長編「地球の子」

るりさん

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第二章 青い薔薇

あらためて自己紹介

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 世那が帰って、学校の休校が明けると、輝は肩を落としながら学校に行った。通学路をとぼとぼと歩いていると、学校の手前で町子と会った。
 町子は、二人の女子を連れていた。一人は眼鏡をかけているロングヘアの女の子。黒いストレートヘアで、その姿を見ただけで頭が良さそうに見えた。もう一人は小さなポニーテールを頭の上で揺らしている女の子で、活発そうに見えた。
「彼が輝くん?」
 町子の後ろからやってきて、ポニーテールの女の子が輝をまじまじと見た。
「サッカー部だって。朝美、弓道部で運動部だから部室とか近いんじゃないの?」
 ポニーテールの女の子の名前は朝美というのだろう。彼女は困ったような顔をして、町子を見た。
「男子と女子じゃ部室違うから、近くはないよ。それより自己紹介しようよ」
 学校の門の前で立ち止まり、輝と三人の女子は顔をつき合わせた。登校時間までは十分に時間がある。登校してくる生徒もまばらなこの時間ならば、話し込んでいても問題はない。学校の部活はまだ再開していなかった。
 それでも輝は立ち話にふさわしい場所ではないと判断し、校門の前から場所を移し、部室棟の裏にある空き地を選んで三人と話すことにした。
 まず初めに、ロングヘアの頭の良さそうな女の子が手を差し出してきた。
「吉江友子です。町子の親友で物理学専攻。よろしくね」
 吉江友子は、そう言ってにこりと笑った。町子ほどではないが十分に可愛い。次に、活発そうなポニーテールの女の子が照れながら手を伸ばしてきた。
「田中朝美。歴史学専攻。似合わないでしょ。弓道やってる。よろしくね」
 輝は、朝美の伸ばしてきた手を握り返して、自分の自己紹介をした。
「高橋輝。生物学専攻で、サッカーをやってる。よろしく」
 輝の自己紹介が終わると、女子二人は輝に親友はいないのかと聞いてきたので、一人だけいるとだけ告げた。名前まで明かすつもりはなかったので、言わなかった。
 輝のことまで知り終えると、今度は町子が自己紹介をする番になった。
「もう、みんな知っているじゃん」
 町子はそう言うが、他のみんながわざわざ自己紹介したのに、自分だけ恥をかかないのはずるいと言われて渋々輝の前に手を差し出した。
「森高町子。海外文学専攻。帰宅部。これでいい?」
 町子の差し出した手を輝が握り返すと、そこにいる四人はとりあえず、肩の荷を下ろした。しかし、次に町子の出した話題は、輝をそこから絶望に叩き落とすこととなった。
「輝、君と私、英国に留学することになったから」
 それを聞いて、最初、輝は何が何だかさっぱり分からなかった。
「留学? 何言ってるんだよ森高。なんでそうなるんだ? 冗談も休み休み言えよ」
 すると、町子は、一通の手紙を輝の目の前に突きつけてきた。
「私のおじいちゃんの手紙。これ読んでみて」
「読んでって、これフランス語じゃないか。なんでイギリス人のあんたのおじいさんがフランス語で手紙書くんだよ。これ絶対嘘だろ」
 すると、町子は勝ち誇ったように笑った。
「フランス語だって、分かるんだ。こんな筆記体の、英語だかイタリア語だがフランス語だかドイツ語だか、なんだかわからないのをフランス語だって言い当てたんだ」
 輝は、それを聞いてびっくりした。
 確かにおかしい。輝の言ったのは当てずっぽうでなはい。本当にフランス語だと分かったのだ。なぜだろう。
 輝が黙ってしまうと、町子は手紙を輝に渡した。
「見るもの、戻すものは、覚醒しなくてもその能力の一部は表に現れる。君なら読めるはず。読んでみて」
 町子の顔は真剣だった。輝は、手紙を受け取ると、その中身に目をやった。すると驚いたことに、字を追うごとにその文章の意味が頭の中に入ってきた。声に出しても、フランス語と日本語、どちらでも発音できた。
「おかしいよね、本来こういうの。でも、私たちに備わった力はきっと、必要だからついて回ってる。君がそれを読めた以上、私も、輝のことを戻すものだと認めるしかない」
 町子は、そう言って輝に、手紙を最初から声に出して日本語で読んでくれと促した。輝は、自分のこの能力を受け入れられないまま手紙を読み始めた。

