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第三章 粉挽き小屋
次行く場所へのティータイム
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「地球の子」
三、粉挽き小屋
英国に着くと、輝たちはそれぞれ、ロンドン市内にあるホテルに宿泊していた友人や親たちと合流した。輝たちが住むのはロンドンから少し西に行った場所で、なだらかな丘陵地帯の中に畑や果樹園がある、田舎町だった。輝たちはその田舎町に建つ木造の大きな邸に住むことになっていた。日本から送った私物や、どうしても持っていきたいものはまとめて船便で送られていて、あとは自分達の好きな家具を買って備え付けたり、私物を配置したりするだけでよかった。
部屋はマンションのようになっていた。浴室やトイレ、洗面所やキッチンなどがきっちりとあって、そこにいくつかの部屋が配されていた。少人数の家族が住むにはちょうどいい部屋だ。
輝は母とそこに住むことになり、町子は友人の友子と朝美と一緒に住むことになった。母である夏美と父親は、日本に残ることになった。
輝は、町子の祖父が買ってくれた家具や家電を部屋に設置しながら、掃除をしている母といろいろなことを話した。
「ここの学校のことは、不思議と不安じゃないんだ。なんとかやっていける気がする」
輝は、冷蔵庫の配線を確かめながら、母親と話を始めた。
「南アフリカに行った時もそうだった。少し不安だったけどなんとかなったし、そう言う経験もあったから少し強くなれたのかな」
母は、それを聞いて、輝の頭を指で押した。
「生意気言えるようになったじゃないの。その意気よ。でも、輝には次の行き先もあるんだし、学校はそれが終わってからになりそうね」
芳江がそう言うものだから、輝はびっくりして、冷蔵庫の配線作業の手を止めた。
「次の行き先?」
訊ねると、母はびっくりしたような顔をした。
「聞いていないの? セインさんとクチャナさんがついて行ってくれるって。イタリアのナポリに行くんだって言っていたわよ。確か、クリスフォード博士って人の行方がわかったかもって話でね」
クリスフォード博士、おそらく町子が以前言っていた、行方不明になったという人のことだろう。内山牧師の知り合いだか友人だか、そんなところだったか。
輝は、それも含めてナポリに行くなどという話は全く聞いていなかった。少し怒りを感じて、町子やセイン達に確認しようとしたが、母に止められた。
部屋のセッティングが終わり、自由に動けるようになると、ようやく外へ出ていいという許しが出た。輝が外へ出ようとすると、屋敷の入り口にあるロビーにクチャナがいた。
屋敷のロビーはちょっとした小部屋になっていて、テーブルが三つと、ソファーが六つ、置かれていた。台所もついていて、お茶を飲みながら談笑するスペースにはもってこいだった。そんな場所で、クチャナは一人椅子に座って、外にある小さなコンビニで買ってきた水を飲んでいた。
輝は、その姿を見て少し寂しくなったので、クチャナの元に行って台所の火をつけた。
「お茶、淹れますよ、クチャナさん。俺の私物なんで緑茶ですけど」
それを聞いて、クチャナはびっくりした。
「輝、君はなんて優しいんだ」
「優しいわけじゃないですよ。こういうの、見ていられなくって。興味です」
それを聞いて、クチャナはなんとなく寂しそうに笑った。何があったのだろう。ついこの間まで堂々としていて、輝たちを引っ張ってくれていたのに。
「学校はまだ始まらないのか?」
そう聞かれたので、輝は肩を落とした。学校には籍を置いているが、これからナポリに行かなければならない。そういうふうにしたのはクチャナたちだ。だが、そのことを言うのはやめた。なんだか今のクチャナを責めてはいけない気がする。輝は、努めて笑っていることにした。
「学校はまだなんです。そんな事より、クチャナさんこそどうしたんですか? なんか元気ないみたいですよ」
お茶を淹れ終わった。一煎目のお茶を二つのティーカップに注ぎ分ける。急須はあったが湯呑みがないので、その場にあったティーカップを使った。
