真珠を噛む竜

るりさん

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第十六章 ジャーマンアイリス

鍾乳窟での出来事

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 暗くて広い鍾乳洞の中、エリクは自分の目の前にいるイル・ランサーと何時間も問答をしていた。
 最初は、レイクサイドタウンに蔓延させているランサーの病原菌を取り払ってくれるように頼んだ。しかし、取りあってはもらえなかった。
 ただ一辺倒に、人間ほど愚かな物はいない、と、それだけだった。
「何があなたの怒りを買ったのですか? 僕は人間がそんなに愚かだとは思わない」
 イル・ランサーは霧のような存在だった。エリクの周りを取り囲み、その煙のような体から掠れたような声を出している。完全に周囲を取り囲まれているのは怖かったが、ここで怯むわけにはいかない。エリクは思い切って声を出してみた。
「僕の家族はみんなきちんと物事を考えて生きているよ」
 すると、イル・ランサーは掠れた声でこう答えた。
「では、なぜあの街の人間のしていることに気がつかない?」
「気が付かない? どう言うことなんですか?」
 エリクが問い返すと、煙は一つの場所に固まって、人の形をとった。それは一人の、白く長い髭を胸まで伸ばした老爺だった。
 イル・ランサーは言った。
「時間がない。お前にはわかるはずだ、真珠を噛む竜。お前の生み出す真珠が人間を魅了し、そのせいで狩られるように、わしの孫息子もまた、街の人間に狩られ、売り飛ばされようとしている」
 そう言って、老爺は手に持っていた杖をかざした。年老いている割には足腰もしっかりとしていて動きも素早い。
 老爺が杖をかざすと、その瞬間、エリクの体が浮いて、後ろの方に吹き飛ばされた。幸い鍛えていたので、壁に叩きつけられても少し痛い程度で済んだが、このランサーがどれだけ危険なのかを思い知った。
「杖があるんじゃ、近づけない」
 おそらく、このランサーは煙のような体から熱を出して、その熱で周囲の空気の膨張率を変えた上でエリクを吹き飛ばした。練術に似ているが少し違う。
 あくまで説得するつもりのエリクが立ち上がると、老人は再び杖を翳した。すると、エリクは再び壁に叩きつけられた。老人は、今度は杖を下さなかった。壁に押し付けられたまま、エリクは息ができないでいた。
 その時だった。
 エリクは、急に緩んだ衝撃から開放されて、地面に膝をついた。
 目の前には、誰かがいた。
 一人は、老人に剣を突きつけている。一人は、エリクを助け起こしてこう言った。
「逃げるよ」
 ジャンヌだった。
「事情は後で話すから、ここは星の人に任せて俺たちは逃げる。こいつの説得はお前では無理だ」
 クロヴィスだった。彼は剣をランサーに突きつけたまま、エリクとジャンヌを庇って後ずさった。出口はそう遠くはない。だが、黙ってここから出してくれるとも思えない。
 その時、イル・ランサーは何かの声を上げた。それはエリク以外の人間が聞き取れない周波数の音で、エリクがジャンヌの腕の中に倒れると同時に、天井にあった一本の尖った鍾乳石をエリクたちの上に落とした。
 大きな鍾乳石が貫いたのは、咄嗟にエリクを庇ったクロヴィスの右腕だった。
 クロヴィスは大きな声を上げなかったが、相当痛いのだろう、大きな傷を作って歯を食いしばった。
 エリクは、それを見て、心の中に大きな怒りが湧き上がってくるのを感じた。手が震え、自分を支えるジャンヌの腕を強く握る。
 そして、その瞬間。
 我を失ったエリクの拳を、誰かが受け止めた。
 瑠璃色の瞳から放たれる鋭い眼光が老人を見据え、片方の手でエリクの拳を下ろし、片方の手に持っているガラス瓶の蓋を開けた。
 星の人は、そのまま一気に老人との間合いを詰め、びっくりするランサーの鳩尾を強く打つと、崩れ落ちる体を受け止めて床に横たえた。
 ガラス瓶からは老人ほどではないが、多くの煙が出て来てその場に満ちていった。
「街の人間が向こう岸の商人との取引に使おうとしていたランサーだ」
 星の人は、アースはそう言って、老人の方へ向かう煙を見据えた。
「これが街にある限り、エリクは失敗し続けていたってことか」
 痛みに耐えながら、クロヴィスが言うと、アースがすぐにやってきてクロヴィスの傷を見た。
「転移する。少し痛むが、いいな?」
 クロヴィスが頷くと、アースはジャンヌとエリクを見た。
 転移とは、おそらくイェリンを地球に帰した時のように、人間をワープさせる術なのだろう。三人ともなんとなくそれが分かったから、すぐにアースに従った。
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