123 / 147
第十五章 黒い薔薇にキスを
転機
しおりを挟む
アースとクロヴィスの行方を心配しているエリクたちのもとに、伝令の衛兵が飛んできたのは、夕食の準備が始まった夕方のことだった。
「そちらの連れのお二人は、今夜この屋敷にお泊りになられます。よろしかったら皆さんもここに泊って行ってください」
それを聞いて、エリクは背中に何か嫌な悪寒が走るのを感じた。ほかの人は何も感じていないようだ。この悪寒はエリクだけなのだろうか。
アースとクロヴィスを除いた全員は、それぞれ一人ずつ部屋を割り当てられて、その部屋に泊まった。料理はみんなで食べたが、クロヴィスとアース、そしてレナートは食事には来なかった。
食事が終わると、エリクは部屋に戻って、悶々とした気持ちをどうにかしたくてひたすら空に昇る月に祈っていた。
すると、となりの部屋から何かの話し声が聞こえてきた。その声は明らかにクロヴィスで、ほかの誰かと話をしているようだ。
エリクは、小さくて聞こえないその話の内容が聞きたくて、となりの部屋に通じるテラスを歩いて行った。気配を悟られないように気を付けて、壁伝いに身を隠す。
すると、誰かほかの人と、クロヴィスが会話をしているのが分かった。よく聞くと、エリクの耳にはこのような会話が聞こえてきた。
「僕は医者になりたかったんだ。だけどあの母親はそれを認めなかった」
「それはマリアに聞いた。哀れだとは思うが、それで拗ねて、たくさんの人に迷惑をかけているのなら、あらためたほうがいい」
「でも、僕は商家を継がなければならなくて、お母さんに言われて商家を継いだら、そこでまた医者の勉強をしたらいいと思ったんだ。お金があれば勉強することもできるし、家庭教師もたくさん雇える。父さんや母さんは、この家を継がなくてもいいから医者の勉強をしろって言った。でも僕にそれはできなかった。父さんも母さんも長くないって知ったから。僕は、父さんと母さんが出会ったこの家が好きだったし、潰したくはなかった。だから、二人が死んでしまう前に商人になろうと思ったんだ。だから、医者の道をあきらめるしかなかったんだ」
「それで、行きどころのなかった気持ちをどうにかしたくて、面白いものを見て気を紛らわせようとした」
「うん。でも、なかなか僕の心を満たす者はいなかった。そこへ君たちが来たんだ。お願いだよ。船は貸す。だから君たちにはここにいてほしいんだ。僕は君たちが好きなんだ」
「医学なら」
クロヴィスがそのセリフのつづきを言おうとした時だった。
エリクは、たまらなくなってテラスから部屋の中に入っていた。
「ダメだよ、クロヴィス!」
エリクの顔は、焦っていた。
「アースさんを売って、船を借りるなんてダメだよ! だったら船はいらないし、僕は南の故郷なんて行かない! 大切な家族や友達をここに置いていくんだったら、そんなことはどうでもいいんだ!」
エリクは、そう言ってクロヴィスを見た。クロヴィスはソファーに座っていて、その膝に頭を預けているのはレナートだった。
その隣にはアースがいて、ソファーの背もたれに寄りかかっていた。エリクが来たのを確認すると、少し寂しそうに笑った。
レナートは、エリクが自分のほうに寄ってくるのを見つけると、焦って立ち上がってクロヴィスの陰に隠れた。
エリクは、頭に来た。
クロヴィスはレナートのものではないし、アースはレナートのためにいるのではない。エリクはそう思って、レナートのほうへ歩いていった。
「エリク、待て。少し冷静になれ」
アースが、エリクを止めようとその場から離れた。すると、彼は派手に転んで、床に顔から思い切りぶつかって行ってしまった。
「しまった」
アースは真っ青になった。片足に足枷がはめられている。その場から動けないようにされていた。そして、彼はそのことをすっかりと忘れていた。
それを見て、エリクは我を失った。レナートのほうに走って行くと、勢いよく彼の服を掴んで殴った。
「甘ったれるな、お坊ちゃん!」
エリクは興奮していた。肩で息をして、その息も荒くなっている。
「僕だって母さんに会いたい! できることならすぐにでも助けに行ってあげたい! でも、それをあきらめていられるほど大事な家族なんだ、クロヴィスもアースさんも、皆も! なのに、君は二人を傷つけて!」
怒りの声を上げるエリクに、二人は黙ってしまった。レナートは殴られた左の頬を抑えて言葉を失っていた。
レナートは、今、自分がどうなっているのか、理解できなかった。だが、これまでにただの一度、こういうことがあった。それを思い返していた。
以前、医者になるのをあきらめて商家を継ぐと言い張ったとき、父に殴られた。なぜなのかは分からなかった。だが、今、少し理解できた。
