長編「地球の子」

るりさん

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第十六章 夢を紡ぐ者

いじめの先に

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 輝は、瞳の運転する車の中で、車窓から見える景色を眺めていた。塩尻はワインの銘醸地ではあるが、瞳以外は高校生で誰一人飲めなかった。メルヴィンは家族にと二本、駅前のお店で買って送っていた。
「何の銘柄を買ったの?」
 朝美はメルヴィンに聞いてみた。すると、メルヴィンはこう答えた。
「ナイアガラとコンコードだよ。値段も安かったし、特産だって聞いたから。父さんも母さんも飲んだことはないって昨日電話で言っていたから、ちょうどよかったよ。白と赤だし、日本では紅白はとてもおめでたいんだろう?」
 朝美は、ブドウの品種を言われてもわからなかったが、それでもメルヴィンの喜びようは嬉しかったみたいで、胸を張っていた。
 国道を南下し、名古屋方面に行くと、道の駅で少し休憩した後奈良井宿へと行った。そこはずいぶん昔の建物が残されている歴史地区で、古民家の中で食事ができる素晴らしい場所だった。歴史的建造物は一キロほど続いていて、楽しみながら散策するにはちょうどよかった。これには、メルヴィンだけではなく朝美や友子も喜んでいた。古民家カフェのようなものが乱立していたからだ。みんなはここでもいろんなお土産を買った。少し値は張るが、美しい漆器が多数売られていて、特に買いやすかったのは箸やスプーン、スープカップやマグカップなどだった。特にメルヴィンなどは珍しい曲物の弁当箱を喜んで買っていた。
「ピクニックに、朝美の作ったおむすびを入れていくんだ」
 メルヴィンは、そう言っていた。ピクニックなどいつするんだと言う声もあったが、朝美はすぐに作ってやるからと言って否定をしなかった。
「わっぱにおにぎりってなに。メルヴィンと朝美は初々しくて、見ていて飽きないなあ」
 町子はそう言って先輩風を吹かせていた。しかし、輝は少しテンションを抑えていたのか、小さな声でこういった。
「俺たちもまだ、初々しいほうだよ」
 町子は、その答えに少し残念な気持ちになった。昨日、輝が嘆いていた時に町子の手を握ってくれた、あの輝とはだいぶ違う。自分の父親のことを聞いた後だったからだろうか?
 町子がヤキモキしていると、そこに瞳が来た。
「町子さん、今はこの宿場町を楽しみましょう。輝くんのことはその後」
 瞳は色々分かっている。ただいたずらに二回の戦争を乗り越えてきたのではない。ちゃんと人間も見てきているのだ。
 町子は、瞳の言葉に従った。朝美や友子と一緒にカフェに入ったり、お土産を買ったりして楽しんだ。輝はメルヴィンと一緒に楽しそうにしているので、何か思うところがあるのだろう。瞳が一緒にいてくれるので、町子は十分安心できた。
 奈良井宿の観光を終えてホテルに帰ると、みんなヘトヘトに疲れ切っていた。日本での旅行にも疲れが出る頃だ。輝と町子の間にも少し綻びが見え始めいている。
 瞳は、そんなことを考えながら、ホテルであてがわれた自分の部屋で、休んだ。
 次の日は、朝早くから安曇野に出立する準備に追われていた。ホテルでの食事を終えた後、足早に車に乗り込む。町子たちのスーツケースはすでに漆器でいっぱいで、他のものを入れる余地がなかった。たくさんの土産物に囲まれて気分は上々だった。ただ一つ、町子が気になるのは輝のことだった。
 瞳は準備を終えると、すぐに出発した。目的地は安曇野市穂高。りんごの名産地というよりは平地栽培のワサビが有名だが、上田実花という、リンゴのシリンの女の子はそこに住んでいた。
「りんごのシリンなのに名産地じゃないんだね。青森とか」
 友子が聞いてきたので、瞳が運転しながら答えた。
「すべてのシリンが名産地に生まれるわけではないの。でなければ私は高遠や弘前に生まれていたかもしれない。実花さんには実花さんの事情があって、安曇野を選んだのよ」
 シリンは、何らかの思いが強い場所に生を受ける。町子は、何となくそれがわかる気がした。町子と輝が糸魚川に、ほぼ同時に生まれたこともそのせいなのだろう。
