長編「地球の子」

るりさん

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第十一章 帰るべきところ

わいわいホームケーキパーティー

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 クリスマスの日、町子たちは屋敷でパーティーをしていた。町子と友子、朝美の女三人でのパーティーだった。
 三人は、忙しくなるイヴの前日に街の小さなブティックで、服を買って交換した。輝たちが派手にやっていることは容易に想像ができていたが、彼らのようにやろうとは思っていなかった。
 さらに三人は朝からミンスパイを焼いていたが、なんだか日本のケーキが懐かしくなってきたので、そちらも焼くことにした。
「町子は、輝くんに何かプレゼント買ったの?」
 友子が、三人で焼いたスポンジケーキにホイップクリームを塗りながら、訊ねた。町子は、デコレーションに使う冷凍のマルベリーを慎重に解凍していた。
「買ったけど、経済力のある男性四人には敵わないだろうなあ」
 町子は、そう言って寂しそうに笑った。そんな町子を見て、朝美がため息をつく。
「気持ちはこもってるんでしょ? それで良くない?」
 朝美はそう言って、町子を手伝い出した。自分の仕事が終わったのだ。
「気持ちが押し付けじゃなければいいんだけどな」
 町子は、そう言ってマルベリーを並べ始めた。
「このケーキ、ちょっと大きく作っちゃったね。ミンスパイもあるし、輝のお母さんはモリモトさんと出かけちゃったから、誰か呼ぼうか?」
 町子は、本当は寂しいのだろう。気の強い朝美も、優しくてよく気がつく友子も、二人とも町子のそういうところをよく知っていた。いざという時気が弱くなるところも、ここぞという時鈍くなってしまう部分も。
「アーサーさんとイクシリアさんなら、何も用がないから家で映画でも見るかなって言ってたな。まだ見てなければ誘おうよ。クチャナさんとクエナさんも、ワマンさんと思い出作りたいだろうし、いつも奥さんのアイラさんに服装のセンス最悪って言われている、残念イケメンのセインさんだって、センス磨くいい機会だし」
 町子の口からは色々な人の名前が出てきた。友子と朝美はびっくりして、途中で止めようとした。しかし、町子はきっと、寂しいのかもしれないと思うと、止められなかった。
「それだけ呼ぶと、ケーキ足りなくない?」
 朝美がそう言ったが、今さら町子を止めることはできなかった。
「材料はあるんだから、もう一つか二つは作れるよ!」
 町子は胸を張った。それから、友子と朝美は、それぞれ携帯端末から各人の番号を町子に聞いて、連絡し始めた。
 セインに連絡すると、本人は少し躊躇ったが、アイラがなんとしてでもいかせますと言ったので、二人で来ることになった。クチャナに連絡すると、クエナに手作りミンスパイをぜひ食べさせてあげたいと言って、どちらも日本風ケーキを初めて食べるクエナとワマンを連れてくる事になった。アーサーとイクシリアは、泣ける恋愛映画を見ていたが、クリスマスにしみったれた雰囲気になるのも嫌だからと言ってすぐに来てくれた。
 最初に来たのはアーサーとイクシリアだったので、二人が来る頃はまだケーキが一つしか完成していなかった。なので、イクシリアもアーサーも、三人のケーキ作りを手伝ってくれた。
 そこで、ロマンチストの朝美が、イクシリアに質問をした。
「お二人の出会いはどんな感じだったんですか?」
 その質問には、アーサーが答えた。
「イクシリアは、最初、セインに憧れていたんだ。ほら、あいつ、あの通りイケメンだろ? だけど、セインが、イクシリアの妹のアイラと相思相愛だって気が付いた時、意外とあっさりしていてな。その時、なんでだろうって俺は思っていたんだ。そんなに簡単に、好きな人間のこと諦められるのかなあって。そしたら、見えてきたっていうんだ」
 アーサーが、不自然にもそこで言葉を切ったので、朝美は先が気になって仕方がなかった。
「何が見えてきたんですか?」
 朝美が食いついてきたので、アーサーは嬉しそうに、語った。
「憧れと、愛情は違うんだっていうのがさ」
 イクシリアは、その言葉に赤面した。
「私はもともとあなたを見ていたんです。セインはカモフラージュでしかなかったのですよ」
 その話を聞いて、三人は歓声をあげた。少しの間、ケーキを作る手を止める。
 そうこうしているうちに、二つ目のスポンジが焼き上がったので、少し冷ましている間に三つ目のスポンジ生地をオーブンに入れた。オーブンは十分に温まっているので、火加減の調整が難しかった。
「二つ目は、アイシングをするんですけど、イクシリアさん、できますか?」
 友子がイクシリアにレシピを渡すと、彼女はしっかりと頷いた。
「任せてくださいな。私、アーサーの誕生日には、いつも何かしらのケーキを焼くんですよ」
 そう言って、ケーキのデコレーションを始めた。イクシリアは手際よくアイシングをしていった。ケーキの表面が綺麗な白に染まると、その横に、町子がいくつかのラズベリーを添えた。
「おめでたい話だから、日本式に、紅白で」
 町子は、そう言って笑った。実に楽しそうで、友子も朝美もホッとした。
 三つ目のスポンジが焼けると、そこにどのようなデコレーションをしようか、悩むことになった。材料はいくらでもあるが、アイデアが湧かない。
「マルベリー、ラズベリー、ストロベリー、ブルーベリーにレモンと赤白グレープフルーツにオレンジ、ミントの葉もあるし、りんごのコンポートになしのコンポート、ブドウのジャム、赤と白のワイン、それに桃のジャムと杏のジャム。これだけあって何も思い浮かばないなんて」
 友子が悩んでいると、イクシリアがこう提案した。
「いくつかのフルーツをうまく組み合わせれば、フルーツの乗ったケーキができそうですね。ホイップを少なめにすれば、甘さのギャップに悩まされることもなさそうです。りんごと梨のコンポートがいい仕事をするかもしれません」
 イクシリアがそう提案したところで、セインとアイラがやってきた。
「お姉ちゃんもアーサーも先に来ていたのね。あとはペルーの人たちだけかしら?」
 アイラは、そう言うと、みんなの前に何かの袋を差し出した。町子が受け取ると、その中にはいくつもの透明な包みが入っていて、一つずつ丁寧にリボンがつけてあった。中身は可愛らしい星型のクッキーで、焼きたてのいい香りがした。
「セインは服装のセンスは最悪だけど、お菓子のセンスは最高なの! あ、でも、ラッピングは私よ。そっちのセンスは私の勝ち」
 そう言ってにこりと笑った。セインは、隣で困ったような顔をしている。服は、お菓子を作ったあと急いで着替えたのか、チノパンにセーターを合わせてその上にジャケットを羽織っていた。色選びがどうにも微妙で、ビビッドな補色同士の組み合わせによる色合いだったので、アイラはため息をついた。
「私が見てあげる時間がなかったの。ごめんなさい」
 いつもアイラが見てあげていたのか。町子たち三人はなんとなく納得した。
 しかしそこで、セインがビビッドカラーのジャケットをおもむろに脱いで、腕まくりをした。
「スポンジが一つあいているね。材料も余っている」
 そう言って、テーブルの上を見回した。
「悩んでいたんです。これだけの材料があるのに、どんなケーキを作ったらいいのか分からなくて」
 町子が正直に打ち明けると、セインは楽しそうに笑った。
「イクシリア、カスタードクリームは作れるね?」
 イクシリアは、突然聞かれたので少し驚いたが、深く頷いた。
「もちろんですわ」
「なら簡単だ。英国流ではないし、かなり派手にはなるけれど」
 セインは、そう言ってリンゴとなしのコンポートの瓶の蓋を開け、シロップをボウルにあけて中身を取り出し、食感が残る程度に切った。イクシリアとアーサーがカスタードクリームを作っている間にオレンジを櫛形に切って、レモンの汁を絞った。カスタードクリームができてくると、それをケーキに塗って、そこからさらに角切りにしたオレンジとグレープフルーツをケーキの淵に並べて、その中にベリー類をバランスよく敷き詰めた。その上に細かく切ったコンポートを乗せた。最後に、シロップをゼラチンで固めたものをフルーツにかけた。その上にレモンの汁をかけ、ミントの葉を乗せた。ケーキのサイドにはホイップクリームを重ねて、フルーツの上に粉砂糖をふりかけた。金粉があったので、さらにそこにふりかけた。
「完成だ」
 セインは手際がよく、あっという間にごろごろ果物の乗ったケーキができ上がった。
 それは見た目も美味しそうで、艶めいたフルーツの乗った美しいケーキだった。
「ちょっと待って」
 女子高生三人は、あまりに美しくて美味しそうなそのケーキを見て、すぐに携帯端末を取りに行った。そして、あらゆる角度から、日光や部屋の明かりを気にしながら写真を撮っていった。
 これで、あとはクチャナたちを待つだけになった。部屋を片付けてパーティーのセッティングをして、台所をきれいにする。
 全ての片付けとセッティングが終わると、なんだか疲れてきてしまって、そこにいた全員が別のテーブルでお茶を飲みながら、ため息をついた。午後三時を回ったがクチャナたちはまだ来ていない。
「遅いね、クチャナさん」
 友子が、テーブルの上に身を投げ出す。
「仕方ないよ。招待するときに時間を設定しておかなかったこっちのミスなんだから」
 朝美が、椅子の背もたれに身を預ける。
 そんな二人を尻目に、アイラが何杯目かのお茶を入れ始めた。
「クチャナさんは真面目な人だから、きっときちんと準備をしてから来ると思うの。きっと、いいことがあるわ。信じて待ちましょう」
 アイラは、そう言って、お茶を配っていく。すでに何杯もお茶を飲んでいてカフェイン漬けになっている上お腹も減っていない。町子は、アイラが元気づけてくれることに感謝をしていた。
「そういえば、セインさんたちもイクシリアさんたちも、みんな同じファミリーなんですよね」
 町子が尋ねると、セインが答えた。
「私の義理の父で、育ての親であるイーグニスという男性が、私たちを導いてくれたんだ。彼は帝政ローマ、ハドリアヌス大帝の時代のローマにいた軍人で、北半球の歴史の傍観者として、アルプス山脈を媒体にして生まれてきた。当時ローマ領ブリタニアで奴隷として生きていた私を買い上げ、救ってくれた恩人で、その時にイクシリアやアーサー、そしてアイラに出会ったんだ。アーサーはブリタニアの王族の末裔だったし、アイラはローマに住んでいた商人の娘で、神殿の巫女として出仕していた姉のイクシリアとは別に暮らしていた。アイラという名は、ローマを出る時に元々の名前を捨てて、自分でつけたんだ。ちなみに、歴史の傍観者は地球に二人いて、北半球の傍観者はアルプスを媒体にして生まれ、長老と生を共にする。南半球の歴史の傍観者はアンデス山脈を媒体にして生まれ、巫女を伴う。その南半球の歴史の傍観者がクエナさんで、巫女がクチャナなんだよ」
 随分と壮大な話を聞いた。
 町子たちは、感嘆の声を出して聞いていた。
「イーグニスさんは、まだご存命で?」
 友子がため息混じりに聞いたので、セインが答えた。
「もちろんだ。今も探検家として、世界中を駆け巡っているよ」
 それを聞いて、町子たち三人は、イーグニスという、その包容力のありそうな、素敵な人に会ってみたくなった。
 その時だった。
 誰かが、町子の家のドアをノックした。町子が出たので、みんなはドキドキしてその場で待った。アイラがお茶の道具を片付け始める。日は沈みかかっていて、部屋の明かりもついていた。
 町子が、嬉しそうな顔をして、皆のところに戻ってくる。
「クチャナさんたちがきたよ! さあ、みんな、席について。パーティー始めるよ!」
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