長編「地球の子」

るりさん

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第十二章 記憶

バーベキュー好きの楽園

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 ロンドン時間深夜零時。
 ニュージーランドへは、パスポートとビザだけを持って行くことになった。航空機は使わず、ドロシーのワープを使って行くのだという。だから、多少大きな荷物があっても、現地でスタンリーやスカーレットの車や家を使って運んだり保管したりしてもらうことができた。冬の装いで出かけ、向こうでは夏の服を着ることになるため、衣類が多かった。町子はその他にいろいろなものをスーツケースに詰め込んでいたが、どれもこれも輝には理解できないくらい不要なものだった。
 どうしてそんなものを持って行くのかと聞いたら、町子は輝を一瞬、睨んだ。
「女の勘って奴なんだよねえ」
 そう言って、不敵に笑ったものだから、輝は何が何なのかわからなくなってしまった。
 準備が終わると、二人は後から来たメルヴィンと合流した。彼は、肌身離さず持っているハンマーを念入りに確かめていた。
 ドロシーが来て輝たちに挨拶をする。彼女は町子と輝を見て、満足そうに笑った。
「私の見立て通りだったね。輝は町子と恋人同士になるんだって。次は君かなあ?」
 そう言って、メルヴィンを見てくすくすと笑った。
「君に詮索されるような関係は、僕にはないよ。残念だったね」
 メルヴィンはそう言って、ドロシーを軽くあしらった。ドロシーは、少しつまらなそうにメルヴィンを見てから、転移の準備を始めた。
「地球のシリンは何もしなくても強制的に転移とかできるけど、私のワープは触れなきゃダメだからね」
 そう言って、右腕を差し出した。
「私の腕のどこでもいいから、触っていて。ニュージーランドに着いても、あなたたちの存在を固定するだけの時間が必要だから、三秒間は動かないでね。じゃあ、行くよ」
 ドロシーは、そう言うと、三人が自分の腕にしっかりと触れているのを確認した。すると、急に景色が変わった。転移したのは屋外で、強烈な太陽の光が降り注ぐ真昼の公園だった。ドロシーは、三人の手をぎゅっと握っていて、転移が終了してから三秒間、息が止まるかと思うくらいに微動だにしなかった。
「いいよ」
 ドロシーのその合図で、三人は肩の力を抜いた。
「あっちが深夜だったからお腹空いてるでしょ。今、クライストチャーチはランチタイムに近いから、いろんなお店が看板出しているよ。私はこれでロンドンに帰るね。シリウスさんからもらった携帯端末で私を呼び出してくれたら、帰りの転移もやるからね」
 ドロシーは、そう言って綺麗に消えて行ってしまった。輝は、自分の腕にある携帯端末でロンドンの時間とクライストチャーチの時間を確認した。
「待ち合わせは、この公園で間違いないはずだ。時間も大体ランチタイム前の微妙な時間で、だいたい十一時から十一時半ごろ。どこで待とうか?」
 三人は途方に暮れた。時間も場所も指定されたところで、いい加減すぎる。川沿いにある公園は思いのほか広く、人もそこそこいたので、誰がスタンリーとスカーレットなのか全く分からなかった。
「とりあえず、目立つ場所って言ったらそこにあるカフェかなあ。限定っぽいスムージーも何だか飲みたくなってきちゃったし。何より暑いから、ちょっと脱いで、下に着ている半袖になりたいよ」
 町子はそう提案したが、輝とメルヴィンは首を縦に振らなかった。
「建物の中に入っちゃったら、わからなくなるよ、町子。広場の端っこに行って服を脱いで、半袖になろう。スーツケースを開けて手荷物を調整するのもそのあたりでやったほうがいい」
 メルヴィンがそう提案してきたので、二人は広場の、なるべく目立たない場所に行って服を脱いだ。コートや長袖をスーツケースにしまって、貴重品を出してから小さいバッグに入れていく。着替えが済むと、身軽になってスッキリしたので、ニュージーランド人を待っている間に何か飲みたくなってきた。
