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第十章 緩やかな薬
契約外渡航者
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輝と町子が学校から帰ってきた昼下がり、メルヴィンが鍛治の修行を始めた頃、屋敷に三人の人間がやってきて、ドアをノックした。怪しい人間の気配も人工シリンの危険も感じなかったのでカリムが出ると、彼はアッと声を上げた。
「アーサーさん!」
カリムはその人を知っているのだろうか。勉強をする手を止めて輝がカリムの元へ行くと、彼は嬉しそうに、ここに来た人を紹介した。
「輝、こちらはアーサーさん。セインさんの親友だよ。百年ほど前、戦争中にすごく世話になったんだ。セインさんが自分に与えられた伝説の武器鋳造の権利を使って、聖剣エクスカリバーを作って渡した相手なんだ。その隣にいる背の低い栗毛の女の人がアイラさん、セインさんの奥さんだよ。この人は珍しい人で、生まれながらのシリンじゃないんだ。後から話を聞くといいよ。後、その後ろにいる背の高い栗毛の女の人はイクシリアさん。月桂樹のシリンで、アイラさんのお姉さんなんだ。アーサーさんの奥さんでもある。三人とも、どんな用でここに来たんだい?」
話が終わる頃には、輝だけでなく、町子や友子、朝美も様子を見にきていた。もはや自己紹介をする必要がなくなったアーサーたちは、少し困ったような顔をしていた。
「セインの親友でアーサーと申します。実は」
そう言って、アーサーは、細長い何かの包みを出した。その包みの封を解くと、そこに現れたのは青い刀身を持つ美しい剣で、柄には細かい装飾を施した銀が使われていた。
「もしかして、これ、エクスカリバーってやつじゃ」
勘のいい朝美がアーサーの剣を指差して言うと、アーサーは頷いた。
セインの妻アイラは、前に進み出てきて説明をした。
「遥か昔、まだこの地がブリタニアと呼ばれていた頃にセインが鋳造した剣です。この剣の持ち主は斬りつけられても怪我をすることがないと言われています。しかし、最近になってその力が弱まってきたのです。ちょっとしたことでアーサーが怪我をするんです。そんな時、ここに鍛治を行う人がいると聞いて」
「環とのつながりが薄くなっていると言うことか」
輝は、そう言って考え込んだ。各地の伝説を用いて作られた武具は七つ。陰陽、木火土金水の力を持っている。輝のムラサメは水、町子の指輪は光、メルヴィンの槌は土だった。どれも環とのつながりにおいては問題がない。エクスカリバーがどこから力を得ているか分かれば、環が今何を求めているのかが分かる。
「アーサーさん、エクスカリバーはどんなものから力を得ているか分かりますか?」
聞くと、アーサーはこう答えた。
「セインはこれを森で鋳造しました。森の持つ力がエクスカリバーに使われている金属の力を引き出すのだと言っていました」
「森」
輝は、それを聞いてハッとした。
もしかして、森の力、つまり、木の力が弱まったのが、例の渡航者のせいだったとしたら?
