真珠を噛む竜

るりさん

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第十五章 黒い薔薇にキスを

お前がやれ

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 レナートの前では、残された二人が交換条件に悩んでいた。当のレナートは椅子に座ってふんぞり返り、にやにやと笑っていた。
「なんだか嫌な奴だな。何で部屋に呼び出したりしたんだ?」
 クロヴィスがアースに耳打ちすると、アースはレナートを見たまま、小声で返した。
「行けば分かる。おそらくは何もされないだろうから安心しろ。船のためだ」
 それを聞いて、クロヴィスは何も言えなくなってしまった。アースが要求を呑むと言ったので、二人は、衛兵に付き添われてレナートの部屋に行った。
 部屋は豪華な調度品に囲まれていて、広くて快適な場所だった。ところどころに緑が置かれたさわやかな部屋で、広い庭に向かって開かれた窓やテラスからは光が差し込んでいた。
「座りたまえ」
 レナートは、そう言うと一部の側近を残して衛兵を下がらせ、アースとクロヴィスを自分の部屋にしつらえてあるソファーに座らせた。
 そして、黙って座ったままの二人を見て、真剣な顔をした。
「君たちにここに来てもらったのは、ほかでもない。君たちが気に入ったからなんだ」
「気に入った?」
 クロヴィスが尋ね返すと、レナートは少し不安げな顔をした。
「そうだ。君たちには、僕の妾になってほしい」
 その言葉に、クロヴィスは言葉を失った。
 妾。
 結婚するか、恋人になれとでもいうのか。
「妾って、どういうことだ? 俺たちには帰らなきゃならない場所があるから、ちょっとそれは無理だ。それに、俺は」
 クロヴィスが言いかけると、それをアースが遮った。
「悪いが、俺もクロヴィスも心に決めた人がいる。お前の妾になればこれから先、家族の夢もかなわなくなる。帰る場所があるんだ」
 クロヴィスの言葉をなぜアースはさえぎったのか。それは、この段階のクロヴィスには理解ができなかった。
 アースの言葉に、レナートは落胆した。
「やはり、ここに留まってはもらえないんだな。だったら、ここから逃げられないようにするしかないな」
 レナートは、そう言ってソファーの後ろから何かを取り出した。
 何を取り出したのかは分からない。麻の袋に入っていたからだ。だが、二人が確実に分かったのは、少しの騒動でも起こさなければ、ここから逃げられないということだった。
「部屋の周りと君たちの周辺を衛兵に囲ませた。その恰好では逃げられまい。僕の命令を聞いてもらう」
 レナートはそう言ってほくそ笑んだ。その時、アースがおもむろに立ち上がって、レナートを見下ろした。
「隠していることもあるまい。いずれバレることだ。それが恥ずかしくてこのようなことをするのなら、それこそ恥と知れ」
 レナートは、自分が見下ろされているのが癇に障ったのか、衛兵を呼んでアースの周りを囲ませた。
「座りたまえ。君たち二人には僕のものになる義務がある。でないと、君たちの家族に船は貸せない」
 アースは、何も答えずに立っていた。いまだにレナートを見下ろしている。
 クロヴィスは焦った。アースが事をややこしくしているのではないか? 彼は、レナートの何を知っていて恥と言ったのだろうか。
「まあ、座れって。ここは頭を低くしておいたほうがいいんじゃないか?」
 アースは、クロヴィスの言葉に、一瞬そちらを向いて笑った。しかし、次の瞬間にはレナートの持っていた麻袋を手にしていて、その中身を出していた。
 アースが出して手にしていたのは、黒い皮でできた首輪と、その先に垂れている細い鎖だった。
「破廉恥な下着を扱っていた店にいたお前なら、見覚えがあるだろう、クロヴィス。これはなんだ」
 それを見せられたとたん、クロヴィスは顔が赤くなるのを感じた。当のレナートは顔を真っ赤にしてうなだれている。
「口では言えないが、これは特殊な趣味だぞ。あんた一体」