輝はクチャナに一つ出し、もう一つは向かいに置いて自分が座った。クチャナの表情は暗く、何かを悩んでいる様子だった。
輝がそれ以上何も言って来ないので、クチャナは大きく息を吐いて、頭を抱えた。
「輝、君に、ナポリに行くという事を黙っていたのは、すまないと思っている。それはまだこのことを知らない町子にも言える事なんだ。君たちには余計な情報を入れたくなかった」
「余計な情報?」
訊ねると、クチャナは片手で頭を抱えて、もう一度大きく息を吐いた。
「私の妹が、攫われたんだ」
「妹さんが?」
穏やかではない情報だ。不審に思って聞き返すと、クチャナは顔を上げて、輝を見た。真剣な顔だ。
「クリスフォード博士と一緒にどこかへ連れていかれたみたいなんだ。誰かが、村を荒らし回って二人を見つけたらしい。クリスフォード博士はナポリ近郊の村で見つかったみたいなんだが、クエナはまだなんだ」
「そんなことが、あったんですか」
クチャナは、頷いた。そして、輝の淹れた緑茶を口に運んだ。クチャナは美人の類に入る。その美人が顔を崩してまで悩んでいる。クエナという名前の妹が相当大事なのだろう。
そんな不安定な心境でナポリに行くというのは、少しきついのではないか? 輝はそう思って少し考えた。
「輝」
考え込んでいる輝に、クチャナは話しかけてきた。まだ悩むのをやめたわけではないが、それでも先ほどより良い顔をしている。
「クリスフォード博士に会ってクエナのことを聞き出したい。協力してはもらえないだろうか?」
ああ、今回のナポリ行きにはそんなことが含まれていたのか。
輝は、自分がいつになく冷静でいることを感じた。不思議とクチャナに対する怒りを感じない。彼女は妹に対する私情で動いている。なのに、今、輝は協力したいとまで思っている。
「クチャナさんが気にすることじゃないですよ」
輝がそう言って笑うと、クチャナは、すまなそうに笑い返した。それから、輝はクチャナと少しだけ、話をした。日本の学校でのこと、母や、死んだ父のこと、そして、今までの出来事。
クチャナは輝の話をしっかりと聞いてくれた。彼女とは話がしやすい。これも長い間生きてきたシリンだからだろうか。輝は、彼女の媒体が気になったが聞くのをやめておいた。
輝が、機嫌の悪い町子とともにナポリに発ったのは、この三日後のことだった。
三、粉挽き小屋
英国に着くと、輝たちはそれぞれ、ロンドン市内にあるホテルに宿泊していた友人や親たちと合流した。輝たちが住むのはロンドンから少し西に行った場所で、なだらかな丘陵地帯の中に畑や果樹園がある、田舎町だった。輝たちはその田舎町に建つ木造の大きな邸に住むことになっていた。日本から送った私物や、どうしても持っていきたいものはまとめて船便で送られていて、あとは自分達の好きな家具を買って備え付けたり、私物を配置したりするだけでよかった。
部屋はマンションのようになっていた。浴室やトイレ、洗面所やキッチンなどがきっちりとあって、そこにいくつかの部屋が配されていた。少人数の家族が住むにはちょうどいい部屋だ。
輝は母とそこに住むことになり、町子は友人の友子と朝美と一緒に住むことになった。母である夏美と父親は、日本に残ることになった。
輝は、町子の祖父が買ってくれた家具や家電を部屋に設置しながら、掃除をしている母といろいろなことを話した。
「ここの学校のことは、不思議と不安じゃないんだ。なんとかやっていける気がする」
輝は、冷蔵庫の配線を確かめながら、母親と話を始めた。
「南アフリカに行った時もそうだった。少し不安だったけどなんとかなったし、そう言う経験もあったから少し強くなれたのかな」
母は、それを聞いて、輝の頭を指で押した。
「生意気言えるようになったじゃないの。その意気よ。でも、輝には次の行き先もあるんだし、学校はそれが終わってからになりそうね」
芳江がそう言うものだから、輝はびっくりして、冷蔵庫の配線作業の手を止めた。
「次の行き先?」
訊ねると、母はびっくりしたような顔をした。
「聞いていないの? セインさんとクチャナさんがついて行ってくれるって。イタリアのナポリに行くんだって言っていたわよ。確か、クリスフォード博士って人の行方がわかったかもって話でね」
クリスフォード博士、おそらく町子が以前言っていた、行方不明になったという人のことだろう。内山牧師の知り合いだか友人だか、そんなところだったか。
