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第二十章 豊穣の女神
本当の気持ち
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広大な土地に、短期間で突然現れた大きな工場。
その中に、輝と町子、そして浩然とローズはいた。目の前には三体のゴーレムがあった。土偶のように太った図体はヴァルトルートの話、そのままの姿だった。黒い色をしていて、下部には幾つものマイクロチップが見え隠れしていた。
工場には町子たちの他に誰もいなかった。
「今なら、何の苦労もなく壊せそうだけど」
すると、輝が、一人でゴーレムの方へ走っていってしまった。
「どうしたの、輝?」
町子が心配して寄って行こうとすると、輝はゴーレムの近くまで行って振り向き、ゴーレムを背に両手を開いた。
町子が足を止めると、後ろからついてきた浩然とローズが、町子を倒して床に伏せさせた。その瞬間、三人の上を鋭く赤い怪光線が走っていって、工場の壁を溶かしていった。
「輝?」
状況が理解できていない町子が顔を上げると、輝の隣にラヴロフらしい、白衣の人物が現れるのが見えた。
「この子がいけない。私との約束を破って、仲間を連れてきたんだからね。おかげで、私は彼の情報を書き換えることになった」
ラヴロフが話している間に、ローズが町子を抱えて立ち上がる。
「おや、地球のシリンがいない。今、彼が輝くんを助けに来てくれたら、彼を捕らえることができていたかもしれないのに。ゴーレムも輝くんも、餌にはならなかったのかな」
ようやく事情が飲み込めた。半分くらいは。
まだ、ラヴロフがどうして輝をコントロールするだけの力を持ったのか、それが理解できなかったが。
「残念だったね。地球のシリンは来ない。輝を返して」
町子が立ち上がってそう言い放つと、ラヴロフは高笑いをした。
「ジョゼフの文書! これのおかげで私はこの地上での大量殺戮を実現できる! 今や私は渡航者を超えた完全生命体! この私に逆らえるものは誰一人としていない! そうだ、その力で私は、昔、ジョゼフが地球のシリンを使って暁の星の人間どもを虐殺したように、戦争が起こるのを待つことなく、一方的、かつ確実に悪人どもを葬り去る! その上で打ち立てられる、私だけの絶対平和な世界!」
「なんて男!」
ローズは、そう言って不快を露わにしたが、ラヴロフの力を止める術はなく、影縫いもコントロールされる危険性があったため、手を出せなかった。
「どうしたらいいんだ。町子まで支配下に置かれたらひとたまりもないぞ」
浩然がそう言って、弓を持つ手に力を入れる。つがえてはいなかった。
その時だった。
輝の後ろに控えていたゴーレムが、急激に錆びて行って、あっという間に砂鉄となって工場の中に砂の山を作ってしまった。
「もはやゴーレムに頼ることもあるまい。私が全てなのだろうからな」
ラヴロフはそう言い、町子の元に歩いてきた。輝もその後をついてくる。
「どうだ、私の仲間にならないか? 仲間であれば、恐ろしい死を経験することはない。私の配下であれば、平安な世界での絶対的地位も保障される」
町子は、歯を食いしばった。
輝は、本当にこんな男の配下に成り下がってしまったのだろうか。
「確かに、自分だけ助かって、無残な死に方も避けられて、安全で平和な場所でいい地位もらって過ごせたら最高よね」
町子は、そう言って笑った。
輝が、ふと、足を止めた。何かを感じたのだろうか。
町子は、背中に冷や汗をかいていた。ラヴロフは怖かった。しかし、そんなことを言っていては輝を救うことはできない。
町子は、ラヴロフではなく、輝に、右手をかざした。頭の中に自然に流れ込んでくる何か。大きな情報が体を巡る。工場の中に差し込んでくるわずかな陽の光に力を得る。
「でも、あなたの作る世界に存在するなんて、まっぴらだ!」
町子はそう言い、今度は左手を天に翳した。
「アマテラス・リドゥ!」
町子がそう叫ぶと、強烈な光が工場全体を包み込み、誰一人として目を開けていられなくなった。その光は何秒間もその場所にとどまり、ゆっくりと消えていった。
誰もが、その場に倒れていた。
町子たちが立ち上がると、輝たちは気を失っていた。