 瞳は、しばらく車窓から見える北アルプスに見とれている高校生たちを見ながらドライブをした。実花の家は田んぼや畑が広がる地域の中にあって、北アルプスが非常に綺麗に見えた。
「いいなあ、実花さんの家の立地、綺麗な場所にあって」
 町子がため息をつくと、瞳が実花の家の駐車場に車庫入れを始めた。広い敷地内にある駐車場だったので、そう苦労はしなかった。
 高校生たちと瞳は車を降りると、すでに出迎えにきてくれていた実花の母に挨拶をした。
「先日英国よりお電話が行ったと思います」
 そういって、瞳はそこにいる全員を実花の母に紹介した。実花の母は朗らかな人で、町子たちを明るく迎えてくれた。
 座敷に通されたので、町子達はお茶が出てくる前にお土産を渡した。塩尻で買ったメルローのワインをワイナリーを変えて二本、買っていた。
「メルローは嬉しいわあ」
 実花の母は、そう言って明るく笑った。そして、実花を呼んでくるわねと言って奥に引っ込んでいった。お茶を出してくれたのは実花の父親だった。
「シリンの子は一人っ子になりがちで」
 父親はそう言うと、しばらくそこで瞳と何かを話していた。大した話題ではなかったから、町子達は気にしていなかった。
 しばらくすると、母親に連れられて、一人の女の子が町子達の前に現れた。母と同じように明るい表情をしていたが、たまに暗い顔をする。それも、町子達の紹介が始まってからは。
「この子はいじめが原因で不登校になり、その上うつ病を発症しましてね。家にいたり町に買い物に行ったりしてる時はいいんです。たった一人の親友の子とも仲良くできるんです。でも、学校の話題を出すとそれだけで」
 実花の母は、少し辛そうな顔をした。
 うつ病になってしまうほどのいじめ。
 何度も死にたいと思ったのだろう。学校のことを聞くとそれだけで表情が暗くなる。学校が好きだった町子には理解できなかったが、これは理解しなければならないことなのだろう。そう思った。
「最初は、髪と瞳の色をからかわれるだけだったんです」
 実花の代わりに、実花の母が話し始める。
「他と違うことって、悪いことなんでしょうか。次第に実花は仲間はずれにされるようになり、無視もされるようになりました。そのうち実花は存在するだけで悪だと言われるようになりました。先生に言ったところで無駄で、そのうち先生もグルになっていたことがわかりました。みんな、実花のことを気持ち悪いと言っていじめたんです。先生は、実花が髪を染めていて、カラーコンタクトをしているのではないかと言いながら、髪の毛を引っ張ったり顔に水をかけたりしました。さらにいじめの首謀者が市議会議員の娘だったこともあって、学校はまったく取り合ってくれませんでした。今、不登校になっているのもずっと責め立てられています。いじめはなかった。だから、不登校になっているのは甘えだと」
「もみ消したの、いじめを?」
 友子が声を震わせる。許せなかった。いじめ自体が許せないことだったが、学校も教師もグルで、市議会議員が自分の保身のためにそれをもみ消したことはもっと許せなかった。
 実花は俯いていたし、実花の母はそんな実花の肩を抱いて、自分の元に引き寄せていた。
「実花はもう、シリンであることにも、自分の容姿にも絶望してしまって」
 実花の母は、そう言って、申し訳ない、と言った表情をした。
「シリンであることが悪いことじゃないのに。悪いのはいじめた奴らでしょ」
 町子が怒っていると、実花は首を横に振った。
「どうしてこんな土地に生まれてきてしまったのか、今は後悔しかしていないんです。町子さんはいじめられていないんでしょ?」
 そう言われて、町子は黙ってしまった。
「でもそれは」
 言いかけると、輝が止めた。
「町子に実花さんの気持ちは分からない」
 そう言われて、町子はその言葉に棘があるような気がした。輝は何だか先ほどから町子に妙に突っかかる。町子のことを否定しているような、そんな感じだ。
「確かにそれはそうかもしれないけど、実花さんの肩を持つのがいけないことなの?」
「町子は、実花さんの味方をしているんじゃない。自分の正義感を満足させたいだけだ」
 また、町子を挑発している。町子は、輝のその言い方に苛立ちを覚えた。だが、町子はここを堪えることができた。実花の前で喧嘩をしたのでは、彼女が不安定になってしまう。今はまだ、そこを考えることができるだけの余裕があった。
「実花さん、それで、あなたは英国に来ることはできるんですか?」
 友子が聞くと、実花は首を横に振った。
「わからないんです。向こうに行ってうまくやっていける自信がなくて。葵、あ、私の親友、葵って言うんですが、彼女みたいに強ければすぐ留学するって決めていたかもしれないです。でも、今の私には何一つ決められない」
 実花は、俯いたまま涙を流した。
「どうしてこんな風になっちゃったんだろうって。りんごのシリンになっていたって、何一ついいことなんてない」
「そんなことないよ。シリンであることは素晴らしいことだし、ここの学校がたまたま悪かっただけだよ。実花さん、可愛いし、英国に行ったらみんな優しくしてくれると思う」
 町子がそう言うと、実花は、泣きながら首を横に振った。
「安曇野が好きなんです。でなければここに生まれてはこなかった」
「英国には、行けないと?」
 実花は、また首を横に振った。
「わからないんです。自分でもどうしたらいいのか、どうしたいのかも」
「でも、それじゃ困るよ。私たちはあなたのことを助けたい。でも、差し伸べた手を取ってくれないんじゃ」
 町子は、そこまで言って、ハッとした。
 今のは、言ってはいけなかった。そんな気がして輝を見ると、彼は何も言わずに、実花を見ていた。
 実花は、泣いたまま何も言わなかった。学校の話題が出ているだけでも辛いのに、何一つ判断できない状態を批判されるとは思っていなかったからだ。
「実花さん、あなたのことも学校のことも伺ったわ。あなたのことについては私たちがお医者様と話し合って、適切な処遇を決めてしまってもいいかしら?」
 瞳がそう言うと、実花は、静かに頷いた。そして、瞳は、輝と町子を外に出した。
「私は、こちらの精神科医と彼女の主治医の先生にお話を聞いて、どうするか判断しますから、友子さん達は、実花さんに安曇野のことを教わっていてくださいね。この辺は素敵な観光地になっていますから、近くに色々あるはずです」
 そう言って、瞳は出て行ってしまった。取り残された友子たちは、どこから話を切り出していったらいいのかわからなかったが、とりあえず、実花がよく行く遊び場について聞いてみることにした。
 一方、外に出された輝と町子は、何も会話をしないまま五分ほどの時間を過ごしていた。安曇野は日差しこそ強いものの、空気はからりとしていて綺麗で、水も良かったので、爽やかな気分になれた。しかし、今の町子の心境はとても爽やかとは言えなかった。
「輝は、私のことを嫌いになったの?」 
 町子はこわごわと聞いてみた。すると、輝は大きなため息をついた。
「嫌いになったんじゃない。ただ、町子がいじめに対しても彼女の病気に対しても無知なのに、むやみに関わろうとしているのが嫌だったんだ」
 町子は、それを聞いて肩を落とした。
「返す言葉もないよ。確かに私の言葉は実花さんを追い詰めていったかもしれない。でも、あんな態度を取られたら、不安になるよ」
「そうだろうな」
 輝は、そう言って、町子の正面に立った。
「町子は、今まで何を見て、何を感じてきたんだ? 学校は楽しいけど、どうしてああも神経質にミシェル先生がいじめのことを気にすると思う? どうしてフォーラさんみたいな精神科医が忙しいんだ?」
「それは」
 答えに窮していると、輝は、町子の手を取った。
「本当は、君を責めようと思った。でもそれをやったら、俺も実花さんをいじめている奴等と同じになってしまう。だから、あえてやろうとは思わない。でも、今、実花さんのことを通して君は変わらなくては行けないんだ、町子」
 町子には、輝の言っていることがよく分からなかった。どんなことがあってもいじめは悪いことで、それが真実であることには変わりがない。なのに、それを言うことのどこが行けないのか。
「いじめは、いじめられた側に、自分が悪かったのではないかと錯覚させ、自責させることで成立する」
 町子の考えを読んだのか、輝は、町子の手をぎゅっと握って、息を吐いた。
「うつ病もそうだ。全て自分が悪いのだと、脳が脳に指令を送る。いじめる方が悪いとは思えなくなってしまうんだ。だから今の実花さんは、自分の髪や瞳の色のせいでいじめられていて、それは全て自分がいけないんだと思い込んでいる。それを否定したところで、違う、わからないと言う単語が出てきておしまいなんだ」
「じゃあ、どうすればいいの?」
 町子がすがるような顔でこちらを見てきたので、輝は笑った。
「今の実花さんも、過去の実花さんも、これからの実花さんも、全てそっくりそのまま、受け入れてあげればいいんだと思う、多分、友子はそれが上手いんだよ」
 町子は、そう言われてハッとした。
 何もかも、自分や輝が何とかしなければならないと思っていた。出しゃばっていた。友子や朝美より、自分が出ていって責任を負わなければならないと思っていた。
「人には得手不得手があって、実花さんの件には私は向かないってことか」
 輝は、頷いた。
「完璧にできる必要はないんだよ。俺たちだって、人間なんだからさ」
 町子は、それを聞いて心が軽くなった。すると、輝が帰ろう、と言うので、皆のところに戻ることにした。輝はその途中、町子にこう言った。
「小布施で佳樹さんに言われたことが気になっていて、君に喧嘩をふっかけようとしていたんだけど、それももうやめた。そう言うのは自然になるもんだろ」
 ああ、奈良井宿であんな態度を取ったのはそのせいだったのか。確かに、町子と輝は朝美たちに比べると少し先輩だが、初々しいことに変わりはない。まだ、喧嘩をするほど互いのことを知らないのは事実なのだ。
 家に上がると、座敷から楽しげな声が聞こえてきた。友子が主になって実花を誘導している。実花は、楽しそうに笑っていた。やはり、友子はこう言うケースの対処法が上手だったのだ。
 輝たちが帰ってくると、実花は笑って迎えてくれた。
「わさび見に行っても、どこも日除けをかけちゃってなかなか見られないんだって。わさび見に来るなら花が咲く春先が一番いいんだって」
 友子が説明して、町子と輝の席を開けた。町子も輝も、ここで学校や英国への留学の話題を出すのはやめた。実花の精神状態が安定しないことにはどうしようもない。
 そのうち、医者との話を終えて瞳が帰ってくると、空気は少し緊張したが、実花の精神状態は安定していた。
「実花さん、英国に行きましょう。お父さんやお母さんも一緒に。でも、学校には気が向くまで行かなくていい。安曇野がお好きなのはわかります。私も、肇さんと出会った軽井沢の地を離れろと言ったら嫌だと言うでしょう。でも、今のあなたには休息が必要。環境が変わるのはリスクがあると医師たちは言っていましたが、今は、環境を変えないことには、フラッシュバックのリスクの方が高い。帰りたければいつでも帰れるように、ワマンさんにもお願いしておきますから」
「ワマンさん?」
 実花が、不思議そうに聞いた。ドロシーや地球のシリンの存在は知っているが、他に転移できるシリンは知らない。
「ムーン・アークの被害者よ。そのことについては着いてから話すわ。実花さん、ここを離れる勇気はあるかしら?」
 実花は、少し考えさせてほしい、そう言って、みんなに挨拶をした。そして、一礼をすると、自分の部屋がある家の二階に上がっていった。
「みなさん、宿は取っておいででしょうか?」
 実花の母が言うので、まだ取っていないと瞳が答えた。すると、すぐどこかに電話して、宿を予約してくれた。
 宿に着くと、みんなで話し合いをした。実花がもし英国の屋敷に来たらどうするのか。瞳の提案だけでなく、実花にしてやれることはないのか。
「何かのお仕事を押し付けるのは学校を思い出すだろうから、可能な時はひたすら遊ばせてあげると、あっちのことも好きになるかもしれない」
 友子が率先して意見を言った。
 町子は、発言を控えていたが、まだ、ここに実花はいないのだから、言いたいことは言ってもいいと輝がいうので、言ってみた。
「何もしないで遊んでいるというのは本人が罪悪感を抱くんじゃないかなって思うの。だから、出来るときはエマさんの手伝いなり何なり、できることをやった方がいいんじゃないかな」
「そうだね」
 町子が考えを一通り述べると、友子は笑顔を向けてくれた。意見は駄目ではなかったのだろうか。
 大体の話し合いはそのあたりで終わり、みんなは寝ることにした。明日も実花のところに行く。彼女を説得できればいいのだが。少し不安になりながらも、町子達は床についた。
 翌日、早めに実花の家に行くと、彼女はもう自分の部屋から下の階に降りてきて、町子たちを待っていた。表情は明るく、何か吹っ切れたような顔をしていた。
