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第21話 葉脈地図
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このエピソードは、2話と3話の間の出来事です。
タイミングを見て、順番を変更しようと考えています。
———————
「それにしても、紗香。あれは……」
健吾さんが声を震わせる。
「ふふ。そうよね……」
優子さんに至っては、声どころか肩まで震えていた。
「え? なんですか?」
「なんですかって……」
ダムが決壊するように、どっと笑い声が弾けた。
「なんだよあの悲鳴は!」
「普段は大人しい紗香ちゃんがっ」
顔がカッと熱くなる。
「や、やめてくださいっ」
「それはこっちのセリフだっての。俺、マジでビビったんだからな。新手の魔物が襲ってきたんだと思って」
「ジャイアンも気圧されてたからね。魔物が後退るの、初めて見たもん」
「あれを極めたら、Bランクくらいには簡単になれるんじゃね?」
「なに言ってるのよ。あっという間にSランクよ」
「だからやめてくださいってっ」
自分でもびっくりしたのだ。
まさか私に、あんな大声が出せるなんて。
「……ちゃんと喉のケアをした方がいい」
ボソリとした亮輔さんの言葉に、また笑いが弾ける。
「もう……亮輔さんまで……」
でもそのからかいに、私を励ます意図が感じられるから、嫌な気持ちにはならなかった。
道中の会話が盛り上がる。
その合間を縫うように、亮輔さんが口を開いた。
「……ここ」
「ん? どうした亮輔」
「ジロード」
健吾さんと優子さんがハッとする。
私は二人のその反応に驚いた。
「そうか……確かにそうだ」
「うっかりしていたわね……」
「……なにか問題があるんですか?」
「いや、大丈夫。そういう時期じゃないから」
「ええ。確かまだ一週間とかだもんね」
和気藹々とした空気が一変して、私は不安になってくる。
「ジロードってなんですか? 割ったら中から宝石でも出てくるんですか?」
「それはジオードだな」
ふっと笑いが漏れ、張り詰めていた空気が弛緩する。
私は「よし」と胸の内でガッツポーズした。
勇気を出して小ボケをかました甲斐があった。
「ちょうどいいか。ジロードの説明も、いつかはしなきゃいけないんだから」
健吾さんは解説モードに入ったようだ。
元小学生教諭だからか、健吾さんの説明はとてもわかりやすい。
「まず大前提としてなんだけど、ダンジョンの正確な地図はこの世に存在しないんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。ほら、ここに来るまでに、何度か馬鹿広い空間を通ってきただろう?」
「はい」
「おかしいと思わなかったか? あの天井の高さ。俺たちが下りた階段よりも、ずっと高いじゃないか」
私はハッとする。
ずっと気を張っていて、そこまで考えていなかった。
でも言われてみれば、確かに変だ。
あの高さなら、上の階と繋がっていないとおかしい。
「……時空が歪んでる?」
「そういうこと。例えば……」
健吾さんが前を指差した。
「壁を突き破ってひたすら直進したとする。そしたら」
今度はその指で背後を指し示す。
「逆側から同じ場所に戻ってくるかもしれない。ここはそういう場所なんだ。平面上に、正確な地図を記すのはまず不可能。一応あるにはあるらしいんだけど……複雑すぎて逆に混乱してしまう。そこでだ、冒険者たちは葉脈地図を独自で作るんだ」
「葉脈地図、ですか?」
亮輔さんが折り畳まれた紙を取り出す。
それを広げて、胸の前で掲げた。
「これが葉脈地図」と健吾さんが言う。
紙の中央に直線が引かれて、そこからウネウネとした線が伸びている。
「この直線が、アイスガーデンの攻略ルートだな」
「攻略ルート?」
「ダンジョンの上層階は、あまり旨味がないんだ。特にここみたいに攻略が進んだダンジョンはな。アイテムなんて取り尽くされてるし、魔物を狩ったからって、ゲームみたいに経験値がもらえるわけじゃない。アイテムやお金もドロップしない」
「でも、魔物の素材は売れるんじゃないですか?」
「まあそうなんだけど。でも上層階に出没する魔物じゃ、二束三文だ。運搬コストの方が高い」
「なるほど」
「ちなみに、それを専門にしてる連中もいるけどな。『掃除屋』って言って、狩られたまま放置された魔物を解体して売るっていう」
