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第49話 誤解

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「まず一つだけ、ハッキリさせておきたいことがあって」

 リビングに戻り、私はすぐに切り出した。

「なにかな?」
「お兄さんは、アンリが男の人に乱暴されたとか、考えていませんか?」
「…………」

 お兄さんは表情一つ動かさなかった。
 それなのに、空気が一段と張り詰める。

(……やっぱり、そういうふうに考えるよね)

 ろくに話もできないほど泣きじゃくる妹を見て、兄が真っ先に連想すること……。
 お兄さんのブチギレ方からしても、最悪の想像をしているのは容易よういにわかった。
 まずその勘違いを正す必要がある。

「安心してください。そういうことは一切なかったですから」
「……そうなの?」
「はい。まず男の人は全く関わってないですから。誰一人」
「そうなんだ……」

 ふっと、お兄さんの態度が緩む。

(まあ、女性に乱暴されかけてたけど……)

 でもそれは口が裂けても言えない。

(嘘は言ってない、嘘は言ってない……)

 そう自分に言い聞かせる。

「でもじゃあ、なにがあったの?」
「う~ん……」

 話が入り込みすぎていて、どこまで話せばいいのか……。

「お兄さんは、アンリからどこまで聞いているんですか?」
「ほぼなにも。なんか、二度と俺や春奈ちゃんに会えないとか言ってたけど……どういうこと?」
「…………」

 情報が中途半端すぎる。
 どう説明したらいいものか……。

「実は最近、新しい友達ができて」
「うん」
「その友達の家に、私だけ泊めもらったんですけど、そこで色々すれ違って揉めちゃって……」
「ああ」

 お兄さんが得心とくしんしたような声を出す。

「なんか春奈ちゃんらしくない服着てるなって思ったら、そういうこと?」
「あ、はい……」

 そんな小さなことに気づいていたんだ。

「でもそれ、メンズの服……」
「違います! その子が、男の子っぽい服を着る子だから……」

 声が大きくなってしまった。
 一瞬、ギンのことを話そうかと思う。
 そうすれば、お兄さんの注意を逸らすことができるはずだ。

 でも、できなかった。
 お兄さんとギンの再会は、もっとドラマチックであってほしい。
 少なくとも、私の手で汚したくなかった。

「ほら、アンリってたまにおかしくなるじゃないですか?」
「そう?」
「そうですよ」

 アンリはお兄さんの前では猫を被っているし、お兄さん自身が恒常的こうじょうてきにおかしいので、妹の異常性にまだ気づいていない節がある。

「とにかく、寝て今は冷静になってると思いますよ。ちょっと起こしてきます」

 お兄さんの返事を待たずに、寝室に向かった。
 でもアンリのベッドには、誰もいなかった。
 おかしいなと思いつつ、私のベッドを覗いてみると、アンリはそっちで眠っていた。

(ああ、そっか。お兄さんは、こっちがアンリのベッドだと思ってるから……)

 泣き疲れて眠ったアンリを、お兄さんがベッドまで運んだのだ。
 そのことに、少し微笑ましさを覚える。

「アンリ——」

 でもそんな気持ちは、アンリの寝顔を覗き込んで消し飛んでしまった。
 赤く腫れた目元。
 憔悴しょうすいしきった顔。

 私は倒れ込むようにして、アンリの胸に、そっと額をつける。

(ごめん……本当にごめんね……)

 全部、私のせいだ。

 このまま寝かせてあげたい衝動にかられたけれど、誤解を早く解く方が、彼女のためになる。

「ねえ、起きて。アンリ」

 肩を揺すると、アンリの目が薄く開かれる。

「……春奈?」
「うん」

 アンリがパッと飛び起きた。

「どうしたのっ?」
「え?」
「なんで泣いてるの?」

 アンリの顔が苦渋に歪む。

「まさか、あいつらに……ごめん、私が逃げ帰ったりしたから……」
「違う違う、そういうんじゃないよ」

 こんな状況でも、真っ先に私の心配をするのだ。
 余計に泣きそうになる。

「全部、丸く収まったから」
「え?」
「お互い様ってことになって、全部チャラになったの。ほら、向こうも色々あれだったから」
「じゃあ……」
「アンリは捕まったりしないよ」
「本当!?」
「うん」

 アンリの顔がパッと華やぐ。

「春奈が説得したのっ?」
「え? いや……」
「違うの?」

 確かにそうじゃないと、辻褄つじつまが合わない。
 ギンとの約束もあるし、本当のことは話せないのだ。

「……うん」
「すごいすごい!」

 アンリが抱きついてくる。

「あんな相手を説得するなんて……。さすが春奈!」

 ああ、胸が痛い……。



 —————

 最近『Thisコミュニケーション』という最高に面白い漫画を読みました。
 その作品は中扉に各話の解説が載っていて、それを含めて破茶滅茶に面白かったんですよね。
 その影響をモロに受けて、数話前から解説や裏話のようなものを書くようになりました。

 もちろんそれをノイズだと感じる方がいるのはわかっています。
 でもまあお金をもらって書いているわけでもないし、やりたいようにやろうかなと。

 なので煩わしく感じる方は、後書きは読み飛ばしていただけると幸いです。
 よろしくお願いいたします。
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