長編「地球の子」

るりさん

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第十一章 帰るべきところ

アイスクリームが

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 クリスマスの二日前、出かける当日の朝、輝はまだ暗いうちに目を覚まして、ドキドキしながら準備を整えていた。モリモトにあれだけ頼って万全の準備をしたのにまだ不安が残っている。男だけ五人の遠出で女性が一人もいないのに、こんなに楽しみだとは思わなかった。おそらく、輝は昨日、モリモトと話し合って決めた服を早く着たくて、そして、それを着てあのおしゃれな四人と肩を並べるのが楽しみで仕方がないのだろう。
 待ち合わせの時間は朝の七時だった。シリウスは運転が荒いし、マルスは酒が飲みたいというので、アースが運転をすることになり、車を使ってロンドンまで行くことになった。予定はロンドンのホテルで一泊して帰ることになっていて、夜までしっかり遊んでくることが前提となっていた。女性の一人でもいればもっと楽しかったかもしれないが、男性だけでいくのはそれはそれで楽しみだった。
 屋敷の入り口で待ち合わせをしていると、最も早く来ていた輝の次に、エルが来た。
「落ち着かないな」
 エルは、そう言いながら、本当に落ち着かない様子で、その辺をうろうろしていた。
「エルさん、モリモトさんによろしく伝えてくださいね」
 エルが足を止めた。
「まどろっこしいからエルでいい。敬語もいらない」
 エルは、そう言ってため息をついた。大きなため息だ。何をそんなに緊張しているのだろう。
「父さんの凄さがわかっただろ」
 そう言って、緊張を解いた。肩の力を抜いたエルの表情は意外と豊かで、怖さを感じさせなかった。
 マルスとアースは一緒に来た。なんの話をしてきたのかはわからないが、打ち合わせのようなものをしていた。車の中を点検して、おかしなところがないか確認している。
 アースとマルスは、クラシックなコートとダウンジャケットという対照的な格好をしていたが、相当高度な着こなしをしている。普段からそこそこオシャレをしていないと、こんなことにはならないと輝は思った。シリウスが来る頃には、行く準備は終わっていた。シリウスはカジュアルな着こなしが得意だったので、輝より少し畏まってはいるが、十分にバランスのいい服装でやってきた。
 五人は、アースが持ってきた車に乗り込んで、ロンドンに着くまで何回か休憩を挟みながらドライブを楽しんだ。途中寄ったコンビニや 休憩所で飲み物を飲みながら、いろんな話をした。輝が他の四人のファッションを褒めると、皆照れていた。
「俺は父さんが上手だからな」
 エルは咳払いをしていたが、まんざらでもない様子だった。
「元が良くないとせっかくの服も映えないからな」
 シリウスはそう入って笑った。そのシリウスをマルスはチラリと見る。
「アースは、シリウスに鍛えられた部分があるな。暁の星にいた時は、シリウスはアースの護衛についていたんだ。まあ、最も、彼に護衛など必要ないのだけどね」
 マルスは、皮肉まじりにそう言って、シリウスとアースをからかった。
 その後、ハイウェイに乗ってしばらくするとロンドンの街に着いた。車を置いてハイドパークに着くと、急に景色が開けてきた。
「車の中は窮屈だっただろう。少しここで羽を伸ばそう」
 マルスがそう言って散策を始めると、輝は近くにカフェがあるのを発見した。見ると、日替わりのメニューがいくつか掲示されている。
 輝は、皆ほど疲れていなかったので、そのメニューを読んでみんなを呼び、カフェの中で何か飲もうと提案した。
「疲れたんで、コーヒーでもって思って」
 すると、一人立ったまま周りを眺めていたアースが、輝に笑いかけた。
「そうだな。みんなに聞いて見よう」
 噴水のあたりにいた三人に声をかけ、輝はすぐに了解をとってきた。みんな強行軍で疲れていた。
 カフェに着くと、すでに結構お客さんがいたので、五人全員が座れるテーブルを見つけるのに難儀した。