「喉が渇いたな。町子じゃないけど、俺もスムージーが飲みたくなってきた」
 スムージーを売っている場所は二ヶ所あった。公園の入り口近くの木の下にある移動販売車と、公園を出た駐車場脇にあるコーヒーショップの二ヶ所だった。
「あのカフェは日本にも英国にもあるんだよなあ」
 コーヒーショップを見て、輝がため息をつく。
「移動販売のほうは、ちょっと高めだけど、ここでしか買えないかな」
 町子が、移動販売車の看板を見ると、たくさんのメニューがあった。いろいろなフルーツのジュースやスムージーがあり、どれも美味しそうだった。
「あ、マンゴーあるじゃん。私マンゴー大好き。バナナも」
 町子は南国系フルーツが好きなのだろうか。輝は、それも覚えておくことにした。メルヴィンも楽しそうにメニューを見ている。
「ニュージーランドならやっぱ、キウイフルーツだよなあ」
 メルヴィンはそう言って、移動販売車の男性にキウイフルーツのジュースを頼んだ。町子はマンゴーを、輝は桃を頼んだ。
「君たち、留学生か旅行者かい? 大きなスーツケースだね。どこから来たの?」
 そう聞かれたので、メルヴィンが嬉しそうに答えた。
「英国から来たんです。ここに知り合いがいて、彼らに会いに」
 メルヴィンは、キウイフルーツのジュースを受け取ると、満足そうに笑っている移動販売車の主人に挨拶をして、公園の真ん中に戻った。
 三人は、ジュースを飲むと、色気のあるため息をついて、ベンチに座った。
「こうもいきなり暑くなると、体が慣れてなくて疲れるね」
 町子は、そう言ってベンチの端っこで背もたれに寄りかかっていた。
 その時だった。
 一組の男女が、輝たちの目の前に現れた。
 彼らは堂々としていて、三人を見渡すと、何の躊躇いもなく、右手を差し出してきた。
「高橋輝くん、森高町子さん、メルヴィン・スミスくんだね」
 男性の方が、にこりと笑った。褐色の肌に緑の瞳のマオリ族の青年だった。彼がスタンリーなのだろうか。輝は彼の右手を握り返すと、こう聞いてみた。
「高橋輝です。あなたがスタンリーさん?」
 青年は、頷いた。マオリ族で緑の瞳は珍しいのだと、そう輝は思った。スタンリーは、いかにも、と、一言いうと、町子やメルヴィンにも握手を求めたので、それぞれが握り返して自己紹介をした。すると、スタンリーはそばにいた女性を紹介した。琥珀色の瞳の、褐色の肌の女性で、背が高くすらりとした美人だった。マオリなのに金の髪で、輝いて見えるのはその瞳のせいなのだろう。彼女は、魅惑的な笑顔を輝たちに向けた。
「スカーレットよ。ノアって呼んでくれてもいいわ。スタンリーはカイ。私たちは二つの名前を持っているのよ」
 輝たち三人は、それを聞いて混乱してしまった。どちらの名前が正しいのか、わからなかったからだ。すると、混乱の訳を見抜いたスタンリーが、こう言った。
「僕のことはカイ、スカーレットはノアと呼んでくれたら嬉しいな」
 輝たちは、それを聞いてほっとした。ほっとしたら、いろいろなことを聞きたくなってきた。
「それで、カイさん、ムーン・アークのことについて何か判明したって、それは一体何なんです?」
 すると、二人は顔を一瞬曇らせたが、すぐに笑顔に戻った。
「後で話すよ。それより、よくここで待っていてくれたね。嬉しいよ。僕たちはここから家が離れているから、到着のだいたいの時間は分かっても、きっちりこの時間に来るって言う保証はできないんだ。まずは、君たちと仲良くなりたいと思う。だから、これからバーベキューをしたいんだ。準備と買い出しに付き合ってほしいから、一緒に来てくれるかな?」
 それを聞いて、輝が目の色を変えた。
「バーベキュー!」
 輝は、叫んで急に元気になり、カイとノア、どちらの手もきつく握りしめた。
「ここ数ヶ月、ご無沙汰だったんです! ぜひやりましょう! 俺、頑張りますから!」
 それを聞いて、町子とメルヴィンはびっくりして、開いた口が塞がらなかった。輝はバーベキュー好きだったのだろうか。こんなに喜ぶなんて、相当好きなのだろう。
 カイとノアは、自分達の計画がここまで輝にヒットするとは思わなかったのだろう、少し驚いたが、それでも輝のテンションが上がったことが嬉しかったらしく、三人で細かい計画を立て始めた。
