長編「地球の子」

るりさん

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第十章 緩やかな薬

遠い星からの来訪者

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 翌日、朝早くにメルヴィンが眠い目を擦りながら、エクスカリバーを持ってきた。アーサーとイクシリアは、町子の祖父に頼んで、きちんと家賃を払ってこの屋敷に住むことを決めていた。なので、アーサーはメルヴィンに深々と礼をしながら、対価として賃金を払った。高校生にしては高額の賃金をもらったので、メルヴィンはびっくりして目を覚ました。
「アーサーさんとイクシリアさんって、なんのお仕事をなさっているんですか?」
 友子が聞いたので、イクシリアが答えた。
「私が図書館で、夫が大英博物館の学芸員として働いています」
 それを聞いて、朝美があんぐりと口を開けた。
「ヒエエ、大英博物館」
 大英博物館の学芸員は、給料がいいのだろうか。だが、ロンドンで働くのにどうして、わざわざ通勤に時間のかかるこの屋敷に住むことを決めたのだろう。
 学生らは、屋敷の入り口でアーサーたちと別れ、学校へ向かった。朝美と友子が色々聞いてくるので、わざわざ答えるのが大変だった。
「ところで、木の力の問題はどうなったの?」
 この質問には、輝が答えた。
「ワマンさんの体に刀を翳したときに光ったのは、俺の刀の水の力が木の力の近くにあったせいだったんだ。だから、ワマンさんの体に刀を突き刺したときに、おじさんがうまくバランスを整えてくれた。もう、木の力に関しては問題ないよ」
「この件は地球のシリンだけでどうにかならなかったの?」
 その質問にも、輝が答えた。
「地球のシリンが関与すると、因果律に触れるんだ。それは禁忌だからね」
「あの後、ワマンさんはどうなったの?」
 その質問に対しては、町子が答えた。
「クチャナさんやクエナさんに引き取られて、彼女たちの家で養生しながら暮らすことになったよ。渡航者としての力も、シリンとしての力も失っていなかったから。クチャナさんは唐辛子で、ワマンさんはじゃがいものシリンなんだって。私たち、クチャナさんの媒体すら知らなかったんだね」
 なんだか美味しそうな取り合わせだね、そんなことを言いながら、輝たちは学校へと行った。
 学校に着くと、寮生が先に来ていて、先日知り合ったナタリーも席についていた。ナタリーは、授業が始まる前に、町子にこう耳打ちした。
「連絡会の後、自由時間が始まったら、カフェに来てくれる? 話があるの」
 町子は断らなかった。そんな理由もなかったし、ナタリーがなんだか少し可愛らしく見えたからだ。
 授業が終わり、昼食を食べ終わってから喫茶に行くと、ナタリーが先に来て待っていた。彼女は、町子が一人で来たことを確認して、周りを見渡した。何か他の人に聞かれてはまずいことでもあるのだろうか。
 町子がコーヒーを注文すると、ナタリーはため息をついた。
「町子さん、私の妹、覚えてらっしゃるわよね」
 ナタリーが暗い顔をするので、町子は少し不思議だった。彼女は何も悪いことはしていないはずだ。
「メリッサのこと? 何かあったの?」
 聞き返すと、ナタリーは頭を抱えた。
「あなた方のお友達で、メルヴィンさんっていらっしゃるでしょ。その人に、メリッサが惚れてしまったみたいなの」
 町子は、それを聞いて大きな声で叫びそうになったが、抑えた。
 メリッサが、メルヴィンに、恋。
 どうしたらそんなことになるのだろう。二人の接点はあっただろうか? それとも、遠巻きに見ていて好きになったとかいったことだろうか?