「森は、すなわち木の力。それが弱まったのが、無理に時空の扉を開いた渡航者のせいだったとしたら、渡航者の使った力も木に由来するものなのかもしれない。カリムさん、急いでクチャナさんとセインさんに連絡を取ってください。俺はメルヴィンを連れてきます」
カリムは、それを聞いて急いで携帯端末を手に取った。セインとクチャナそれぞれに連絡を取る。輝はメルヴィンを呼びに行ったので、残った女の子たちは、新しくやってきた三人にお茶を出すことにした。
「アイラさんは、セインさんのパートナーなんですよね」
お茶を出しながら、朝美が訊くと、アイラは微笑んだ。美人ではないが可愛らしい女性だ。セインが惹かれるのがなんとなく分かる。
「私は、セインを助けて行くために、地球のシリンの許可をもらってシリンの力を手に入れたの。つまり、後からできた後発のシリンと言うことよ」
アイラは、朝美のお茶を飲んで、びっくりした顔をした。そのあと冷や汗を出して、微妙な顔をする。
「あ、ごめんなさい。まずかったですね」
朝美がそういって舌を出して笑うと、クローディアが一つ、大きなため息をついてお茶を入れ直した。
「それにしても素敵だなあ。好きな人のために、危険を顧みず環の中に入ってシリンの力を手にするって!」
アイラは、それを聞いて焦った顔をした。
「危険なことはしてないわ。地球のシリンが一緒だったから、何も怖くなかった。でも、色々試されたわ」
朝美は、友子と一緒に感心して声を上げた。そして、アイラから、どんな愛の試練があったのかを聞き出そうと試みた。だが、それはすぐに遮られてしまった。
輝が、メルヴィンを連れて戻ってきたからだ。
メルヴィンは、アーサーから剣を見せてもらい、そこらじゅうを手に取って眺めた。刀身を触って見たり、柄を持って振ってみたり。そして、一通り見ると、剣をアーサーに返して、こう言った。
「これを打ち直せば確かに木の力は戻るけど、根本的解決にはなっていないから、また不都合が起こるかもしれない。エクスカリバーは良くても、木の力自体がムーン・アークの改造シリンの影響でおかしくなっているなら、それを修正しないとダメだよ。でも、一旦は打ち直して効果を戻せるから、一日、預かるよ」
メルヴィンは、アーサーからエクスカリバーを受け取ると、それを持って自分の家に帰っていった。今日は練習どころじゃない。初めての本番だから緊張するよと言っていた。
輝は、ふと気になってアーサーの手を見た。指にいくつもの包帯が巻かれている。
「危険な仕事をなさっているんですか?」
聞くと、アーサーは照れ笑いをした。
「イクシリアの誕生日に、たまには俺が料理でもしようって思ったんですよ。ところが、エクスカリバーの効果が切れていてこの通りです」
それから、クチャナとセインが来るまで、アイラとアーサー、そしてイクシリアの三人は友子と朝美からの質問にいちいち答えることになった。
朝美と友子の質問は、要約するとこうだった。
「アーサーさんは王族の生まれとか末裔とかで、実は戦争をむちゃむちゃ戦ってきたとかなんですか?」
アーサーは、笑って、こう答えた。
「アーサー王伝説のそれとは関係がないんだ。俺は学者で、この剣が鋳造されていた当時はただの平民の三男坊だったんだ。なんの取り柄もないし、ただ負けず嫌いだったってだけで木刀でセインに挑んだらボコボコにされてね。その縁で知り合って、結構強くはなったんだが、エクスカリバーを手にした頃には俺たちの問題も解決していたんだ。戦いに使ったのは一度か二度だけだったよ」
アーサーの話が終わり、輝たちがお茶を続けていると、セインとクチャナが連れ立って帰ってきた。偶然帰りが一緒になったのだという。
「地下鉄でばったり会ったんだ」
なんとなく、クチャナとセインは嬉しそうにしていたが、セインは久しぶりに妻に会えたことで、元気まで出て来ていた。
「確認して欲しいんですが」
セインとアイラがイチャイチャしていると、輝が咳払いをして話を始めた。
「先日地球のシリンによって捕獲されたムーン・アークの渡航者に、クチャナさんはまだ会っていない。東洋系の男性で肌は褐色、名前までは分かりませんでしたが、シリンのような薄紫の瞳の色をしていたそうです。南アメリカ系のシリンで、あなたに心当たりは?」
クチャナは、それを聞いて少し考え込んだ。そして、何かを思い出したように目を丸くしたが、頭を抱えて首を横に振った。
