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第二十章 豊穣の女神
下手くそな演技
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アントニオが英国の屋敷でやることは、独自の情報通信機器の開発だった。飛行機の設計図を読めるだけでないことはクリスフォード博士を初めとして、この屋敷に住む全ての人間が知っていることだった。
「民間の回線を必要としない通信機器か。バレなきゃまあ、作れないこともないが、あんたらこれを何に使うんだ?」
すると、アントニオとの作戦会議に同席した輝が、いくつかの作戦を記したメモの一部を指差した。
「回線を限定して、ゴーレムの相手をしている人間たちだけの間での会話を傍受できるようにしたいんだ。アントニオさんはおじさんたちと一緒に全ての会話を把握してもらって、指示を出してほしい。俺たちは俺たちだけで、作戦を実行しながら必要な会話を交わしていくから」
輝は、そう言ってアントニオを見た。アントニオはその顔を見ながら、自分の中に疑問が湧き上がって来るのを感じた。
「なあ、そのおじさんって人と一緒に作戦するなら、ちょっと会っておきたいんだけど」
聞くと、輝はバツの悪そうな顔をした。
「そ、それは、今は行かない方がいいよ」
輝は冷や汗をかいていた。何かまずいことでもあるのだろうか。気になったが、ここは彼を尊重することにして、話を先に進めた。
「なあ、輝くん」
アントニオの質問に、輝がこちらを向く。
「この作戦は、みんなに危険はないのか? ルフィナやマルコたちに」
輝は、笑って答えた。
「ゴーレムの相手をするのは俺だけなんだ。戦う気もないから、危険はないはず」
「戦う気が、ない?」
アントニオが怪訝な顔をして聞くと、輝は少し申し訳なさそうに、頷いた。
「やっぱ、おかしいかな、俺の考え方」
輝がそう言って自信なさそうに笑うので、アントニオは呆れてしまった。武装してくる相手に対して話し合いや懐柔策でどうにかしようという考えは、はっきり言って甘い。理想の手段ではあるが、そんなに甘い相手なのか。
「この通信システムが完成したら、どうするんだ?」
試しに聞いてみると、輝は言った。
「ゴーレムの相手は俺一人で十分です。おじさんがゴーレム本体に錆を発生させてくれたら、父さんと同じ方法で倒します。ヴァルトルートさんたちの話では、ゴーレムを作っているラヴロフって男の方がたちが悪いということですから、アントニオさんたちにはそちらのことをお願いすると思います」
「君は、命を捨てるつもりか」
ラヴロフ、聞いたことがない名前だ。おそらく秘密でゴーレムを作っていたのだろう。ゴーレムの話自体慣れない話題だった。
輝は、アントニオの言っていることには何も返してこなかった。
「輝くん、それは君の周りの人間が許さないだろう」
アントニオは、そう言ってため息をつき、立ち上がった。
「俺も、今になってはマルコとルフィナを失うのが怖い。周りの人間の身になって考えてみた方がいいんじゃないか?」
すると、輝は目を伏せた。
「おじさんに話したら、怒られるかな」
「もちろんさ。君のことを好きな人間なら必ずそう思う。君に恩のある人間も、もちろんだけどね」
アントニオがそう言うと、輝は椅子からそっと立ち上がった。
「町子のこと、お願いしますね」
そう言って、ふらふらとロビーから、エントランスの方へ歩いて行った。すると、そこへ一人の女性がやってきた。黒い肌の、顔立ちの美しい女性だ。
彼女は輝の手を掴んだ。そして、振り返った輝の頬を、拳で殴った。
輝はびっくりして女性を見た。
「ローズさん」
輝に名を呼ばれた女性は、歯を食いしばっていた。しかし、しっかりした声で輝を叱った。
「随分と無責任なのね、あなた」
輝は、それを聞いて床に目を落とした。
「そういうの、かっこつけにもならないわよ。自分に酔って、他人に迷惑をかけていることにすら気がつかない」
ローズは怒っていたが、冷静だった。今、自分が何を言うべきか、輝がどう言う状態なのかをきちんと把握していた。
「でも、俺一人でないと、他の人を巻き込んでしまって、もしも怪我をさせてしまったら?」
ローズは、もう一度、輝を叱った。
「今度は傲慢ね。あなただけが戦っているわけではないのよ。ここにいる人間はそれぞれの目的を持ってここにいるの。強いのはあなただけじゃない」