 レナートは黙ってしまった。周りにいた衛兵がどよめく。
「お前たちは下がれ。レナートのことは俺たちが何とかする」
 アースは、ため息をついて、麻袋からいくつかの道具を引っ張り出した。首輪が二つ、鞭が二つ、ろうそくと網タイツが一つずつ。
 それを目の前のテーブルに置くと、アースはレナートの肩に手を当てた。
「恥ずかしいことではない。少し、話し合いをしてみるか」
 レナートは、静かに頷いた。
 そして、しばらくの静寂が続いた後、静かに話し出した。
「男色なんだ。女性にはまるで興味がわかなくて、男性にばかり魅力を感じる。その上こんな趣味まで。本当は、君たちにこの首輪をつけてみたかったんだ。眼帯の君は可愛いし、色っぽい君は、この世のものとは思えないくらいきれいで。だから、僕のものにしたくて、こんなことを」
 話の途中で、レナートは、自然に流れてくる涙をぬぐった。鼻声で続いていた話も途切れ途切れになっていた。
「エリクのほうが可愛かったと思うんだが」
 クロヴィスがそう言うと、レナートは首を横に振った。アースがソファーに座る。
「君たちじゃなきゃダメなんだ。僕の好みはあんな子供じゃなくて、大人の色気と可愛らしさなんだよ。それに、首輪が似合わなければだめだ」
 それを聞いて、クロヴィスはアースを見た。
「似合わないと思うが」
 アースは、それを見て少しほっとしたような顔をして、次にレナートを見た。
「いいかレナート、この際お前が男を好きだろうが、女を好きだろうが関係ない。お前の趣味がどうであろうと好きにすればいい。ただ、ここからは帰してほしい。それだけだ」
「でも、君たちには女性の思い人がいるだろう? 僕と君たちは違うんだ」
 アースは、ため息をついた。ここは口を出さなほうがいい、そう感じたクロヴィスは、黙って事の成り行きを見ていた。
「たまたま好きになったのが女だっただけだ」
「でも、母さんは、男色は非生産的だって言っていた。僕は劣等人間なんだよ!」
 レナートは、勢い余って立ち上がった。アースのほうを指さして叫ぶ。
「首輪の原因はそれか」
 その言葉に、レナートは真っ赤になった。
「それで気が済むのなら、今すぐにでもそこのクロヴィスに首輪をつけて従わせればいい。たが、お前のもう一人の母親はそれを望んでいたのか?」
「おい待て」
 クロヴィスは、さすがに我慢がならなくなって、アースに掴みかかった。
「なんで俺なんだよ。言い出しっぺがやるべきだろ」
「俺はこういうのは嫌なんだ。散々な目に遭ってきたから」
「どんな人生だよ。こうなったら連帯責任だ。ご丁寧に二つあるんだから、二人でやればいいんだよ。本当は親父を思い出すから俺だってこう言うのは嫌なんだからな」
「俺も嫌だ」
 アースは、そう言って、下を向いた。セリーヌがつけたつけまつげが色気を倍増させて、つい、クロヴィスもレナートも魅入られてしまった。
「お母様は」
 レナートが咳払いをする。
「すべてを受け入れてくれたお母様は死んでしまったんだ。この屋敷に心を許せるのは誰一人としていなくなってしまった。皆は、男色だって言って僕を笑うだろう。変態だと言って罵るだろう」
 レナートが思いを吐露していると、互いの胸ぐらをつかんだまま、アースとクロヴィスはレナートに注目した。
「お前は男色ではない」
 アースが、クロヴィスから手を放した。
「ただの性格だ。こう言った道具を集めるのも、異性を好きにならないのも、特殊なことではない」
「でも、君たちはそう思わなくても、周りはそう思わない!」
 その叫びには、クロヴィスが答えた。
「俺たちが、あんたをいいやつだと思っているのなら、それでいいじゃないか。周り全員の理解は得られなくても、理解者がいるだけでもだいぶ楽になるんじゃないか?」
 クロヴィスがそう言ってレナートの肩に手を当てると、彼は次第に落ち着きを取り戻していった。静かに涙を流して、こう言う。
「だったらなおのこと、この屋敷にいてよ。僕は寂しいんだ」
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