「何か、分かったんですか?」
町子が聞くと、クチャナは、声を震わせてこう言った。
「まさか、ワマンが、そんなはずは」
「ワマン、さん?」
町子は、クチャナの言った言葉から人の名前を拾った。すると、その名前からあるものが見えてきた。
山間の棚田の畔に腰掛けて花冠を作って笑い合う小さな子供、偉い人に連れて行かれる女性、戦士となって銀の槍を振るうクチャナ、パートナーのコンドルと別れを告げ、イギリスへ向かう船に乗るクチャナ、一人の男性の遺体。
「まさかクチャナさん、ワマンさんは、あなたの恋人で、もう亡くなっている?」
それを聞いて、クチャナは無言で頷いた。
沈黙が、辺りを支配した。
誰も何も言えなかった。ムーン・アークの渡航者がクチャナの恋人かもしれないと言う事実は、そこにいた全員にとって、重苦しかった。
「クチャナさん、一回、渡航者に会ってほしい」
少し、皆が落ち着いてきただろうか。輝が静かに切り出すと、クチャナは何も言わずに頷いた。動き出した輝について、ナギのいる部屋に行くことになった。輝と町子以外は部屋には入れないため、ロビーで待機することになった。
部屋に入ると、そこはカーテンが引かれていて薄暗かった。ナギは疲れて寝ているため、代わりにアースが日本から転移してやってきて、渡航者を見ていた。
「クチャナか」
アースは、輝と一緒に部屋に入ってくるクチャナに目をやった。クチャナと輝を渡航者の寝ているベッドに案内し、会わせると、クチャナは両手で口を覆って後ろに下がった。
「ワマン!」
クチャナは、そう言って嘆いた。床にへたり込んで両手を突く。肩を震わせて泣く彼女を、町子が支える。
「おじさん、これ、どういうことなの? ワマンさんは亡くなっているんでしょ?」
アースは、ワマンを見たまま答えた。
「正しくは、時空を超えてやってきた何者かが、死ぬ直前のワマンを連れ去って洗脳し、かつ渡航者の能力を継承させた、と言ったところか」
「死ぬ直前のワマンさんを? なぜ、彼なんです?」
輝の問いに、アースはこう答えた。
「こちら側の攪乱のためだ。少なくともこの事実だけでクチャナを無力化できる」
輝は、それを聞いて体の奥から怒りが湧いてくるのを感じた。輝だけではない。町子も頭に来ているのだろう。クチャナを支える手に力がこもる。
「仲のよかった恋人をこんな風にするなんて!」
町子が静かに怒りを顕にする。しかし、怒ったところでどうにもならない。
「おじさん、ワマンさんは助けられるんですか?」
町子をなだめながら、輝はアースに聞いた。すると、アースはワマンの様子を注視しながら答えた。
「戻す者の力であれば」
アースは、そう言って頷いた。町子がゆっくりとクチャナを立たせる。アースは、クチャナの右手をとり、そっと、ワマンの頬に触れさせた。
生きている。
死んだと思っていたワマンは生きていた。時を超えて、ここに来てくれた。共に将来を誓い合った身で、太陽の巫女としてクスコに取られる時も、女を捨て戦士として生きることを決めた時も、いつも一緒だった。
「私がクスコにいく日、こっそりと私の寝所にきて連れ出してくれた。その日、私は戦士として生きるために髪を切り、槍を手にした。同じシリンとして、同じ時を生きよう、そう誓いあった。だが、ピサロ率いるスペイン人は我々に容赦をしなかった」
クチャナは、一筋の涙を流した。
「彼を助けてくれ、輝」
その言葉を聞いて、輝は自分の拳を強く握った。
今の自分に、これだけの力を持ったシリンを助けられるかどうかはわからない。だが、アースは輝にならできると言っている。彼を信じてもいいのだろうか。
いや、アースを信じないで、誰を信じると言うのだろう。彼は、地球のシリンである前に、一人の人間として、輝を信じていてくれる。なのに、輝はそれを行動で返さなくていいのだろうか。
尻込みしている場合ではない。
輝は、鞄に取り付けたストラップを外し、手に持った。すると、それは少しずつ大きくなって刀の形になった。輝は、自分の手首にあるブレスレットを確認して、刀を抜いた。その刀をワマンの上にかざすと、昨日ナギの前でやったように、刀身が青く光り出した。このままではワマンの肉体を切り裂いてしまう。刀を刺すことはできない。
「おじさん、このままではワマンさんを刺してしまう」
すると、アースの手が、刀を握る輝の両手を包み込んだ。
