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第一章 真夜中のラジオ
海を慕う歌
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夕方の海岸を歩く人はまばらで、時折犬の散歩をする人がすれ違う程度だった。波は穏やかだったが、気温がまだ高くない。海開きをしていない春のこの時期に海水浴をする人はいないので、難しい立ち話をするには良い条件だった。
そこで、輝と町子を立ち止まらせて、フォーラは海に向かって歌を歌った。
澄み切ったクリスタルガラスを鳴らしたような、澄んだ歌声があたりに響き、潮騒にうまく混じり合うメロディーがその歌の美しさを際立たせた。巣に帰る途中なのだろうか、空を飛んでいたウミネコのうち一羽がフォーラのところにやってきて、彼女が差し出した手に止まった。
フォーラの歌は長かった。そして、ここにいる誰一人として知らない言葉で歌われていた。その言葉は耳心地が良く、どれだけ長く聴いていても苦にはならなかった。むしろ、もっと長く聴いていたい、そんな気にさせてくれた。フォーラの存在感のある歌声は、その声だけで既にいくつもの楽器を奏でていたようにさえ思えた。
どれだけの時が過ぎただろうか。トワイライト・アワーを少し過ぎて陽が沈むと、フォーラは海岸から車の止まっている駐車場に戻った。歌をひとつ、歌っただけで、彼女は輝と町子を家に帰すことにしたのだ。
「なんとなく、わかった気がする」
車が発車する少し前に、輝はシートベルトを付けながら、運転席のフォーラを見た。
「信じてみようと思えました」
その言葉に、町子はホッとした表情を見せた。フォーラはすごい。なんの言葉も説明もなしに、輝を納得させてしまった。
「あの歌は、私のパートナーの故郷の歌なの。いい歌でしょ」
フォーラは、そう言って静かに微笑んだ。
そして、夕食を一緒に摂ってから家に帰らないかというので、輝は彼女の誘いに乗った。母に電話をしたら明るい声で了解してくれた。
能生から糸魚川へ行くまでの国道に飲食店は少ない。コンビニや道の駅があったが、そこへは寄らずに内陸へ入った道沿いにある、町子の家の近くのファミリーレストランで食事をした。三人とも空腹だったので、しっかりとしたメニューにドリンクバーをつけて注文した。町子はそれに加えてデザートも頼んでいた。
「そういえば、街のみんなはおかしくなったのに、俺や森高はなんともなかった。俺の母さんやフォーラさん達もだ。シリンだって理由だけじゃ説明できない気がするんだけど」
料理が来るまでの待ち時間、飲み物を飲みながら、三人は声を抑えて会話を始めた。まずは輝がフォーラに尋ねた。
「輝くんは戻すもの。地球のシリンによって定められた、地球の理の一つを有する者。私も、それくらいしか分からない。輝くんのお母さんについては、戻すものの親御さんだからでしょうね。シリンや、地球のシリンに定められたすべての者を胎内に宿した時、その人には胎内の子供の情報が全て与えられるから。だから、お母様は輝くんのことを知っているはずよ」
輝は、それを聞いておかしな気分になった。
「俺たちがシリンや、見るものとか戻すものだから今回おかしくならなかったのか? 俺の母さんはそれを知っていて今まで俺に何も言わなかったのか?」
「言ったところで、覚醒して自覚があるわけでもないのに信じてもらえるはずはないでしょう。今まで輝くんは私たちがどれだけ証拠を見せても頑なに信じようとしなかった。そのあなたの性格を知っているから、お母様は期が熟すのを待っていたのよ」
それを言われて、輝は黙るしかなかった。町子は何も言わなかった。今、自分が何かを言えば、トラブルになってしまうかもしれない、そう思ったからだ。
そうこうしているうちに、料理が来たので三人で食べた。満腹になると、席を立ち、店を出てフォーラの車に乗り込んだ。
車が家に着くまでの間、皆は無口だった。輝には、自分の身の回りに起こったことと自分自身のことを整理する時間が必要だった。
フォーラに家まで送ってもらうと、輝は、母に今日のことを報告した。彼女は全てわかっていたのだろう。輝の言うことを一言も漏らさずに聞いて、愚痴っぽくなってきても何も反論しなかった。
母にあらかた話し終えると、少し落ち着いた気分になった。
真夜中にかかるラジオは、今日はつけなかった。あんなことがあったあとだと言うのもあったが、なんとなく気が引けた。
気がついたら、着替えもせずに眠っていた。
そこで、輝と町子を立ち止まらせて、フォーラは海に向かって歌を歌った。
澄み切ったクリスタルガラスを鳴らしたような、澄んだ歌声があたりに響き、潮騒にうまく混じり合うメロディーがその歌の美しさを際立たせた。巣に帰る途中なのだろうか、空を飛んでいたウミネコのうち一羽がフォーラのところにやってきて、彼女が差し出した手に止まった。
フォーラの歌は長かった。そして、ここにいる誰一人として知らない言葉で歌われていた。その言葉は耳心地が良く、どれだけ長く聴いていても苦にはならなかった。むしろ、もっと長く聴いていたい、そんな気にさせてくれた。フォーラの存在感のある歌声は、その声だけで既にいくつもの楽器を奏でていたようにさえ思えた。
どれだけの時が過ぎただろうか。トワイライト・アワーを少し過ぎて陽が沈むと、フォーラは海岸から車の止まっている駐車場に戻った。歌をひとつ、歌っただけで、彼女は輝と町子を家に帰すことにしたのだ。
「なんとなく、わかった気がする」
車が発車する少し前に、輝はシートベルトを付けながら、運転席のフォーラを見た。
「信じてみようと思えました」
その言葉に、町子はホッとした表情を見せた。フォーラはすごい。なんの言葉も説明もなしに、輝を納得させてしまった。
「あの歌は、私のパートナーの故郷の歌なの。いい歌でしょ」
フォーラは、そう言って静かに微笑んだ。
そして、夕食を一緒に摂ってから家に帰らないかというので、輝は彼女の誘いに乗った。母に電話をしたら明るい声で了解してくれた。
能生から糸魚川へ行くまでの国道に飲食店は少ない。コンビニや道の駅があったが、そこへは寄らずに内陸へ入った道沿いにある、町子の家の近くのファミリーレストランで食事をした。三人とも空腹だったので、しっかりとしたメニューにドリンクバーをつけて注文した。町子はそれに加えてデザートも頼んでいた。
「そういえば、街のみんなはおかしくなったのに、俺や森高はなんともなかった。俺の母さんやフォーラさん達もだ。シリンだって理由だけじゃ説明できない気がするんだけど」
料理が来るまでの待ち時間、飲み物を飲みながら、三人は声を抑えて会話を始めた。まずは輝がフォーラに尋ねた。
「輝くんは戻すもの。地球のシリンによって定められた、地球の理の一つを有する者。私も、それくらいしか分からない。輝くんのお母さんについては、戻すものの親御さんだからでしょうね。シリンや、地球のシリンに定められたすべての者を胎内に宿した時、その人には胎内の子供の情報が全て与えられるから。だから、お母様は輝くんのことを知っているはずよ」
輝は、それを聞いておかしな気分になった。
「俺たちがシリンや、見るものとか戻すものだから今回おかしくならなかったのか? 俺の母さんはそれを知っていて今まで俺に何も言わなかったのか?」
「言ったところで、覚醒して自覚があるわけでもないのに信じてもらえるはずはないでしょう。今まで輝くんは私たちがどれだけ証拠を見せても頑なに信じようとしなかった。そのあなたの性格を知っているから、お母様は期が熟すのを待っていたのよ」
それを言われて、輝は黙るしかなかった。町子は何も言わなかった。今、自分が何かを言えば、トラブルになってしまうかもしれない、そう思ったからだ。
そうこうしているうちに、料理が来たので三人で食べた。満腹になると、席を立ち、店を出てフォーラの車に乗り込んだ。
車が家に着くまでの間、皆は無口だった。輝には、自分の身の回りに起こったことと自分自身のことを整理する時間が必要だった。
フォーラに家まで送ってもらうと、輝は、母に今日のことを報告した。彼女は全てわかっていたのだろう。輝の言うことを一言も漏らさずに聞いて、愚痴っぽくなってきても何も反論しなかった。
母にあらかた話し終えると、少し落ち着いた気分になった。
真夜中にかかるラジオは、今日はつけなかった。あんなことがあったあとだと言うのもあったが、なんとなく気が引けた。
気がついたら、着替えもせずに眠っていた。
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