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第十五章 大地に集う星
豪華な昼食
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アースは病院の仕事があるため、昼食には間に合わない。しかし、少し休んでから夕食に間に合うように来てくれるという。輝が料理対決のことを伝えると、かなり疲れているから、明日の朝からなら良いと言ってきた。料理対決を明日に控え、イーグニスは食材とキッチンの塩梅を見るために、マルスの家のキッチンを借りた。町子や輝の家と違い、一人分しか作らないので残り物やその家にしかない調味料で固められていなかったからだ。
「ルールを決めようよ。ジャッジは僕がするからさ。他にもう一人」
この料理勝負に最も乗り気だったのはメルヴィンだった。彼は、美味しい料理には目がなかったし、何より誰よりも自分の舌に自信を持っていた。
「メルヴィンの貧乏舌じゃあねえ」
朝美がそう言ってメルヴィンを眺めた。彼女はメルヴィンを舐め切っていた。しかし、町子と輝は知っていた。メルヴィンはきちんとした味覚を持っている。日本に行った時に、納豆にハマっただけではなく、瞳が自分で作った納豆と市販の納豆の違いをきちんと見分けていたからだ。
「朝美、メルヴィンを信じようよ。私たちは信じるな。ね、輝」
輝は問われてハッとした。今の今までナリアに見とれていた。正気に返って、ヘラヘラと笑う。町子は、そんな輝の足を思い切り踏みつけた。
「痛い!」
輝は、そう叫んで、涙目で町子を見た。
「ま、まあ、メルヴィンの舌がいいのは認めるよ。それで、課題はどうするんだ? どんな料理をどんな風に出すとかさ」
「うーん、そこなんだよね」
町子は、そう言って考え込んだ。なかなかいい考えが思い浮かばない。
「町子の伯父さんは中華料理が得意なんでしょ? だったらハンデで、中華料理は禁止したほうがいいんじゃないかな」
友子が意見を出すと、皆納得した。そして、それに釣られてメルヴィンが案を出す。
「イーグニスさんの得意料理はなんですか?」
今までずっと黙って考え事をしていたイーグニスに話を振ると、彼は考えるのをやめて、周りを見渡した。
「私は、なんでも」
そう言って笑ったので、アーサーが代弁をする。
「父さんは生まれも育ちもローマ、生粋のイタリア人だから、得意料理はイタリア料理だ。もしかして、それも付け加えるのか?」
メルヴィンは、頷いた。
「相手は地球のシリンだからね。少しでも有利な状況を作っておいたほうがいいよ。というか二人が超頑張ってくれてより美味しい料理がみんなで食べられるならそっちの方がいいだろ? 地球のシリンの本気も見てみたいんだ」
「あ、それいいね」
朝美が、明るい声を出した。本当に嬉しそうにしている。
「じゃあ、食材は、ここのスーパーで手に入るものに限定しようよ。そのほうが二人の腕を試すにはいいと思うんだ。高級な食材や専門知識がいるものはお金を出せばいくらでも手に入るけど、それじゃあつまらないだろ。元から美味しいものを使ったって腕試しにはならないし。だったら、テーマを決めて何かを作るんだ。肉料理とか、スープとか」
メルヴィンの提案に、反対する人は誰もいなかった。
「フレンチか本格イタリアンのフルコースにしようよ。そうすれば一日かけて楽しめると思うの」
友子が口を出すと、ナリアがそれを止めた。
「審査が難しいですよ。フルコースを食べてしまえば、相手のお料理がお腹に入らなくなります。先攻には有利ですが、後に出した方は不利になります」
「でも、これだけの人数が審査するんだから」
そう言って、友子は周りを見渡した。そこには先ほど集まってきたセイン、アイラ、アーサー、イクリシア、クチャナ、クエナ、ワマン、イーグニス、ナリア、マルス、町子、輝、メルヴィン、友子、朝美、それにカリムとクローディア、アイリーンがいた。大人数だ。
「審査員はメルヴィンともう一人、舌が肥えた人。他の人はどうしたらいいんだろう。みんな、二人の料理、食べたいよね」
町子がみんなを見渡すと、クローディアが腕組みをして咳払いをした。
「当然よ。最上の楽しみじゃない」
「でも、他が手につかなくなるわ、姉さん」
アイリーンが、小さな声で、顔を真っ赤にして言った。