「それって大丈夫なんですか?」
「法律上はアウトだな。魔物の素材の所有権は、狩ったパーティにあるから。でも魔物の死骸を放置してると、血の臭いに引き寄せられた別の魔物が争ったりして、ダンジョン内が荒れるんだよ。だからみんな、黙認してる」
「へぇ」
「それを悪用してた連中もいたけどな」
健吾さんが苦い顔になる。
「ダンジョンパークで張り込んで、戻ってきた掃除屋を脅すんだよ。『それは俺たちが狩った魔物だ。盗む気か』って。それであがりを全部かっさらって行くんだ。そのせいで一時期、掃除屋がいなくなったんだよ。ダンジョン内が荒れて、本当に迷惑した」
「……酷い話ですね」
「まあでも、そいつらはもういなくなったけどな。ギルドごと壊滅したから」
話が逸れた、と健吾さんが言う。
「とにかく、上層階はさっさと通過して、適正階層まで降りるってのがセオリーなんだ。ダンジョンは複雑で、正解のルートなんてものはない。だからそれぞれ、自分たちに合ったルートを模索するんだ。基本はパーティごとに違うんだけど、俺たちみたいにギルド全体で共有しているところもある。個人の独自ルートを持つ人もいるな。紗香の場合、虫型の魔物の縄張りを避けるルートとか」
私は力強く頷く。
それは絶対条件だ。
健吾さんが亮輔さんの持つ地図を示す。
「この直線の左端が上に続く階段、右端が下に続く階段だ。そしてこの直線が、さっき言った通り、アイスガーデンの攻略ルートだ」
「こんな真っ直ぐに……?」
「どうせ時空が歪んでるんだから、曲がり道を表現しても意味がないんだ。だから攻略ルートを基準にして、そこから脇道を記していくんだ。大雑把な目印や、魔物の情報なんかと一緒にな」
「この丸や三角の記号は?」
「繋がってる道だな。ただでさえ時空が歪んでる上に、測量もクソもないから、こんなふうに地図の右上と左下が繋がってしまうこともザラにある。でもこれが、一番わかりやすいんだ。仲間とはぐれても、この地図さえあれば、とりあえず攻略ルート上に戻ってくることはできるから。もちろん、地図に載ってないダンジョンの奥にまで行ってしまった場合は、話は別だけど」
「なるほど……まるで葉脈みたいだから、葉脈地図って呼ばれてるんですね」
「そういうこと」
めちゃくちゃ理に適っている。
タイミングを見て、順番を変更しようと考えています。
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「それにしても、紗香。あれは……」
健吾さんが声を震わせる。
「ふふ。そうよね……」
優子さんに至っては、声どころか肩まで震えていた。
「え? なんですか?」
「なんですかって……」
ダムが決壊するように、どっと笑い声が弾けた。
「なんだよあの悲鳴は!」
「普段は大人しい紗香ちゃんがっ」
顔がカッと熱くなる。
「や、やめてくださいっ」
「それはこっちのセリフだっての。俺、マジでビビったんだからな。新手の魔物が襲ってきたんだと思って」
「ジャイアンも気圧されてたからね。魔物が後退るの、初めて見たもん」
「あれを極めたら、Bランクくらいには簡単になれるんじゃね?」
「なに言ってるのよ。あっという間にSランクよ」
「だからやめてくださいってっ」
自分でもびっくりしたのだ。
まさか私に、あんな大声が出せるなんて。
「……ちゃんと喉のケアをした方がいい」
ボソリとした亮輔さんの言葉に、また笑いが弾ける。
「もう……亮輔さんまで……」
でもそのからかいに、私を励ます意図が感じられるから、嫌な気持ちにはならなかった。
道中の会話が盛り上がる。
その合間を縫うように、亮輔さんが口を開いた。
「……ここ」
「ん? どうした亮輔」
「ジロード」
健吾さんと優子さんがハッとする。
私は二人のその反応に驚いた。
「そうか……確かにそうだ」
「うっかりしていたわね……」
「……なにか問題があるんですか?」
「いや、大丈夫。そういう時期じゃないから」
「ええ。確かまだ一週間とかだもんね」
和気藹々とした空気が一変して、私は不安になってくる。
「ジロードってなんですか? 割ったら中から宝石でも出てくるんですか?」
「それはジオードだな」
ふっと笑いが漏れ、張り詰めていた空気が弛緩する。
私は「よし」と胸の内でガッツポーズした。
勇気を出して小ボケをかました甲斐があった。
「ちょうどいいか。ジロードの説明も、いつかはしなきゃいけないんだから」
健吾さんは解説モードに入ったようだ。