「本当に家族を想うことがどういうことか、分かったようだな」
アースが立ち上がって、服のほこりを払う。足枷は取れていた。
レナートは、頬を抑える自分の手が震えてくるのを感じた。喉がつぶれるほどの重い気持ちが頭まで沸き起こってきて、あふれ出した感情が目から流れ出してきた。
「寂しいのは誰だって同じだ、レナート。お前は金を無尽蔵に持っているから、寂しさを紛らわせるためにそれを使った。だが、金では紛らわせることができないと、今回の件で知った。それが、かえってこういう結果を生んだ」
アースが、ソファーに埋もれたレナートを助け起こす。近くではクロヴィスがエリクを落ち着かせようとしていた。
レナートは、アースの手を取った。顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「泣くな、レナート。誰もお前を責めはしない」
アースは、笑った。レナートは、その笑顔にすがるように、アースにしがみついて泣いた。
そして、ひとしきり泣くと、すぐに涙を拭いた。
「エリク君と言ったね」
エリクに背を向けたまま、レナートは呟いた。
「君の言葉は聞かせてもらった。でも、だからこそ問いたい。僕が母親をあきらめて自立するには、リスクがある。君は、この二人を返してもらう代わりに、船をあきらめることはできるか?」
すると、エリクは、クロヴィスとアースを見た。二人は、エリクに答えをゆだねた。エリクの考えていることがよく分かったからだ。
その時、エリクは少し戸惑った。母の手紙は絶対だし、今までそれに従ってきて、間違ったことはなかった。手紙には南の故郷に向かえと書いてあったし、母を助けられるのはそれからだったからだ。だから母の手紙には従いたい。
だが、それではレナートに一方的な苦痛と要求を強いることになってしまう。
エリクが答えに窮していると、レナートはクロヴィスの陰に隠れたまま、アースの腕を引っ張って近くに寄せた。アースは、抵抗をしなかった。クロヴィスも、レナートを庇ったままだった。二人ともエリクの迷いに気が付いていた。
エリクは、その二人の様子を見て、今度は変に冷静になっている自分に気が付いた。先ほどの自分ならば頭にきてまた殴っていただろう。しかし、エリクは自分の手が震えていることを感じる以外は、怒りを感じることがなかった。
「二人を返してもらう」
エリクの声は、低かった。レナートがクロヴィスの傍からそろそろと出てくる。
エリクは続ける。
「船はいらない。僕は、南にはいかない。アースさんやクロヴィスを犠牲にするくらいなら、僕は君をボコボコに殴ってでも、二人を連れてここを出る!」
「ふうん」
レナートは、クロヴィスの陰から出ることなく、エリクを鼻で笑った。
「本当に君にそれができるのかい? もうすでに二人は僕のもの。証拠に、全く抵抗しないじゃないか。それに、君のご家族やご友人はそれを許してくれるのか?」
すると、レナートを庇っていたクロヴィスがそこをどいた。アースも、エリクのほうを向いて立ち上がった。
「やれやれ、とんだお坊ちゃんだな」
クロヴィスがため息交じりに言葉を吐く。彼の足枷も外れていた。
「アースの錬術がなけりゃ、こんなことはできなかったが、これであいこだ。エリク、帰るぞ」
レナートは、それを聞いて焦った。大事なものが逃げて行ってしまう。せっかく手に入れた安息の地がなくなってしまう。
「エリク、今まで俺たちはお前のおふくろさんの手紙に従って動いてきたよな。だけど、お前がそれを捨てるのなら、俺たちは今までの目的を見失う。セリーヌが言っていた子守唄の謎解きも、おふくろさんのことも置き去りにしたままで、新しい目的を、お前は作れるのか?」
エリクは、強く頷いた。そして、強い決意を秘めた瞳で、二人にこう告げた。
「家族にもナリアさんたちにも、こう告げます。僕は、僕の目標を捨ててでも、皆と一緒にいたい。だから、定住地を探したい。母さんのことも、故郷のことも、それからでいい。きっとなんとかなるから、まずは、皆が安心して暮らせる家が欲しいんだ。ジーノみたいに、きちんとした家を建てて、クロヴィスの花屋さんを盛り立てて、皆の夢をかなえていきたい。クロヴィスとジャンヌの結婚式だって、やりたいだろう?」
すると、アースとクロヴィスは笑って、エリクの提案を受け入れた。
「よく言った、エリク」
アースは、そう言うと、エリクに笑いかけ、そのあと、レナートを見た。そして、半分泣いている彼の体を引き寄せて、抱きしめた。