「いいものを知ってしまったら、戻れないもの」
それを聞いて、ナリアがくすりと笑う。
「そんなことはありませんよ。お二人とも、それをよく知った上で作ると思います」
そう言って、彼女はゆっくりと立ち上がった。
「さて、昼食の時間が近づいてきましたよ。お食事はどうしますか?」
ナリアが問いかけると、昼食まで時間がないせいか、みんなの意見はまとまらなかった。どこかへ食べに行こうという意見もあったし、イーグニスの腕の程を見て見たいという意見もあった。しかし、その場で意見がまとまらなかったので、みんな、別の意見が出るのを待っていた。そこで、イーグニスがこう提案した。
「皆で買い出しに行って、皆で作ろうか」
そこにいた全員の意見がまとまった。
しかし、あまりに大人数だったので、買い出しにはメルヴィンとイーグニス、そして、アイラが行くことになった。この三人なら、間違った買い物をしてくることはないだろう。
ナリアは、先ほどのように椅子に腰掛け、優雅な動作でお茶をいただいていた。
「ナリアさんは、どうしてこちらの地球に来たんですか?」
ふと、輝が、気になっていたことを聞いてみた。するとナリアは、少し寂しそうに笑った。肩に乗っていた猫を床に放つと、猫はナリアの近くで丸くなっていた。
「アースに、これ以上負荷がかからぬように、わたくしと暁の星のシリンとで話し合いをしました。結果、彼もわたくしもここにくるということで決着しました」
「では、暁の星のシリンもこちらに来るんですか?」
ナリアは頷いた。すると、突然、二階にある家のドアが勢いよく開いた。
「それは本当か、ナリアさん!」
エルだった。モリモトが一緒にいて、エルはそのまま家から出てきてしまった。イースターの祭りには興味がないと言ってこもっていたが、ついに出てきてしまった。
「エル、イースターは楽しいみたいだよ。私たちも出ていこう。先生の料理も気になるだろう」
エルは、本心を突かれて顔を赤らめた。
「それは、気にはなるが、イースターなんてチャラチャラしたもの」
すると、モリモトは笑ってエルの背中を押した。
「クリスマスの時はまんざらでもなかっただろう。楽しんできたじゃないか。さあ、私も行くから、お前も来なさい」
そう言われて、照れながら、エルはみんなの中に入っていった。
「それで、メティス神父さんは来られるのですね?」
エルがみんなの中に入ってイースター・エッグを作らされていると、モリモトはナリアに訊ねた。すると彼女は明るい顔をして、テーブルの上に用意されたビスケットを食べた。
「はい。メティスには重々に、ご自分の魅力を自覚するように念を押しておきましたから、目立たない形で来ると思います。ただアースに会って話をしたいだけではなく、彼には彼なりの理由があるみたいですから、わかってあげてくださいね」
ナリアの言葉に、モリモトは、はい、と短く返事をして、下がっていった。不器用な手でイースター・エッグを飾り付けているエルの隣で、自分も、と、卵の殻を手に取った。
みんながモリモトとエルの飾り付けに釘付けになっていると、買い物から帰ってきたイーグニスたちが、大量の食材を車から降ろし始めた。何人かが手伝いに出て、それをマルスの部屋のキッチンに運び込む。
「そういえば、明日の料理対決の時には、どこの部屋を使うんだ? どの部屋もキッチンは一つだけだろう?」
輝は不思議に思って、マルスに聞いてみた。すると、マルスは得意げに答えた。
「この屋敷には、こういう時のために調理室があるんだ。料理研究会の朝美や友子たちもメニュー開発用に時々使っているんだよ」
そう言って、マルスは屋敷の一階と二階をつなぐ回廊の下にある、大きな扉の鍵を開けた。こんな所に扉があるなんて。誰一人注目していなかった。あるのに知らなかったのだ。
マルスが扉を開けると、そこに大きな調理場が現れた。さまざまな調理器具が揃っていて、キッチン台は三台あった。オーブンも三台、冷蔵庫も三台、電子レンジや各種家電製品も三台ずつあった。
「なんなの、この屋敷」
町子が頭を抱えた。ナリアは終始嬉しそうにしている。
「さて、これからどんな料理を作ろうか?」
マルスは、笑顔でそう言って、そこにいた全員の人数を数えた。キッチンに入れるのは数人だけだから、それを選んでから、ロビーで下拵えをするメンバーを選別した。
