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第44話 一夜明けて……

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「……知らない天井だ」

 私は上体を起こす。
 周囲を見回してみても、知らない部屋だった。
 ホテルにでも泊まったんだっけ? と思ってから、ここ数日の混沌とした出来事を思い出した。

「あぁ……」

 自然と、重いため息が漏れた。
 そうだった。
 ここはUDの拠点だ。

(ゲストルームに運ばれたんだ……)

 私はベッドから降りて、部屋を出た。
 拠点の中を所在なくうろうろしていると、昨日の現場に行き当たる。

「うわぁ……」

 ガス爆発でも起きたような惨状だ。
 瓦礫がれきはすでに撤去されているけれど、それでもこれは……。

(生身の人間が二人で、これをやったんだよね……)

 今更だけれど、背筋が冷たくなる。

「危ないよ。崩落ほうらくするかもしれない」

 背後から声をかけられ、私はびくりとする。
 振り返ると、そこにいたのは……。

「やぁ、春奈。おはよう」
「……おはようございます、アマンダさん。アンリは、どこにいるんですか?」
「彼女なら帰ったよ」
「え?」

 アンリが私を残して帰るだなんて……。

「あの後、なにがあったんですか?」

 あまりに耐え難い眠気に、私は寝落ちしてしまったのだ。

 アマンダさんから、その後の顛末てんまつを聞く。
 見逃すことをしにして、アンリに肉体関係を迫ったこと。

「なにそれ……」

 私は呆れ果てる。
 そんなの、さすがのアンリでも逃げ出すに決まっている。

 アマンダさんの態度から、本気だったわけじゃないと、わかるけれど……。

(もし本気だったら、いくらアンリでも、この人から逃げ出せたとは思えないし……)

 この人は本当に、掴みどころがない。

(なにが目的で、そんなことを……)

 私たちの弱みを握り、圧倒的に有利な立場にいるのだ。
 私たちの生殺与奪の権を握っている、とまで言ってしまっていい。

 なのになんでそんな、茶化ちゃかすようなマネをするのか。
 私の立場から見ると、ただ無闇に状況をかき乱しているだけのように思える。

(それにしても……)

 なんだろう、このアマンダさんに対する気持ちは。
 二割の警戒と、一割の親しみと、七割の気まずさ。

「…………」
「どうかしたかい?」
「いや……これが、ストックホルム症候群なのかなって」

 言葉にすることで、彼女に感じている親しみがまがい物だと、自分に言い聞かせる。
 アマンダさんは、ふふっと愉快そうに笑った。

「もっといい例えがあるよ」
「なんですか?」
「一夜を共にした後の気まずさ」

 かっと顔が熱くなる。

「お腹、空いているだろう? ご飯、食べていくかい」

 いりません、と反射的に答えそうになる。
 でもここで私まで逃げ帰ったら、なんの成果も得られませんでしたになってしまう。

(せっかく虎穴こけつにいるんだ……)

「……いただきます」
「わかった」
「その前に、洗面所を借りていいですか?」
「もちろん。シャワーも浴びたらどうだい。汗をかいただろ?」
「……かかされたんですよ」

 あなたに、と心の中で付け加える。

 バスルームに案内され、私はシャワーを浴びた。
 汗と汚れを落としてから、最後に冷水を頭からかけた。

「いぎぃっ」

 変な声が出た。
 心臓が縮み上がる。

 でもおかげで、頭がシャキッとし、気合いも入る。
 これから私は、あのアマンダ・D・ホプキンスと向き合うのだ。

 洗面所にはバスタオル、ドライヤー、清潔な服(サイズ的にギンの着替えだろうか?)、使い捨ての歯ブラシ、トラベル用のスキンケアセットが用意されている。

(ちゃんとしたホテルみたい……)

 それらで身なりを整えた。
 ジーパンにパーカー。
 やっぱりギンの着替えっぽかった。

 私は鏡で服装をチェックする。
 こんな男の子っぽい服を着るのは初めてだから、なんだか新鮮だ。

「…………」

 きっとさっきのアマンダさんの、「一夜を共にした後の気まずさ」ってセリフに引きづられたのだろう。
 突発的なお泊まり会の後に、彼氏の服を借りているような気分になる。

(そんな経験、一度もないけど……)

 ふと、無意識のうちに想定していた彼氏が、お兄さんであることに気づく。
 私は一人、赤面した。

(なにしてるんだろ、私……こんなことしてる場合じゃないのに……)

 今さっき冷水で気合いを入れたばかりなのに。
 どうして私はこうも呑気なのだろう。

 洗面所を出ると、女性が私を待っていた。

「ご案内します」

 なんかくノ一っぽい人だった。

(あ、この人……昨日、床で寝てた人だ)

 アマンダさんとアンリがバチバチにやり合っている時に、なぜか床で寝ている四人組がいたのだ。
 この人もアマンダ一派のはずだけど、大騒動の最中に呑気に寝ていた同志として、ちょっとしたシンパシーを感じた。

 ダイニングにまで案内される。
 エプロン姿のアマンダさんが、本を読みながら私を待っていた。

「すっきりしたかい?」
「はい。遅くなってすみません」
「気にしなくていいさ」

 アマンダさんは立ち上がると、キッチンに立った。

「日本食にはうとくてね。アレルギーや嫌いなものはないんだよね」
「……はい」

 完成間近で中断していたのだろう、すぐに温かい料理が出てくる。
 色鮮やかなサラダと、ベーコンエッグ、トースト。
 それからアメリカーノまで……。

(全部把握されてる……)

 一晩中くすぐられて、趣味嗜好に至るまで、全てを開示させられてしまった。
 なんであんな無関係な質問を……とも思うけれど、きっとそれも尋問のテクニックなのだろう。

 刑事ドラマかなにかで、聞きかじった記憶がある。
 事件とは関係のない質問をして、被疑者になんでもいいから答えさせる。
 そうすることで、口が滑りやすくなるとかなんとか。

(私が本当に機密情報を持ち出してないって、信じてもらえたってことでいいんだよね……?)

 じゃなきゃ、あの一夜が報われない。

「変なものは入っていないから、気にせずに食べな」
「……いただきます」

 今更、そんなことを疑ったりはしない。
 小細工をする必要が、向こうにはないからだ。

 サラダを口に運ぶ。
 紫蘇しその香りが、ほんのりとする。
 食べ慣れない味だけれど……。

(美味しい……)

 料理までできるのか、この人は。


 ——————

 励ましてくれた方、本当にありがとうございます。
 おかげで、これからも頑張ろうと思えました。
 否定的な意見にも感謝しております。
 参考になりますし、読んでいただけるだけでありがたいですから。
 ご期待に添えるように努力しますので、これからもよろしくお願いします。
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