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第十八章 暁光
日本からの親友
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三日間、学校を休んで、暁の星から帰ると、英国の屋敷はもう夜だった。部屋に戻ると、当然ながら誰もいない。母は本当に暁の星で無事にやっていけるのだろうか。モリモトが一緒にいて間違いは起こらないだろうが、不安だった。
ため息をついて自分の部屋に行き、ベッドに横になる。夕食を食べる気にはなれなかった。しばらく目を閉じて休んでいると、誰かがドアをノックしたので出た。体がだるい。眠い目を擦りながらドアを開けると、フォーラが立っていた。
「お疲れのところごめんね、輝くん。メティスが急に来たから歓迎会をしようってみんなで集まってて、今週末だから、明後日やろうって決まったんだけど、あなたの予定はどうかしら? あ、それと、メティスのほかに引っ越してくる人がいるの。あなたの学校に一人。ラグビー部にもう入部申請が出ているらしくて、なかなか強そうな子なんだって話題よ」
「ラグビー?」
輝は、それを聞いて一人の人間を思い浮かべた。糸魚川にいる親友がラグビーをやっている。名前は高杉悠太。
しかし、輝はその想像を振り払った。彼がここに来る理由が見当たらない。きっと違う人物だろう。
「高杉、悠太くん、だったかしら」
フォーラが少し考えて名前を絞り出す。すると、輝の体に急に力が入った。
「なんでやっぱり悠太なんですか! あいつがここに来る理由なんて!」
輝は自分で一体どんな言葉を使っているのかわからなかった。もう頭がぐちゃぐちゃだ。母は暁の星へ行ってしまうし、かと言ったら今度は悠太だ。
「混乱させてしまったかしら? でも、悠太くんがここに来る理由はきちんとしていると思うの」
輝は、フォーラのその言葉を聞いて、身体中の力を抜いた。すると、フォーラは申し訳なさそうに笑った。
玄関先で話していい話題ではないので中に入ってくださいと言うと、フォーラはごめんね、と一言言って部屋に上がった。その後ろからは高杉悠太がついてきて、ついでに輝の部屋に上がり込んだ。
輝はその光景を見て絶句した。
「ゆ」
その一文字しか、出てこなかった。何も言えなかった。悠太は突然輝のところにやってきて、部屋に上がり込んだ。驚かないわけがない。しかも今の今までフォーラの後ろにいて、姿も見せなかった。
「なんだかすまんな、輝。ここに住まわせてくれるなんて」
ようやく悠太がここにいることを飲み込めたと思い、何かを言おうとしたら、今度はこのようなことを言う。輝は空いた口が塞がらなかった。
「一体どうしたらこんなことになるんだ」
すると、悠太が、台所にある、母が使っていた小さな椅子に腰掛けて、荷物を下ろした。悠太の巨体にその椅子は小さく、すぐに足が折れてしまいそうに見えた。悠太は、ため息をつくと真顔になって輝を見た。
「おばさんが出て行って、戸惑っているお前の顔が思い浮かんだんだ。来ないわけにはいかないだろ。ちょうど、俺も学校のラグビーじゃ物足りないと思っていたんだ。本場でプレーするのも悪くないしな」
「母さんのこと、なんでお前が知っているんだ?」
悠太は、輝に少しの笑みを向けた。
「おじさんって人が来たよ。輝を支えてやってほしいって、事情を話していった。おばさん、幸せになれるといいよな」
それをきいて、輝は、自分の中にまだ母のことがしこりとなって残っていることを知った。しかし、そのことを読んでいたのか、悠太は輝にこう言った。
「おばさんを信じてみろよ。おばさんが信じている人もさ。たった一人の馬鹿な男のせいで、おばさんが今いる場所を嫌いになるなんて、損だからさ。それに輝、お前が尊敬する人の故郷でもあるんだろ? その人が王様をやっているんだったら、大丈夫だと思うぜ」