元小学生教諭だからか、健吾さんの説明はとてもわかりやすい。
「まず大前提としてなんだけど、ダンジョンの正確な地図はこの世に存在しないんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。ほら、ここに来るまでに、何度か馬鹿広い空間を通ってきただろう?」
「はい」
「おかしいと思わなかったか? あの天井の高さ。俺たちが下りた階段よりも、ずっと高いじゃないか」
私はハッとする。
ずっと気を張っていて、そこまで考えていなかった。
でも言われてみれば、確かに変だ。
あの高さなら、上の階と繋がっていないとおかしい。
「……時空が歪んでる?」
「そういうこと。例えば……」
健吾さんが前を指差した。
「壁を突き破ってひたすら直進したとする。そしたら」
今度はその指で背後を指し示す。
「逆側から同じ場所に戻ってくるかもしれない。ここはそういう場所なんだ。平面上に、正確な地図を記すのはまず不可能。一応あるにはあるらしいんだけど……複雑すぎて逆に混乱してしまう。そこでだ、冒険者たちは葉脈地図を独自で作るんだ」
「葉脈地図、ですか?」
亮輔さんが折り畳まれた紙を取り出す。
それを広げて、胸の前で掲げた。
「これが葉脈地図」と健吾さんが言う。
紙の中央に直線が引かれて、そこからウネウネとした線が伸びている。
「この直線が、アイスガーデンの攻略ルートだな」
「攻略ルート?」
「ダンジョンの上層階は、あまり旨味がないんだ。特にここみたいに攻略が進んだダンジョンはな。アイテムなんて取り尽くされてるし、魔物を狩ったからって、ゲームみたいに経験値がもらえるわけじゃない。アイテムやお金もドロップしない」
「でも、魔物の素材は売れるんじゃないですか?」
「まあそうなんだけど。でも上層階に出没する魔物じゃ、二束三文だ。運搬コストの方が高い」
「なるほど」
「ちなみに、それを専門にしてる連中もいるけどな。『掃除屋』って言って、狩られたまま放置された魔物を解体して売るっていう」
「それって大丈夫なんですか?」
「法律上はアウトだな。魔物の素材の所有権は、狩ったパーティにあるから。でも魔物の死骸を放置してると、血の臭いに引き寄せられた別の魔物が争ったりして、ダンジョン内が荒れるんだよ。だからみんな、黙認してる」
「へぇ」
「それを悪用してた連中もいたけどな」
健吾さんが苦い顔になる。
「ダンジョンパークで張り込んで、戻ってきた掃除屋を脅すんだよ。『それは俺たちが狩った魔物だ。盗む気か』って。それであがりを全部かっさらって行くんだ。そのせいで一時期、掃除屋がいなくなったんだよ。ダンジョン内が荒れて、本当に迷惑した」
「……酷い話ですね」
「まあでも、そいつらはもういなくなったけどな。ギルドごと壊滅したから」
話が逸れた、と健吾さんが言う。
「とにかく、上層階はさっさと通過して、適正階層まで降りるってのがセオリーなんだ。ダンジョンは複雑で、正解のルートなんてものはない。だからそれぞれ、自分たちに合ったルートを模索するんだ。基本はパーティごとに違うんだけど、俺たちみたいにギルド全体で共有しているところもある。個人の独自ルートを持つ人もいるな。紗香の場合、虫型の魔物の縄張りを避けるルートとか」
私は力強く頷く。
それは絶対条件だ。
健吾さんが亮輔さんの持つ地図を示す。
「この直線の左端が上に続く階段、右端が下に続く階段だ。そしてこの直線が、さっき言った通り、アイスガーデンの攻略ルートだ」
「こんな真っ直ぐに……?」
「どうせ時空が歪んでるんだから、曲がり道を表現しても意味がないんだ。だから攻略ルートを基準にして、そこから脇道を記していくんだ。大雑把な目印や、魔物の情報なんかと一緒にな」
「この丸や三角の記号は?」
「繋がってる道だな。ただでさえ時空が歪んでる上に、測量もクソもないから、こんなふうに地図の右上と左下が繋がってしまうこともザラにある。でもこれが、一番わかりやすいんだ。仲間とはぐれても、この地図さえあれば、とりあえず攻略ルート上に戻ってくることはできるから。もちろん、地図に載ってないダンジョンの奥にまで行ってしまった場合は、話は別だけど」
「なるほど……まるで葉脈みたいだから、葉脈地図って呼ばれてるんですね」
「そういうこと」
めちゃくちゃ理に適っている。
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