真珠を噛む竜

るりさん

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第十七章 風に舞う葉

信頼

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 小さな村のレストランが開店して、一週間が経った頃。
 みんなも自分たちの仕事に慣れてきて、それなりの利益も出てきた。だがそろそろ疲れも出る頃だ。
 そこで、近いうちに休みを設けてみんなでしっかりと休みを取ることにした。
「今まで、休日のことなんて考えないでやっていたよ」
 開店前の時間、飲み客用のカウンターの端でメニュー表の内容をチェックしながら、ジャンヌはクロヴィスに話しかけた。するとクロヴィスは整理していた伝票を、カウンターの上に置いた。
「疲れで何かのトラブルが出ないといいんだがな」
 そう言って、少し寂しそうに笑った。
 店が開店すると、連日のように客が入ってきて大盛況だった。広場ではナリアの歌が響き、リゼットのフルートがコロコロと踊っていた。アヒムが曲目を紹介すると、その通りの曲が流れた。
 レストランではカウンターの客が時々アースやシリウスに話しかけて来るので、二人は酔っ払いの相手をしながら料理を作らなければならなかった。バーカウンターにいるセベルは完全に酔っ払い相手だったのでもっと大変だった。
 そんなおり、一人の客が接客をしているクロヴィスに話しかけた。
「あなたがクロヴィスさん?」
 クロヴィスは、驚いたが、あくまで平静を装って返した。
「そうですが、どうかなさいましたか?」
 すると、その女性客は喜んで、持っていたフォークでクロヴィスを指した。
「あ、やっぱり! あなた、この村で花屋さんやるんでしょ? この、何にもない村に花屋があったら素敵よね! 頑張って!」
 クロヴィスは、突然のことで空いた口が塞がらなかった。
 なぜ、この村で花屋をやるということになっているのだろう? 定住を決めたわけではないし、そもそもクロヴィスのことを何も知らないこの女性がどうしてそんなことを知っているのだろう。
 一度混乱した頭を鎮めるために、クロヴィスはそのテーブルの皿を下げてバックヤードに戻った。近くにいたアースにこう漏らす。
「誰かが調子に乗って俺のことを話したのか? 混乱して仕事にならないんだ」
 すると、アースは少しの間聞き耳を立ててくれた。
「接客はしばらく俺が代わろう。どうやら広場のアヒムが何かを知っているようだ。行って、話し合ってこい」
 クロヴィスは、目を丸くした。
「あんた、接客ができるのか?」
 アースは、それを聞いて指をパチンと鳴らした。すると一瞬で服がホールのものとなり、そのまま外へ出ていけるようになった。
 アースは厨房からバックヤードに降りると、クロヴィスの肩をポン、と叩いた。
「時間はある。きっちりケジメをつけて来い」
 そう言って、提供された料理を伝票の通りに運んで行った。アースが取り付いたテーブルの客が料理だけでなくアースに見惚れているのが分かる。
 クロヴィスは、ため息をついた。
「アイツ、あとでしばきあげてやる」
 そう言って、店の裏手から外に出て一旦自分の泊まっている家に行き、着替えてから広場に向かった。
 すると、ナリアとリゼットの演奏中に誰かと話をしているアヒム村長を見つけた。
 村長と話し込んでいるのは二人の人間で、一人は大人の女性、一人はその子供に思えた。子供はまだ小さく、五歳か六歳あたりに見える。
「アヒムさん」
 声をかけると、アヒムはクロヴィスを見てびっくりした。そして、細身の女性が不思議そうに見ているのをよそに、後退りして膝を地面に突き、クロヴィスの目の前で地面に突っ伏した。
「すまなかった、クロヴィスさん!」
 彼がそう言うと、そこにいたすべての人間が彼に注目した。ナリアとリゼットの演奏は終わっている。そんな中大きな声で謝っているアヒムに、みんなが注目し出した。
 誰もが見守る中、恥ずかしくなったクロヴィスはアヒムを立たせた。
「村長さん、一体なんなんだ? 俺にはさっぱりわからない。事情を聞きにきただけでこんなになっちまって」
「その事情のことなんです!」
 村長は、涙ぐんだ目でクロヴィスを見た。
「すべて私のせいです。クロヴィスさんの聞きたいことは大体わかります。とても許されることではありません。でも、これはその」
 村長は、そう言ってさっきまで話し込んでいた相手の女性を見た。すると女性は頭を抱えてこう言った。
