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第二十一章 広い休日
恋人
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夜になり、ナギの保護者扱いのアースがディナー・ジャケットに着替えてくると、パーティーが始まった。料理は立食パーティー用に各テーブルに用意され、そこから好きなものを持っていく形になった。ビュッフェとは少し違っていた。
食事中は、皿や酒などの飲み物を持った人で溢れかえるため、注意して歩き回らなければならない。各々が緊張していたが、ホールは広かったため、慣れてくるとリラックスして食事を進めることができるようになった。
「ダンスパーティーは今日だけなのね」
周りの人間からすると少し背の低い女性が、メティスの元へやってきた。赤いドレスの女性で、美人とは言えないが品位のある人だった。
メティスは彼女の肩に手を伸ばすと、ナリアとその恋人であるセベルのところへ案内した。そこには、赤ん坊のマトヴェイを抱えたヴァルトルートとエルザがいた。ナリアの肩には二匹の猫が乗っていたが、誰も気にすることはなかった。セベルはどこかへ言ってしまっていなかった。
「シェアトさん」
ナリアは、そう言って、まるでデイジーの花が開くような、明るい笑顔で二人を迎えた。メティスと共にいるシェアトは、同じように明るい笑顔をナリアに返した。
ナリアの肩にいるジルとユーグは、交代で赤ちゃんをあやしていたが、そのうちにマトヴェイがシェアトの方に手を伸ばしていったので、ヴァルトルートとエルザは、顔を見合わせた。
「わたしたちで育てようと思っていたけど、本当に彼が求める夫婦がいたってことなのね、ヴァルトルート」
そう言って、赤ちゃんをシェアトに渡すと、赤ちゃんはシェアトの腕の中で笑い始めた。
「誕生日を、どうしましょう。この子、今何ヶ月なのかも分からないし、ラヴロフが消えた日を誕生日になんてしたくないし。何も考えていなかったわ」
ヴァルトルートが戸惑っていると、シェアトが赤ちゃんをあやしながら、こう言った。
「今日じゃ、ダメかしら? なんだか、この子を抱いていると、わたしたち夫婦に子供ができたみたいで」
すると、ナリアがくすくすと笑った。
「マトヴェイ君は、もう、あなた方の子供なんですから、お好きになさるのが良いと思いますよ。ね、それで良いでしょう、ヴァルトルートさん、エルザさん」
ヴァルトルートもエルザも、少し安心したような表情をした。
「私たち、現時点で無職だし、フェマルコート家にお世話になっているだけの身分で子育てなんてできないもの。ちゃんと働いている人たちに引き取られた方がいいわ」
エルザがそう言うので、シェアトは嬉しそうにそこにいた全員を見渡した。
「ここ十年はまだ地球にいるつもりだから、シェアトにはきちんと子育てをしてもらうよ。私はその分働いているから。最近ではウエディングケーキも焼けるようになったんだ。今日のケーキは私とナリアの合作なんだよ」
メティスはそう言って、先ほど使われて、そのあと切って出されたウエディングケーキを指差した。三段に積み上がってレースの模様が施された立派なもので、ナリアのアイデアで多種のフルーツが盛り付けられていた。
「私とシェアトはまだ結婚式を上げていないんだ。来年あたり、お願いしたいものだね」
メティスは、そう言って、赤ちゃんを抱いているシェアトの肩をより強く引き寄せて、彼女と赤ちゃんにキスをした。
メティスとシェアトはナリアたちに挨拶して、エルザからオムツやミルクなどの必需品を預かると、その場から去っていった。
ナリアはそのままそこにいたが、そのうちヴァルトルートたちも他の場所へ呼ばれて行ってしまった。一人だけになると、ナリアはテーブルの上のケーキを手に取って、そのお皿を肩に近づけた。すると、ジルとユーグは勢いよく飛び降りて、床に置かれた食事にありついた。
「ジル、ユーグ、もう少ししたら人間の姿におなりなさい。ここではその方が羽を伸ばせそうですから」
そう言って、会場を見渡した。しかし一人の時間はそう長くは続かなかった。ナリアの元に、同じく一人でいた実花がやってきたからだ。
「ナリアさん」
ナリアが一人でいるのを認めると、実花は嬉しそうにやってきて食事をしている二匹の猫を撫でた。
「ゆっくりお話しするのは、初めてですね、実花さん」
実花は、話しかけられて、顔を赤らめた。実花のドレスは薄い緑で、膝丈より少し長めだった。撫でるのをやめて立ち上がると、ナリアに一礼した。
「せっかくの猫ちゃんとのお時間、邪魔だったでしょうか?」
そう聞いてきたので、ナリアはにこりと笑った。
「せっかくのパーティーで、無粋なことはおっしゃらないで。わたくしも、少し寂しくなっていたところなのですよ。それに」
ナリアは、食事を終えた猫が自分の肩の上に戻って顔を洗っているのを確認して、実花に笑いかけた。
「先ほどからずっとこうですから、ダンスも踊れていないのですよ。寂しいでしょう?」
「寂しくは、見えません。猫ちゃんが二匹もいれば、幸せこの上ないですよ」
すると、ナリアはくすくすと笑った。
「ジル、ユーグ、お庭で遊んでいらっしゃい」
すると、猫二匹はナリアの肩から飛び降りてふわりと床に降りると、そのままどこかへ行ってしまった。
実花はびっくりしてナリアを見た。
「いいんですか?」
聞くと、ナリアはにこりと笑った。
「何か、相談がおありなんでしょう? 猫を探しに行ったといえば、皆さんも許してくれます」
実花は、ナリアが何もかもお見通しなのを見て、内心びっくりとした。
ナリアが近くの人に何かを告げて実花をエスコートする。知らない人たちもいる会場内を出口まで進んでいくと、そこからは涼しく爽やかな風が吹き込んできた。
外に出ると、冬の凜とした寒さの中にも澄んだ空気が感じられて、気持ちがよかった。ナリアに連れられて、南棟の正面にあるよく整備されたイングリッシュ・ガーデンに着くと、そこには二匹の猫がいて、楽しそうに遊んでいた。
ナリアは、猫たちをそのままに、東屋まで歩いて行った。ベンチに座り、ナリアから防寒用のブランケットを受け取ると、外が結構寒いということが実感できた。
「ナリアさんは、寒さにお強いんですね」
聞くと、ナリアは微笑んで、首を傾げた。
「安曇野も寒いでしょう? わたくしが育った場所も同じですよ」
実花は、それを聞いてなんだかホッとした。ナリアとの距離が少し縮まって、話がしやすくなった気がする。
実花は、それでも躊躇っていたので、大きくため息をつくしかなかった。
「ナリアさん、こんなこと、相談するって、馬鹿馬鹿しいと思いますよね」
ナリアは、どこから持ってきたのか、温かいスープを実花に渡した。
不思議な女性だ。まるでマジシャンみたいに、いろんなものを出してくる。
実花は、スープを受け取ると、まだ熱いので飲むのをためらった。ナリアが少し真剣な眼差しを向けてくる。
「相談しないといけないと思った以上、それは相談するべきではないでしょうか。後からあれこれ考えても、頭がぐちゃぐちゃになってしまうだけですよ」
「でも、ナリアさんはもう、私の悩み事をご存知なんでしょう?」
ナリアは、なんともない顔でスープを一口、飲んだ。そして、にこりと笑った。
「シリウスを脅して、読唇術で読んでもらいました」
実花の背筋が、凍った。
なんの躊躇いもなく、笑顔でこのようなことを言う。内容を知られたことよりも、シリウスをどのような手段で脅したのか、そっちの方が気になった。
「ナリアさん」
寒いからだろうか。背筋がゾワッとする。ナリアは何もなかったかのようにスープを飲んでいた。
そして、少し寂しそうな顔をして、実花に詫びた。
「ごめんなさい。相談に来てくれたのに、怖がらせてしまいましたね」
実花は、先ほどの寂しそうな顔はなんだったのだろうと訝しみながらも、ナリアに相談をすることにした。
「いいんです。ナリアさん、正直な方で安心しました。私」
言いかけて、言葉を止める。横にいたナリアが、手のひらをかざして実花の言葉を止めた。
「出てきなさい、無粋な方」
すると、東屋を囲む茂みの間から、誰かが出てきた。
「無粋なのはあんたの方だろ、俺と実花の話を盗み聞きとか」
随分と体格の良い男、悠太だった。
悠太は、自分の服についた常緑樹の茂みの葉を手で払った。そして、東屋の中に入ると、実花たちの正面に座った。
「ナリアさん、俺と実花のことはしばらく内緒にしておいてくれないか」
悠太は、そう言って顔をポリポリと指で掻いた。すると、ナリアは人差し指を立ててにこりと笑った。
「交換条件です。セベルに、あなたがたを探ったことを内緒にしておいてくださいな」
悠太は、朝飯前だと思った。実花も、そんなことならばわけないですと言っていた。だが、そういえばセベルがいない。
「セベルさんって、ナリアさんの恋人ですよね」
悠太がびっくりして聞くと、ナリアは笑顔で、はい、と答えた。
「なんでここにいないんですか?」
実花が聞くと、ナリアは笑顔でこう言った。
「アースのところに行ってしまいました」
そう言ったナリアは急に悲しい顔をした。目に涙を溜め、必死で耐えている。実花や悠太から目をそらすが、ついには、ナリアは手で顔を覆って嘆いてしまった。
「いつもこうなんですよ」
ナリアが手で顔を覆ったまま肩を震わせていると、実花がナリアの乱れたブランケットを整えて、肩に手を回した。
「ナリアさん、お力になれることは?」
実花が優しく訊ねると、ナリアは顔を上げて涙を吹いた。
「申し訳ありません。このような席でわたくし」
「会場ではなかったのでセーフですよ」
そう言って、ハンカチを手渡した。ナリアはそれを受け取ると、涙を拭いて、右手の人差し指で鼻の頭をトントン、と叩いた。
すると、ナリアの化粧は全て元通りになり、涙の跡もなくなっていた。
「ナリアさんは魔法使いですね」
ナリアはそう実花に言われて照れた。猫が二匹、すでに肩の上に乗っている。利口な猫たちだ、と、実花と悠太は舌を巻いた。
一日目の結婚式の昼から夜にかけてのパーティーは、夜も更けてお開きになった。みんなそれぞれの宿泊先に散っていき、明日の夜に開かれるクリスマス・イヴのパーティーに備えることになった。
食事中は、皿や酒などの飲み物を持った人で溢れかえるため、注意して歩き回らなければならない。各々が緊張していたが、ホールは広かったため、慣れてくるとリラックスして食事を進めることができるようになった。
「ダンスパーティーは今日だけなのね」
周りの人間からすると少し背の低い女性が、メティスの元へやってきた。赤いドレスの女性で、美人とは言えないが品位のある人だった。
メティスは彼女の肩に手を伸ばすと、ナリアとその恋人であるセベルのところへ案内した。そこには、赤ん坊のマトヴェイを抱えたヴァルトルートとエルザがいた。ナリアの肩には二匹の猫が乗っていたが、誰も気にすることはなかった。セベルはどこかへ言ってしまっていなかった。
「シェアトさん」
ナリアは、そう言って、まるでデイジーの花が開くような、明るい笑顔で二人を迎えた。メティスと共にいるシェアトは、同じように明るい笑顔をナリアに返した。
ナリアの肩にいるジルとユーグは、交代で赤ちゃんをあやしていたが、そのうちにマトヴェイがシェアトの方に手を伸ばしていったので、ヴァルトルートとエルザは、顔を見合わせた。
「わたしたちで育てようと思っていたけど、本当に彼が求める夫婦がいたってことなのね、ヴァルトルート」
そう言って、赤ちゃんをシェアトに渡すと、赤ちゃんはシェアトの腕の中で笑い始めた。
「誕生日を、どうしましょう。この子、今何ヶ月なのかも分からないし、ラヴロフが消えた日を誕生日になんてしたくないし。何も考えていなかったわ」
ヴァルトルートが戸惑っていると、シェアトが赤ちゃんをあやしながら、こう言った。
「今日じゃ、ダメかしら? なんだか、この子を抱いていると、わたしたち夫婦に子供ができたみたいで」
すると、ナリアがくすくすと笑った。
「マトヴェイ君は、もう、あなた方の子供なんですから、お好きになさるのが良いと思いますよ。ね、それで良いでしょう、ヴァルトルートさん、エルザさん」
ヴァルトルートもエルザも、少し安心したような表情をした。
「私たち、現時点で無職だし、フェマルコート家にお世話になっているだけの身分で子育てなんてできないもの。ちゃんと働いている人たちに引き取られた方がいいわ」
エルザがそう言うので、シェアトは嬉しそうにそこにいた全員を見渡した。
「ここ十年はまだ地球にいるつもりだから、シェアトにはきちんと子育てをしてもらうよ。私はその分働いているから。最近ではウエディングケーキも焼けるようになったんだ。今日のケーキは私とナリアの合作なんだよ」
メティスはそう言って、先ほど使われて、そのあと切って出されたウエディングケーキを指差した。三段に積み上がってレースの模様が施された立派なもので、ナリアのアイデアで多種のフルーツが盛り付けられていた。
「私とシェアトはまだ結婚式を上げていないんだ。来年あたり、お願いしたいものだね」
メティスは、そう言って、赤ちゃんを抱いているシェアトの肩をより強く引き寄せて、彼女と赤ちゃんにキスをした。
メティスとシェアトはナリアたちに挨拶して、エルザからオムツやミルクなどの必需品を預かると、その場から去っていった。
ナリアはそのままそこにいたが、そのうちヴァルトルートたちも他の場所へ呼ばれて行ってしまった。一人だけになると、ナリアはテーブルの上のケーキを手に取って、そのお皿を肩に近づけた。すると、ジルとユーグは勢いよく飛び降りて、床に置かれた食事にありついた。
「ジル、ユーグ、もう少ししたら人間の姿におなりなさい。ここではその方が羽を伸ばせそうですから」
そう言って、会場を見渡した。しかし一人の時間はそう長くは続かなかった。ナリアの元に、同じく一人でいた実花がやってきたからだ。
「ナリアさん」
ナリアが一人でいるのを認めると、実花は嬉しそうにやってきて食事をしている二匹の猫を撫でた。
「ゆっくりお話しするのは、初めてですね、実花さん」
実花は、話しかけられて、顔を赤らめた。実花のドレスは薄い緑で、膝丈より少し長めだった。撫でるのをやめて立ち上がると、ナリアに一礼した。
「せっかくの猫ちゃんとのお時間、邪魔だったでしょうか?」
そう聞いてきたので、ナリアはにこりと笑った。
「せっかくのパーティーで、無粋なことはおっしゃらないで。わたくしも、少し寂しくなっていたところなのですよ。それに」
ナリアは、食事を終えた猫が自分の肩の上に戻って顔を洗っているのを確認して、実花に笑いかけた。
「先ほどからずっとこうですから、ダンスも踊れていないのですよ。寂しいでしょう?」
「寂しくは、見えません。猫ちゃんが二匹もいれば、幸せこの上ないですよ」
すると、ナリアはくすくすと笑った。
「ジル、ユーグ、お庭で遊んでいらっしゃい」
すると、猫二匹はナリアの肩から飛び降りてふわりと床に降りると、そのままどこかへ行ってしまった。
実花はびっくりしてナリアを見た。
「いいんですか?」
聞くと、ナリアはにこりと笑った。
「何か、相談がおありなんでしょう? 猫を探しに行ったといえば、皆さんも許してくれます」
実花は、ナリアが何もかもお見通しなのを見て、内心びっくりとした。
ナリアが近くの人に何かを告げて実花をエスコートする。知らない人たちもいる会場内を出口まで進んでいくと、そこからは涼しく爽やかな風が吹き込んできた。
外に出ると、冬の凜とした寒さの中にも澄んだ空気が感じられて、気持ちがよかった。ナリアに連れられて、南棟の正面にあるよく整備されたイングリッシュ・ガーデンに着くと、そこには二匹の猫がいて、楽しそうに遊んでいた。
ナリアは、猫たちをそのままに、東屋まで歩いて行った。ベンチに座り、ナリアから防寒用のブランケットを受け取ると、外が結構寒いということが実感できた。
「ナリアさんは、寒さにお強いんですね」
聞くと、ナリアは微笑んで、首を傾げた。