輝は、それを聞いて少し心が軽くなった。完全にしこりが取れたわけではないが、悠太が言うと、なぜか明るい気持ちになる。それは、アースが輝に対して贈ってくれるギフトと同じ効果があった。
「悠太は、ここに住むんですか?」
フォーラに尋ねると、彼女は笑顔で答えた。
「もちろんよ。芳江さんの代わりにはならないけど、強力な味方でしょ?」
フォーラの笑顔は、眩しくはないが優しさを湛えた静かな笑顔だ。まるで夜道を照らす月のように、強烈な主張はないが十分に癒やされる。
輝は、その笑顔にホッとした、その時だった。
開いたままのドアから、誰かが現れた。
それは大きな声で輝の名前を呼び、勢いよく部屋の中に入ってくると、フォーラの一歩手前で急に止まった。
「ああ、フォーラさん、お会いしたかったです! いつもこっち来たらすぐに日本に帰っちゃうんですもん! 今日こそはデートに、いや、手を繋ぐだけでもぜひ!」
メルヴィンだった。彼は真っ赤な顔で目をうるうるとさせていて、フォーラの前に跪いて手をかざしていた。
そして、少しすると輝の方をキッと睨みつけた。
「フォーラさんを目の前にしてそんな態度、輝、僕は貴様を許さない!」
しかし、突然来たメルヴィンにびっくりしている輝の目の前で、メルヴィンは誰かのゲンコツを食らっていた。
「この浮気者! 恥を知れ!」
朝美だった。
彼女はメルヴィンを輝の部屋から引きずり出し、輝やフォーラたちに挨拶をして部屋を出た。そして、隣にある空き部屋に入り込むと、ため息をついてメルヴィンを見た。
「メルヴィン、いい加減フォーラさんのことは諦めたら? もうずいぶん長く人妻やっているんだし」
メルヴィンは、不満そうな顔をしている。半分ほどふてくされているので、朝美はもう一度メルヴィンにゲンコツを食らわそうとした。
その時だった。
「あの日本人、ユウタって奴だったんだろ。輝、あいつの所に行っちゃうのかな」
朝美は、それを聞いて、呆れた。
「町子にあたしと友子がいるようにさ、輝にあんたと高杉くんがつけばいいんじゃないの? 仲良くできないってことはないでしょ」
それでもメルヴィンは不安そうに、でも、でもをくりかえすので、朝美は大きくため息をついた。
「メルヴィンも結構嫉妬深いからなあ。輝くんが羨ましいよ」
そう言って、肩を落とす。これからの波乱がなんとなく予想できて、朝美は少し不安になった。
一方、輝は、なんとか状況が飲み込めて、これからどうして行ったらいいのかを考える段になった。悠太は英語が使えないだろうから教えてやらなければならない。
「英語か、輝」
悠太は輝の考えを読んだ。しかし、そのようなことにはもう慣れていたので、輝は気にしなかった。考え込んでいる輝に、悠太が告げる。
「お前、気づいていないだろうけどさ、俺もフォーラさんも、メルヴィンも朝美さんも、それにお前も、さっきからずっと英語で話してるぜ。少なくとも俺は、メルヴィンと朝美さんとフォーラさんの三角関係くらいは理解できてる。今、お前に話しかけているのもイギリス英語だ」
その言葉を、輝は流した。
しかし何かが変だ。ずっと英語で話している? 確かにそうだ。当たり前じゃないか。メルヴィンは英語しか話せないんだから。
「あれ?」
ではなぜ、そのメルヴィンの言っていることを悠太は理解できたのだろうか。なぜ、彼はこんなに綺麗な英国の英語が話せるのだろうか。
「悠太、お前翡翠の」
輝は、そこまで行って自分の口を押さえた。
「翡翠のシリンだよ。お前が戻す者として覚醒するのを待ってから言おうと思っていたんだ。世那おばさんが俺を探しているのも知っていた。お前の母さんのことで悩んでいたからさ」
輝は、そこまで聞いて、突然、腹の底から怒りが湧いてくるのを感じた。気づいたら、悠太に掴みかかっていた。
