ソロキャンパージロー、今日もS級ダンジョンでのんびり配信。〜地上がパニックになってることを、彼だけが知らない〜

相上和音

文字の大きさ
上 下
23 / 114

第20話 ジャイアン

しおりを挟む
 このエピソードは、2話と3話の間の出来事です。
 タイミングを見て、順番を変更しようと考えています。
 ———————


「ギィイイイイイイヤァアアアアアア!!!」

 ジャイアンの群れに取り囲まれる。

「キィィイイイイイイ——」

 巨大な蟻の魔物だ。
 ジャイアントアント、だからジャイアンなんだろうけど、略称でも通称でもなく、それが正式名称らしい。
 誰がそんなふざけた名前をつけたのか。

「——ィイイイイイッモォオオオッ!!!」

 ちなみにこの声は、ジャイアンの鳴き声ではなく、私の悲鳴だ。

「落ち着け、紗香さやか

 健吾けんごさんが私の肩に手を置いた。

「ジャイアンはそこまで強い魔物じゃない。落ち着いて対処すれば大丈夫だから」
「ち、ち、ち、違います! わ、わ、私っ、む、虫がっ! 虫がダメなんです!」
「だったら目をつむってなさい。その間に、私たちで片付けるから」

 優子ゆうこさんが私をかばうように一歩前に進み出た。

「行くわよ、健吾! 亮輔りょうすけは紗香ちゃんの護衛!」
「おう!」
「っ!」

 優子さんの掛け声に、健吾さんと亮輔さんが瞬時に応じる。
 私を目を固くつむった。
 戦闘音に紛れて、ぐしゅっと湿り気を帯びた音がする。

 虫の潰れる音——。 

 それだけで、めまいがした。
 肩をツンツンとされる感触に、私は薄目を開ける。

「……座って。耳、塞いでて」

 亮輔さんに小声で言われ、私はすぐにその言葉に従った。

 五分くらい経っただろうか。

「終わったわよ、紗香ちゃん」

 優子さんの穏やかな声がする。

「あ、でもまだ目を開けちゃダメよ。ちょっと見るに耐えない惨状だから。ほら、手を貸して。引っ張って行ってあげる」
「す、すみません……足に力が入らなくて……」
「あらら。亮輔」
「……ごめんよ」
「わっ!」

 私は亮輔さんに抱き上げられる。
 そのままお姫様のように運ばれた。

「この辺りまで来れば十分ね」

 優子さんの言葉を受け、亮輔さんが私をそっと地面に下ろす。
 人生初のお姫様抱っこ、という別ベクトルの衝撃が加わったせいか、ジャイアンの衝撃は薄れていた。
 まだ力は抜けたままだけれど、ちゃんと自分の足で立つことができた。

「ほら、もう目を開けてもいいわよ」

 私は恐る恐る目を開ける。
 ジャイアンの姿はどこにもない。
 私はようやく、安堵あんどの息をつく。

「本当にすみません……私……」
「気にすることはねえよ。まだ初心者なんだ、そういうこともあるさ。なぁ、亮輔」

 健吾さんに話を振られ、亮輔さんもコクコクと頷く。

「……気にしなくていい」
「ありがとうございます……」

 二人の気遣いは嬉しかったけれど、やっぱり気持ちは晴れなかった。
 まぶたの裏には、あの凶悪なジャイアンの顔がまだ張り付いている。

「……私、冒険者に向いてないんですかね……? ギリギリEランクに滑り込めただけだし……」
「そんなことないって。機転も効くし、体力もある。ちょっと力は弱いけど、戦闘能力が全てじゃないからな」
「パーティは助け合うものだから……サポート役も大事……」
「そうそう! 亮輔の言う通り!」

 優子さんが私の顔を覗き込んでくる。

「でも、本当に虫がダメなのね。面接の時に聞いていたけれど、まさかあれほどなんて」
「すみません……小学生のころに、ちょっとトラウマがあって……」
「どんな?」
「男子に上履うわばきの中にカブトムシのサナギを入れられたんです……私はそれに気づかず、そのまま足を……」