「でも、だったらあなたたちに何ができるんですか?」
輝があきれたことを言うので、ローズは開いた口が塞がらなかった。言葉を失った彼女が答えに窮していると、今度は輝のいた場所で、椅子が倒れる音がした。
二人がそこをみると、アントニオが両手を机の上に突いて、立ち上がっていた。
「馬鹿馬鹿しいぜ。俺たちに何ができるかだって? できないって思ってたんだなお前。じゃあ、もうこの話は終わりだ。通信機器も作らねえ。文字通り一人で戦うんだな、輝さん」
アントニオはそう言って、自分の部屋に入っていった。
ローズが厳しい目で輝を見る。
「あなた、これでいいと思っているの?」
輝は、何も答えなかった。静かにローズの横を抜けて机の上を整理し、自分の部屋に入っていった。
輝は、自分の部屋に入ると、先ほどローズに殴られた頬に触れた。痛い。その頬を、一筋の涙が伝う。
「こうでもしないと、みんなを守れないんですよ、ローズさん。本当は俺も、町子やおじさんと別れるのは嫌だ。でも」
そう言って、自分の手に握られた紙切れを見た。そこには、こう書かれていた。
「周りに気づかれないように、一人でニュージーランドの工場へ来い。そうすればお前以外の人間の命は保証しよう」
輝は、歯を食いしばった。声を出して泣いてしまえば、ここで今眠っているアースを起こすことになってしまう。涙は出たが、声だけは出さないようにしていた。すると、輝の手からスッとメモが抜けて、床に落ちた。
そして、その紙を誰かの手が拾った。
「ラヴロフからの手紙、か」
輝は自分の横に立ったその誰かを見た。
メティスだった。
彼は手にモップを持ち、片手にその手紙を持っていた。そして、炎の出ない熱でその手紙を灰にすると、そのまま空気に同化させてしまった。
「君は、きちんと目上の人に相談をした方がいいね」
そう言って、モップを鎖に変えた。
「演技が下手くそな君のために、外ではみんなを待たせてある」
「でも、メティスさん」
輝が困った顔で何かを言おうとすると、メティスは少し怒りのこもった声で、輝にこう言った。
「そんなことで、アースは守れないよ、輝」
そう言っているメティスは輝に背を向けていて、眠っているアースに何かをするために屈んでいた。おそらくは強い催眠だ。その催眠をかけているメティスの表情が見えない。少し怯んだ輝に、メティスは再びこう言った。
「さあ、行きなさい、輝。時間がない。アースは私に任せて、ナリアの跳躍で、ニュージーランドへ」
「民間の回線を必要としない通信機器か。バレなきゃまあ、作れないこともないが、あんたらこれを何に使うんだ?」
すると、アントニオとの作戦会議に同席した輝が、いくつかの作戦を記したメモの一部を指差した。
「回線を限定して、ゴーレムの相手をしている人間たちだけの間での会話を傍受できるようにしたいんだ。アントニオさんはおじさんたちと一緒に全ての会話を把握してもらって、指示を出してほしい。俺たちは俺たちだけで、作戦を実行しながら必要な会話を交わしていくから」
輝は、そう言ってアントニオを見た。アントニオはその顔を見ながら、自分の中に疑問が湧き上がって来るのを感じた。
「なあ、そのおじさんって人と一緒に作戦するなら、ちょっと会っておきたいんだけど」
聞くと、輝はバツの悪そうな顔をした。
「そ、それは、今は行かない方がいいよ」
輝は冷や汗をかいていた。何かまずいことでもあるのだろうか。気になったが、ここは彼を尊重することにして、話を先に進めた。
「なあ、輝くん」
アントニオの質問に、輝がこちらを向く。
「この作戦は、みんなに危険はないのか? ルフィナやマルコたちに」
輝は、笑って答えた。
「ゴーレムの相手をするのは俺だけなんだ。戦う気もないから、危険はないはず」
「戦う気が、ない?」
アントニオが怪訝な顔をして聞くと、輝は少し申し訳なさそうに、頷いた。
「やっぱ、おかしいかな、俺の考え方」
輝がそう言って自信なさそうに笑うので、アントニオは呆れてしまった。武装してくる相手に対して話し合いや懐柔策でどうにかしようという考えは、はっきり言って甘い。理想の手段ではあるが、そんなに甘い相手なのか。
「この通信システムが完成したら、どうするんだ?」
試しに聞いてみると、輝は言った。
「ゴーレムの相手は俺一人で十分です。おじさんがゴーレム本体に錆を発生させてくれたら、父さんと同じ方法で倒します。ヴァルトルートさんたちの話では、ゴーレムを作っているラヴロフって男の方がたちが悪いということですから、アントニオさんたちにはそちらのことをお願いすると思います」
