長編「地球の子」

るりさん

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第五章 戻す者

またまたいきなり目的地

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「地球の子」


五、戻す者


 輝たちは、英国に帰ると、学校に行くその前に、町子の親友である吉江友子と田中朝美が英語を勉強するのを手伝わなければならなかった。日本である程度は勉強していたし、輝たちが外国をうろうろしている間にも頑張っていたのだが、なかなか追いつかない。そんなこんなしているうちに、フリーランスであったカリーヌが屋敷に引っ越してきた。もう一人、フランスから男性を連れてきていたが、その人は後から紹介するという。
 夏休み直前に迫ったある日、突然、シリウスが屋敷を訪ねてきた。一人の少女が一緒で、彼女は可愛らしい赤いワンピースを着ていて、長い黒髪の三つ編みを二つ、前に垂らしていた。ワンピースに合わせた赤い帽子がよく似合っていた。シリウスは、彼女を屋敷のロビーに入れて、町子と輝を呼んだ。
「クエナだ」
 シリウスが彼女の名前を呼ぶと、町子も輝もびっくりして、腰を抜かした。
「クチャナさんに連絡しなきゃ!」
 町子は、そう言うと、パレスチナにいた時シリウスからもらった腕時計に手をやった。しかし、シリウスはそれを止めた。
「クチャナには連絡してある。クエナはもう追われることはない。これ以上は傷つかないんだ。クチャナ一人いれば十分に守り抜ける。博士にも連絡は行っている」
 シリウスがそれだけ話すと、ようやく輝も町子も落ち着いてきた。クエナが攫われたのは、彼女の中からシリンのなんらかの情報をコピーするため。それが終わったから、助け出されてもしつこく追われることはなかった。組織は徹底して自分達の正体をクエナや博士から隠していたが、クエナを救出したある人物には知られてしまった。
 そこまで話して、シリウスは一旦話を切った。
 クエナを救出した人物は、誰なのだろう。シリウスは具体的に誰なのかを言っていなかった。だから、特に話さなくてもいい人物なのだろうかと思った。しかし、妙に引っかかる。聞いてみようかとも思ったが、なぜか、聞かないほうがいいような気がした。
「そういえば、このままだと夏休みにもつれ込むよね、学校」
 お茶を淹れ始めた輝を横目に、町子が頬杖をつく。シリウスに呼ばれてここにきて、ようやく朝美や友子から解放されていた。少し、気が晴れていた。
「あれ?」
 輝がお茶を配っていると、シリウスが、新しく輝が買ってきて置いてあった湯呑みを持って、首を傾げた。
「お前ら、米国に行くんじゃないのか?」
「米国?」
 町子と輝の声が揃った。
「なんで米国に行くんだよ。また俺たちに内緒で進めてんのかよ」
「あ、これ、内緒だったのか? 俺はお前たちについて行ってくれって言われたんだ。確か、町子のおじいさんにだったかな」
 輝と町子は、頭を抱えた。またこれだ。行き先も期日も告げずにいきなりどこかへ行けという。こんなことが続くようであれば、学校どころではない。町子だけではなく、輝も苛立ちを覚えた。
「まあ、このことに関しては許してくれ。俺も愛妻をドイツに放ったままこんなことをしているからな。町子のおじいさんから声をかけられることもしょっちゅうなんだ。それもいきなり」
「シリウスさんもなんだ」
 町子が、呆れ顔でため息をついた。最近はこんなことばかりでため息しか出ない。肩を落としている町子を元気づけるため、シリウスはこんなことを言い始めた。
「あいつに連絡を取るか。あいつ。ほら、おじさん」
 そう言って、携帯端末を取り出して、連絡を始めた。輝も町子もそれを止めたが、もう繋がってしまったらしく、シリウスは通話を始めた。何を話しているのか、その内容まではよくわからなかったが、楽しそうな会話をしていることは分かった。
「あいつ、今、奥さんの実家にいるみたいなんだ」
 シリウスが電話を切ると、輝はびっくりした。
「奥さんの実家?」
 おじさんは、冒険者みたいな人だ。奥さんはいると聞いていたが、むしろ、その奥さんと一緒に冒険していそうなほどに、冒険者じみていた。それがこんなに所帯じみているなんて。
 ショックだった。
 輝がショックを受けている隣で、町子がニヤリと笑った。
「あれだけのイケメンだもん。何やってもイケメンなんだよ。奥さん想いでいいじゃん。それとも違う意味でショック?」
 またこの類の話題だ。
 輝はおじさんのことを恋愛対象として見ているわけではない。ただ、想像と違っていて、そのギャップにショックを受けただけだ。
「そりゃあショックだろ。想像と違ったんだから。だったら町子はどうなんだよ。おじさんのこと好きじゃないのか? それこそあんなイケメン」
 それを聞いて、町子はびっくりした顔をした。そして、シリウスと輝を見比べた。
「なんで私に聞くの? 私は他に好きな人が」
 そこまで言って、町子はハッとした。手で口を抑えると、真っ赤な顔をして輝を見た。
「最低!」
 輝にそう吐き捨てて、町子はロビーから出て行ってしまった。輝もシリウスも固まって呆然としていたが、気がついて外を見るとすでに町子の姿はなかった。
「地雷を踏んだな、輝」
 シリウスは、そう言って先に引き下がり、ロビーに戻ってお茶をすすり始めた。クエナが気を遣って、急須の中に新しいお湯を注ぐ。輝は、屋敷の入り口に立ち尽くしていた。何が何だか分からないが、町子を怒らせてしまったのだろうか。そう思っても、どうしたらいいのか分からない。もやもやした気持ちを抱えながら、輝は次に北米に発つ日付を、シリウスに尋ねた。
 アメリカ合衆国に発つのは、この日から三日後のことだった。
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