「ワマンの状態は昨日とは違う。刀身が光っているのは渡航者の力に呼応しているためだ。俺を信じろ、輝」
ああ、アースは輝をちゃんと信じていてくれる。輝の能力を熟知した上で、この場を任せていてくれる。アースを信じよう。
輝は、そう決心して、刀をワマンの体に突き立てた。そして、一気に突いた。
ワマンが、大きい叫び声をあげて、体を動かす。その動きがあまりに激しいので、アースが押さえ込んだ。刀は突き刺さったまま、輝が固定しているが、血の一滴も流れていないし、体自体には突き刺さっていない。ワマンは暴れたが、それ以上に強いアースの力で抑え込まれていて身動きが取れなかった。
やがて、ワマンは、叫ぶのをやめた。
ぐったりとベッドに体を埋めて動かない。だが、輝の刀も、もうワマンには刺さっていなかった。刀は、再びストラップとして輝の鞄にくっついていた。
「アーサーさん!」
カリムはその人を知っているのだろうか。勉強をする手を止めて輝がカリムの元へ行くと、彼は嬉しそうに、ここに来た人を紹介した。
「輝、こちらはアーサーさん。セインさんの親友だよ。百年ほど前、戦争中にすごく世話になったんだ。セインさんが自分に与えられた伝説の武器鋳造の権利を使って、聖剣エクスカリバーを作って渡した相手なんだ。その隣にいる背の低い栗毛の女の人がアイラさん、セインさんの奥さんだよ。この人は珍しい人で、生まれながらのシリンじゃないんだ。後から話を聞くといいよ。後、その後ろにいる背の高い栗毛の女の人はイクシリアさん。月桂樹のシリンで、アイラさんのお姉さんなんだ。アーサーさんの奥さんでもある。三人とも、どんな用でここに来たんだい?」
話が終わる頃には、輝だけでなく、町子や友子、朝美も様子を見にきていた。もはや自己紹介をする必要がなくなったアーサーたちは、少し困ったような顔をしていた。
「セインの親友でアーサーと申します。実は」
そう言って、アーサーは、細長い何かの包みを出した。その包みの封を解くと、そこに現れたのは青い刀身を持つ美しい剣で、柄には細かい装飾を施した銀が使われていた。
「もしかして、これ、エクスカリバーってやつじゃ」
勘のいい朝美がアーサーの剣を指差して言うと、アーサーは頷いた。
セインの妻アイラは、前に進み出てきて説明をした。
「遥か昔、まだこの地がブリタニアと呼ばれていた頃にセインが鋳造した剣です。この剣の持ち主は斬りつけられても怪我をすることがないと言われています。しかし、最近になってその力が弱まってきたのです。ちょっとしたことでアーサーが怪我をするんです。そんな時、ここに鍛治を行う人がいると聞いて」
「環とのつながりが薄くなっていると言うことか」
輝は、そう言って考え込んだ。各地の伝説を用いて作られた武具は七つ。陰陽、木火土金水の力を持っている。輝のムラサメは水、町子の指輪は光、メルヴィンの槌は土だった。どれも環とのつながりにおいては問題がない。エクスカリバーがどこから力を得ているか分かれば、環が今何を求めているのかが分かる。
「アーサーさん、エクスカリバーはどんなものから力を得ているか分かりますか?」
聞くと、アーサーはこう答えた。
「セインはこれを森で鋳造しました。森の持つ力がエクスカリバーに使われている金属の力を引き出すのだと言っていました」
「森」
輝は、それを聞いてハッとした。
もしかして、森の力、つまり、木の力が弱まったのが、例の渡航者のせいだったとしたら?
「森は、すなわち木の力。それが弱まったのが、無理に時空の扉を開いた渡航者のせいだったとしたら、渡航者の使った力も木に由来するものなのかもしれない。カリムさん、急いでクチャナさんとセインさんに連絡を取ってください。俺はメルヴィンを連れてきます」
カリムは、それを聞いて急いで携帯端末を手に取った。セインとクチャナそれぞれに連絡を取る。輝はメルヴィンを呼びに行ったので、残った女の子たちは、新しくやってきた三人にお茶を出すことにした。
「アイラさんは、セインさんのパートナーなんですよね」
お茶を出しながら、朝美が訊くと、アイラは微笑んだ。美人ではないが可愛らしい女性だ。セインが惹かれるのがなんとなく分かる。
「私は、セインを助けて行くために、地球のシリンの許可をもらってシリンの力を手に入れたの。つまり、後からできた後発のシリンと言うことよ」
アイラは、朝美のお茶を飲んで、びっくりした顔をした。そのあと冷や汗を出して、微妙な顔をする。