「なんで今まで言わなかった!」
すると、悠太は輝の手をゆっくりと外した。
「言って信じる奴じゃなかっただろ、お前。自分が戻す者だって、シリンだって、そのことすら信じていなかったんだから。幸い、おばさんのガンは小さくて、いい先生にも出会えたし」
「それで万事良かったって済ますつもりか」
輝はまだ怒ったままだった。全てが手遅れになっていたらどうしていたのだろうか。合わせる顔がないとか言って、姿をくらますつもりだったのだろうか。
輝が震えていると、フォーラがその手をゆっくりと包み込んだ。
「よくないわね、あなたからすれば。暁の星で不安を持ってきてしまったのだもの。お母様は危険に晒されて、アースにも迷惑がかかってしまった」
「気楽なんですよ、悠太もメルヴィンも」
輝は吐き捨てて、そっぽを向いた。なんだか雰囲気が悪くなっている。フォーラも悠太も自分のことを気遣ってくれている。だから、このタイミングで素直にごめんと言えればいいのに、後に引けなくなってしまっていた。
「輝」
悠太が、自分の名前を呼ぶ。輝は努めてそっぽをむいて無視することにした。すると、そこで悠太が輝に向かってお辞儀をし、こう言った。
「ごめん輝! 俺は、お前のおふくろさんでいい! メルヴィンは親友、俺はおふくろさんだ! 黙ってここまで来て、いきなり押しかけたことはすまなかった。だから、せめて食事くらいは一緒に作らせてくれ!」
輝は、悠太の突然の行動に面食らった。しかし、なぜかそれがとても楽しくて、つい、笑ってしまった。
「ごめん、悠太。お前が面白くてつい」
輝は、そう言って笑った。なんだか今まで怒っていた分も笑えた気がする。部屋の入り口でそっとメルヴィンがこちらを伺っている。それがわかると余計笑えた。
「このお屋敷ではたまにお茶会も開かれるのよ。その対応もできるかしら?」
フォーラがそう言うと、入り口近くにいたメルヴィンが何か言いたそうな顔をした。輝は、それに気がついた。
「三人なら男だけでもできますよ。お茶は俺がいれるし、メルヴィンと悠太なら二人で協力してお菓子を作ってくれると思う」
輝は、そう言って入り口のメルヴィンを見た。朝美が思いっきりその背中を押すと、躓きながらメルヴィンは輝たちの前に出てきた。
「高杉悠太! あくまで君は輝のおふくろさんだからな! 親友は僕だ!」
悠太は、それを聞いて笑った。
今はこれでいい。この先メルヴィンと悠太の関係がどうなって行くのかはわからなかったが、今のこの二人の関係はこれでいいのだと、輝は安心した。
輝や皆が納得したところで、フォーラやメルヴィンたちは引き上げていった。
少し寂しくなった部屋の中で、輝と悠太は伸びをした。乾物ストッカーの中にカップ麺がいくつかあったので、好きなものを選んで腹ごしらえをすると、次に輝は、悠太の荷物の整理を手伝った。
「お前が学校をおふくろさんの件で欠席したことは、クローディアさんとメティスさんが連絡をしていたから、安心しろよ」
悠太は、そう言ってピースサインを出した。
そしてふと、表情に影を落とすと、輝に真剣な顔を向けた。
「なあ、輝」
輝は、悠太のその顔に、少しゾッとして不安を覚えた。悠太は翡翠のシリンだ。その性質上彼の周りや、周りの人間に悪い気を寄せ付けない。魔除けのシリンとして有名だった。そんな悠太が不安を煽るような表情をするのは初めてだ。
「輝、親父さんは戻せるか?」
「父さんを?」
輝は、悠太の言っていることに疑問を持った。
悠太は何を言っているのだろう。
「悠太、過去に死んだ人物を戻すのは禁忌だ。そんなこと、お前だって」
そこまで言って、輝は気づいた。
悠太は、禁忌を承知で言っている。それは、地球のシリンが介入しないと断言したムーン・アークの件についての解決策。
「ムーン・アークのゴーレム、父さんが昔戦った」
悠太は、頷いた。
「ムーン・アークの研究者は、失われたそのゴーレムについて、現存する資料を元に復活させるだけで精一杯だったはずだ。拡張機能が確認されていない以上、お前の親父さんがゴーレムを倒した記憶は有効なはずだ」
「地球のシリンは、それを黙認すると思うか?」
輝が尋ねると、悠太は頭を抱えた。
「本人に許可を取ろうにも、今、おばさんの件で暁の星だもんな。こうしている間にもムーン・アークは力をつけているだろうし」
輝は、ここで詰んだことに対して、あまり危機感を覚えなかった。ムーン・アークの脅威はもう少し先なのではないか、そんな予感がしていたからだ。
「同じ惑星のシリンの、メティスさんやナリアさんなら、どう考えるだろう」
輝は、作業する手をふと止めた。そして、悠太を見ると、彼は嬉しそうな顔をして、輝を見ていた。
「明日、学校が終わったらお茶会しようぜ。俺もまだ登校初日じゃ部活もないし。ナリアさんとメティスさんが働いている喫茶店の仕事も午前中までだから、呼べるだろ。招待状は作れないけど、今回は電話で済ましてって謝ってさ」
悠太は、そう言ってふたたびピースサインを出した。彼の癖だ。それを見て輝はなんだか楽しくなってきたので、一旦作業する手を休めることにして、立ち上がった。伸びをすると、気持ちがいい。
「それなら、今日のうちに冷菓の一つくらいは作っておこうか。乾物ストッカーに、町子のおじいさんに頼んで取り寄せてもらった寒天があるんだ。それ使ってさ」
悠太も、輝にならって立ち上がり、伸びをした。今日やっておくべき作業は終わった。あとはいつやってもいいことだけだ。
その夜、輝と悠太はナリアとメティスに電話をした。ついでに町子も呼ぼうということになったので、町子への電話は輝がした。
その夜、疲労困憊していた輝たちは、それぞれの部屋でぐっすりと眠った。朝起きて、朝食の席に一人、輝の親友が増えていたことに、誰も驚きはしなかった。だが、皆が新鮮な気持ちで朝食を終えた。
ため息をついて自分の部屋に行き、ベッドに横になる。夕食を食べる気にはなれなかった。しばらく目を閉じて休んでいると、誰かがドアをノックしたので出た。体がだるい。眠い目を擦りながらドアを開けると、フォーラが立っていた。
「お疲れのところごめんね、輝くん。メティスが急に来たから歓迎会をしようってみんなで集まってて、今週末だから、明後日やろうって決まったんだけど、あなたの予定はどうかしら? あ、それと、メティスのほかに引っ越してくる人がいるの。あなたの学校に一人。ラグビー部にもう入部申請が出ているらしくて、なかなか強そうな子なんだって話題よ」
「ラグビー?」
輝は、それを聞いて一人の人間を思い浮かべた。糸魚川にいる親友がラグビーをやっている。名前は高杉悠太。
しかし、輝はその想像を振り払った。彼がここに来る理由が見当たらない。きっと違う人物だろう。
「高杉、悠太くん、だったかしら」
フォーラが少し考えて名前を絞り出す。すると、輝の体に急に力が入った。
「なんでやっぱり悠太なんですか! あいつがここに来る理由なんて!」
輝は自分で一体どんな言葉を使っているのかわからなかった。もう頭がぐちゃぐちゃだ。母は暁の星へ行ってしまうし、かと言ったら今度は悠太だ。
「混乱させてしまったかしら? でも、悠太くんがここに来る理由はきちんとしていると思うの」
輝は、フォーラのその言葉を聞いて、身体中の力を抜いた。すると、フォーラは申し訳なさそうに笑った。
玄関先で話していい話題ではないので中に入ってくださいと言うと、フォーラはごめんね、と一言言って部屋に上がった。その後ろからは高杉悠太がついてきて、ついでに輝の部屋に上がり込んだ。
輝はその光景を見て絶句した。
「ゆ」
その一文字しか、出てこなかった。何も言えなかった。悠太は突然輝のところにやってきて、部屋に上がり込んだ。驚かないわけがない。しかも今の今までフォーラの後ろにいて、姿も見せなかった。
「なんだかすまんな、輝。ここに住まわせてくれるなんて」
ようやく悠太がここにいることを飲み込めたと思い、何かを言おうとしたら、今度はこのようなことを言う。輝は空いた口が塞がらなかった。
「一体どうしたらこんなことになるんだ」
すると、悠太が、台所にある、母が使っていた小さな椅子に腰掛けて、荷物を下ろした。悠太の巨体にその椅子は小さく、すぐに足が折れてしまいそうに見えた。悠太は、ため息をつくと真顔になって輝を見た。
「おばさんが出て行って、戸惑っているお前の顔が思い浮かんだんだ。来ないわけにはいかないだろ。ちょうど、俺も学校のラグビーじゃ物足りないと思っていたんだ。本場でプレーするのも悪くないしな」
「母さんのこと、なんでお前が知っているんだ?」
悠太は、輝に少しの笑みを向けた。
「おじさんって人が来たよ。輝を支えてやってほしいって、事情を話していった。おばさん、幸せになれるといいよな」
それをきいて、輝は、自分の中にまだ母のことがしこりとなって残っていることを知った。しかし、そのことを読んでいたのか、悠太は輝にこう言った。
「おばさんを信じてみろよ。おばさんが信じている人もさ。たった一人の馬鹿な男のせいで、おばさんが今いる場所を嫌いになるなんて、損だからさ。それに輝、お前が尊敬する人の故郷でもあるんだろ? その人が王様をやっているんだったら、大丈夫だと思うぜ」
輝は、それを聞いて少し心が軽くなった。完全にしこりが取れたわけではないが、悠太が言うと、なぜか明るい気持ちになる。それは、アースが輝に対して贈ってくれるギフトと同じ効果があった。
「悠太は、ここに住むんですか?」
フォーラに尋ねると、彼女は笑顔で答えた。
「もちろんよ。芳江さんの代わりにはならないけど、強力な味方でしょ?」
フォーラの笑顔は、眩しくはないが優しさを湛えた静かな笑顔だ。まるで夜道を照らす月のように、強烈な主張はないが十分に癒やされる。
輝は、その笑顔にホッとした、その時だった。
開いたままのドアから、誰かが現れた。
それは大きな声で輝の名前を呼び、勢いよく部屋の中に入ってくると、フォーラの一歩手前で急に止まった。
「ああ、フォーラさん、お会いしたかったです! いつもこっち来たらすぐに日本に帰っちゃうんですもん! 今日こそはデートに、いや、手を繋ぐだけでもぜひ!」
メルヴィンだった。彼は真っ赤な顔で目をうるうるとさせていて、フォーラの前に跪いて手をかざしていた。
そして、少しすると輝の方をキッと睨みつけた。
「フォーラさんを目の前にしてそんな態度、輝、僕は貴様を許さない!」
しかし、突然来たメルヴィンにびっくりしている輝の目の前で、メルヴィンは誰かのゲンコツを食らっていた。
「この浮気者! 恥を知れ!」
朝美だった。
彼女はメルヴィンを輝の部屋から引きずり出し、輝やフォーラたちに挨拶をして部屋を出た。そして、隣にある空き部屋に入り込むと、ため息をついてメルヴィンを見た。
「メルヴィン、いい加減フォーラさんのことは諦めたら? もうずいぶん長く人妻やっているんだし」
メルヴィンは、不満そうな顔をしている。半分ほどふてくされているので、朝美はもう一度メルヴィンにゲンコツを食らわそうとした。
その時だった。
「あの日本人、ユウタって奴だったんだろ。輝、あいつの所に行っちゃうのかな」
朝美は、それを聞いて、呆れた。
「町子にあたしと友子がいるようにさ、輝にあんたと高杉くんがつけばいいんじゃないの? 仲良くできないってことはないでしょ」
それでもメルヴィンは不安そうに、でも、でもをくりかえすので、朝美は大きくため息をついた。