「光の御子、太陽の神天照大御神のシリン」
浩然は、そう言いながら立ち上がった。
「輝が素戔嗚尊だから、これで揃ったってわけか」
ローズも、立ち上がった。
「輝くんはどうなの? アマテラスの力って一体?」
すると、今度はラヴロフが立ち上がった。輝はまだ気を失ったままだ。ラヴロフは、右手にじゃがいもを持っていた。なぜだろう、ここへ来てなぜじゃがいもなどを手にしているのだろう。
「ジョゼフの文書を手に入れた時、あれに書いてあったタイムトラベルの方法を試し、私は、これをツテに南米に渡った」
ラヴロフは、そこまで言って、高笑いをした。
「ワマンという青年を救い、渡航者へと育てたのは私だ! そのおかげで君たちは助かっているだろう?」
それは、苦し紛れの命乞いだった。そのうち、彼の体は少しずつ若くなっていき、皺や白髪も少なくなっていった。
「こ、これは? 若返り?」
彼は一瞬、とても嬉しそうな顔をした。
しかし、彼の後ろを振り向いて、戦慄した。
輝が、目を覚まして、立ち上がっている。
ラヴロフは、今までと一転して、突然狼狽した。
「や、やめろ! 戻す者、どうやって私の呪縛を破った!」
輝は、何も答えなかった。ただ無言で、ラヴロフを戻していった。
彼が青年に、青年から少年に、幼児に、そして赤ん坊にまで戻るのに、時間はかからなかった。白衣に包んだ赤子を、ローズが抱き上げる。
「地球のシリンよ、この子にどうか正しき媒体と新たな名前の付与を」
ローズがそういうと、工場が跡形もなく崩れて、外の景色が露わになった。
「マトヴェイ、ひまわりのシリン」
ローズはそう言って、そこにいた皆と一緒に沈みゆく夕日を見た。
しかし、事態はまだ収拾していなかった。
輝が、砂に帰ったはずのゴーレムを戻し始めたのだ。
「何をやっているんだ、輝!」
浩然が輝を止めに入ろうとしたが、思ったよりも強い力で振り払われてしまった。誰もが困惑した。輝は一体何をしているのだろう。
ゴーレムが完全な形をとりもどすまで、町子たちは輝を止めることができずにいた。戸惑いもあったが、怖くもあった。
「輝、あなた」
町子は、先ほど、アマテラスの力で輝にかかっていた呪縛を解いた。その時感じた痛みを、覚えていた。
「寂しいの?」
輝は、ゴーレムに翳していた手を下げて、町子を見た。
「寂しくはないさ。ただ、君たちが邪魔になっただけだよ」
そう言って、手を大きく振った。すると、ゴーレムが一体、動き出して例の光を放った。三人は避けたが、光は無尽蔵に降り注いでくる。
「ラヴロフだけじゃなくて、私たちも邪魔になっちゃったの!」
光を必死で避けながら、町子は息を荒げて輝を見た。表情がない。町子が光線を避けながら輝に近づこうと必死になっていると、一瞬の隙を見てローズが影縫いのバラをゴーレムの影に刺した。
輝とゴーレムは、同時に動きを止めた。
「輝、ゴーレムの動きと連動しているの?」
町子はそう言って、輝を見据えた。輝に近づくことはできない。彼の影に入ってしまうと、町子の動きも止まってしまうからだ。
輝が、喉の奥から声を絞り出す。
「どうして、邪魔をするんだ?」
町子は、はっきりとこう答えた。
「止めなければ、輝が傷つくからだよ」
その言葉に、輝は目を伏せた。
「その手の言葉は、聞き飽きたんだ」
しかし、町子は諦めなかった。
「甘ったれな輝」
「なんとでも言えよ」
輝は、少し拗ねていた。だが、町子はそこに少しだけ、救いを見出した。
輝は、町子ともっと近くにいたいのだ。アースともメルヴィンとも、悠太とも、みんなとも。なのに、ある意味素直すぎてそれが言えなかった。自分が自分の欲求を通しすぎていたのだと、認識していたのだ。
それゆえの、寂しさ。
町子は、それがわかると、自然とこういう言葉を口にしていた。
「私との距離、どれくらいがいいの?」
すると、輝は真っ赤になって、目を逸らした。
「そんなこと、ここで言えるわけないだろ」
町子は、輝がそう言って怯むので、輝の影に刺さっていた青い薔薇を抜いた。そして、輝に近づいて、唇にキスをした。
輝は、顔を紅潮させたまま、甘んじてそれを受け、近づいてくる町子の体を引き寄せた。
そして、二人が静かに離れたその時。
三体のゴーレムが、暴走を始めた。