「君は、命を捨てるつもりか」
ラヴロフ、聞いたことがない名前だ。おそらく秘密でゴーレムを作っていたのだろう。ゴーレムの話自体慣れない話題だった。
輝は、アントニオの言っていることには何も返してこなかった。
「輝くん、それは君の周りの人間が許さないだろう」
アントニオは、そう言ってため息をつき、立ち上がった。
「俺も、今になってはマルコとルフィナを失うのが怖い。周りの人間の身になって考えてみた方がいいんじゃないか?」
すると、輝は目を伏せた。
「おじさんに話したら、怒られるかな」
「もちろんさ。君のことを好きな人間なら必ずそう思う。君に恩のある人間も、もちろんだけどね」
アントニオがそう言うと、輝は椅子からそっと立ち上がった。
「町子のこと、お願いしますね」
そう言って、ふらふらとロビーから、エントランスの方へ歩いて行った。すると、そこへ一人の女性がやってきた。黒い肌の、顔立ちの美しい女性だ。
彼女は輝の手を掴んだ。そして、振り返った輝の頬を、拳で殴った。
輝はびっくりして女性を見た。
「ローズさん」
輝に名を呼ばれた女性は、歯を食いしばっていた。しかし、しっかりした声で輝を叱った。
「随分と無責任なのね、あなた」
輝は、それを聞いて床に目を落とした。
「そういうの、かっこつけにもならないわよ。自分に酔って、他人に迷惑をかけていることにすら気がつかない」
ローズは怒っていたが、冷静だった。今、自分が何を言うべきか、輝がどう言う状態なのかをきちんと把握していた。
「でも、俺一人でないと、他の人を巻き込んでしまって、もしも怪我をさせてしまったら?」
ローズは、もう一度、輝を叱った。
「今度は傲慢ね。あなただけが戦っているわけではないのよ。ここにいる人間はそれぞれの目的を持ってここにいるの。強いのはあなただけじゃない」
「でも、だったらあなたたちに何ができるんですか?」
輝があきれたことを言うので、ローズは開いた口が塞がらなかった。言葉を失った彼女が答えに窮していると、今度は輝のいた場所で、椅子が倒れる音がした。
二人がそこをみると、アントニオが両手を机の上に突いて、立ち上がっていた。
「馬鹿馬鹿しいぜ。俺たちに何ができるかだって? できないって思ってたんだなお前。じゃあ、もうこの話は終わりだ。通信機器も作らねえ。文字通り一人で戦うんだな、輝さん」
アントニオはそう言って、自分の部屋に入っていった。
ローズが厳しい目で輝を見る。
「あなた、これでいいと思っているの?」
輝は、何も答えなかった。静かにローズの横を抜けて机の上を整理し、自分の部屋に入っていった。
輝は、自分の部屋に入ると、先ほどローズに殴られた頬に触れた。痛い。その頬を、一筋の涙が伝う。
「こうでもしないと、みんなを守れないんですよ、ローズさん。本当は俺も、町子やおじさんと別れるのは嫌だ。でも」
そう言って、自分の手に握られた紙切れを見た。そこには、こう書かれていた。
「周りに気づかれないように、一人でニュージーランドの工場へ来い。そうすればお前以外の人間の命は保証しよう」
輝は、歯を食いしばった。声を出して泣いてしまえば、ここで今眠っているアースを起こすことになってしまう。涙は出たが、声だけは出さないようにしていた。すると、輝の手からスッとメモが抜けて、床に落ちた。
そして、その紙を誰かの手が拾った。
「ラヴロフからの手紙、か」
輝は自分の横に立ったその誰かを見た。
メティスだった。
彼は手にモップを持ち、片手にその手紙を持っていた。そして、炎の出ない熱でその手紙を灰にすると、そのまま空気に同化させてしまった。
「君は、きちんと目上の人に相談をした方がいいね」
そう言って、モップを鎖に変えた。
「演技が下手くそな君のために、外ではみんなを待たせてある」
「でも、メティスさん」
輝が困った顔で何かを言おうとすると、メティスは少し怒りのこもった声で、輝にこう言った。
「そんなことで、アースは守れないよ、輝」
そう言っているメティスは輝に背を向けていて、眠っているアースに何かをするために屈んでいた。おそらくは強い催眠だ。その催眠をかけているメティスの表情が見えない。少し怯んだ輝に、メティスは再びこう言った。
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