長編「地球の子」

るりさん

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第七章 夏に染まる桜

夢を叶える方法

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 学徒出陣か、特攻隊か。
 そこまでは、瞳にもわからなかった。池田の家に、聞きにいくことはできなかったからだ。だが、肇がそれ以来二度と千年桜の丘にこなかったからには、瞳は、彼の戦死を受け入れるほかなかった。
 瞳には、家族はもういない。だから、あえて飯田の姓を名乗る必要はなかった。彼女はそれ以来、他人に名を名乗る時は池田姓を使っている。
「桜のシリンだったんですね」
 自分の頭の中に入ってきた情報と、輝の説明が全て一致した。メルヴィンは激しく泣きながら、鼻水をしきりに拭いていた。輝も町子も黙ってしまったが、当の瞳は何ともないような顔をしていた。
「やっぱり、戦争なんて何一ついいことないよ」
 町子は、そう言って、メルヴィンにハンカチを差し出した。女の子のハンカチを借りて涙を拭くのは初めてだ。少しいい香りがする。メルヴィンは躊躇ったが、町子が押し付けてきたので、素直に受け取った。
 その時、家のチャイムが鳴ったので、瞳は玄関に出ていった。残された町子たちは、静かに待っているしかなかった。誰も何も言わなかった。戦争に関しては、メルヴィンのような英国人と町子たち日本人では解釈が違う。だが、みんなが共通して持っている認識は、戦争は良いものではない、という考え方だった。
 そして、今、瞳の過去に触れて、戦争が瞳や肇から奪っていったものを考える機会ができた。国が正しさを掲げて戦争をやる。国民は戦争により苦しむ。それはどこの国でも変わらない。
「瞳さんも、肇さんも、かわいそうだ」
 メルヴィンは、そう呟いた。
 町子も輝も、彼の言葉に返す台詞が見つからなかった。何を言っても陳腐な答えにしかならない。
 しばらく黙っていると、瞳が戻ってきた。
「今、ちょうど私の友人が二人来ているの。ご一緒してもらってもいいかしら?」
 三人は、互いの顔を見た。嫌だという顔をしていない。瞳の友人ならしっかりした人なのだろうから、きっと大丈夫だ。
 是非ともご一緒したい、そう伝えると、瞳は嬉しそうに玄関の方へ戻っていった。そして、すぐに一組の男女を連れて戻ってきた。
 一人は、黒髪にメガネの普通の男性で、薄い秋物のセーターの上に軽いコートを羽織っていた。もう一人は金髪に翠色の瞳をした女性だった。秋物の花柄のワンピースがよく似合っている。
「小松さん夫妻です。小松辰徳さんと、小松なつさん」 
 瞳が紹介すると、二人は畳の上に座って挨拶をした。深々と頭を下げるので、輝や町子たちも深々と頭を下げた。
 瞳は、二人を座敷の席に案内した。少し窮屈だったが、全員座ることができた。
 そこで、町子たちは、お茶請けとして、辰徳となつの馴れ初めを聞いた。それはとてもワクワクする話で、なんとなく、瞳がこの二人に関わろうとした理由がわかった気がした。
「それで、なつさんはどうやって白血病を治したんですか?」
 町子が真っ先に質問をした。みんなが知りたがっていることだ。すると、なつが顔を真っ赤にして、答えた。
「たっちゃんが、私の養父母にこう言ったんです。俺は俺の力で先生になる! だから、俺が教師になるその時まで、行かないでくれ! 俺、ちゃんと教師になって、必ず迎えにくるから! って。それで、たっちゃんすごく勉強して、教師になって、それでも私のところに来るまで恋人一人作らないでいてくれて。迎えに来てくれた時は、私、すごく嬉しかった。私も、たっちゃんのことを信じて、恋人を作らずに待っていた。だから」
 なつは、そう言って、落ち着かない様子で辰徳を見た。
「私もたっちゃんも、今、とても幸せです」
 まるで少女のような笑顔を見せるなつを、辰徳は少年のような目で見た。
「なつが夏草のシリンだと瞳さんに聞いた時は、僕も驚きました。瞳さんのこともですが、シリンには、その特性上大人にならずに死んでいく人もいる。なつを救えたのは奇跡かもしれませんが、今はその奇跡に感謝をしています」
 すると、メルヴィンが、小松夫婦の方へ身を乗り出した。
「奇跡なんかじゃない! これは二人の愛のなせるわざなんだ! 愛の力が、シリンの持っている宿命を超えたんですよ!」
 メルヴィンは興奮していたが、言っていることに間違いはなかった。輝も町子も、メルヴィンのこういうところがとても好きだった。
 メルヴィンは、興奮してお茶を飲み干し、落雁をバリバリと食べた。落雁の甘さにびっくりしてはお茶のおかわりを頼む。彼にとっては新鮮な恋愛話ばかりだった。
 その後、メルヴィンがある程度落ち着いてくると、外へ紅葉狩りに行くことにした。軽井沢は東京よりも寒い。見事に紅葉が進んでいた。
 軽井沢の郊外にあるこの屋敷の周りには紅葉を見るスポットが多く、広葉樹に囲まれた並木道や林道などを散策すると、美しく色づいた葉が舞い落ちて皆を迎えてくれた。
 恋人をなくしてもなお、新しい恋人たちの力になろうとしている瞳は、まるで、夏になって、葉桜になり、色を失ってもなお緑を保ち続ける逞しい桜だ。夏色に染まり、新緑から緑、緑から紅葉に染まっていく桜。彼女は何色にもなれる、強い千年桜なのだ。
 最後に、瞳は、自分の媒体である丘の上の桜に、輝たちを連れていった。
「すべての出会いは、ここで始まりました」
 そう告げる瞳の、桜色の瞳は、新しく生まれた恋人同士である輝と町子に、確かな未来を示していた。
 軽井沢という地は、おそらく信仰の生まれやすい土地なのだろう。ただの有名観光地というだけではなく、人の心を魅了する何かがある。
 その日は瞳の家に泊まらせてもらい、次の日、朝からメルヴィンの希望で少し遠くのイングリッシュ・ガーデンを見に行った。その夜は、囲炉裏を囲み、近くの農産物直売所で買ってきた野菜を使った鍋を囲んだ。メルヴィンはもちろん鍋料理は初めてだった。直売所にはジビエの肉も売っていて、瞳はその中でもこの時期にふさわしい鹿肉を買ってきて、ステーキを作ってくれた。寄せ鍋に鹿肉のステーキはちょっと意外な組み合わせだったが、野菜との相性は意外と良かった。瞳が鹿肉の調理に慣れていたのか、臭みの取れたステーキは非常に美味しかった。
 軽井沢を後にしたのは、その次の日で、上越や糸魚川へも瞳が付き添ってくれることになった。輝たちは、なつや辰徳に別れを告げると、たくさんの荷物を抱えて新幹線に乗り込んだ。
 新幹線に乗って、メルヴィンは、少し眠くなった。しかし、輝たちが自分達の買い物の自慢を始めると、元気を出して、その輪に加わった。
 輝は、ふと、車窓から流れていく景色を見た。なんの変哲もない平和な景色だ。だが、どこか、何か胸騒ぎがする。輝は無事、親友に会えるだろうか。なぜだか、楽しみだという気がしない。
 メルヴィンや町子は、素直に自分達が買った土産物を見せ合ってははしゃいでいる。メルヴィンの荷物は刀のストラップや日本で人気のキャラクターグッズに忍者のぬいぐるみばかりだ。
 輝たちの故郷、糸魚川へは後少し。輝は、胸に何か重たいものが去来しているのを感じていた。
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