輝は、それも含めてナポリに行くなどという話は全く聞いていなかった。少し怒りを感じて、町子やセイン達に確認しようとしたが、母に止められた。
部屋のセッティングが終わり、自由に動けるようになると、ようやく外へ出ていいという許しが出た。輝が外へ出ようとすると、屋敷の入り口にあるロビーにクチャナがいた。
屋敷のロビーはちょっとした小部屋になっていて、テーブルが三つと、ソファーが六つ、置かれていた。台所もついていて、お茶を飲みながら談笑するスペースにはもってこいだった。そんな場所で、クチャナは一人椅子に座って、外にある小さなコンビニで買ってきた水を飲んでいた。
輝は、その姿を見て少し寂しくなったので、クチャナの元に行って台所の火をつけた。
「お茶、淹れますよ、クチャナさん。俺の私物なんで緑茶ですけど」
それを聞いて、クチャナはびっくりした。
「輝、君はなんて優しいんだ」
「優しいわけじゃないですよ。こういうの、見ていられなくって。興味です」
それを聞いて、クチャナはなんとなく寂しそうに笑った。何があったのだろう。ついこの間まで堂々としていて、輝たちを引っ張ってくれていたのに。
「学校はまだ始まらないのか?」
そう聞かれたので、輝は肩を落とした。学校には籍を置いているが、これからナポリに行かなければならない。そういうふうにしたのはクチャナたちだ。だが、そのことを言うのはやめた。なんだか今のクチャナを責めてはいけない気がする。輝は、努めて笑っていることにした。
「学校はまだなんです。そんな事より、クチャナさんこそどうしたんですか? なんか元気ないみたいですよ」
お茶を淹れ終わった。一煎目のお茶を二つのティーカップに注ぎ分ける。急須はあったが湯呑みがないので、その場にあったティーカップを使った。
輝はクチャナに一つ出し、もう一つは向かいに置いて自分が座った。クチャナの表情は暗く、何かを悩んでいる様子だった。
輝がそれ以上何も言って来ないので、クチャナは大きく息を吐いて、頭を抱えた。
「輝、君に、ナポリに行くという事を黙っていたのは、すまないと思っている。それはまだこのことを知らない町子にも言える事なんだ。君たちには余計な情報を入れたくなかった」
「余計な情報?」
訊ねると、クチャナは片手で頭を抱えて、もう一度大きく息を吐いた。
「私の妹が、攫われたんだ」
「妹さんが?」
穏やかではない情報だ。不審に思って聞き返すと、クチャナは顔を上げて、輝を見た。真剣な顔だ。
「クリスフォード博士と一緒にどこかへ連れていかれたみたいなんだ。誰かが、村を荒らし回って二人を見つけたらしい。クリスフォード博士はナポリ近郊の村で見つかったみたいなんだが、クエナはまだなんだ」
「そんなことが、あったんですか」
クチャナは、頷いた。そして、輝の淹れた緑茶を口に運んだ。クチャナは美人の類に入る。その美人が顔を崩してまで悩んでいる。クエナという名前の妹が相当大事なのだろう。
そんな不安定な心境でナポリに行くというのは、少しきついのではないか? 輝はそう思って少し考えた。
「輝」
考え込んでいる輝に、クチャナは話しかけてきた。まだ悩むのをやめたわけではないが、それでも先ほどより良い顔をしている。
「クリスフォード博士に会ってクエナのことを聞き出したい。協力してはもらえないだろうか?」
ああ、今回のナポリ行きにはそんなことが含まれていたのか。
輝は、自分がいつになく冷静でいることを感じた。不思議とクチャナに対する怒りを感じない。彼女は妹に対する私情で動いている。なのに、今、輝は協力したいとまで思っている。
「クチャナさんが気にすることじゃないですよ」
輝がそう言って笑うと、クチャナは、すまなそうに笑い返した。それから、輝はクチャナと少しだけ、話をした。日本の学校でのこと、母や、死んだ父のこと、そして、今までの出来事。
クチャナは輝の話をしっかりと聞いてくれた。彼女とは話がしやすい。これも長い間生きてきたシリンだからだろうか。輝は、彼女の媒体が気になったが聞くのをやめておいた。
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