「あ、ごめんなさい。まずかったですね」
朝美がそういって舌を出して笑うと、クローディアが一つ、大きなため息をついてお茶を入れ直した。
「それにしても素敵だなあ。好きな人のために、危険を顧みず環の中に入ってシリンの力を手にするって!」
アイラは、それを聞いて焦った顔をした。
「危険なことはしてないわ。地球のシリンが一緒だったから、何も怖くなかった。でも、色々試されたわ」
朝美は、友子と一緒に感心して声を上げた。そして、アイラから、どんな愛の試練があったのかを聞き出そうと試みた。だが、それはすぐに遮られてしまった。
輝が、メルヴィンを連れて戻ってきたからだ。
メルヴィンは、アーサーから剣を見せてもらい、そこらじゅうを手に取って眺めた。刀身を触って見たり、柄を持って振ってみたり。そして、一通り見ると、剣をアーサーに返して、こう言った。
「これを打ち直せば確かに木の力は戻るけど、根本的解決にはなっていないから、また不都合が起こるかもしれない。エクスカリバーは良くても、木の力自体がムーン・アークの改造シリンの影響でおかしくなっているなら、それを修正しないとダメだよ。でも、一旦は打ち直して効果を戻せるから、一日、預かるよ」
メルヴィンは、アーサーからエクスカリバーを受け取ると、それを持って自分の家に帰っていった。今日は練習どころじゃない。初めての本番だから緊張するよと言っていた。
輝は、ふと気になってアーサーの手を見た。指にいくつもの包帯が巻かれている。
「危険な仕事をなさっているんですか?」
聞くと、アーサーは照れ笑いをした。
「イクシリアの誕生日に、たまには俺が料理でもしようって思ったんですよ。ところが、エクスカリバーの効果が切れていてこの通りです」
それから、クチャナとセインが来るまで、アイラとアーサー、そしてイクシリアの三人は友子と朝美からの質問にいちいち答えることになった。
朝美と友子の質問は、要約するとこうだった。
「アーサーさんは王族の生まれとか末裔とかで、実は戦争をむちゃむちゃ戦ってきたとかなんですか?」
アーサーは、笑って、こう答えた。
「アーサー王伝説のそれとは関係がないんだ。俺は学者で、この剣が鋳造されていた当時はただの平民の三男坊だったんだ。なんの取り柄もないし、ただ負けず嫌いだったってだけで木刀でセインに挑んだらボコボコにされてね。その縁で知り合って、結構強くはなったんだが、エクスカリバーを手にした頃には俺たちの問題も解決していたんだ。戦いに使ったのは一度か二度だけだったよ」
アーサーの話が終わり、輝たちがお茶を続けていると、セインとクチャナが連れ立って帰ってきた。偶然帰りが一緒になったのだという。
「地下鉄でばったり会ったんだ」
なんとなく、クチャナとセインは嬉しそうにしていたが、セインは久しぶりに妻に会えたことで、元気まで出て来ていた。
「確認して欲しいんですが」
セインとアイラがイチャイチャしていると、輝が咳払いをして話を始めた。
「先日地球のシリンによって捕獲されたムーン・アークの渡航者に、クチャナさんはまだ会っていない。東洋系の男性で肌は褐色、名前までは分かりませんでしたが、シリンのような薄紫の瞳の色をしていたそうです。南アメリカ系のシリンで、あなたに心当たりは?」
クチャナは、それを聞いて少し考え込んだ。そして、何かを思い出したように目を丸くしたが、頭を抱えて首を横に振った。
「何か、分かったんですか?」
町子が聞くと、クチャナは、声を震わせてこう言った。
「まさか、ワマンが、そんなはずは」
「ワマン、さん?」
町子は、クチャナの言った言葉から人の名前を拾った。すると、その名前からあるものが見えてきた。
山間の棚田の畔に腰掛けて花冠を作って笑い合う小さな子供、偉い人に連れて行かれる女性、戦士となって銀の槍を振るうクチャナ、パートナーのコンドルと別れを告げ、イギリスへ向かう船に乗るクチャナ、一人の男性の遺体。
「まさかクチャナさん、ワマンさんは、あなたの恋人で、もう亡くなっている?」
それを聞いて、クチャナは無言で頷いた。
沈黙が、辺りを支配した。
誰も何も言えなかった。ムーン・アークの渡航者がクチャナの恋人かもしれないと言う事実は、そこにいた全員にとって、重苦しかった。
「クチャナさん、一回、渡航者に会ってほしい」