「キッチンに入るのはイーグニスとメルヴィン、ナリア、セインの四人だ。後のメンバーは外でじゃがいもの皮を剥いたり、食器を洗って拭いたりしてほしい。ここの食器はしばらく使っていなかったから、埃っぽくなっているんだ。やることはたくさんある。昼食まであと二時間あるから、頑張ってやろうじゃないか。ちなみに僕は、ここにテーブルをセッティングするから、輝とカリムは手伝ってほしい」
マルスは、そう言って、どこからか大きなテーブルを持ってきて、ロビーにセッティングした。白いテーブルクロスを輝と一緒にかけると、そこにピンクのレースのテーブルクロスを重ね、さらにイースター・エッグの入った籠とナリアの持ってきた花籠を二か所に置いた。クローディアたちが綺麗に洗って拭いたグラスと食器、カトラリー・セットを並べていく。事前に昼食のメニューをイーグニスから聞いていたアイラから料理の内容を聞き出していたので、それに合わせてカトラリーを設置していった。カリムが用意した二種類の水をテーブルに何本か置いて、ナフキンをセットした。
「まるで高級レストランね」
アイラが苦笑いを浮かべる。マルスは人差し指の指先を左右に振った。
「伝説の放浪料理人、イーグニスの料理だ。最大限の敬意を払わないとね」
そうこうしているうちに、料理を作るいい香りが漂ってきた。ニンニクの香りだ。マルスがレコードプレイヤーを出してきて、自分の部屋に帰り、一枚のレコードを持ってきてセットした。何かの音楽が聞こえてくる。
カンツォーネだった。
「雰囲気出るだろう?」
マルスは得意げに笑ったが、アイラやクチャナは苦笑いをするだけだった。
そのうちに料理が出てきた。コースではないため、みんなで取り分ける大きなサラダと簡単なスープとメインディッシュのスパゲッティだった。
「大袈裟なセットだなあ」
メルヴィンが言ったので、マルスは開き直って、こう返した。
「美味しい料理には敬意を」
料理は一度に配膳された。トマトとナッツの乗ったリーフサラダは、レタスやルッコラなどがふんだんに盛り付けてあった。ルッコラは若葉で、庭にエマが植えてあったのを許可を得て摘んできたものだ。スープはキャベツを煮て裏漉ししたものに生クリームとチーズを加えたものだ。主食はペペロンチーノだった。
「シェフの腕が試されるのが、ペペロンチーノ」
クローディアが、そう言って一口、スパゲッティを口に運んだ。すると、少し辛かったのか、水を一杯飲んで、気取った態度で一言美味しい、と言ってチラリとカリムたちを見た。
「これはうまい! 辛いけど美味しいよ!」
町子が叫びにも似た、感嘆の声を上げる。みんな夢中で食べ始めると、あっという間に皿を空にしてしまった。
「でもちょっと待てよ」
輝が、満腹で満足しているみんなの中にあって、一人、考えていた。
「おじさんは、これと同等、もしくはそれ以上なんだよな。それってどんな世界なんだ?」
すると、ナリアが嬉しそうに笑った。
「明日が楽しみですね。ぜひ、たくさんの美味しいお料理をいただきたいものです」
みんなは、それを聞いただけで幸せな気分になった。その夜は胃を休めるため、メルヴィンの作った軽食をみんなでいただいた。メルヴィンは家で食事当番を任されているので、上手に料理を作ることができた。
それが終わると、クチャナやセインたちは一旦家に戻ってよく寝て、明日の朝早く起きて買い出しにつきあうことになった。その夜遅く、時差ぼけ解消のため、アースが来て輝の部屋に泊まった。輝の家のキッチンで、母にやかんを借りて湯を沸かし、何かをやっていたが、それも少しの間だった。それでも湯が冷めるまでの間に会話ができたのは嬉しかった。その後は仕事が終わったばかりで相当疲れているのか、すぐ寝てしまった。
「おじさん」
寝ているアースの姿を見ると、少し心が安らいだ。あの時、輝がムーン・アークの環に飲まれてしまった時、救ってくれたのはやはり彼だった。そして、輝は、また彼が傷つくのを見なければならなかった。しかも、自分のせいで傷つくところを。
マルスやシリウスたちの話を聞いてからというもの、輝は、アースに寄りかかることが怖くなっていた。本当は、この人はこんなに苦労をしてはいけない。傷ついてもいけない。誰かに守られなければならない存在なのに。
「俺に、何ができるか、まだわからないけど、でも、あなたを守らせてください」