そこらじゅうに怪光線を発して、草原の草を焼いた。四人と一人の赤ちゃんはそれを見て、腰を据えた。浩然が游子弓を構え、ローズがバラを出す。
すると、一陣の風が吹き、その勢いに目を閉じてもう一度開けると、ゴーレムの出した刃が錆びてボロボロになっていた。
皆の近くには、アースがいた。
「心配をかけました、おじさん」
アースが自分を見てくれていることはわかっていた。でも、言いたいことは言いたかった。
輝のセリフに、アースは笑いかけてくれた。
ここは海ではない。だが、輝はただの海のシリンではない。
戻す者だ。
輝は、ゴーレムの基幹プログラムへのアクセスを試みた。戻すと言っても、今、輝がやろうとしているのは概念の世界でのやりとりだ。
「ローズさん、三体のゴーレムを足止めできますか?」
輝がローズに聞くと、彼女は笑った。
「私の影縫いに大きさは関係ないわ」
そう言って、彼女は三本のバラを同時に投げた。ゴーレムが、今までの動きが嘘だったかのようにぴたりと動きを止めた。次に、輝は浩然に指示を出した。
「目を焼き切ることはできる?」
「当然だ」
浩然はそう言って弓をつがえ、ゴーレムが怪光線を出していた目を、影ごと潰した。ついでに、サビの部分を燃やすために火をつけた。
輝は、それを確認すると、町子に、こう言った。
「ゴーレムを、本来あるべき姿に戻したいんだ。町子に、プログラムの正常化を頼みたい」
町子は、何も言わずに頷いた。
すると、輝は目を閉じて、三体のゴーレムに手を翳した。
すると、すぐにゴーレムは砂鉄となって、三体が一体となって巨大な金色のメッキの施されたゴーレムに姿を変えた。
「この機械の本当の名は、ディアナ。豊穣の女神」
町子がそう言って、ディアナに手をかざす。すると、その機械は強い光を放って跡形もなく消えてしまった。
「人類がこの力を手にするのはまだ早い。ディアナを奪い合う戦争が起こる危険がなくなったその時、彼女は自ずと姿を表すだろう」
ああ、あの機械は異空間に放り込まれたのか。アースはそうすることで、人類を争いの火種から守ったのだ。
四人は、一人の赤ちゃんを連れてカイとノアの家へ戻った。アースはそのまま英国の屋敷に帰り、ことの顛末をすべて聞いていた人間たち全てが戻ってくるのを待っていた。
ニュージーランドの工場跡地はきれいに元に戻っていて、ここで何があったのかを知る者は誰もいなかった。
その中に、輝と町子、そして浩然とローズはいた。目の前には三体のゴーレムがあった。土偶のように太った図体はヴァルトルートの話、そのままの姿だった。黒い色をしていて、下部には幾つものマイクロチップが見え隠れしていた。
工場には町子たちの他に誰もいなかった。
「今なら、何の苦労もなく壊せそうだけど」
すると、輝が、一人でゴーレムの方へ走っていってしまった。
「どうしたの、輝?」
町子が心配して寄って行こうとすると、輝はゴーレムの近くまで行って振り向き、ゴーレムを背に両手を開いた。
町子が足を止めると、後ろからついてきた浩然とローズが、町子を倒して床に伏せさせた。その瞬間、三人の上を鋭く赤い怪光線が走っていって、工場の壁を溶かしていった。
「輝?」
状況が理解できていない町子が顔を上げると、輝の隣にラヴロフらしい、白衣の人物が現れるのが見えた。
「この子がいけない。私との約束を破って、仲間を連れてきたんだからね。おかげで、私は彼の情報を書き換えることになった」
ラヴロフが話している間に、ローズが町子を抱えて立ち上がる。
「おや、地球のシリンがいない。今、彼が輝くんを助けに来てくれたら、彼を捕らえることができていたかもしれないのに。ゴーレムも輝くんも、餌にはならなかったのかな」
ようやく事情が飲み込めた。半分くらいは。
まだ、ラヴロフがどうして輝をコントロールするだけの力を持ったのか、それが理解できなかったが。
「残念だったね。地球のシリンは来ない。輝を返して」
町子が立ち上がってそう言い放つと、ラヴロフは高笑いをした。
「ジョゼフの文書! これのおかげで私はこの地上での大量殺戮を実現できる! 今や私は渡航者を超えた完全生命体! この私に逆らえるものは誰一人としていない! そうだ、その力で私は、昔、ジョゼフが地球のシリンを使って暁の星の人間どもを虐殺したように、戦争が起こるのを待つことなく、一方的、かつ確実に悪人どもを葬り去る! その上で打ち立てられる、私だけの絶対平和な世界!」
「なんて男!」
ローズは、そう言って不快を露わにしたが、ラヴロフの力を止める術はなく、影縫いもコントロールされる危険性があったため、手を出せなかった。
「どうしたらいいんだ。町子まで支配下に置かれたらひとたまりもないぞ」
浩然がそう言って、弓を持つ手に力を入れる。つがえてはいなかった。
その時だった。
輝の後ろに控えていたゴーレムが、急激に錆びて行って、あっという間に砂鉄となって工場の中に砂の山を作ってしまった。
「もはやゴーレムに頼ることもあるまい。私が全てなのだろうからな」
ラヴロフはそう言い、町子の元に歩いてきた。輝もその後をついてくる。
「どうだ、私の仲間にならないか? 仲間であれば、恐ろしい死を経験することはない。私の配下であれば、平安な世界での絶対的地位も保障される」
町子は、歯を食いしばった。
輝は、本当にこんな男の配下に成り下がってしまったのだろうか。
「確かに、自分だけ助かって、無残な死に方も避けられて、安全で平和な場所でいい地位もらって過ごせたら最高よね」
町子は、そう言って笑った。
輝が、ふと、足を止めた。何かを感じたのだろうか。
町子は、背中に冷や汗をかいていた。ラヴロフは怖かった。しかし、そんなことを言っていては輝を救うことはできない。
町子は、ラヴロフではなく、輝に、右手をかざした。頭の中に自然に流れ込んでくる何か。大きな情報が体を巡る。工場の中に差し込んでくるわずかな陽の光に力を得る。
「でも、あなたの作る世界に存在するなんて、まっぴらだ!」
町子はそう言い、今度は左手を天に翳した。
「アマテラス・リドゥ!」
町子がそう叫ぶと、強烈な光が工場全体を包み込み、誰一人として目を開けていられなくなった。その光は何秒間もその場所にとどまり、ゆっくりと消えていった。
誰もが、その場に倒れていた。
町子たちが立ち上がると、輝たちは気を失っていた。
「光の御子、太陽の神天照大御神のシリン」
浩然は、そう言いながら立ち上がった。
「輝が素戔嗚尊だから、これで揃ったってわけか」
ローズも、立ち上がった。
「輝くんはどうなの? アマテラスの力って一体?」
すると、今度はラヴロフが立ち上がった。輝はまだ気を失ったままだ。ラヴロフは、右手にじゃがいもを持っていた。なぜだろう、ここへ来てなぜじゃがいもなどを手にしているのだろう。
「ジョゼフの文書を手に入れた時、あれに書いてあったタイムトラベルの方法を試し、私は、これをツテに南米に渡った」
ラヴロフは、そこまで言って、高笑いをした。
「ワマンという青年を救い、渡航者へと育てたのは私だ! そのおかげで君たちは助かっているだろう?」
それは、苦し紛れの命乞いだった。そのうち、彼の体は少しずつ若くなっていき、皺や白髪も少なくなっていった。
「こ、これは? 若返り?」
彼は一瞬、とても嬉しそうな顔をした。
しかし、彼の後ろを振り向いて、戦慄した。
輝が、目を覚まして、立ち上がっている。
ラヴロフは、今までと一転して、突然狼狽した。
「や、やめろ! 戻す者、どうやって私の呪縛を破った!」
輝は、何も答えなかった。ただ無言で、ラヴロフを戻していった。
彼が青年に、青年から少年に、幼児に、そして赤ん坊にまで戻るのに、時間はかからなかった。白衣に包んだ赤子を、ローズが抱き上げる。
「地球のシリンよ、この子にどうか正しき媒体と新たな名前の付与を」
ローズがそういうと、工場が跡形もなく崩れて、外の景色が露わになった。
「マトヴェイ、ひまわりのシリン」
ローズはそう言って、そこにいた皆と一緒に沈みゆく夕日を見た。
しかし、事態はまだ収拾していなかった。
輝が、砂に帰ったはずのゴーレムを戻し始めたのだ。
「何をやっているんだ、輝!」
浩然が輝を止めに入ろうとしたが、思ったよりも強い力で振り払われてしまった。誰もが困惑した。輝は一体何をしているのだろう。
ゴーレムが完全な形をとりもどすまで、町子たちは輝を止めることができずにいた。戸惑いもあったが、怖くもあった。
「輝、あなた」
町子は、先ほど、アマテラスの力で輝にかかっていた呪縛を解いた。その時感じた痛みを、覚えていた。
「寂しいの?」
輝は、ゴーレムに翳していた手を下げて、町子を見た。