 まるで分からない。
 そんな町子の様子を予想していたのか、ナタリーは意外にも冷静にお茶を啜った。
「輝さんが目立つから、メルヴィンさんも結構目立つの。彼、今、何かに一所懸命でしょう。そうやって一つのことに打ち込む男性って堂々としていて魅力的だもの」
 ナタリーはそう言って、苦笑した。
「メリッサは、機会があればすぐにでもメルヴィンに気持ちを伝えたいって言っているわ。彼の誕生日はいつかしらとか、少し暴走気味なの。このことをメルヴィンさんにお伝えして、メリッサの暴走から彼を守ろうと思ったのだけど、どうしたらいいのかしら。分からなくなって、あなたに相談しようと思ったの」
 ナタリーの話が終わると、町子は少し体を引いた。困った話だ。こんな状況は初めてだ。下手なことを言えば暴走を加速させるか、一気に冷めてしまうかだろう。町子には未経験のケースなので、どうにもできそうにない。
「私にはどうしようもないよ。メリッサが暴走しちゃっているなら、わたしたちにも止めようがないし、傷つけちゃってもいけないから。ただ、このことをメルヴィンに伝えておくくらいのことはできるよ。それでもいい?」
 ナタリーは、頷いた。
 その後、町子とナタリーは少しの間、一緒にお茶をした。その間、さまざまな話をしたので、町子とナタリーは少しずつ仲良くなっていった。その後も二人の友人としての交流は続くことになった。
 学校の帰り、町子はメルヴィンにメリッサのことを相談しようとした。だが、友子がそれを止めた。
「とりあえず、輝くんに話そうよ。他の男の子の意見をちゃんと聞いてからの方がいいと思うな。メルヴィンがメリッサのことを知っているとは限らないわけだし」
 町子は、それもその通りだと思い、メルヴィンにはこのことを黙っていることにした。その後何気ない会話を交わしながら帰っていると、帰り道にあるコンビニから出てきた人が、輝に声をかけた。
「お前が高橋輝か」
 すこし偉そうな言い方をする。確かに輝より背も高いし、顔もいい。長い金髪を胸の辺りで束ねて前に回している超美形で、非の打ち所がない。もしかして、この間輝を否定してきたシリンの仲間だろうか? シリンの感覚はするのに地球上の存在ではない。そう感じた。どう言うことだろう。
 輝が答えないでいると、その超美形の男性はこちらに寄ってきて、輝以外の人間をかき分けて輝の方へ行った。
「聞いているんだ。お前が高橋輝か?」
 そう言うので、輝は少し腹を立てた。
「だったらどうだって言うんだ?」
 そう返すと、その超美形の男性は、輝ごしに町子を見た。
「そっちが森高町子、先生の姪」
 先生、アースのことだろうか。輝も町子もその男性の態度には腹が立ったが、この人間が何者なのかも気になった。
「あんたこそ誰だよ。一方的に」
 輝は片手を広げて町子を庇った。アースを先生と呼ぶからにはムーン・アークの人間ではなさそうだが、態度が大きすぎる。テルストラの王様であるアースでもこんなに高圧的ではない。
 そんなやりとりをしていると、コンビニから他に二人の人間が出てきて、こちらに走ってきた。
「これは失礼をしました!」
 それは中年の男性と年配の男性の二人で、コンビニで買い物をしていたのだろう。いくつかの商品を紙袋に入れて持っていた。
「エル、君は人との関わり方が下手なんだから、出て行ってはだめだ」
 中年の男性が言った。アジア系の顔立ちで、上品な印象を受ける。エルと呼んだ超美形の男性を輝たちのほうから少し、遠ざける。
「すまないことをしたね。高橋輝くん。我々のことは君たちの屋敷についてから話そうと思っていた。これからそちらに伺うところでね。よかったらご一緒できないだろうか?」
 もっと品のよさそうな、年配の男性がそう言うと、輝たちは、互いに顔を見合わせた。
「いいですけど、俺たちはあなた方の素性がわかりません。聞かせていただけたらありがたいんですけど」
  輝の意見に、年配の男性と中年の男性はびっくりした。
「自分の素性も言わずに、失礼な真似をしたのか、エル!」
 叱られると、エルと呼ばれた男性は少し不満そうに年配の男性を見た。中年の男性が輝たちに頭を下げる。
「申し訳ないことをしました。失礼をお許しください。この青年はエル、暁の星の月のシリンです。私はケン・コバヤシ。暁の星から帰還する予定でこちらにきました。そして、こちらの年配の方が、タケシ・モリモト。エルの養父です。地球へは、私の目的の他に、ジョゼフの文書のことについてお話をしに来ました」
「暁の星の月!」
 メルヴィンが、後ろの方で叫んだ。他のみんなもびっくりして、開いた口が塞がらなかった。暁の星といえば、地球人類と同じ人類が住む異星だ。その月のシリンともなれば、純粋な暁の星の人間ではないのか?
「すごいよ輝! 僕たち、異星間交流をしているんだ!」
 メルヴィンは瞳をキラキラさせて、暁の星から来た人たちを見た。地球人類と全く変わらない姿形。新鮮味はないが、怖くもない。
 金髪のエル、年配のモリモト、中年のケンの三人は、輝たちに同行することになった。
 エルは、なるべく喋るなと養父のモリモトに言われていたので、あまり会話に入ることがなかったのだが、モリモトたちとの会話で色々なことを知ることになった。
 エルは、もともとテルストラ都市国家連合の国の一つであるマリンゴートという国の元首、神父メティスを狙う暗殺者だった。それをアースが改心させて味方に引き入れたのだという。小さい頃から暗殺者として育てられていたため人との関わり方が下手で、あのような高圧的な態度に出ることもしょっちゅうだという。それを息子として引き取ったのが、独身だったタケシ・モリモトだった。彼はずっと前にテルストラ都市国家連合が分裂して戦争を起こしていたときにアースに救われていた暗殺部隊の隊長だった。ケン・コバヤシは、その頃まだ少年で、数年後には救急隊員としてアースの下についていた。アースが地球に帰還してからは、医師として現場に立っている。救急隊にいたためか、救急医療を任されることが多く、忙しい身でこちらに来た。
「みんな、アースさん絡みなんですね」
 メルヴィンが聞いたので、そっぽを向いていたエルが答えた。
「先生は恩人だ。だから、先生の味方は俺の味方だよ。お前たちと馴れ合うつもりはないけどな」
「なんか、いちいち癪に触るよね」
 朝美がエルの姿を見て不機嫌な顔をした。口を尖らせている。
「人間、顔じゃないわ」
 輝も町子も、それには何も答えなかった。他に、この三人の暁の星での出来事や生活などを聞いていると、皆は楽しくなってきて、どんどん聞き出していった。暁の星の人間に、帰還者以外で触れることは滅多にないからだ。
「そういえば、ケンさんは帰還者になるんですよね」
 町子が訊いた。すると、ケンは少し照れて答えた。
「ナギ先生と、婚約していたんです。でもなかなかこっちに来られなくて。ジョセフの文書の件でこちらに来るという口実があったから、病院の方でも許可が出たんです」
 この答えには、高校生全員が感嘆の声を上げた。
「まさか、ナギ先生に婚約者がいたなんて。新鮮だわ」
 友子がなんだか嬉しそうにしている。そのまま屋敷に着くと、ロビーではいつものようにカリムと双子悪魔がお茶をしていた。
 いきなり知らない人間が三人も来たものだから、アイリーンがびっくりしてクローディアの陰に隠れた。事情を話すと出てきたが、それまでは少し怯えていた。
 カリムが、クチャナとワマンが客人として来ているナギの部屋に飛び込んでいく。そして、見事そこに来てナギに色々説明をしていたアースを連れてくると、新しく来た三人は床に片膝をついて挨拶をした。
 その行為に、アースは頭を抱えた。
「ここは地球だからやめてくれ」
 しかし、三人はそのまま動かなかった。
「陛下におかれましては、今回の件、我々の失態につき処罰いただきたい」
 エルが、敬語を使っている。テルストラ都市国家連合を束ねる王とはそれほどのものなのだろうか。普段のアースを見ているとそうでもない気がするのだが。
「お前たちの失態ではない。俺も国を空けていた。ここで責任の所在を確かめたところでどうにかなる問題ではあるまい」
 そう言って、アースは三人の腕を引っ張って、半ば強引に立たせた。
「地球では俺はただの医者だ。こういうのはやめてくれ」
 三人は、そう言われると少し困った顔をして、互いの顔を見合わせた。
「しかし、我々は他に、陛下に対して取らせていただく態度を知りません」
 アースは、少し困った顔をした。三人を見渡すと、彼らの体を輝たちの方へ向けた。
「そうだ。こいつらに教わるといい」
 アースは、そう言って輝たちに、にこりと笑いかけた。
 高校生らは、戦慄した。
 アースは無茶なことを言う。そもそもこれはテルストラの問題であって、輝たち地球の高校生にどうにかなる問題ではない。アースが抱える悩みを輝たちに振られても困る。