輝は、そう言って目を閉じた。閉じた瞼からは、涙が溢れ出て、頬をつたって行った。
その夜、輝は、自分の部屋のソファーで寝た。少し硬くて、いつもここで寝ているメルヴィンのことを思うと少し申し訳ない気持ちになった。
しかしその夜は、アースがいるという安心感からか、よく眠ることができた。
「ルールを決めようよ。ジャッジは僕がするからさ。他にもう一人」
この料理勝負に最も乗り気だったのはメルヴィンだった。彼は、美味しい料理には目がなかったし、何より誰よりも自分の舌に自信を持っていた。
「メルヴィンの貧乏舌じゃあねえ」
朝美がそう言ってメルヴィンを眺めた。彼女はメルヴィンを舐め切っていた。しかし、町子と輝は知っていた。メルヴィンはきちんとした味覚を持っている。日本に行った時に、納豆にハマっただけではなく、瞳が自分で作った納豆と市販の納豆の違いをきちんと見分けていたからだ。
「朝美、メルヴィンを信じようよ。私たちは信じるな。ね、輝」
輝は問われてハッとした。今の今までナリアに見とれていた。正気に返って、ヘラヘラと笑う。町子は、そんな輝の足を思い切り踏みつけた。
「痛い!」
輝は、そう叫んで、涙目で町子を見た。
「ま、まあ、メルヴィンの舌がいいのは認めるよ。それで、課題はどうするんだ? どんな料理をどんな風に出すとかさ」
「うーん、そこなんだよね」
町子は、そう言って考え込んだ。なかなかいい考えが思い浮かばない。
「町子の伯父さんは中華料理が得意なんでしょ? だったらハンデで、中華料理は禁止したほうがいいんじゃないかな」
友子が意見を出すと、皆納得した。そして、それに釣られてメルヴィンが案を出す。
「イーグニスさんの得意料理はなんですか?」
今までずっと黙って考え事をしていたイーグニスに話を振ると、彼は考えるのをやめて、周りを見渡した。
「私は、なんでも」
そう言って笑ったので、アーサーが代弁をする。
「父さんは生まれも育ちもローマ、生粋のイタリア人だから、得意料理はイタリア料理だ。もしかして、それも付け加えるのか?」
メルヴィンは、頷いた。
「相手は地球のシリンだからね。少しでも有利な状況を作っておいたほうがいいよ。というか二人が超頑張ってくれてより美味しい料理がみんなで食べられるならそっちの方がいいだろ? 地球のシリンの本気も見てみたいんだ」
「あ、それいいね」
朝美が、明るい声を出した。本当に嬉しそうにしている。
「じゃあ、食材は、ここのスーパーで手に入るものに限定しようよ。そのほうが二人の腕を試すにはいいと思うんだ。高級な食材や専門知識がいるものはお金を出せばいくらでも手に入るけど、それじゃあつまらないだろ。元から美味しいものを使ったって腕試しにはならないし。だったら、テーマを決めて何かを作るんだ。肉料理とか、スープとか」
メルヴィンの提案に、反対する人は誰もいなかった。
「フレンチか本格イタリアンのフルコースにしようよ。そうすれば一日かけて楽しめると思うの」
友子が口を出すと、ナリアがそれを止めた。
「審査が難しいですよ。フルコースを食べてしまえば、相手のお料理がお腹に入らなくなります。先攻には有利ですが、後に出した方は不利になります」
「でも、これだけの人数が審査するんだから」
そう言って、友子は周りを見渡した。そこには先ほど集まってきたセイン、アイラ、アーサー、イクリシア、クチャナ、クエナ、ワマン、イーグニス、ナリア、マルス、町子、輝、メルヴィン、友子、朝美、それにカリムとクローディア、アイリーンがいた。大人数だ。
「審査員はメルヴィンともう一人、舌が肥えた人。他の人はどうしたらいいんだろう。みんな、二人の料理、食べたいよね」
町子がみんなを見渡すと、クローディアが腕組みをして咳払いをした。
「当然よ。最上の楽しみじゃない」
「でも、他が手につかなくなるわ、姉さん」
アイリーンが、小さな声で、顔を真っ赤にして言った。
「いいものを知ってしまったら、戻れないもの」
それを聞いて、ナリアがくすりと笑う。
「そんなことはありませんよ。お二人とも、それをよく知った上で作ると思います」
そう言って、彼女はゆっくりと立ち上がった。
「さて、昼食の時間が近づいてきましたよ。お食事はどうしますか?」
ナリアが問いかけると、昼食まで時間がないせいか、みんなの意見はまとまらなかった。どこかへ食べに行こうという意見もあったし、イーグニスの腕の程を見て見たいという意見もあった。しかし、その場で意見がまとまらなかったので、みんな、別の意見が出るのを待っていた。そこで、イーグニスがこう提案した。
「皆で買い出しに行って、皆で作ろうか」
そこにいた全員の意見がまとまった。
しかし、あまりに大人数だったので、買い出しにはメルヴィンとイーグニス、そして、アイラが行くことになった。この三人なら、間違った買い物をしてくることはないだろう。
ナリアは、先ほどのように椅子に腰掛け、優雅な動作でお茶をいただいていた。
「ナリアさんは、どうしてこちらの地球に来たんですか?」
ふと、輝が、気になっていたことを聞いてみた。するとナリアは、少し寂しそうに笑った。肩に乗っていた猫を床に放つと、猫はナリアの近くで丸くなっていた。
「アースに、これ以上負荷がかからぬように、わたくしと暁の星のシリンとで話し合いをしました。結果、彼もわたくしもここにくるということで決着しました」
「では、暁の星のシリンもこちらに来るんですか?」
ナリアは頷いた。すると、突然、二階にある家のドアが勢いよく開いた。
「それは本当か、ナリアさん!」
エルだった。モリモトが一緒にいて、エルはそのまま家から出てきてしまった。イースターの祭りには興味がないと言ってこもっていたが、ついに出てきてしまった。
「エル、イースターは楽しいみたいだよ。私たちも出ていこう。先生の料理も気になるだろう」
エルは、本心を突かれて顔を赤らめた。
「それは、気にはなるが、イースターなんてチャラチャラしたもの」
すると、モリモトは笑ってエルの背中を押した。
「クリスマスの時はまんざらでもなかっただろう。楽しんできたじゃないか。さあ、私も行くから、お前も来なさい」
そう言われて、照れながら、エルはみんなの中に入っていった。
「それで、メティス神父さんは来られるのですね?」
エルがみんなの中に入ってイースター・エッグを作らされていると、モリモトはナリアに訊ねた。すると彼女は明るい顔をして、テーブルの上に用意されたビスケットを食べた。
「はい。メティスには重々に、ご自分の魅力を自覚するように念を押しておきましたから、目立たない形で来ると思います。ただアースに会って話をしたいだけではなく、彼には彼なりの理由があるみたいですから、わかってあげてくださいね」
ナリアの言葉に、モリモトは、はい、と短く返事をして、下がっていった。不器用な手でイースター・エッグを飾り付けているエルの隣で、自分も、と、卵の殻を手に取った。
みんながモリモトとエルの飾り付けに釘付けになっていると、買い物から帰ってきたイーグニスたちが、大量の食材を車から降ろし始めた。何人かが手伝いに出て、それをマルスの部屋のキッチンに運び込む。
「そういえば、明日の料理対決の時には、どこの部屋を使うんだ? どの部屋もキッチンは一つだけだろう?」
輝は不思議に思って、マルスに聞いてみた。すると、マルスは得意げに答えた。
「この屋敷には、こういう時のために調理室があるんだ。料理研究会の朝美や友子たちもメニュー開発用に時々使っているんだよ」
そう言って、マルスは屋敷の一階と二階をつなぐ回廊の下にある、大きな扉の鍵を開けた。こんな所に扉があるなんて。誰一人注目していなかった。あるのに知らなかったのだ。
マルスが扉を開けると、そこに大きな調理場が現れた。さまざまな調理器具が揃っていて、キッチン台は三台あった。オーブンも三台、冷蔵庫も三台、電子レンジや各種家電製品も三台ずつあった。
「なんなの、この屋敷」
町子が頭を抱えた。ナリアは終始嬉しそうにしている。
「さて、これからどんな料理を作ろうか?」
マルスは、笑顔でそう言って、そこにいた全員の人数を数えた。キッチンに入れるのは数人だけだから、それを選んでから、ロビーで下拵えをするメンバーを選別した。
「キッチンに入るのはイーグニスとメルヴィン、ナリア、セインの四人だ。後のメンバーは外でじゃがいもの皮を剥いたり、食器を洗って拭いたりしてほしい。ここの食器はしばらく使っていなかったから、埃っぽくなっているんだ。やることはたくさんある。昼食まであと二時間あるから、頑張ってやろうじゃないか。ちなみに僕は、ここにテーブルをセッティングするから、輝とカリムは手伝ってほしい」
マルスは、そう言って、どこからか大きなテーブルを持ってきて、ロビーにセッティングした。白いテーブルクロスを輝と一緒にかけると、そこにピンクのレースのテーブルクロスを重ね、さらにイースター・エッグの入った籠とナリアの持ってきた花籠を二か所に置いた。クローディアたちが綺麗に洗って拭いたグラスと食器、カトラリー・セットを並べていく。事前に昼食のメニューをイーグニスから聞いていたアイラから料理の内容を聞き出していたので、それに合わせてカトラリーを設置していった。カリムが用意した二種類の水をテーブルに何本か置いて、ナフキンをセットした。
「まるで高級レストランね」
アイラが苦笑いを浮かべる。マルスは人差し指の指先を左右に振った。
「伝説の放浪料理人、イーグニスの料理だ。最大限の敬意を払わないとね」
そうこうしているうちに、料理を作るいい香りが漂ってきた。ニンニクの香りだ。マルスがレコードプレイヤーを出してきて、自分の部屋に帰り、一枚のレコードを持ってきてセットした。何かの音楽が聞こえてくる。
カンツォーネだった。
「雰囲気出るだろう?」
マルスは得意げに笑ったが、アイラやクチャナは苦笑いをするだけだった。
そのうちに料理が出てきた。コースではないため、みんなで取り分ける大きなサラダと簡単なスープとメインディッシュのスパゲッティだった。
「大袈裟なセットだなあ」
メルヴィンが言ったので、マルスは開き直って、こう返した。
「美味しい料理には敬意を」
料理は一度に配膳された。トマトとナッツの乗ったリーフサラダは、レタスやルッコラなどがふんだんに盛り付けてあった。ルッコラは若葉で、庭にエマが植えてあったのを許可を得て摘んできたものだ。スープはキャベツを煮て裏漉ししたものに生クリームとチーズを加えたものだ。主食はペペロンチーノだった。
「シェフの腕が試されるのが、ペペロンチーノ」
クローディアが、そう言って一口、スパゲッティを口に運んだ。すると、少し辛かったのか、水を一杯飲んで、気取った態度で一言美味しい、と言ってチラリとカリムたちを見た。
「これはうまい! 辛いけど美味しいよ!」
町子が叫びにも似た、感嘆の声を上げる。みんな夢中で食べ始めると、あっという間に皿を空にしてしまった。
「でもちょっと待てよ」
輝が、満腹で満足しているみんなの中にあって、一人、考えていた。
「おじさんは、これと同等、もしくはそれ以上なんだよな。それってどんな世界なんだ?」
すると、ナリアが嬉しそうに笑った。
「明日が楽しみですね。ぜひ、たくさんの美味しいお料理をいただきたいものです」
みんなは、それを聞いただけで幸せな気分になった。その夜は胃を休めるため、メルヴィンの作った軽食をみんなでいただいた。メルヴィンは家で食事当番を任されているので、上手に料理を作ることができた。
それが終わると、クチャナやセインたちは一旦家に戻ってよく寝て、明日の朝早く起きて買い出しにつきあうことになった。その夜遅く、時差ぼけ解消のため、アースが来て輝の部屋に泊まった。輝の家のキッチンで、母にやかんを借りて湯を沸かし、何かをやっていたが、それも少しの間だった。それでも湯が冷めるまでの間に会話ができたのは嬉しかった。その後は仕事が終わったばかりで相当疲れているのか、すぐ寝てしまった。
「おじさん」
寝ているアースの姿を見ると、少し心が安らいだ。あの時、輝がムーン・アークの環に飲まれてしまった時、救ってくれたのはやはり彼だった。そして、輝は、また彼が傷つくのを見なければならなかった。しかも、自分のせいで傷つくところを。
マルスやシリウスたちの話を聞いてからというもの、輝は、アースに寄りかかることが怖くなっていた。本当は、この人はこんなに苦労をしてはいけない。傷ついてもいけない。誰かに守られなければならない存在なのに。
「俺に、何ができるか、まだわからないけど、でも、あなたを守らせてください」
輝は、そう言って目を閉じた。閉じた瞼からは、涙が溢れ出て、頬をつたって行った。
その夜、輝は、自分の部屋のソファーで寝た。少し硬くて、いつもここで寝ているメルヴィンのことを思うと少し申し訳ない気持ちになった。
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