「この近くに何軒かスーパーがあるから、手分けをして買い物をしよう。バーベキュー用のコンロや食器、串なんかは家にあるから、それを使えばいい。君たちが来ることを見越して、人数分ちゃんと用意しておいたよ」
 カイは、メモ用紙に準備するものをきちんと書いてきていた。それに、輝が付け加える。
「野菜類にはキノコを加えましょう。大きめのキノコがいいですよ。トマトは大きいのじゃなくて、小さいのを細い串に刺して焼くと美味しいです。人参は、型抜きをすると、女性にウケるんじゃないかな。抜き型は、クッキーの型を抜くやつで代用できますよ。肉は、ラムの味付けを俺にさせてください。鶏も、照り焼きにするとすごく美味しいんですよ。日本の焼き鳥みたいに、竹串に刺しましょう。小さめに切って、おきになった炭で焼くと美味しいんですよ。焼き鳥には塩とタレがあって、塩焼きも美味しいから、モモと軟骨、それにレバーがあれば買ってきて焼きましょう」
「レバーはちょっと臭いわ。食べられるかしら?」
 ノアは、そう言って不思議そうに輝を見たが、輝は笑ってこう返した。
「俺の味付けと焼き方を信じてください。塩だけでも美味しくできるんですよ。レバーも化けますよ。ええと、味付けに使う調味料は、砂糖、塩、黒胡椒、醤油に味醂、酒、それくらいかな。味醂や酒はちょっと、手に入らないかな」
 輝が考え込んでいると、スタンリーが大きな声で笑った。
「輝は面白いな! 大丈夫、ここはクライストチャーチだ。日本の食材を扱っている専門店だってあるんだ。ミリンとかサケなんて、朝飯前だよ! 味噌や豆腐も売っているんだ」
 すると、今度はメルヴィンが首を突っ込んできた。
「納豆はあるかい? この間瞳さんのお家で食べてから、忘れられなくなっちゃったんだ。ロンドンにはあるみたいだけど、地元には日本食材店がないから、手に入らないんだよ。食べたいなあ」
 カイは、目を輝かせるメルヴィンを、不思議そうに見た。
「納豆はあるけど、あれ、本当に美味しいのかい? ねばねばしていて臭くて、気持ち悪いよ」
「食べたことがない人は、みんなそう思うんだよなあ」
 メルヴィンが、得意げに胸を張る。納豆を食べたことがあることが自慢なのだろう。町子は、それを見ていて、メルヴィンが少し面白く見えて、反面、微笑ましくなった。輝は、ノアと一緒に綿密なバーベキューの計画を立てている。
「ここはワインをかけるといいですよ。赤ワインがいい。残りはノアさんたちが飲めるように、そこそこ美味しいワインを買って行った方がいいかな」
 どうやら肉や野菜にワインをかけて仕上げるつもりだ。照り焼きにそれをやらないか不安だったが、輝なら大丈夫だろう。
 彼らはすっかりムーン・アークのことを忘れてしまっている。本当にこれでよかったのだろうか。学校を休んでまでニュージーランドに来て、やることと言ったらバーベキューによる親睦会。そんなことで、ミシェル先生が納得するだろうか。
 少し不安に思っている町子のところに、輝が来た。膨大なメモを持っていて、ノアと一緒にそれを整理していたところだった。輝は、町子にこう告げた。
「ノアさんに少し聞いた。ムーン・アークの名前を冠した大きな工場が、広大な空き地に造られていたんだって。なぜ、大っぴらにムーン・アークの名を出して巨大な工場を作っているのかは分からない。彼らの中から大勢のシリンの気配もしたし、間違いはないだろうって。ノアさんは金星のシリンで、人間の女性であれば、どんな人種のどんな人間にも変身できる。その能力を使って何かできないかって考えているみたいだ。そのことは後で町子やメルヴィンにも話すと言っていた。心配いらない。この親睦会はおそらく、俺たちが彼らにとって本当に信頼に足る人物かを見極めるためのものだ」
 輝は、そう言って町子の肩を叩いた。
「さあ、町子も準備を手伝ってくれよ!」
 輝がそう言うので、町子はやれやれと言いながら、みんなの中に入っていった。
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