 三人の顔が引きつった。

「それは、なかなかね……」
「中学生になって、その男子に告白されて……実は小学生のころから好きだったって……」
「ああ、好きな人に意地悪したくなるみたいな?」
「マジぶっ殺してやろうかと思いましたよ」
「わー、今からでも実行しそうな顔」

 本当にトラウマなのだ。

「でもカブトムシのサナギだろ? ちょっとその男子の気持ちもわかるな」
「……レア」
「な。自慢したかったんじゃね?」
「…………」
「ちょっと男子ー。紗香ちゃんの殺意がそっちに向いちゃってるわよー?」

 健吾さんと亮輔さんが、あわあわと謝罪してくる。

「それにしても、アリでもダメなのね。私も虫が平気ってわけじゃないけど、見慣れてるからか、ジャイアンは大丈夫なのよね」
「俺の知り合いの虫嫌いは、魔物なら平気って言ってたな。馬鹿でかいから、もう虫として認識できないって」
「ああ、そういう面もあるかも」
「その……私はなんというか、虫という概念がいねんがもうダメで……だから大きければ大きいほど、むしろ拒絶反応が……」
「それは重症ね……とにかく紗香ちゃんは、初期のダンジョンは絶対にNGね」
「初期のダンジョン、ですか?」

 健吾さんが説明してくれる。

「ゲートが出現した時期で、大雑把に初期中期後期って分けられてるんだよ。で、初期のころのダンジョンには、虫型の魔物がうじゃうじゃいてさ」

 想像しただけで卒倒そっとうしそうになる。

「でもこの東池袋は、中期のダンジョンだから、虫型の魔物が比較的少ないんだよ」
「後期ならジャイアンも見かけないって話だしね」

 優子さんの補足に、私はすぐさま飛びついた。

「後期! 私、後期がいいです!」
「そうね。もう少し実戦を積んだら、遠征してみましょうか」
「……今すぐじゃダメなんですか?」

 健吾さんが声をあげて笑う。

「本当に嫌なんだな」
「……すみません」

 恥ずかしくて消えたくなる。

「謝らなくてもいい。誰にだって苦手なものはあるからな。ただ、攻略が進んでるダンジョンの方が新人研修には向いてるんだよ。特にこの東池袋は、S級認定されてるけど、大都会だけあって潜る人も多くて、上層階はかなり安全だから」
「なるほど……」

 いきなりS級ダンジョンに潜ると言われた時は焦ったけれど、ちゃんと考えられていたんだ。

「都会のダンジョンは癖も少ない。情報も豊富。だからうちでは、ここを研修の場所にしてるんだよ」

 その説明を聞いて、私は改めて、アイスガーデンに入ってよかったと思う。

(本当に、みんな優しい……)

 健吾さんはAランクで、優子さんと亮輔さんはBランクだ。
 そんなギルドの主力たちが、私のような初心者の研修を担当してくれるのだ。 

 研修を終えれば、私は別の人たちとパーティを組むことになる。
 少し不安で、寂しいけれど、彼らが主軸のギルドなのだ。
 他の人たちとも、きっとうまくやれると思う。

(虫嫌いなんて克服こくふくしなきゃ……みんなの役に立つために……)

 私は固く決意する。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勇者PTを追放されたので獣娘たちに乗り換えて楽しく生きる

まったりー
ファンタジー
勇者を支援する為に召喚され、5年の間ユニークスキル【カードダス】で支援して来た主人公は、突然の冤罪を受け勇者PTを追放されてしまいました。 そんな主人公は、ギルドで出会った獣人のPTと仲良くなり、彼女たちの為にスキルを使う事を決め、獣人たちが暮らしやすい場所を作る為に奮闘する物語です。

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

『転生したら「村」だった件 〜最強の移動要塞で世界を救います〜』

ソコニ
ファンタジー
29歳の過労死サラリーマン・御影要が目覚めたのは、なんと「村」として転生した姿だった。 誰もいない村の守護者となった要は、偶然迷い込んできた少年リオを最初の住民として迎え入れ、徐々に「村」としての力を開花させていく。【村レベル:1】【住民数:0】【スキル:基本生活機能】から始まった異世界生活。

ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。

夜兎ましろ
ファンタジー
 高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。  ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。  バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

処理中です...