長編「地球の子」

るりさん

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第五章 戻す者

路上に広がる異世界

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 ホテルに預けていた荷物を受け取り、レンタルした車の後部座席に乗せると、大都会ニューヨークに別れを告げ、シリウスの運転する車は出発した。しばらく都会の渋滞に引っかかった後、だんだん車は流れていくようになり、住宅地や小さな町を経て、やがて、広大な田舎道に出た。真っ直ぐに目的地の町に続く長い道の始まりには大きなガス・ステーションがあり、そこでシリウスはガソリンをいっぱいに入れた。この先、ガス・ステーション以外の建物は少ない。小さくて治安の悪い宿が何件かあったが、そこに寄るつもりはなく、シリウスの目を休めるための休憩以外に休む気はなかった。
「急ぎの旅でもないのに、どうしてそんなに焦るんですか?」 
 輝が訊くと、シリウスは少し考えて、真っ直ぐ地平線まで続く道を走る車のアクセルを抜いた。
「やっぱり、焦っているように見えるか」
 そう言って、少し笑う。
「変な奴につけられているんだ。姿が見えないから分からないかもしれないが」
「つけられている?」
 輝と町子は、後部座席から後ろを見た。何もいない。つけられているとはどういうことなのだろう。シリウスほどのシリンとなると、輝たちにはわからないことがわかるのだろうか。
 しばらくそのまま走っていると、突然、シリウスは車を道路の路肩に停めた。ハザードを出し、後続車へのサインを出す。
「どうしたんですか?」
 訊くと、シリウスは真剣な顔で、車を降りた。そして、町子と輝を後部座席から下ろし、車から荷物を全て出した。そして、車を置いたまま、数十メートル歩いて、そこで止まった。
 すると、車が、突然、大爆発を起こした。
 派手に燃える車を見て、輝と町子は戦慄した。どうしてこんなことになっているのか分からない。なぜ、車が爆発したのだろう。町子と輝、もしくはシリウスが何か悪いことでもしたのだろうか?
「こりゃ、間に合わないかもしれないな」
 シリウスは、額に汗を滲ませた。ここで輝と町子を不安にさせてはいけない。何かに巻き込まれていることは確かだが、それが何であるかわからない以上は、目の前の障害をクリアしていくしかない。
 シリウスは、懐から拳銃を取り出した。すると、目の前にある車の炎の中から誰かが出てきて、陽炎の中をこちらに歩いてきた。その誰かは、輝たちをシリウスの先に見定めると、懐から拳銃を出し、すぐさまに撃ち放った。
 シリウスはそれを予想していた。弾丸が向こうから放たれたその時に、同時に弾丸を打ち出した。両方の弾丸はぶつかり合って、消滅した。
「消滅?」
 シリウスの射撃の腕に、輝と町子が口をあんぐりと開けていると、シリウスは双方の弾丸が消えたことに疑問を覚えた。ぶつかった瞬間に消滅した。あれは一体どういうことだろう。
 少し考えて、シリウスはハッとした。そして、隣を見た。
 輝と町子が、いない。
「しまった! ムーン・アークか!」
 シリウスは、そう言って先ほどまで正面に見据えていた誰かを見た。その誰かも、誰かが持っていた拳銃も消えている。
「やられた!」
 シリウスが叫び、拳銃を地面に叩きつける。
 その音が、どこか遠くから聞こえる。あの消えた弾丸はどこへ行ったのだろう。輝は、町子を庇って地面に突っ伏していた。どうしてこんな体勢になっているのかはわからないが、輝は何かから町子を本能的に庇った。そういうことなのだろう。立ちあがろうとすると、目の前に弾丸が二つ降ってきて、軽い金属音を立てて地面に落ちた。
 それを見て立ち上がると、二メートルほど先に、誰かがいた。拳銃を持っている。先ほどシリウスが相手をしていた誰かだった。その何物かは、静かに寄ってきて、輝の額に銃口を向け、引き金を引いた。
 輝は、とっさに避けた。頭は避けたが、その弾丸は輝の右肩を突き、鋭い痛みを輝の身体中に走らせた。鮮血が地面に落ちる。町子は気を失っていた。
 輝は、町子を庇うように立ち上がった。左手で右肩を押さえる。弾丸は右肩に食い込んだままだ。ひどく痛かったが、町子を襲わせてはならない。それだけで動いていた。
 その時だった。
〝何者か〟が、輝と町子の目の前から、姿を消した。見ると、十メートルほど先に吹き飛ばされて倒れている。体からは蒸気が出ているが、すぐに立ち上がって、輝の方へ走ってきた。
「まずい!」
 輝は叫んで、町子を庇うために、〝何者か〟の前に立ちふさがった。その時だった。
 輝の中で、何かが弾けた。
 体が嘘のように軽くなり、傷の痛みが消えた。傷は確かにあるのに、痛くない。そして、身体中に流れ込んでくるたくさんの情報が、細胞の一つ一つを動かした。
「戻す者」
〝何者か〟が走ってくる。輝の傷の痛みが戻り、体のだるさも戻った。しかし、輝の体に刻まれる情報の奔流は、輝を確実に戻す者へと覚醒させていた。
 輝は、それでも体力の限界を感じ、その場に膝をついた。
 近くまでやってきた〝何者か〟が、輝の頭を掴むために手を振り上げる。
 しかし、その時、その手を掴んで、〝何者か〟を遠くに放り投げる手があった。その手、いや、腕は、輝の体を支えて地面に横たえた。さらにそこから跳び、恐ろしい速さで〝何者か〟の懐に入り込んで、蒸発しかかっているその体を、硬い拳を使って砕いた。
 世界が、元に戻っていく。〝何者か〟が消え、陽炎と炎が戻ってきて、シリウスがこちらに走ってくるのが見えた。
 輝は、輝を助けてくれたその人を見た。薄れゆく意識の中で、その人の印象的な瞳を確認した。
「おじさん」
 その人の名を呼び、輝は意識を暗闇の先に落としていった。
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