「朝ごはんから軽食、コーヒーにワインもあるんだ。俺は何にしようかな」
 輝がぶつぶつ言っていると、マルスが店員を呼んでしまった。仕方なくメニューの左上にあったものを適当に頼んだ。
 メインメニューを待っている間に飲み物も頼めたが、どんな味かわからない。輝が困っていると、アースが代わりに頼んでくれた。
「俺はエスプレッソにするから、輝はアメリカーノを頼むといい」
 アースは、みんなで料理を待っている間、今日来たメンバーの果物の好みを教えてくれた。マルスは甘いものなら何でも好きだ。エルは柑橘系、特にグレープフルーツが好きだ。シリウスはリンゴや葡萄などを好んだ。アースは嫌いなものはないが、特にこれといって好きなものもないので、なんでもいいという。輝はイチゴや桃が好きだった。
「フルーツの好みも、人それぞれですね。マルスさんは甘い方がいいんだ」
 輝は、アースから聞いたことをそれぞれどこかにメモしたくて、紙やペンを探した。しかし、カバンの中にもポケットの中にもなかったので、アースから借りて書くことにした。
 すると、ふと、新しい疑問が浮かんできた。
「そういえば、おじさんはお誕生日はいつなんですか?」
 すると、アースは困ったように笑った。
「知ってどうするんだ?」
 誕生日を聞かれるのは慣れていないのだろうか? アースほど知り合いや友人も多ければ、知りたい人もいるだろうに。
「諦めませんよ、俺は」
 町子は彼の誕生日を知っているだろうか? 輝は、親しい人が生まれた日を知っておきたかった。年に数回しかない、誰かに感謝を伝える日に、プレゼントを渡したいからだ。輝ほどプレゼント好きな男子高校生も珍しいのではないだろうか、そう思えるほどに彼は贈り物が好きだった。
 アースは、挑戦的な目つきの輝に負けて、誕生日を教えてくれた。
 四月二十二日だった。
 輝は、アースから借りたメモ用紙に、それをメモした。すると、ちょうど注文したものが一気に来たので、五人はゆっくりと飲み物を飲んで過ごした。
 そんなことをしているうちにお昼の時間になったので、そのままここでランチをすることになった。そこで、輝は彼らが暁の星にいた頃のことを教わった。アースが王として立っているテルストラという都市国家連合と、その首都テルストラのこと、そして、その隣にあるマリンゴートという都市のこと。
 そのことについては、マルスが教えてくれた。
「テルストラは地球より文明の発達速度が速く、すでに新幹線より速く、リニアモーターカーより静かに走る鉄道が都市内に整備されている。以前立っていた高層ビル群を次々に作り替えて、より近未来的な都市国家を建設しているんだ。すごいだろう。テルストラによってまとめられている四つの都市の名は、大きい順に大都市テルストラ、海のある国クリーンスケア、草原の国マリンゴート、山と湖の国ハノイで、各都市に強烈な個性があるんだ。暁の星の原住民は主にマリンゴート東部や、大陸外の島国に多く住んでいて、今のところ共生できている。昔は色々あったけどね」
 マルスはそこまで言っていったん話をやめた。すると、シリウスが話題を変えた。
「エルは、草原の国マリンゴートの出身の原住民なんだ。そこの領主であり、暁の星のシリンである神父メティスの顔と同じ顔に整形されていて、アースが見破るまで誰もわからなかった。月のシリンだからできたことなんだけどな。惑星のシリンの顔は決してコピーできないから」
 シリウスはサンドイッチを食べながら説明を始めた。
「モリモトは、テルストラ都市国家連合で起きた最悪の戦争の時にできたマリンゴート強制収容所解放のゲリラ戦で活躍した東西二つのレジスタンスのうち、西レジスタンス所属だった。それが、怪我をしたメティスを守っているアースのところに特攻して死のうとしていてな。それを助けられたものだから、それ以来モリモトはアースの腹心として生きていたんだ。戦後はマリンゴート所属の救護隊の隊長を務めていた。そこでマリンゴートが一時期荒れた時期があって、その時にエルと出会って養子にしたんだよ」
 シリウスの話に、口を挟む者はいなかった。ただ、エルが少し表情を暗くしたので、シリウスはそこで話をやめた。