少し、皆が落ち着いてきただろうか。輝が静かに切り出すと、クチャナは何も言わずに頷いた。動き出した輝について、ナギのいる部屋に行くことになった。輝と町子以外は部屋には入れないため、ロビーで待機することになった。
部屋に入ると、そこはカーテンが引かれていて薄暗かった。ナギは疲れて寝ているため、代わりにアースが日本から転移してやってきて、渡航者を見ていた。
「クチャナか」
アースは、輝と一緒に部屋に入ってくるクチャナに目をやった。クチャナと輝を渡航者の寝ているベッドに案内し、会わせると、クチャナは両手で口を覆って後ろに下がった。
「ワマン!」
クチャナは、そう言って嘆いた。床にへたり込んで両手を突く。肩を震わせて泣く彼女を、町子が支える。
「おじさん、これ、どういうことなの? ワマンさんは亡くなっているんでしょ?」
アースは、ワマンを見たまま答えた。
「正しくは、時空を超えてやってきた何者かが、死ぬ直前のワマンを連れ去って洗脳し、かつ渡航者の能力を継承させた、と言ったところか」
「死ぬ直前のワマンさんを? なぜ、彼なんです?」
輝の問いに、アースはこう答えた。
「こちら側の攪乱のためだ。少なくともこの事実だけでクチャナを無力化できる」
輝は、それを聞いて体の奥から怒りが湧いてくるのを感じた。輝だけではない。町子も頭に来ているのだろう。クチャナを支える手に力がこもる。
「仲のよかった恋人をこんな風にするなんて!」
町子が静かに怒りを顕にする。しかし、怒ったところでどうにもならない。
「おじさん、ワマンさんは助けられるんですか?」
町子をなだめながら、輝はアースに聞いた。すると、アースはワマンの様子を注視しながら答えた。
「戻す者の力であれば」
アースは、そう言って頷いた。町子がゆっくりとクチャナを立たせる。アースは、クチャナの右手をとり、そっと、ワマンの頬に触れさせた。
生きている。
死んだと思っていたワマンは生きていた。時を超えて、ここに来てくれた。共に将来を誓い合った身で、太陽の巫女としてクスコに取られる時も、女を捨て戦士として生きることを決めた時も、いつも一緒だった。
「私がクスコにいく日、こっそりと私の寝所にきて連れ出してくれた。その日、私は戦士として生きるために髪を切り、槍を手にした。同じシリンとして、同じ時を生きよう、そう誓いあった。だが、ピサロ率いるスペイン人は我々に容赦をしなかった」
クチャナは、一筋の涙を流した。
「彼を助けてくれ、輝」
その言葉を聞いて、輝は自分の拳を強く握った。
今の自分に、これだけの力を持ったシリンを助けられるかどうかはわからない。だが、アースは輝にならできると言っている。彼を信じてもいいのだろうか。
いや、アースを信じないで、誰を信じると言うのだろう。彼は、地球のシリンである前に、一人の人間として、輝を信じていてくれる。なのに、輝はそれを行動で返さなくていいのだろうか。
尻込みしている場合ではない。
輝は、鞄に取り付けたストラップを外し、手に持った。すると、それは少しずつ大きくなって刀の形になった。輝は、自分の手首にあるブレスレットを確認して、刀を抜いた。その刀をワマンの上にかざすと、昨日ナギの前でやったように、刀身が青く光り出した。このままではワマンの肉体を切り裂いてしまう。刀を刺すことはできない。
「おじさん、このままではワマンさんを刺してしまう」
すると、アースの手が、刀を握る輝の両手を包み込んだ。
「ワマンの状態は昨日とは違う。刀身が光っているのは渡航者の力に呼応しているためだ。俺を信じろ、輝」
ああ、アースは輝をちゃんと信じていてくれる。輝の能力を熟知した上で、この場を任せていてくれる。アースを信じよう。
輝は、そう決心して、刀をワマンの体に突き立てた。そして、一気に突いた。
ワマンが、大きい叫び声をあげて、体を動かす。その動きがあまりに激しいので、アースが押さえ込んだ。刀は突き刺さったまま、輝が固定しているが、血の一滴も流れていないし、体自体には突き刺さっていない。ワマンは暴れたが、それ以上に強いアースの力で抑え込まれていて身動きが取れなかった。
やがて、ワマンは、叫ぶのをやめた。
ぐったりとベッドに体を埋めて動かない。だが、輝の刀も、もうワマンには刺さっていなかった。刀は、再びストラップとして輝の鞄にくっついていた。
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