ソロキャンパージロー、今日もS級ダンジョンでのんびり配信。〜地上がパニックになってることを、彼だけが知らない〜

相上和音

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第50話 二重スパイ

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「とにかく、UDの話はお兄さんに黙ってようね」
「どうして?」
「それは、ほら……」

 私は少し言い淀む。

「お兄さんとUDが揉めたら困るし……」

 するとアンリが納得したように頷く。

「確かに。あんな悪魔みたいな女、お兄ちゃんに近づけるわけにはいかないもん!」
「……うん。そうだよね」

 私は視線をそらせる。

(……なんか私、二重スパイみたいになってない?)

 なんでこんなことに……。
 全部自分で蒔いた種なんだけど。

 ともかく、最低限アンリと口裏をあわせることができた。
 これで今すぐお兄さんとUDが争うなんて事態は回避されるはずだ。
 でも……。

「ごめん、お兄ちゃん! なんでもない!」

 寝室から出たアンリの第一声がそれだった。
 頭を抱えたくなる。

「いや、なんでもないって……」
「私の勘違いだったみたい。騒がせてごめんね、ダンジョンに戻っていいよ!」

 アンリはやけにハイテンションだった。
 気持ちはわかる。
 牢獄暮らしの未来を本気で思い描いていたのだ。
 そこから解放されて周りが見えなくなってしまっているのだろう。

(いや、そういうのは関係なく、アンリにはもともとそういうとこがあるけど……)

 でもちょっとあんまりだ。
 いきなり呼び出されて、散々心配させられた挙句、ハイテンションでこれだ。
 事情を知っている私ですら、さすがにそれは……と思ってしまう。

 でもお兄さんは怒るどころか、心の底から安心するように笑って、

「そっか。それならよかった……」

 なんて言うのだ。
 手放したはずの気持ちが、内側から私の胸を掻く。

「本当に、大丈夫なの?」
「うん。春奈がなんとかしてくれたみたい」
「そうなんだ。ありがとう、春奈ちゃん」
「いや、私はなにもしてないですから……」

 まあ、そんなことないけど。
 色々とやった。
 悪い意味で。

「なにがあったのかは……」
「もう、野暮なこと聞かないでよ、お兄ちゃん」
「野暮なことって……」

 強引すぎる。
 でもそこでも、お兄さんは嫌な顔一つしない。

「まあ、無事ならそれでいいけどさ」

 お兄さんがソファの背もたれに体重を預ける。

「でもそっか。じゃあ別に急がなくてもよかったのか。どうしよう……」
「どうしようって?」
「ダンジョンに、荷物全部放り出してきちゃったんだよ。まあアイテムは別にいいんだけど、ドローンも放置してきちゃって」
「そんなの、いくらでも代えを作りますよ」

 確かにダンジョン内で取れる希少なアイテムをふんだんに使っているけれど、その程度のことは大した痛手でもない。

「でもなぁ、せっかくオーダーメイドで作ってくれたやつだし……」

 お兄さんは、そういうところにやたらと気を使う人なのだ。

「取りに戻ればいいじゃん」

 アンリがなんでもないことのように言う。
 呼び出しておいて、なかなかの言い草だ。
 でも確かに、それが一番かもしれない。

(ただ問題を棚上げしてるだけの気もするけど……)

 でもここではそれが最善に思える。
 地上にはUDだけじゃなく、その敵対組織までいるのだ。
 ギンはもう大丈夫だと言っていたけれど、なにが火種になるかわからない。

 まるで核兵器が地雷原を歩いているような状況だ。
 いつ世界が滅んでもおかしくない。
 お兄さんはダンジョンに放り込んでおくのが一番安全なのだ。

「そうだね。アンリも本当に、なんともないし。だからお兄さん、心配かけてすみません。せっかくキャンプを楽しんでいたのに」

 私もアンリの提案に乗っかった。

「そう? まあ、二人がそういうなら……」

 お兄さんは私たちに見送られて、ダンジョンに戻った。

 アンリがシャワーを浴びに行き、私は一人になる。
 ふうと一息ついた。
 それから、ドローンを放置してきたなら、まだ配信が続いているんじゃないかと思い当たる。

 端末でお兄さんの配信アカウントにログインすると、案の定配信されっぱなしだった。
 遠隔で配信を切ろうと思ったんだけど……。

「うわ、なにこれ……」

 同接が二十万を超えている。
 コメント欄が大騒ぎだ。



”頑張れドローンちゃん!”
”こんな健気な子を置き去りにするとか鬼畜すぎやろ”
”見損ないました、ジローさん。アンチになります”
”ドローン萌えという新たなジャンルが生まれた瞬間に立ち会えたの光栄”
”オロオロしてるの可愛い”
”これで美味しい雷羅水晶らいらすいしょうでも食べて”