 輝はもっと色々な話を聞きたかったが、この時点でこれ以上彼らの過去を知ることはできなかった。まだ、シリウスやマルスの話、アース自身のこともほとんど聞けていない。だが、今回は諦めなければならない。
 輝は、みんなが食事を終えたのを確認すると、町子の祖父から預かったお金で会計をするために店員を呼び、会計を終えると椅子から立ち上がり、店を出た。
 すると、その時。
 輝の正面にいたマルスが、アッと声を上げた。そして、びっくりする輝の後ろを指差した。
「アイスクリームが」
 そう言われて、輝は急いで後ろを見た。すると、小さな男の子が輝を見て泣き出した。手に持ったカップは空で、輝の後ろには、ダウンジャケットからジーンズにかけてしっかりとアイスクリームがくっついていた。
 一緒にいた母親が、輝を見て怒った。
「なんてことをするの! 子供のアイスクリームを取り上げるなんて!」
 輝は、いきなりのことで訳がわからなくなってしまった。この寒いのにどうしてアイスクリームがくっついてくるのだろう。後ろでは男の子が泣いていて、アイスを返せと喚いている。そして、その母親は、その子供を庇って怒っている。
 訳がわからなかったので、輝はとりあえず怒っている親に謝ろうとした。すると、エルが突然立ち上がって、母親の目の前に立った。
「怒りたいのはこっちだけどな。なんで服を汚されたほうが怒られるんだよ? クリーニング代を出しますから弁償しますからって謝るのが筋だろ! 俺は見ていたからな。このガキが走ってきてつまずいて輝の服にアイスクリームをぶちまけやがったんだ! 親ならちゃんと見ているべきだろ!」
 エルは、全て見ていたのだろうか。母親以上に怒り心頭していた。
 母親は、エルの迫力に少し押された。
「何よ、大人気ない。子供のしたことでしょ」
 親はどうしても自分の非を認める様子がなかった。しかし、それ以上怒る気力も萎えてしまったのか、真っ赤な顔をして子供を連れて去って行ってしまった。
「なんだよ、胸糞悪い」
 エルが、そう言って輝の元に来た。くっついて溶け始めているアイスクリームを丁寧に拭き取ると、アースが差し出してきたタオルで輝の服についたアイスクリームの水分を取り除いて行った。
「できたけど、匂うしベタベタするし、最悪だぜ」
 エルは、そう言って明らかに怒りをあらわにしたが、怒りをぶつける相手はもう逃げていってしまっていた。近くにある木を蹴ろうとしたが、アースの顔をふと見て、やめた。
「これで、輝の新しい服を買う用事ができたわけだ」
 マルスが、立ち上がった。ニコニコと笑っている。
「モリモトさんにアドバイスをもらってキメてきたんだろうけど、まだ手持ちの服が幼いよ、輝。僕たちが女の子にモテるコーディネートをあちらで何パターンか決めてやろう。お金は心配いらないよな」
 そう言って、アースを見る。アースは、やれやれと言いながら、輝の方を見た。
「確かに、変えた方がいいな。モテる必要はもうないが」
 そう言って、アースは輝の服にそっと触れた。すると、アイスクリームの甘い匂いは消え、水分も感じなくなった。
「店に入るのにアイスクリームの匂いをぷんぷんさせるのもな」
 シリウスが、ニコニコと笑った。アースが物質転化の力を使ったのだろう。アイスクリームの成分は全て空気に変えられていた。
 五人は、その場の片付けを終えると、少し休んでからハイドパーク内のクリスマスの雰囲気を味わった。どこも人が溢れていてみんな楽しそうにしている。移動遊園地が来ているためか、子供たちの数も多かった。
 マルスが退屈そうにしていたので、オックスフォード・ストリートには早めに出た。そこには綺麗な女性も多く、マルスは非常に楽しそうにしていた。
 輝の服は、一箇所の店で全てを揃えた方がいいと意見が一致したので、シリウスを中心に店を探すことになった。輝は学校に行くときは制服なので、休日を楽しく過ごせるカジュアルな服をいくつか持っていればよかった。しかし、エルの当初の目的である、モリモトの服を探すことも忘れてはならない。