「この人、あなた方の話をしてくださったんですが、その時、これだけの規模のレストランを常に続けていくのは無理があるって話が出たんです。で、その先どうするのってなったら、クロヴィスっていう、ホールスタッフの人が花屋をやってくれるから大丈夫だよって。それをそこらじゅうに吹聴してしまったものだから、信じちゃった人たちがレストランに行っちゃって。クロヴィスさんが来るとはこの人思っていなかったみたいだから」
 クロヴィスはそれを聞いて、怒りを通り越して呆れてしまった。
「ああ、ええと、もしかしてあんたは村長さんのお嫁さんで?」
 クロヴィスが尋ねると、女性は頷いた。
「ええ、この人の妻です。アヒムが必死になるのも無理はなくって、それも大体が私のせいだから、彼を焦らせちゃった私にも責任はあるんです」
 クロヴィスは、ため息をついた。
「ここで責任の所在をどうこう言ったって仕方ないだろ。アヒムさん、営業終了後にみんなで話そう。こういうのは、あんた一人が抱え込む問題じゃないだろ。奥さんも、いいですね?」
 クロヴィスがそういうと、妻の目の前で村長は項垂れた。
「もう、クロヴィスさんたちはこの村には居着いてくれないかも」
 クロヴィスが去った後、村長は、泣きそうな声でそう呟いた。その姿を見ていたナリアは、その後、静かな旋律と緩やかなリズムの歌を、歌うことにした。リゼットがそれに合わせて伴奏を始める。
 幸い家族客やカップルを中心とした客層に変化はなく、いつも通りの営業を終え、レストランは、次の日を休日と定めて眠りについた。
 クロヴィスが店の各箇所のチェックを終えてホールにあるテーブルに着くと、他の皆はみんな各テーブルについてクロヴィスを待っていた。
「クロヴィスのいない間、お客さんに何度もアースさんの名前を聞かれたんだけど、絶対教えるなって言われたんだ」
 エリクがそう言うと、クロヴィスはこう返した。
「俺だったら教えないな。なんか腹立つだろ、今後こいつ目当てに客が来てみろ。なんか余計に腹立たしくなって来るだろ」
 エリクは、そのセリフに疑問を投げた。
「アースさんの接客は完璧だったよ」
 クロヴィスは、頭を抱えた。
「それがいけないんだよ」
 そう言って、クロヴィスはチラリと村長を見た。そして、少しびっくりして隣に座っている妻の腕を握りしめた。
「ちょっと、しっかりしなよアヒム」
 アヒムの妻は、そう言って村長の腕を離した。すると村長は俯いたまま、ごめん、ごめんとすすり泣き始めた。
「ことは大ごとになってはいないんだ、俺の話も聞いてくれ、村長」
 村長は、それを聞いて、ためらいがちにクロヴィスを見た。クロヴィスは、村長に笑いかけて、こう話し始めた。
「俺たち家族は確かに、ここで入村テストをさせてもらっている。それも、レストランが浸透し切るまでの半年間だ。その間にちゃんと結果が出れば、定住しようと思っている。確かに、今回村長さんがやったことは卑怯極まりないやり方だった。既成事実をつくれば俺たちが住み着くという安易な考え方から出た行動だったんだろう。だが、村長さんの気持ちがわからないわけじゃない。俺たちだって彼と同じ立場なら、やらなかったという保証はないだろう? 特に、みんなのことを大事に思えていればいるほど。だからこそ、今回の件で明るみに出たことは、潰していきたい。みんな、それぞれ言いたいことがあるだろう。だったら今ここで、言ってしまって欲しい。幸い明日は休みだから、深夜までかかってもいい。腹の中のものを出し切ろうじゃないか」
 そう言われて、ホールは騒然となった。一体どうやってやればいいのかわからない。そういう声が上がった。村長に至っては訳がわからないという顔をしている。そこで、クロヴィスが、ため息をひとつ、ついた。
「こうやってやればいい」
 そう言って、右手を出し、人差し指でアースを指した。
「あんたはもうホールには出るな!」
 その言葉に、みんなの注目を集めてしまったアースは、恥ずかしそうにこう返した。
「そんなことを言われる筋合いはない」
「いや、ある!」
 クロヴィスはそう言って、手を振るわせた。
「そもそも何であんたは自分がモテるって自覚がないんだよ! 今回のでたくさんの客が、男も女も、老いも若きも、みんなあんたのことばっか話して店を出て行ったんだぞ! これ以上ホールに立たれると迷惑だ!」
 すると、アースは困ったような顔をした。
「言いがかりだ」
