんもちゃんといるよ!」
扉の前には、さっきの黒ネコがリラックスした様子で座っていた。
「いいから、ネコ抱えたら帰るぞ」
「分かったよ……」
せっかく楽しいことが始まるそうな気がしたのにな。
海藤くんが黒ネコを抱えて後ろを振り返ると、声をあげた。
「ない……扉がなくなった!おい、帰れなくなったじゃねーか」
「え、本当だ……」
来たはずの壁はキレイに消えてしまっていた。
待って、ってことはわたしたち戻ることが出来ないってこと?
すると、わたしの手の中にあった『シンデレラ』の本が突然光を放った。
「……っ、まぶし……」
また光った……。
これはわたしたちになにかを教えようとしている?
さっきもそうだった。
「もしかして、あの扉になにかあるの?」
わたしは本を持って大きな扉の前に向かった。
「おい、もう変なことすんのはやめろ」
「でも戻れるかもしれないよ?」
この扉……真ん中にちょうど本が入るくらいの大きさの穴がある。
本も光っているし……もしかしてこれをここにいれるってことなの?
わたしは本を目の前に持っていき、本が入れられる場所に縦になるように本をセットした。
カチっとハマった音がする。
するとハンドルのようになっているところがゆっくりと回転してドアが開いた。
この扉……開くんだ!
「うわぁあ!」
ゆっくりと開いた扉の向こうになにかが見える。
「すごい……っ」
この扉の向こう側には何があるんだろう。
行かずにはいられなかった。
わたしは、一歩一歩と進んでいく。
「おい!」
海藤くんの声すら聞こえず、吸い込まれるように扉の向こう側にやってくる。
扉をまたいだ時、そこには緑がいっぱいに広がっていた。
「ここは……どこ?」
さっきとは全く違う世界……。
たくさんの草むらに、遠くには家も見える。
でもその家はわたしたちが今住んでいるような家とは違かった。
「また扉が消えたぞ……!お前どうするんだよ!」
「どうしよう……」
興味が引かれるがまま、行動しちゃって全然何も考えてなかった。
「ここは、どこだろう?」
「そんなの俺が聞きてぇよ!」
海藤くんはカンカンに怒っている。
だってわたしのせいで、変な世界に来ちゃったんだもね。
この場所にいるのは、わたしと海藤くんと、黒ネコだけ。
「お前を助けようと思ってただけなんだけどね」
わたしがネコの頭を撫でると、黒ネコはニャーと鳴いた。
そして海藤くんの手からぴょんと飛び降りてこっちを見た。
『お前たちはもう帰れないニャ』
へ……?
今誰かしゃべった……?
「海藤くん、しゃべった?」
「しゃべってねぇよ」
するともう一度同じ声が聞こえてきた。
『お前たちはもう帰れないニャ』
「へえっ!?」
『おい、聞いているのかニャ』
口を動かしているのは、確かに目の前にいる黒ネコで……。
「ええっ、ネコがしゃべったぁ!?」
「ウソだろ……」
わたしたちは驚いて声をあげた。
『やっと気づいたニャ。お前らは今、この本の物語である『シンデレラ』の世界に入ってしまった』
そう言って床に落ちていた『シンデレラ』の本をぴょんっと飛び越えて見せる。
「シンデレラの世界に入った!?」
『そうだニャ。そしてこの物語はハッピーエンドではなく、バッドエンドになってしまっているのニャ』
たしかにさっき読んだ時、本はハッピーエンドではなくバッドエンドになっていた。
「そうだよね!?だって王子様と幸せに暮らすのはいじわるお姉さんたちなんだよ!?こんなのわたしの知ってるシンデレラじゃないもん!」
『そうだニャ。この世界ではシナリオはバッドエンドになるように進んでいくニャ。それをお前たちが修正していき、ハッピエンドを取り戻すんだニャ』
「ハッピーエンドを取り戻す……」
『そうニャ。ハッピーエンドを取り戻せなかったら、元の世界に戻ることが出来ないニャ』
「それって一生お父さんとお母さんに会えないってこと?」
『そういうことだニャ』
「なっ、なんなんだよそれ!」
海藤くんが文句を言うけれど、黒ネコは淡々と説明を続ける。
「でもハッピーエンドを取り戻すってどうやってやったらいいの?」
「おい、何やろうとしてんだよ!」
「だってやるしかないんだよ!元に戻るためにも!」
「ふざけんな、俺は寝てただけなのに、こんな変なことに巻き込まれて……全部お前のせいだ!」
『やりたくなければやらなくてもいいニャ。その代わりずっとこのままだニャ』
「クッソ……」
海藤くんは悔しそうに唇を噛みしめた。
ハッピーエンドを取り戻さない限り、わたしたちは元の世界に戻ることが出来ない。
「わたし……やるよ!ハッピーエンドを取り戻せばいいんでしょ?わたしの大好きな『シンデレラ』がバッドエンドで終わってしまうのも嫌だし、ここにずっと閉じ込められるのもいやだもん!」
私たちが頑張れば、シンデレラのハッピーエンドをとりもどすことが出来るのなら、私がやって見せる!
だって次に『シンデレラ』を開いた時に悲しい思いをしたくないから。
まだよく分からないことがたくさんあるけれど、わたしはハッピーエンドをとりもどす決意をした──。
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