「輝とモリモトさんの服を買う店は、分けた方がいいな」
 シリウスはそう言って、通りを見て回った。まずは輝の服を買おうという話になり、何分かうろうろしていると、ちょうどいい店があったので入った。すると、すぐにマルスとシリウスが喧嘩を始めた。
 輝の白いジーンズはすぐに決まった。だが、それに合わせるシャツの色が決まらない。
「ジャケットがネイビーなんだから、シャツはオレンジだろう」
 派手好きのマルスは、鮮やかなオレンジのチェックが入った白いシャツを手に取った。
「グレーだ。お前は派手すぎるんだよ! 輝の身にもなれよ」
 そう言って、それぞれが主張する色のシャツを指差して、互いに譲らなかった。アースはモリモトの服を見にエルを連れて他の店に行っている。輝は、アースとエルを二人から離したことを後悔した。そういえば、アースを誘ったのも、この二人の喧嘩を防ぐためだった。すっかり忘れていた。店員に相談しようにも、他の客にかかってしまって相談できなかった。店員も、この二人の喧嘩の仲裁には入りたくないのだろう。二人とも、自分のファッションセンスには絶対の自信を持っている。
「じゃあ、俺、着てみますよ」
 そう言って二人の指す服に触れてみようとしたが、マルスがその手を止めた。
「その必要はない、輝、君に似合うのは僕のセレクトだ」
 すると、シリウスが反論した。
「マルスのを着る必要はない。こいつのだけは間違ってる」
 そう言って、二人はまた喧嘩を始めた。何を言っても、何をやっても火に油を注ぐ結果になる。輝が肩を落としていると、そこにアースたちが合流してきた。
「まだ決まらないのか」
 アースは一瞬、びっくりしたが、喧嘩をする二人を見て納得した。
「恒例行事だな」
 そう言って、手に持っていた大きなプレゼントの包みをエルに託し、シリウスとマルスの元へ行った。
「マルス、お前の色は学生には不適切だ。似合うかもしれないが、輝がもっと大人になってからのほうがいい。シリウスの色は落ち着きすぎていて、喜怒哀楽が少ない輝には似合わない」
 そう言って、他のシャツを手に取った。輝の選んだ白のジーンズにネイビーのジャケット、シャツの中に着るTシャツは黒だったので、白の地にグリーンのボーダーが入ったものがよく似合った。他にもアースは輝に何着か選んでくれた。そんなに値段の高い店ではなかったので、予算内で予想よりも多くの服を買うことができた。
 オックスフォード・ストリートでは、まだやることが残っていた。
 食事だ。
 先ほどからうちひしがれているマルスとシリウスは、ここへきて突然元気になった。歩き疲れていたがそんなにお腹は空いていない。暗くはなったが夕食には少し早い。
「そういえば、今日はクリスマスの少し前の休日だったな」
 輝は呟いて、ふと他の四人を見た。家族のような親しみのあるメンバーで来ているためか、クリスマスの雰囲気によく似合っている気がする。マルスの赤い瞳の色に合わせて着ている緑のダウンジャケットがおしゃれだし、シリウスは体のラインを細く見せるために、少し薄めのトレンチコートを着ていた。普段ドイツに住んでいるからここの寒さは大したことがないのだという。アースはダウンジャケットが似合わないといい、スーツにしっかりとしたネクタイをしてツイードのアルスターコートを合わせていた。エルは、モリモトに何もかも任せたと言いながら、ベージュのダッフルコートに赤のマフラーを合わせていたので、超美形の顔に少し幼い印象を持たせていた。皆、足元もきちんと個人のファッション・スタイルに併せてきている。
 輝は、そんな四人を眺めながら自分を見た。
 アースが選んでくれた服をそのまま着て歩いている。何着か選んでもらってはいるが、果たしてこんなふうにいつもちゃんと着こなせるだろうか。彼らのように、自分の性格に合った着こなしがきちんとできるだろうか。
 輝は、それを考えて、少し不安になった。
 その不安を抱えたまま、輝たちはこのまま入れるフレンチ・レストランに入った。ドレスコードは厳しくなかったので、開店の一時間前にマルスが予約を取っていた。彼がそのレストランを選んだ理由は、店員さんが美人だからという理由だったが、入り口でコートを預ける際に店内をぐるりと見ると、輝はどきりとした。
「恋人だらけですよ、おじさん」
 輝は、アースに耳打ちした。少し、寂しくて泣きそうになっていた。アースは、何も言わずに輝の背中を叩いた。少し、笑ってくれた。
 店員に案内されて席に着くと、そこは六人掛けの広いテーブルで、予約客専用に五つのコース用のセッティングがされていた。
「さすがはマルス、素敵なお店をご存知で。無駄に遊び回っているだけのことはあるんだな」
 席に着くなり、シリウスがすぐに嫌味を言った。
「アルプスの田舎町で禁欲生活するのは退屈だろう?」
 負けじとマルスも応戦する。他の三人はその会話をある意味楽しんでいた。マルスもシリウスも、このメンバーで来たときにしか、喧嘩はできないだろうから。
 二人の罵り合いは、他のテーブルにも聞こえていたらしく、男五人で入ったのもあって他の客の視線を集めていた。シリンのおしゃれな男性ばかりなので、いわゆるイケメン揃いだったが、かえって、どうしてそんな素敵な男性ばかりがシングルでやってきたのか話題になっていた。
「シリウスにもアースにも奥さんがいるのにな。僕も、この界隈ではよくナンパする男で知られているし」
 マルスの自慢が始まった。
「こう言ってはなんだけどね、僕はそこそこモテるんだ。女泣かせの異名があるんだよ。女泣かせのマルスってね。軍神マルスはそんな女性との戦いの神でもあるんだ。そんな僕の戦う姿はあらゆる男性の羨望の的ってわけさ」
 マルスの自慢に、シリウスが眉を顰める。
「顔ではアースやエルに敵わないクセにな。こいつらが本気になって落とせない女はいないと思うぜ」
 マルスは、アースやエルと自分を見比べた。
「生成過程がそもそも違うシリンと、その顔をコピーできる唯一のシリンとは比べてはならないよ。それは野暮ってもんじゃないのか? それに、彼らにはない、女性を誘うテクニックが僕にはある」
「お前は女を落としたつもりだろうがな、実は哀れみで付き合ってくれているだけなんじゃないのか?」
 シリウスは、そう言ってマルスを挑発した。彼はシリウスの思い通りにそれに乗ってきた。
「モテない君には言われたくないよ」
 マルスは、怒りに顔を紅潮させて、手を震わせた。前菜が来て、テーブルに置かれると、フォークを握る。その手も震えていた。
「すまない、箸をいただけるかな?」
 レストランのスタッフの女性に、声をかける。金属の食器は手の震えが音になって出てしまう。木の箸を頼むと、ほっとしたように前菜に手をつけた。
「バッカじゃねえの?」
 シリウスがマルスを鼻で笑った。エルが、ため息をついて、前菜を食べる手を止める。
「先生、止めていただけますか? みっともなくて見ていられません」
 エルはアースを陛下、と呼ぶのをやめていた。英国でそれは決してやってはいけないと、モリモトやケンから教わったからだ。彼らもまた、メルヴィンやミシェル先生にそれを教わっていた。
 アースは、それを聞いてふと笑った。
「面白いと思うがな。放っておけ」
 マルスはフルコースを頼んでいた。スープもサラダも出てきて、テーブルにあったパンが次々に追加されていく。それも全てマルスとシリウスが罵り合いながら親の仇のようにパンをちぎっては食べていたためだった。
「マルスさん、シリウスさん」
 輝は、それを見て呆れていた。彼らはそんなことをしてフルコースを食べ切ることができるだろうか? 二人はワインまで頼んで飲んでは、酔っているのにシラフのふりをして罵り合いを続けていた。
 しかし、彼らも時間が経つと疲れてきて、メインディッシュが終わってデザートが出てくる頃には眠くなっていた。
「少し、ガス抜きが必要だったんだ。このところ緊張が続いていた」
 店を出ると、肩を落としている二人に肩を貸して、アースが誰にともなく話しかけた。
「輝、エル、この二人はお前たちを近くで支えてくれる大事な存在だ。大事にしてやってくれな」
 そう言うと、アースは、肩を貸していたシリウスをエルに託した。そして、近くのパブで待っているように言って、一人、車を取りに行った。その日は、ロンドン市内のホテルに部屋をとってあったので、そこで休んだ。
 翌日、朝食の席で、シリウスとマルスは輝たちに深く詫びた。
 今日は一日、ハイドパークでゆっくりしようという話になっていたが、クリスマス・イヴで人出も多くなるためそうゆっくりはできなかった。昨日のアイスクリームの件も踏まえ、洒落た格好で公園に長居することも諦めた。
 まだ暗いうちからロンドンを出ることを決め、輝は帰りの車中でシリウスたちにいろいろ聞いて見ることにした。
 そういえば、彼らは帰還者なのに、暁の星の話だけで盛り上がることがない。輝や他の人間に暁の星で起きたことを説明することはあっても、自慢したり思い出に耽ったりすることはなかった。
「シリウスさん、マルスさん」
 輝は、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「あなた方はどうやって出会ったんですか? 友情が芽生えたきっかけは?」
 すると、先に、マルスが切り出した。
「僕は、当時過激派と言われていた西レジスタンスにいたんだが、その時にアースに会ってね。もっとも、アースはその当時地球のシリンとして覚醒してはいたが記憶を失っていたから、彼が記憶を取り戻してから、西レジスタンスを捨てて東に味方した。当時の東マリンゴート解放戦線は混乱していてね。当時最悪と言われた強制収容所を解放した功労者であるアースを、西レジスタンスは傷つけてしまった。重傷を負って倒れ、傷ついても誰も助けようとしなかったんだ。東マリンゴートのブラウン神父さんたちのそばにいた東マリンゴートの僅かなメンバーだけが、彼を庇った。無事治ったからいいものの、西レジスタンスは大きな罪を負ったまま、中央マリンゴートという区域を作って、閉じこもってしまった。その時、エルの養父であるモリモトも一緒に東レジスタンスに手を貸すことになったんだ。アースが記憶を取り戻す少し前に、僕は火星のシリンとして覚醒していたからね。これでいいかい?」
 輝は頷いた。このことは町子も知っているだろうか?
 次に、シリウスが話した。
「俺は、当時差別する側だった優等民の軍隊にいたんだけど、尊敬する人が、差別される側の劣等民族の東レジスタンスのスパイだった。そこで、その人が連れてきたアースを助けて、そこから仲良くなった。そんな感じかな」
 輝は、頷いて運転しているアースを見た。大体合っているのだろう。彼は、少し考えてから、こう言った。
「話は盛ってはいないが、ちょっとな」
 アースは、恥ずかしそうにしている。
「おじさんは、随分と大変な目にあったんですね」
 輝がそう言うと、アースは照れてため息をついた。
「俺は大切にされていたんだ。そう思う。感謝しかない」
 アースは、珍しく顔を紅潮させて、照れた。あまりに珍しい光景だったので、誰もが笑いを堪えていた。
「君は、昨日、フォーラにきちんとプレゼントを買ったんだろう?」
 マルスがアースに追い打ちをかけたので、彼は何も言わなくなってしまった。輝が、フォローしようと焦っていると、他の三人は幸せそうに笑っていた。
「いいんだよ、こいつはこれで」
 シリウスが、落ち着いた声でそう言ってアースを見た。輝は、なんとなくそれが羨ましくなって、シリウスに嫉妬をしていた。輝の知らない世界、知ったばかりの世界。そこで育まれてきた強い人間のつながりの中に、今、輝も入って行っている。なのに、彼らの過ごしてきた年月には敵わない。
「輝、今ならお前の気持ち、少し分かるな」
 エルは、そう言って、寂しそうな笑顔を輝に向けた。
「輝はおふくろさんと町子にプレゼントを買ったんだろ?」
 エルが、アースを救った。マルスとシリウスがはっと何かを思い出して、顔を赤らめた。場の空気が変わり、現実に引き戻された気分だった。
 一行は、そのまま帰途につき、家に着くと、輝は町子にプレゼントを渡しに行ってから家に帰った。
 その日は、母と一緒にテレビを見ながら一日を終えた。
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