「レナート、すまないがもう行かなければならない。俺たちは恋人にはなれないが、友人にはなれるだろう? だから、寂しかったら手紙を寄こせばいい。定住地が決まったら、必ずこちらから手紙を出すから」
レナートは、その言葉に、泣いた。
今まで、どんなに望んでも得られなかったもの、それは、心の通った友人だった。それはいくら高い金を積んでも手に入れられるものではない。そして、いままで一人として存在していなかったものでもあった。
レナートは、アースにしがみついて泣いた。大声で泣いた。そして、泣き終わると、静かに離れて、こちらを見つめるエリクやクロヴィスを見た。
「エリク、君の覚悟は聞いた。今の僕なら君たちに船を貸せるだろう。それでも君の決意は変わらないのか?」
エリクは、強く頷いた。
「家長のクロヴィスが納得してくれたんだ、今さら変えるつもりはないよ」
そう言って、エリクは笑った。そして、自分のほうに帰ってきた二人とともに、レナートを優しく見た。
「僕たちは、定住地を探すよ」
そう言って、エリクたちは去って行った。レナートは、それを少し寂しい気持ちで見送りながら、それでも心が晴れ渡って行くのを感じていた。
「そちらの連れのお二人は、今夜この屋敷にお泊りになられます。よろしかったら皆さんもここに泊って行ってください」
それを聞いて、エリクは背中に何か嫌な悪寒が走るのを感じた。ほかの人は何も感じていないようだ。この悪寒はエリクだけなのだろうか。
アースとクロヴィスを除いた全員は、それぞれ一人ずつ部屋を割り当てられて、その部屋に泊まった。料理はみんなで食べたが、クロヴィスとアース、そしてレナートは食事には来なかった。
食事が終わると、エリクは部屋に戻って、悶々とした気持ちをどうにかしたくてひたすら空に昇る月に祈っていた。
すると、となりの部屋から何かの話し声が聞こえてきた。その声は明らかにクロヴィスで、ほかの誰かと話をしているようだ。
エリクは、小さくて聞こえないその話の内容が聞きたくて、となりの部屋に通じるテラスを歩いて行った。気配を悟られないように気を付けて、壁伝いに身を隠す。
すると、誰かほかの人と、クロヴィスが会話をしているのが分かった。よく聞くと、エリクの耳にはこのような会話が聞こえてきた。
「僕は医者になりたかったんだ。だけどあの母親はそれを認めなかった」
「それはマリアに聞いた。哀れだとは思うが、それで拗ねて、たくさんの人に迷惑をかけているのなら、あらためたほうがいい」
「でも、僕は商家を継がなければならなくて、お母さんに言われて商家を継いだら、そこでまた医者の勉強をしたらいいと思ったんだ。お金があれば勉強することもできるし、家庭教師もたくさん雇える。父さんや母さんは、この家を継がなくてもいいから医者の勉強をしろって言った。でも僕にそれはできなかった。父さんも母さんも長くないって知ったから。僕は、父さんと母さんが出会ったこの家が好きだったし、潰したくはなかった。だから、二人が死んでしまう前に商人になろうと思ったんだ。だから、医者の道をあきらめるしかなかったんだ」
「それで、行きどころのなかった気持ちをどうにかしたくて、面白いものを見て気を紛らわせようとした」
「うん。でも、なかなか僕の心を満たす者はいなかった。そこへ君たちが来たんだ。お願いだよ。船は貸す。だから君たちにはここにいてほしいんだ。僕は君たちが好きなんだ」
「医学なら」
クロヴィスがそのセリフのつづきを言おうとした時だった。
エリクは、たまらなくなってテラスから部屋の中に入っていた。
「ダメだよ、クロヴィス!」
エリクの顔は、焦っていた。
「アースさんを売って、船を借りるなんてダメだよ! だったら船はいらないし、僕は南の故郷なんて行かない! 大切な家族や友達をここに置いていくんだったら、そんなことはどうでもいいんだ!」
エリクは、そう言ってクロヴィスを見た。クロヴィスはソファーに座っていて、その膝に頭を預けているのはレナートだった。
その隣にはアースがいて、ソファーの背もたれに寄りかかっていた。エリクが来たのを確認すると、少し寂しそうに笑った。
レナートは、エリクが自分のほうに寄ってくるのを見つけると、焦って立ち上がってクロヴィスの陰に隠れた。
エリクは、頭に来た。
クロヴィスはレナートのものではないし、アースはレナートのためにいるのではない。エリクはそう思って、レナートのほうへ歩いていった。
「エリク、待て。少し冷静になれ」
アースが、エリクを止めようとその場から離れた。すると、彼は派手に転んで、床に顔から思い切りぶつかって行ってしまった。
「しまった」
アースは真っ青になった。片足に足枷がはめられている。その場から動けないようにされていた。そして、彼はそのことをすっかりと忘れていた。