「おじさんがどうにかしてくださいよ」
 輝が呆れていると、町子が肩を叩いた。
「おじさんに貸しを作るチャンスじゃない?」
 町子の言葉に、輝は考えを変えた。そうだ、アースに貸しを作っておけば、見返りは大きいだろう。今回輝たちがエルやモリモトたちをどうにかすれば、それは大きな貸しになる。
 輝は、エルたちを見た。エルはそっぽを向いているし、モリモトもケンも、どうしていいかわからない様子だった。
 そこで、輝はこう言ってみた。
「まず、あなた方の王様のことを、おじさんって呼んでみてください」
 すると、エルが輝の制服の胸ぐらを掴んだ。
「冗談にも程があるぞ」
 後の二人が止めに入るが、輝は一歩も引かなかった。エルに胸ぐらを掴まれた状態で不敵に笑う。
「ここは地球なんですよ。地球には地球のルールがあるんです。おじさんと呼べとまでは言わないし、陛下でもいいから、せめてひざまづくのはやめてくださいね。それじゃおじさんがかわいそうですよ。恥をかくのはおじさんなんですから」
 すると、モリモトが、エルを輝から引き剥がした。
「高橋輝殿、あなたの言うことももっともだ。陛下に地球で恥をかかせないよう、私たちも工夫しよう」
 そこで、二人は引き下がった。エルは、まだ納得の行かない様子だったが、輝に向けて小さな声で、すまなかった、と一言言って、その場は収まった。
「それで、御三方は、宿は取っておいでなんですか?」
 輝が聞くと、決まっていないと言うので、三人は、輝の部屋に泊まることになった。
 エルは、輝の部屋に入るとまず、輝の母である芳江がお茶を入れてくれたことにびっくりした。彼は、生い立ちの都合上子供の頃に両親を失っていて、母親のことをあまり知らなかった。
「暁の星のマリンゴートでは、私とエルの二人暮らしでね。私が彼を養子として引き取ってからは家族というものを知ってもらうために色々と苦労したよ」
 モリモトは、お茶をいただきながらエルのことを話した。
「国を出たこともないから、海も知らない。何か機会があれば、地球の青い空と海を満喫させてやりたいものだ。もし、しばらくここにいることを許してもらえたらの話なんだが」
 輝は、それをきいて少し自分が意地悪になっているのを感じた。気がついたら、こんなことを言っていた。
「それは、おじさんに対するあなた方の態度と呼び方次第だと思いますよ」
 三人は、青ざめた。今さらアースに対してどのような態度を取ればいいのだろう。そんな三人を見て、芳江が輝を諌めた。
「もうやめなさい、輝。みなさんも、とりあえずアースさんのことは先生って読んでみたらいかがかしら? それなら色々解決すると思うの」
「そうか、先生か!」
 エルが、手を叩いて明るい表情を見せた。この屋敷に来て初めての笑顔だ。
 その日、暁の星から来た三人は、輝の部屋でゆっくり休んだ。翌日、この屋敷にモリモトとエルが一緒に暮らす部屋をもらい、ケンはナギと暮らすことになった。医師であるケンはナギとともに往診に出ることになった。モリモトとエルはここでの暮らしをガルセスに頼る訳にはいかないと言いながら、仕事を探しに行った。三人とも医療従事者だったから、資格さえあればすぐに仕事を見つけることができるはずだ。それまでの間、働ける場所が欲しかった。
 輝は、そのためにケンを除いた二人にこの近隣にあるコンビニを紹介した。エルは人と関わるのが苦手なので、メルヴィンの農場に働きに出ることにした。
 何日か経つと、仕事に慣れてきた三人がちょくちょくと街に出ることがあった。時々みせるこの辺りの青空は、彼ら帰還者にとっては新鮮なものだった。輝はそれをみて安心し、学校に行って彼らのことが噂になっていても、帰還者であることを知られずに答えることができた。
 しかし、そんな平和な日常も束の間だった。
 エルやケン、モリモトたちがやってきてしばらくしたある日。
 メリッサが、メルヴィンに告白したのだ。
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