「寂しくはないさ。ただ、君たちが邪魔になっただけだよ」
そう言って、手を大きく振った。すると、ゴーレムが一体、動き出して例の光を放った。三人は避けたが、光は無尽蔵に降り注いでくる。
「ラヴロフだけじゃなくて、私たちも邪魔になっちゃったの!」
光を必死で避けながら、町子は息を荒げて輝を見た。表情がない。町子が光線を避けながら輝に近づこうと必死になっていると、一瞬の隙を見てローズが影縫いのバラをゴーレムの影に刺した。
輝とゴーレムは、同時に動きを止めた。
「輝、ゴーレムの動きと連動しているの?」
町子はそう言って、輝を見据えた。輝に近づくことはできない。彼の影に入ってしまうと、町子の動きも止まってしまうからだ。
輝が、喉の奥から声を絞り出す。
「どうして、邪魔をするんだ?」
町子は、はっきりとこう答えた。
「止めなければ、輝が傷つくからだよ」
その言葉に、輝は目を伏せた。
「その手の言葉は、聞き飽きたんだ」
しかし、町子は諦めなかった。
「甘ったれな輝」
「なんとでも言えよ」
輝は、少し拗ねていた。だが、町子はそこに少しだけ、救いを見出した。
輝は、町子ともっと近くにいたいのだ。アースともメルヴィンとも、悠太とも、みんなとも。なのに、ある意味素直すぎてそれが言えなかった。自分が自分の欲求を通しすぎていたのだと、認識していたのだ。
それゆえの、寂しさ。
町子は、それがわかると、自然とこういう言葉を口にしていた。
「私との距離、どれくらいがいいの?」
すると、輝は真っ赤になって、目を逸らした。
「そんなこと、ここで言えるわけないだろ」
町子は、輝がそう言って怯むので、輝の影に刺さっていた青い薔薇を抜いた。そして、輝に近づいて、唇にキスをした。
輝は、顔を紅潮させたまま、甘んじてそれを受け、近づいてくる町子の体を引き寄せた。
そして、二人が静かに離れたその時。
三体のゴーレムが、暴走を始めた。
そこらじゅうに怪光線を発して、草原の草を焼いた。四人と一人の赤ちゃんはそれを見て、腰を据えた。浩然が游子弓を構え、ローズがバラを出す。
すると、一陣の風が吹き、その勢いに目を閉じてもう一度開けると、ゴーレムの出した刃が錆びてボロボロになっていた。
皆の近くには、アースがいた。
「心配をかけました、おじさん」
アースが自分を見てくれていることはわかっていた。でも、言いたいことは言いたかった。
輝のセリフに、アースは笑いかけてくれた。
ここは海ではない。だが、輝はただの海のシリンではない。
戻す者だ。
輝は、ゴーレムの基幹プログラムへのアクセスを試みた。戻すと言っても、今、輝がやろうとしているのは概念の世界でのやりとりだ。
「ローズさん、三体のゴーレムを足止めできますか?」
輝がローズに聞くと、彼女は笑った。
「私の影縫いに大きさは関係ないわ」
そう言って、彼女は三本のバラを同時に投げた。ゴーレムが、今までの動きが嘘だったかのようにぴたりと動きを止めた。次に、輝は浩然に指示を出した。
「目を焼き切ることはできる?」
「当然だ」
浩然はそう言って弓をつがえ、ゴーレムが怪光線を出していた目を、影ごと潰した。ついでに、サビの部分を燃やすために火をつけた。
輝は、それを確認すると、町子に、こう言った。
「ゴーレムを、本来あるべき姿に戻したいんだ。町子に、プログラムの正常化を頼みたい」
町子は、何も言わずに頷いた。
すると、輝は目を閉じて、三体のゴーレムに手を翳した。
すると、すぐにゴーレムは砂鉄となって、三体が一体となって巨大な金色のメッキの施されたゴーレムに姿を変えた。
「この機械の本当の名は、ディアナ。豊穣の女神」
町子がそう言って、ディアナに手をかざす。すると、その機械は強い光を放って跡形もなく消えてしまった。
「人類がこの力を手にするのはまだ早い。ディアナを奪い合う戦争が起こる危険がなくなったその時、彼女は自ずと姿を表すだろう」
ああ、あの機械は異空間に放り込まれたのか。アースはそうすることで、人類を争いの火種から守ったのだ。
四人は、一人の赤ちゃんを連れてカイとノアの家へ戻った。アースはそのまま英国の屋敷に帰り、ことの顛末をすべて聞いていた人間たち全てが戻ってくるのを待っていた。
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