「メルヴィンも結構嫉妬深いからなあ。輝くんが羨ましいよ」
そう言って、肩を落とす。これからの波乱がなんとなく予想できて、朝美は少し不安になった。
一方、輝は、なんとか状況が飲み込めて、これからどうして行ったらいいのかを考える段になった。悠太は英語が使えないだろうから教えてやらなければならない。
「英語か、輝」
悠太は輝の考えを読んだ。しかし、そのようなことにはもう慣れていたので、輝は気にしなかった。考え込んでいる輝に、悠太が告げる。
「お前、気づいていないだろうけどさ、俺もフォーラさんも、メルヴィンも朝美さんも、それにお前も、さっきからずっと英語で話してるぜ。少なくとも俺は、メルヴィンと朝美さんとフォーラさんの三角関係くらいは理解できてる。今、お前に話しかけているのもイギリス英語だ」
その言葉を、輝は流した。
しかし何かが変だ。ずっと英語で話している? 確かにそうだ。当たり前じゃないか。メルヴィンは英語しか話せないんだから。
「あれ?」
ではなぜ、そのメルヴィンの言っていることを悠太は理解できたのだろうか。なぜ、彼はこんなに綺麗な英国の英語が話せるのだろうか。
「悠太、お前翡翠の」
輝は、そこまで行って自分の口を押さえた。
「翡翠のシリンだよ。お前が戻す者として覚醒するのを待ってから言おうと思っていたんだ。世那おばさんが俺を探しているのも知っていた。お前の母さんのことで悩んでいたからさ」
輝は、そこまで聞いて、突然、腹の底から怒りが湧いてくるのを感じた。気づいたら、悠太に掴みかかっていた。
「なんで今まで言わなかった!」
すると、悠太は輝の手をゆっくりと外した。
「言って信じる奴じゃなかっただろ、お前。自分が戻す者だって、シリンだって、そのことすら信じていなかったんだから。幸い、おばさんのガンは小さくて、いい先生にも出会えたし」
「それで万事良かったって済ますつもりか」
輝はまだ怒ったままだった。全てが手遅れになっていたらどうしていたのだろうか。合わせる顔がないとか言って、姿をくらますつもりだったのだろうか。
輝が震えていると、フォーラがその手をゆっくりと包み込んだ。
「よくないわね、あなたからすれば。暁の星で不安を持ってきてしまったのだもの。お母様は危険に晒されて、アースにも迷惑がかかってしまった」
「気楽なんですよ、悠太もメルヴィンも」
輝は吐き捨てて、そっぽを向いた。なんだか雰囲気が悪くなっている。フォーラも悠太も自分のことを気遣ってくれている。だから、このタイミングで素直にごめんと言えればいいのに、後に引けなくなってしまっていた。
「輝」
悠太が、自分の名前を呼ぶ。輝は努めてそっぽをむいて無視することにした。すると、そこで悠太が輝に向かってお辞儀をし、こう言った。
「ごめん輝! 俺は、お前のおふくろさんでいい! メルヴィンは親友、俺はおふくろさんだ! 黙ってここまで来て、いきなり押しかけたことはすまなかった。だから、せめて食事くらいは一緒に作らせてくれ!」
輝は、悠太の突然の行動に面食らった。しかし、なぜかそれがとても楽しくて、つい、笑ってしまった。
「ごめん、悠太。お前が面白くてつい」
輝は、そう言って笑った。なんだか今まで怒っていた分も笑えた気がする。部屋の入り口でそっとメルヴィンがこちらを伺っている。それがわかると余計笑えた。
「このお屋敷ではたまにお茶会も開かれるのよ。その対応もできるかしら?」
フォーラがそう言うと、入り口近くにいたメルヴィンが何か言いたそうな顔をした。輝は、それに気がついた。
「三人なら男だけでもできますよ。お茶は俺がいれるし、メルヴィンと悠太なら二人で協力してお菓子を作ってくれると思う」
輝は、そう言って入り口のメルヴィンを見た。朝美が思いっきりその背中を押すと、躓きながらメルヴィンは輝たちの前に出てきた。