 どうやら置き去りにされたドローンが、丸一日以上お兄さんを探してダンジョンを彷徨さまよっていたみたいだ。
 そんな健気なドローンに尊さを感じる人たちが続出したようだ。

「みんな、疲れてるのかな……?」

 なんか盛り上がってるし、配信を切らずにそっとしておく。
 なんとなく、配信をさかのぼってみた。

 モンスターから必死に逃げるドローン。
 物陰に身を潜めたり、雷羅水晶が切れかけて力尽きかけたり……。
 あくまでプログラムに従って動いているだけだけれど、確かにちょっと面白い。

(なるほど、こういう需要もあるのか……)

 そして、お兄さんに置いていかれる場面——



「久々にダンジョン内で人と交流したけど、悪くないですね。俺はソロキャン派だけど、たまにはああいうのもいいな」



”そう思ってるのお前だけやぞ”
”向こうガチビビりしてたやんけ”



「今度から、もう少し浅層階を拠点にしようかな。それでまた、出会った人にダンジョン飯を振る舞ってあげて……ふふ」



”マジでやめてあげて”
”回避不可の強制イベントやん”
”気の毒すぎる”



 その時だ。
 急にアラートが鳴り響いた。
 アンリがお兄さんに送った、緊急信号だ。

 あまりの大きさに、ビクッとする。
 私だけじゃなくて、画面内のお兄さんも、そして配信を見ていた人たちも同じように驚いたみたいだ。

(これはちょっと、改良しないといけないな……)

 さすがに心臓に悪い。

「なになになになに? え? 爆発する? 怖……」

 テンパっているお兄さん。

「いきなり……」

 そこで緊急信号のことを思い出したのだろう。
 お兄さんの表情が一変する。
 視聴者に一言も説明がないまま、お兄さんは駆け出した。
 ドローンがその後を追おうとしたけれど、すぐに背中が見えなくなり、取り残されてしまう。

 当然、ジローの身に一体なにが!? と大騒ぎに。
 でもどれだけ待ってもジローは戻って来ず、答えは明示されないままで……。
 そして行き着いたのがドローン萌えのようだ。

 私はまた配信をさかのぼる。
 アラートにテンパって、オロオロするお兄さん。
 その顔が、一瞬で真剣なものに切り替わる。

「…………」

 また戻して、オロオロからの真剣な顔。
 戻して、戻して、戻して、戻して……。
 何度も何度も、その表情の切り替わりを、繰り返し見て——。

 力が抜けて、私は机に体重を預ける。
 そのままずるずると、椅子からも転げ落ちた。

「うぅ~……」

 床でバタバタともだえてから、仰向けになった。
 天井に向かって、大きなため息。

「一夫多妻かぁ……」


 ——————

『全然ソロキャンプをしない問題』について。
 裏話を語るなら、まずここに触れなきゃ始まりません。

 こんなタイトルと設定にしているわけですから、私も最初は「主人公がダンジョンでまったりソロキャンプをする話」を書くつもりでいました。
 少なくとも、一話を書いた時点では。
 でも話を掘り下げているうちに、「あ、こっちの方が絶対に面白い」という展開を思いついて、そっちに全力で舵を切ってしまったんですよね。

 その結果、「ソロキャンプ詐欺」に手を染めてしまいました。
 本当に申し訳ありません。
 私もこんなつもりではなかったのです。

 ただ、考えもなしに突っ走ったわけではなくて、ジローのソロキャンプに関しては、書こうと思えば後でいくらでも書けるんですよね。
「初めてダンジョンに潜った時の話」とか「傷ついた魔物を保護し、最終的にセルフ食育みたいになって涙する話」とか、サイドストーリーなら時系列を気にしなくていいぶん、より濃いダンジョンキャンプを書けるんじゃないかなと。
 そういう打算もあって、今の選択をしたわけです。

 なので今は、私が一番面白いと思う展開に向かって突っ走らせていただけたらと思っています。
 その選択が正しかったと言えるように全力を尽くしますので、どうか見届けていただけたら幸いです。
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