長編「地球の子」

るりさん

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第十章 緩やかな薬

ある厳冬の地で

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「地球の子」

十、緩やかな薬


 厳しい冬の夜、鏡のようになったガラス窓はカタカタと音をたてて外の吹雪から部屋の中の暖かさを守っていた。
 薄らいだ意識の中、それがようやくわかるようになってきた。一体何があってこんなことになったのだろう、よく分からない。
 ただ、体に刻まれた恐ろしい記憶と、誰かに助けを求めなければならないほどに追い詰められた自分の心が空間の全てを支配していた。体は言うことを聞いてくれなかった。ひどい熱と痛みにうなされている。本当に何があったのだろう。このまま忘れていた方がいいのだろうか。思い出せば、きっと恐ろしいことがずるずると引き摺り出されてしまうだろう。熱と痛みに苛まれる体の中で、心だけはどこか安心していた。もう、恐ろしいことは終わったのだ。そう告げる声が何度も頭の中に響いてきた。
 視力は半分ほど戻っただろうか。ぼんやりと部屋の様子が見て取れた。目の前には誰かがいる。その誰かの手が伸びてきて、自分の額に触れた。その冷えた手が熱を吸い込み、心地よい感触と安堵を体に伝えていった。その手は黒い髪を丁寧に梳いて、離れた。
「今は、全てを忘れて休むといい」
 聞いたことのある声が、そう告げた。
 ここは大丈夫、だから安心していい。そう聞こえたので、そのまま意識を落としていく。
 その手の主は、黒い髪を梳いたその手をじっと見つめていた。静かに部屋から出ると、戸を閉めて、外にいた誰かと交代して去っていった。
 その後、何がどうなったのかは分からない。ただ、何かがあった。それだけは感じ取ることができた。意識を落としていくまでの間、体の節々が痛んだ。今までになかった痛みが加わっていた。確か、体はだいぶ回復していたはずだ。なのに、またこんなことになっている。手首や足首がヒリヒリと痛み、新しく巻かれた包帯が、手首の動きを阻んでいた。体はいまだに動かない。動かす力さえ出てこなかった。目を閉じると、ほぐれた不安と緊張のせいで大きな安心が訪れた。何があったのか、自分はどうしてしまったのか思い出せないが、思い出さない方がいいのだろう。


 鮮明な記憶の中にぽっかりと空いた穴。
 まだ、その中身を返すわけにはいかない。今度また、何が起きるか、何が彼を苦しめるのか、わからないのだから。
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