「高杉悠太! あくまで君は輝のおふくろさんだからな! 親友は僕だ!」
悠太は、それを聞いて笑った。
今はこれでいい。この先メルヴィンと悠太の関係がどうなって行くのかはわからなかったが、今のこの二人の関係はこれでいいのだと、輝は安心した。
輝や皆が納得したところで、フォーラやメルヴィンたちは引き上げていった。
少し寂しくなった部屋の中で、輝と悠太は伸びをした。乾物ストッカーの中にカップ麺がいくつかあったので、好きなものを選んで腹ごしらえをすると、次に輝は、悠太の荷物の整理を手伝った。
「お前が学校をおふくろさんの件で欠席したことは、クローディアさんとメティスさんが連絡をしていたから、安心しろよ」
悠太は、そう言ってピースサインを出した。
そしてふと、表情に影を落とすと、輝に真剣な顔を向けた。
「なあ、輝」
輝は、悠太のその顔に、少しゾッとして不安を覚えた。悠太は翡翠のシリンだ。その性質上彼の周りや、周りの人間に悪い気を寄せ付けない。魔除けのシリンとして有名だった。そんな悠太が不安を煽るような表情をするのは初めてだ。
「輝、親父さんは戻せるか?」
「父さんを?」
輝は、悠太の言っていることに疑問を持った。
悠太は何を言っているのだろう。
「悠太、過去に死んだ人物を戻すのは禁忌だ。そんなこと、お前だって」
そこまで言って、輝は気づいた。
悠太は、禁忌を承知で言っている。それは、地球のシリンが介入しないと断言したムーン・アークの件についての解決策。
「ムーン・アークのゴーレム、父さんが昔戦った」
悠太は、頷いた。
「ムーン・アークの研究者は、失われたそのゴーレムについて、現存する資料を元に復活させるだけで精一杯だったはずだ。拡張機能が確認されていない以上、お前の親父さんがゴーレムを倒した記憶は有効なはずだ」
「地球のシリンは、それを黙認すると思うか?」
輝が尋ねると、悠太は頭を抱えた。
「本人に許可を取ろうにも、今、おばさんの件で暁の星だもんな。こうしている間にもムーン・アークは力をつけているだろうし」
輝は、ここで詰んだことに対して、あまり危機感を覚えなかった。ムーン・アークの脅威はもう少し先なのではないか、そんな予感がしていたからだ。
「同じ惑星のシリンの、メティスさんやナリアさんなら、どう考えるだろう」
輝は、作業する手をふと止めた。そして、悠太を見ると、彼は嬉しそうな顔をして、輝を見ていた。
「明日、学校が終わったらお茶会しようぜ。俺もまだ登校初日じゃ部活もないし。ナリアさんとメティスさんが働いている喫茶店の仕事も午前中までだから、呼べるだろ。招待状は作れないけど、今回は電話で済ましてって謝ってさ」
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「それなら、今日のうちに冷菓の一つくらいは作っておこうか。乾物ストッカーに、町子のおじいさんに頼んで取り寄せてもらった寒天があるんだ。それ使ってさ」
悠太も、輝にならって立ち上がり、伸びをした。今日やっておくべき作業は終わった。あとはいつやってもいいことだけだ。
その夜、輝と悠太はナリアとメティスに電話をした。ついでに町子も呼ぼうということになったので、町子への電話は輝がした。
その夜、疲労困憊していた輝たちは、それぞれの部屋でぐっすりと眠った。朝起きて、朝食の席に一人、輝の親友が増えていたことに、誰も驚きはしなかった。だが、皆が新鮮な気持ちで朝食を終えた。
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楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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