「愛しい町子、そして、戻すものである輝くんへ。

 夏美からの手紙で君たちのことをあらかた知ったよ。
 君達は、これから日本の学校では窮屈な思いをすることだろうし、このままそこにいたのではこれから君達がやるべきことのほんのわずかなこともできなくなるだろう。
 そこで、町子だけでなく輝くんも、英国で私が所有する土地のうち一部を使った屋敷に招待しようと思う。そこには家族四人が住めるほどの広さを持った部屋が二十ほどあり、君たち親子を迎えるにはちょうどいいかと思う。私が経営する学校も近くにある。全寮制ではないから、その屋敷からでも通えるはずだ。そちらの退学手続きとこちらの入学手続き、そして、輝くんとそのご家族がこちらに渡航して暮らすための費用は全て私が責任を持とう。
 戻すものと見るものの使命は、計り知れない。
 それを後押しするのも私の使命だからね。
 それと、突然こう言った話になってしまったことについて、輝くんには失礼なことをしてしまったかもしれない。本当にすまなかったと思っている。輝くんを試すためにこのようにフランス語で手紙を書いているが、そのことについての非礼もお詫びしたい。
 輝くん、突然私一人の判断で君の人生を変えることになってしまい、申し訳ない。君には君の人生設計があったことだろうと思う。そのことについては、あらゆる選択肢を英国で選べるように私が用意したいと思う。できうる限りのサポートをするつもりだ。
 金持ちのわがままと思ってくれても構わない。しかし、町子からも説明はあると思うが、君を英国に呼ぶのには訳がある。それが戻すものとしての君のやるべきことなのだから。
 全ての手続きは私と君たちのご家族でやるから、君たちは今いる高校でやれることはできるだけやって、満足いく形で英国に来てほしい。
 良い返事を待っているよ。

 ガルセス・フェマルコート」

 輝は、膝を落とした。
 なんの前触れもなく、自分が希望したのでもなく、留学。
 それも手回しは全て済んでいる。
 日本の大学ないし専門学校に通って、もしくは高校を卒業したら日本の企業に就職して、この糸魚川を出るか出ないかはともかくとして、日本で暮らして日本で生きていくものだと思っていた。それをいきなり変えられて冷静でいられる訳がない。
 輝の手は震えた。このまま手紙を持っていると破ってしまう。町子に手紙を返すと、震える声でこう言った。
「俺の母さんも、このことを知っているんだな」
 町子は、頷いた。
「芳江さんのところにも、手紙は行っているよ。もっとも、芳江さんが読めるのは英語だけだから、英語で書いてあるはずだけど」
 町子は、少し輝に気を遣っているだろうか。優しい声だった。
「俺にはなんの相談もなかった」
 町子は、うん、と短く言ってから、手紙をしまった。
「俺だけ事後承諾でもなんとかなるって思っていたのか?」
 町子は、黙った。ここで何かを言っても言い訳にしかならない。輝にとって気休めにはならない。それどころか怒らせてしまう危険さえあった。
 そこにいた四人は、そのまま黙り込んでしまった。輝が何か言うまでは、誰も何も言えなかった。輝は自分でも自分の置かれたこの状況をどうしたらいいのかわからなかった。
 輝は手をぐっと握った。突然、こんな手紙がよこされて、高校も退学して英国に留学することになっていた。親も森高たちもこのことを知っていて、輝だけが知らなかった。
「卑怯だよ」
 輝は、そう呟いた。
 町子が、地面に目を落とした。
「確かに、輝が身動き取れなくて後は私たちの思う通りにしか動けなくなってから知らせるとか、やり方はよくなかったかも」
 町子はそう言うと、自分の祖父から届いた手紙を見た。確かに祖父は少し強引なところがある。それは祖父が以前やっていた職業から来たものだろうが、だからといって輝をがんじがらめにしていいことにはならない。
「ごめん、輝。でも、私にはどうしたらいいのか分からない」
「学校には、退学届が出ちゃったんだよな」
 輝は、町子から目を逸らした。彼女が悪いわけではない。だが、今この心理状態で、ここにいる誰かに怒りをぶつけられるとしたら、彼女だけだった。本来相当なことがない限り怒ることがない輝が怒っている。自分でも不思議なくらいだった。
「退学届は受理されたから、もう後戻りはできない。英国の高校にも籍ができちゃったって」
 町子が肩を落とすと、輝は自分の中でも不思議なくらい、胸から怒りが引いてスッキリしてくるのを感じた。
「この前世那おばさんが言っていたのはこのことだったのか。俺が戻すものだったから、こうなったんだな」
 町子は、何も言わずに頷いた。
 輝の中から怒りはとうに消えていた。
「戻すものがどういうものなのか、説明してくれるなら、協力するよ。もしそれさえないのなら、俺はイギリスに行かない。日本にいて、高校も受け直す。それでいいよな。これは、義務じゃないんだから」
 目の前の三人の女の子から、暗い表情が消えた。だが、自分たちにさえ分からない戻すもののことなど、祖父にわかるのだろうか。そう思うと、不安になってきた。
「地球のシリンなら、戻すもののこと、分かりそうなものだけどな」
 そう言って、輝は少し笑った。今まで項垂れていた町子たちを安心させるためだ。
 輝は、その場から立ち去ろうと、一歩、進んで、こう言った。
「ここでの高校生活最後の日なんだから、せいぜい楽しむことにするさ。じゃあ、また後でな」 
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