それを見て、エリクは我を失った。レナートのほうに走って行くと、勢いよく彼の服を掴んで殴った。
「甘ったれるな、お坊ちゃん!」
エリクは興奮していた。肩で息をして、その息も荒くなっている。
「僕だって母さんに会いたい! できることならすぐにでも助けに行ってあげたい! でも、それをあきらめていられるほど大事な家族なんだ、クロヴィスもアースさんも、皆も! なのに、君は二人を傷つけて!」
怒りの声を上げるエリクに、二人は黙ってしまった。レナートは殴られた左の頬を抑えて言葉を失っていた。
レナートは、今、自分がどうなっているのか、理解できなかった。だが、これまでにただの一度、こういうことがあった。それを思い返していた。
以前、医者になるのをあきらめて商家を継ぐと言い張ったとき、父に殴られた。なぜなのかは分からなかった。だが、今、少し理解できた。
「本当に家族を想うことがどういうことか、分かったようだな」
アースが立ち上がって、服のほこりを払う。足枷は取れていた。
レナートは、頬を抑える自分の手が震えてくるのを感じた。喉がつぶれるほどの重い気持ちが頭まで沸き起こってきて、あふれ出した感情が目から流れ出してきた。
「寂しいのは誰だって同じだ、レナート。お前は金を無尽蔵に持っているから、寂しさを紛らわせるためにそれを使った。だが、金では紛らわせることができないと、今回の件で知った。それが、かえってこういう結果を生んだ」
アースが、ソファーに埋もれたレナートを助け起こす。近くではクロヴィスがエリクを落ち着かせようとしていた。
レナートは、アースの手を取った。顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「泣くな、レナート。誰もお前を責めはしない」
アースは、笑った。レナートは、その笑顔にすがるように、アースにしがみついて泣いた。
そして、ひとしきり泣くと、すぐに涙を拭いた。
「エリク君と言ったね」
エリクに背を向けたまま、レナートは呟いた。
「君の言葉は聞かせてもらった。でも、だからこそ問いたい。僕が母親をあきらめて自立するには、リスクがある。君は、この二人を返してもらう代わりに、船をあきらめることはできるか?」
すると、エリクは、クロヴィスとアースを見た。二人は、エリクに答えをゆだねた。エリクの考えていることがよく分かったからだ。
その時、エリクは少し戸惑った。母の手紙は絶対だし、今までそれに従ってきて、間違ったことはなかった。手紙には南の故郷に向かえと書いてあったし、母を助けられるのはそれからだったからだ。だから母の手紙には従いたい。
だが、それではレナートに一方的な苦痛と要求を強いることになってしまう。
エリクが答えに窮していると、レナートはクロヴィスの陰に隠れたまま、アースの腕を引っ張って近くに寄せた。アースは、抵抗をしなかった。クロヴィスも、レナートを庇ったままだった。二人ともエリクの迷いに気が付いていた。
エリクは、その二人の様子を見て、今度は変に冷静になっている自分に気が付いた。先ほどの自分ならば頭にきてまた殴っていただろう。しかし、エリクは自分の手が震えていることを感じる以外は、怒りを感じることがなかった。
「二人を返してもらう」
エリクの声は、低かった。レナートがクロヴィスの傍からそろそろと出てくる。
エリクは続ける。
「船はいらない。僕は、南にはいかない。アースさんやクロヴィスを犠牲にするくらいなら、僕は君をボコボコに殴ってでも、二人を連れてここを出る!」
「ふうん」
レナートは、クロヴィスの陰から出ることなく、エリクを鼻で笑った。
「本当に君にそれができるのかい? もうすでに二人は僕のもの。証拠に、全く抵抗しないじゃないか。それに、君のご家族やご友人はそれを許してくれるのか?」
すると、レナートを庇っていたクロヴィスがそこをどいた。アースも、エリクのほうを向いて立ち上がった。
「やれやれ、とんだお坊ちゃんだな」
クロヴィスがため息交じりに言葉を吐く。彼の足枷も外れていた。
「アースの錬術がなけりゃ、こんなことはできなかったが、これであいこだ。エリク、帰るぞ」
レナートは、それを聞いて焦った。大事なものが逃げて行ってしまう。せっかく手に入れた安息の地がなくなってしまう。
「エリク、今まで俺たちはお前のおふくろさんの手紙に従って動いてきたよな。だけど、お前がそれを捨てるのなら、俺たちは今までの目的を見失う。セリーヌが言っていた子守唄の謎解きも、おふくろさんのことも置き去りにしたままで、新しい目的を、お前は作れるのか?」