「安曇野も寒いでしょう? わたくしが育った場所も同じですよ」
実花は、それを聞いてなんだかホッとした。ナリアとの距離が少し縮まって、話がしやすくなった気がする。
実花は、それでも躊躇っていたので、大きくため息をつくしかなかった。
「ナリアさん、こんなこと、相談するって、馬鹿馬鹿しいと思いますよね」
ナリアは、どこから持ってきたのか、温かいスープを実花に渡した。
不思議な女性だ。まるでマジシャンみたいに、いろんなものを出してくる。
実花は、スープを受け取ると、まだ熱いので飲むのをためらった。ナリアが少し真剣な眼差しを向けてくる。
「相談しないといけないと思った以上、それは相談するべきではないでしょうか。後からあれこれ考えても、頭がぐちゃぐちゃになってしまうだけですよ」
「でも、ナリアさんはもう、私の悩み事をご存知なんでしょう?」
ナリアは、なんともない顔でスープを一口、飲んだ。そして、にこりと笑った。
「シリウスを脅して、読唇術で読んでもらいました」
実花の背筋が、凍った。
なんの躊躇いもなく、笑顔でこのようなことを言う。内容を知られたことよりも、シリウスをどのような手段で脅したのか、そっちの方が気になった。
「ナリアさん」
寒いからだろうか。背筋がゾワッとする。ナリアは何もなかったかのようにスープを飲んでいた。
そして、少し寂しそうな顔をして、実花に詫びた。
「ごめんなさい。相談に来てくれたのに、怖がらせてしまいましたね」
実花は、先ほどの寂しそうな顔はなんだったのだろうと訝しみながらも、ナリアに相談をすることにした。
「いいんです。ナリアさん、正直な方で安心しました。私」
言いかけて、言葉を止める。横にいたナリアが、手のひらをかざして実花の言葉を止めた。
「出てきなさい、無粋な方」
すると、東屋を囲む茂みの間から、誰かが出てきた。
「無粋なのはあんたの方だろ、俺と実花の話を盗み聞きとか」
随分と体格の良い男、悠太だった。
悠太は、自分の服についた常緑樹の茂みの葉を手で払った。そして、東屋の中に入ると、実花たちの正面に座った。
「ナリアさん、俺と実花のことはしばらく内緒にしておいてくれないか」
悠太は、そう言って顔をポリポリと指で掻いた。すると、ナリアは人差し指を立ててにこりと笑った。
「交換条件です。セベルに、あなたがたを探ったことを内緒にしておいてくださいな」
悠太は、朝飯前だと思った。実花も、そんなことならばわけないですと言っていた。だが、そういえばセベルがいない。
「セベルさんって、ナリアさんの恋人ですよね」
悠太がびっくりして聞くと、ナリアは笑顔で、はい、と答えた。
「なんでここにいないんですか?」
実花が聞くと、ナリアは笑顔でこう言った。
「アースのところに行ってしまいました」
そう言ったナリアは急に悲しい顔をした。目に涙を溜め、必死で耐えている。実花や悠太から目をそらすが、ついには、ナリアは手で顔を覆って嘆いてしまった。
「いつもこうなんですよ」
ナリアが手で顔を覆ったまま肩を震わせていると、実花がナリアの乱れたブランケットを整えて、肩に手を回した。
「ナリアさん、お力になれることは?」
実花が優しく訊ねると、ナリアは顔を上げて涙を吹いた。
「申し訳ありません。このような席でわたくし」
「会場ではなかったのでセーフですよ」
そう言って、ハンカチを手渡した。ナリアはそれを受け取ると、涙を拭いて、右手の人差し指で鼻の頭をトントン、と叩いた。
すると、ナリアの化粧は全て元通りになり、涙の跡もなくなっていた。
「ナリアさんは魔法使いですね」
ナリアはそう実花に言われて照れた。猫が二匹、すでに肩の上に乗っている。利口な猫たちだ、と、実花と悠太は舌を巻いた。
一日目の結婚式の昼から夜にかけてのパーティーは、夜も更けてお開きになった。みんなそれぞれの宿泊先に散っていき、明日の夜に開かれるクリスマス・イヴのパーティーに備えることになった。
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