 アースがそう言ってクロヴィスから目を離すと、今度はジャンヌが出てきた。「ちょっと待ちなよクロヴィス、あんた妬いているんじゃないでしょうね? だったら迷惑なのはそっちだよ。そんな感情的な理由で人の配置決めないでくれる? 今回アースさんの指示のおかげでホール回しやすかったのは確かなんだし。ね、ハンナさんもそう思うでしょ?」
 ハンナは、ジャンヌに話を振られ、びっくりして彼女を見た。
「おやおや。まあそうねえ、確かに回しやすかったわ。でも彼はもともとキッチンの人でしょ? だったらキッチンの仕事をしてもらったほうがいいわ」
「まあ、確かに」
 ジャンヌは、ハンナの言い分に引き下がっていった。
「こう言ったふうに、何か言いたいことがある人は?」
 すると、リゼットが手を挙げた。
「私は、この村でうまくみんなとやっていけるイメージが湧かないわ。だって今はまだ、ローマの時と同じで、見知らぬ土地でレストランを開いているだけに過ぎないもの。いつもと同じで、このまま他の土地に行って、また同じことをするのかしらって思っちゃう。だったら、この村に決めていいような、決定的なイメージが欲しいわ。ここに住みたいって、そう思ってみたいの。それは、ただ単にいい場所だなってだけじゃいけないのよ。それだったら今までもそれくらいの場所、いくらでもあったし」
「確かに」
 セリーヌが引き継ぐ。
「この村にもレストランにも魅力的な部分はたくさんあるのよね。でも、住みたいって思えるわけじゃないもの。それに、きっとそれが見つかったら、それがこの村に人を呼ぶきっかけにもなると思うわ」 
 すると、エルヴィールが手を挙げた。
「では、この村のいいとこ探しをしましょう。みんなで出せば、きっといいところが見つかるわ。一人一つは、必ず探して出しましょう」
 エルヴィールの提案は、そこにいる全員をワクワクさせた。何かの悪いところを探すのは簡単だが嫌な気分になる。しかし、難しくてもいい部分を探すと気分が上がってくるからだ。
 すると、自然に全員が必ず真っ先に出してくる答えも、同じになってくる。
そこで、まず真っ先にエッカルトがこう言った。
「わしは、深くて安全な森と、その麓にある泉の美しさを売りたいが、だがまず、村長さんをお勧めしたいね。この人は本当に村のことが大好きなんだよ」
 次に、ゲルデが立ち上がった。
「牛のはむ草の質の良いところもこの村の魅力さ。水が綺麗だから、どんな料理を作っても美味しくなるのは最高だ。でも、村長さんには敵わない。この人の村に対する思いは本物だよ」
 すると、次にエリクが手を挙げた。
「この村と僕たちの、両方をきちんと考えてくれていたのは、村長さんだったよ。うちの家長のクロヴィスだってそこまではできていなかったと思う。確かにこの村は自然豊かで住みやすいし、いろんな町が近くにあるから楽しいこともたくさんあると思う。でも、村長さんがいなかったら、僕たちここでレストラン開けなかったよ」
 そういうと、ゼンテイカ一家の全員が、こう言って納得した。
「確かに」
 クロヴィスは、それを聞いて苦笑いをし、村長の方を向いた。
「アヒム村長、あんたが今回やったことが消えたわけじゃないが、これで、俺たちがあんたを責め倒す理由もなくなった。奥さん、そして、息子くん、お父さんは腰は低いが立派な人だ」
 すると、アヒムの息子は、笑顔になってみんなのところに飛び出してきた。
「僕はもともとお父さんのこと大好きだよ! でも、今はここにいるみんなが大好きさ!」
 アヒムの息子はそういうと、手を出してくる全ての人間にハイタッチをして回った。
 そして、アヒムは改めて自分の家族を皆に紹介した。
「妻のダニエラ、息子はレオです。妻は町で働いているのですが、実家との相性がよくないので、村に活気が出たら引っ越してきてくれるそうです。息子は六歳の誕生日を迎えたばかりで、小学校に通っています。全寮制の学校なので、休暇の時だけしか会えません。それでも、みんなのことを好きと言ってくれる、自慢の息子です」
 村長はそこまで言って、ズボンのポケットからハンカチを出して溢れ出る涙を拭いた。
 そんな村長を見ながら、みんなはほっとして、自分たちがまだ夕食のまかないを食べていないことに気がついた。何人かで協力して作ると、料理も楽しかった。ジャンヌも、アースに教わりながら作っていた。
 次の日は休日。
 一週間の営業を無事終えた村のレストランは、この村で初めての休日を迎えようとしていた。
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