エリクは、強く頷いた。そして、強い決意を秘めた瞳で、二人にこう告げた。
「家族にもナリアさんたちにも、こう告げます。僕は、僕の目標を捨ててでも、皆と一緒にいたい。だから、定住地を探したい。母さんのことも、故郷のことも、それからでいい。きっとなんとかなるから、まずは、皆が安心して暮らせる家が欲しいんだ。ジーノみたいに、きちんとした家を建てて、クロヴィスの花屋さんを盛り立てて、皆の夢をかなえていきたい。クロヴィスとジャンヌの結婚式だって、やりたいだろう?」
すると、アースとクロヴィスは笑って、エリクの提案を受け入れた。
「よく言った、エリク」
アースは、そう言うと、エリクに笑いかけ、そのあと、レナートを見た。そして、半分泣いている彼の体を引き寄せて、抱きしめた。
「レナート、すまないがもう行かなければならない。俺たちは恋人にはなれないが、友人にはなれるだろう? だから、寂しかったら手紙を寄こせばいい。定住地が決まったら、必ずこちらから手紙を出すから」
レナートは、その言葉に、泣いた。
今まで、どんなに望んでも得られなかったもの、それは、心の通った友人だった。それはいくら高い金を積んでも手に入れられるものではない。そして、いままで一人として存在していなかったものでもあった。
レナートは、アースにしがみついて泣いた。大声で泣いた。そして、泣き終わると、静かに離れて、こちらを見つめるエリクやクロヴィスを見た。
「エリク、君の覚悟は聞いた。今の僕なら君たちに船を貸せるだろう。それでも君の決意は変わらないのか?」
エリクは、強く頷いた。
「家長のクロヴィスが納得してくれたんだ、今さら変えるつもりはないよ」
そう言って、エリクは笑った。そして、自分のほうに帰ってきた二人とともに、レナートを優しく見た。
「僕たちは、定住地を探すよ」
そう言って、エリクたちは去って行った。レナートは、それを少し寂しい気持ちで見送りながら、それでも心が晴れ渡って行くのを感じていた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
最強の職業は付与魔術師かもしれない
カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。
召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。
しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる――
※今月は毎日10時に投稿します。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
~まるまる 町ごと ほのぼの 異世界生活~
クラゲ散歩
ファンタジー
よく 1人か2人で 異世界に召喚や転生者とか 本やゲームにあるけど、実際どうなのよ・・・
それに 町ごとってあり?
みんな仲良く 町ごと クリーン国に転移してきた話。
夢の中 白猫?の人物も出てきます。
。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
【第2部完結】勇者参上!!~究極奥義を取得した俺は来た技全部跳ね返す!究極術式?十字剣?最強魔王?全部まとめてかかってこいや!!~
Bonzaebon
ファンタジー
『ヤツは泥だらけになっても、傷だらけになろうとも立ち上がる。』
元居た流派の宗家に命を狙われ、激戦の末、究極奥義を完成させ、大武会を制した勇者ロア。彼は強敵達との戦いを経て名実ともに強くなった。
「今度は……みんなに恩返しをしていく番だ!」
仲間がいてくれたから成長できた。だからこそ、仲間のみんなの力になりたい。そう思った彼は旅を続ける。俺だけじゃない、みんなもそれぞれ問題を抱えている。勇者ならそれを手助けしなきゃいけない。
『それはいつか、あなたの勇気に火を灯す……。』
キャラ交換で大商人を目指します
杵築しゅん
ファンタジー
捨て子のアコルは、元Aランク冒険者の両親にスパルタ式で育てられ、少しばかり常識外れに育ってしまった。9歳で父を亡くし商団で働くことになり、早く商売を覚えて一人前になろうと頑張る。母親の言い付けで、自分の本当の力を隠し、別人格のキャラで地味に生きていく。が、しかし、何故かぽろぽろと地が出てしまい苦労する。天才的頭脳と魔法の力で、こっそりのはずが大胆に、アコルは成り上がっていく。そして王立高学院で、運命の出会いをしてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる