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第十六章 夢を紡ぐ者
ワガママ
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「地球の子」
十六、夢を紡ぐ者
初夏も終わりに近づき、夏が始まる直前になって、町子はソワソワし出した。授業にもあまり身が入っていない。彼女がミシェル先生に注意されることも増えてきた。
輝はそれを見ていて、無理もない、と思った。あと数日頑張れば、夏休みがくる。そうすれば、また、町子が楽しみにしていた軽井沢に行くことができるのだ。
「今回は、軽井沢だけじゃなくて、上田の方を通って松本や安曇野の方へ抜けてから、小谷経由で糸魚川に行くんだ」
連絡会が終わったあと、カフェでゆっくりしながら、輝はメルヴィンたちに説明した。今回もメルヴィンは旅行についてくる気だったし、メルヴィンが行くならと朝美も、朝美が行くならと友子も行くことになった。
「東京で瞳さんに会って一泊、次の日は軽井沢で遊んで、瞳さんのお家に二泊する。その次の日は小布施町に行って栗と杏のシリンに会う。この二人は恋人同士なんだって。で、そこで一泊するでしょ。そしたら松本に行って観光して、安曇野に行くの。安曇野に行ったら、夢を紡ぐ者って呼ばれているシリンに会う。これが一番の目的。彼女はリンゴのシリンで、学校でひどいいじめに遭っているみたいだから、家族ごと保護してこの屋敷に住んでもらう。事実上の留学。彼女は今年受験で、来年度から高校生だから、ちょうどいいんだよ。そこで彼女を説得するから何泊かすると思う。泊まる場所は予約していないから、行き当たりばったりになるかもしれないけど、周辺市町村もそんなに遠くないし、大丈夫だと思う。最後は糸魚川で、安曇野で何泊するかわからないからホテルの予約はしていない。今からしようにも海水浴客でいっぱいでできないから、上越にいる輝の知り合いのおばさんに泊めてもらうことになってる。西田世那さんっていう人で、大きなお屋敷に住んでいるから大丈夫だって」
そこまで言って、町子は息を吐いた。だいぶ喋ったので、疲れてしまったのだろう。
「終始瞳さんがついていてくれるから、大丈夫だ」
輝が、補足した。町子が冷たい水を飲み干している。
「東京からは、また新幹線に乗れるんだよ、メルヴィン」
朝美はそう言ってメルヴィンを見た。彼は、目を輝かせて話を聞いていた。
「東京から新幹線で軽井沢駅まで行った後は、全部瞳さんの車での移動なんだよ。今回は、大人数だから八人乗りのミニバンを用意してくれたみたい」
友子が説明すると、メルヴィンは何かの香りを嗅ぐ動作をした。
「瞳さんの車って、いい香りがするんだろうなあ」
その言葉に、その場にいた全員が萎えた。
「移り気なんだから。少しは朝美のことも考えなさいよね」
友子がそう言い、メルヴィンを小突く。すると、メルヴィンは照れ笑いをした。
その様子を見て、輝は少し不安になった。輝は、町子と恋人同士のはずなのに、それらしいことを何もできていない。まだ、朝美とメルヴィンの方がずっと色々できているように見えた。
輝は、少し考えた。事態を少し動かそう。
「町子」
町子を呼んでみる。彼女は不思議そうな顔をして輝を見た。
少しわがままを言ってみよう。彼女を巻き込んだわがままを。
「町子、松本の隣に塩尻ってあるんだけど、そこで一泊、いや、二泊できないかな」
町子は、さらに不思議そうに輝を見た。松本は海外にも聞こえた観光地だが、塩尻はそんなに有名ではない。町子もあまり気にしていなかった。メルヴィンなんかも知らないだろう。そんな地方都市になんの用があるのだろう。
「いいけど、なんで?」
訊くと、輝は少し寂しそうな顔をした。
「俺の父さん、旧姓は小野 哲 って言うんだけど、塩尻出身なんだ。親戚もそこにいて、少し挨拶に行きたいかなって。母さんがおじいちゃんから引き継いだ居酒屋を母さんと一緒に切り盛りしていた料理人だったんだけど、交通事故で死んでしまって、親戚とも疎遠になっていたんだ。この機会に行っておきたいなって。父さんの故郷もよく見ておきたいし。ワガママかな」
町子は、それを聞いて嬉しそうな顔をした。輝の父親の故郷とはどういうところだろう。輝のことをもっと知りたい。町子の中でそんな欲が出てきて、輝の願いを叶えてやりたい、そんな気持ちが沸き起こってきた。
「塩尻って長野だよね。涼しいの?」
町子は、できるだけその欲を隠したくて、条件を出してみることにした。すると、朝美が怒った。
「町子、恋人の父さんの故郷を見るのに理由なんているの? そういうわがままは素直に叶えてやるのも恋人の役割なんじゃないの? 輝くんも、そういうのわがままって思っちゃダメだよ」
それを聞いて、町子は真っ赤になった。輝を見ると、輝も赤くなっている。
彼らは恋人同士になっても互いのことを何も知らない。特に、町子が輝について知らないことの方が多かった。これを機会に輝のことを知っておいてもいいのかもしれない。
五人は、輝の希望も叶える形で日程を調整して、日本に向かうことにした。
十六、夢を紡ぐ者
初夏も終わりに近づき、夏が始まる直前になって、町子はソワソワし出した。授業にもあまり身が入っていない。彼女がミシェル先生に注意されることも増えてきた。
輝はそれを見ていて、無理もない、と思った。あと数日頑張れば、夏休みがくる。そうすれば、また、町子が楽しみにしていた軽井沢に行くことができるのだ。
「今回は、軽井沢だけじゃなくて、上田の方を通って松本や安曇野の方へ抜けてから、小谷経由で糸魚川に行くんだ」
連絡会が終わったあと、カフェでゆっくりしながら、輝はメルヴィンたちに説明した。今回もメルヴィンは旅行についてくる気だったし、メルヴィンが行くならと朝美も、朝美が行くならと友子も行くことになった。
「東京で瞳さんに会って一泊、次の日は軽井沢で遊んで、瞳さんのお家に二泊する。その次の日は小布施町に行って栗と杏のシリンに会う。この二人は恋人同士なんだって。で、そこで一泊するでしょ。そしたら松本に行って観光して、安曇野に行くの。安曇野に行ったら、夢を紡ぐ者って呼ばれているシリンに会う。これが一番の目的。彼女はリンゴのシリンで、学校でひどいいじめに遭っているみたいだから、家族ごと保護してこの屋敷に住んでもらう。事実上の留学。彼女は今年受験で、来年度から高校生だから、ちょうどいいんだよ。そこで彼女を説得するから何泊かすると思う。泊まる場所は予約していないから、行き当たりばったりになるかもしれないけど、周辺市町村もそんなに遠くないし、大丈夫だと思う。最後は糸魚川で、安曇野で何泊するかわからないからホテルの予約はしていない。今からしようにも海水浴客でいっぱいでできないから、上越にいる輝の知り合いのおばさんに泊めてもらうことになってる。西田世那さんっていう人で、大きなお屋敷に住んでいるから大丈夫だって」
そこまで言って、町子は息を吐いた。だいぶ喋ったので、疲れてしまったのだろう。
「終始瞳さんがついていてくれるから、大丈夫だ」
輝が、補足した。町子が冷たい水を飲み干している。
「東京からは、また新幹線に乗れるんだよ、メルヴィン」
朝美はそう言ってメルヴィンを見た。彼は、目を輝かせて話を聞いていた。
「東京から新幹線で軽井沢駅まで行った後は、全部瞳さんの車での移動なんだよ。今回は、大人数だから八人乗りのミニバンを用意してくれたみたい」
友子が説明すると、メルヴィンは何かの香りを嗅ぐ動作をした。
「瞳さんの車って、いい香りがするんだろうなあ」
その言葉に、その場にいた全員が萎えた。
「移り気なんだから。少しは朝美のことも考えなさいよね」
友子がそう言い、メルヴィンを小突く。すると、メルヴィンは照れ笑いをした。
その様子を見て、輝は少し不安になった。輝は、町子と恋人同士のはずなのに、それらしいことを何もできていない。まだ、朝美とメルヴィンの方がずっと色々できているように見えた。
輝は、少し考えた。事態を少し動かそう。
「町子」
町子を呼んでみる。彼女は不思議そうな顔をして輝を見た。
少しわがままを言ってみよう。彼女を巻き込んだわがままを。
「町子、松本の隣に塩尻ってあるんだけど、そこで一泊、いや、二泊できないかな」
町子は、さらに不思議そうに輝を見た。松本は海外にも聞こえた観光地だが、塩尻はそんなに有名ではない。町子もあまり気にしていなかった。メルヴィンなんかも知らないだろう。そんな地方都市になんの用があるのだろう。
「いいけど、なんで?」
訊くと、輝は少し寂しそうな顔をした。
「俺の父さん、旧姓は小野 哲 って言うんだけど、塩尻出身なんだ。親戚もそこにいて、少し挨拶に行きたいかなって。母さんがおじいちゃんから引き継いだ居酒屋を母さんと一緒に切り盛りしていた料理人だったんだけど、交通事故で死んでしまって、親戚とも疎遠になっていたんだ。この機会に行っておきたいなって。父さんの故郷もよく見ておきたいし。ワガママかな」
町子は、それを聞いて嬉しそうな顔をした。輝の父親の故郷とはどういうところだろう。輝のことをもっと知りたい。町子の中でそんな欲が出てきて、輝の願いを叶えてやりたい、そんな気持ちが沸き起こってきた。
「塩尻って長野だよね。涼しいの?」
町子は、できるだけその欲を隠したくて、条件を出してみることにした。すると、朝美が怒った。
「町子、恋人の父さんの故郷を見るのに理由なんているの? そういうわがままは素直に叶えてやるのも恋人の役割なんじゃないの? 輝くんも、そういうのわがままって思っちゃダメだよ」
それを聞いて、町子は真っ赤になった。輝を見ると、輝も赤くなっている。
彼らは恋人同士になっても互いのことを何も知らない。特に、町子が輝について知らないことの方が多かった。これを機会に輝のことを知っておいてもいいのかもしれない。
五人は、輝の希望も叶える形で日程を調整して、日本に向かうことにした。
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