「昨日、親友と話したんです。二時間くらい」
 母がお茶を出している間、実花はみんなの前で照れながら、話を始めた。
「彼女は私に言いました。実花をいじめる人が多い場所より、大切にしてくれる人が多い場所の方がいいって。守ってくれる人がいっぱいいた方がいいんじゃないかって。でも、私、葵と別れたくなかったから、ちょっと駄々をこねたんです。そしたら、怒られちゃって。いつでも帰ってこられる状況で、しかも、手紙やメールのやり取りもできるんだから、問題ないし。安曇野が好きなのはわかるけど、それにこだわっていたら身動き取れなくなるよって」
「そっか、じゃあ、実花さんは、英国に来られるの? 私たち、一緒に暮らせる?」
 友子が嬉しそうにいうので、実花はまた照れた。
「一緒に暮らしたいって、そう言って下さるんですね」
 実花は、そう言って、嬉しそうに笑った。
 話はすぐにまとまった。実花は自分が行きたいと思うまで、学校には行かなくてもよかった。行きたいと思ったその時に、編入手続きをして、あらためて試験を受け、学校の勉強に学力を合わせて行くことになった。できると思った時にエマや芳江の手伝いをしたり、勉強をしたりする。そのほかは、休日に友子やみんなと一緒に出かけて遊びにいってもよかった。
「実花さんは、強いんだね」
 実花の家を去る時、町子が実花に手を差し伸べた。
 実花は、照れながらその手を取った。
「自分が強いと思ったことはないんです。でも、何だか嬉しい」
 そうして、一行はいったん実花と別れた。
「でも、どうして実花さんは夢を紡ぐ者なんて呼ばれているんですか?」
 新潟に向かう途中、小谷の道の駅で休憩しながら、友子が、ずっと気になっていたことを瞳に聞いてみた。瞳は、売店で売っているサイダーを手にしていた。このあたりの天然水で作ったサイダーで暑い夏にはもってこいだ。
 瞳は、外に出てから答えた。
「夢を紡ぐ者は、自分が本当に認めた人間の願い事を一つだけ、叶えてくれるの。願い事の種類にもよるけれど、お金持ちになりたいとか、女の子にモテたいとか、そういう抽象的な悩みや大きすぎる願いでなければ大体は叶う。だからこそ、彼女は自分のその能力を、親友の宮田葵さんとご両親以外には明かしてこなかった」
 友子は、それを聞いてアッと声を上げた。
「実花さん、葵さんの願いは叶えたのかな?」
 瞳は、笑った。サイダーの瓶をリサイクルボックスに入れに行くと言って、自動販売機の近くにある瓶入れに入れにいった。
 帰ってくると、待っていた友子たちに、こう告げた。
「大好きな人の願い事って、慎重になるものなの。叶えてはいないと思うわ」
 瞳も、この答えを出すのに少し時間が欲しかったのだろうか。それとも、昔の自分を思い出して少し落ち込んでいたのだろうか。今の瞳は明るい表情をしていた。
 一行は、小谷から出ると、そのまま糸魚川に出た。町子たちが住んでいた場所は内陸部で、海から遠く姫川に近い場所だったが、輝の母の親友である世那の家が上越にあるため、そこまで行かなければならなかった。
 この時期新潟の海岸は海水浴客で溢れていて、どこの駐車場も満員だった。道の駅に寄るのも一苦労だったため、そこは通り過ぎることにした。長い海岸を沿うように走る国道をしばらく行くと上越に着いた。
 世那の家は輝たちと同じで内陸の方、街から少し入った住宅街にあった。海からは遠いためあまり潮風の影響を受けない。乾いた信州から入ったせいか、湿気の強さに一行は空気の重さを感じていた。
 世那の家に着くと、そこはちょっとした公園のような場所になっていて、蝉が勢いづく木々がたくさん植わっていた。陽が高く強い昼下がりで、太陽は南中硬度を過ぎていたが、十分に暑かった。
 玄関のチャイムを鳴らすと、世那が出てきたので、輝がみんなの中から出て言って挨拶をした。今日、安曇野を出る際に連絡したのも輝だった。
「世那おばさん、今日と明日、よろしくお願いします」
 輝はそう言うと、世那に右手を差し出した。
 世那は、その手を快く取った。
「もちろん。みんないるから賑やかでいいわあ。こちらこそ、二日間、よろしくね!」
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