真珠を噛む竜

るりさん

文字の大きさ
上 下
105 / 147
第十四章 花椒

レストラン構想

しおりを挟む
 宿に連泊した次の日の朝、遅い朝食を食べた後、ジャンヌは同室のリゼットがトイレに行っているのを見計らって部屋を早く出て、先に外に出ていた。すると、宿の庭先にある何かの木の実を、ナリアが摘んでいた。
「旅の間にこれを乾かすのですよ。アースが、これがこの先とても役に立つからって。でも、どうしてこれがこんな場所にあるのでしょうか」
 ナリアは、そう言って笑った。
「これはなんていうんです?」
 ジャンヌは、ナリアの笑顔にほっとした。ホッとしたら、自分の考えていたことがだいぶしみったれたことのように思えてきた。
「これは、昔、四川料理という、とても辛くておいしい料理に使われていたスパイスだと言っていました。ローマで中華料理の仮設レストランを作る予定ですから、中国各地の料理を知っているアースにお願いしたのです。たしか、ホアジャオとか」
「大きな町でレストランやるんですか!」
 ジャンヌは、ナリアの話をほとんど聞いていなかった。自分で聞いた実の名前すら吹っ飛んでいた。それくらい、大都市でレストランをやるという衝撃は大きなものだった。
 ナリアは、ジャンヌに微笑みかけた。
「ジャンヌ、あなたにはウェイトレスをやっていただこうと思うのです。だから、これからの長い旅の間に、できるだけ多くの料理とその味を皆で確かめ合おうと思うのです。なので、ここで鶏を仕入れて絞め、スープを作って凝固させて持ち歩きたい。大きな町では東からやってきた商人が鶏や食材をたくさん売っていますから、市場に行けばあるでしょう。ここでは調達できるだけの食糧を調達して、できるだけの料理を作りたい。料理の名前と味は、アースが教えてくれるでしょうから、字のきれいなセリーヌにメニューを書いてもらいます。本人にはもう話してありますから、あとはウェイトレスのあなたに了解をもらうだけなのです」
 ホアジャオを摘みながらナリアは愉しそうに話していた。それを見ていて、ジャンヌはなんだかわくわくした。
「皆で協力してつくるレストランか、楽しそう!」
 ジャンヌがそう言ってガッツポーズをとると、ナリアは嬉しそうに頷いた。
「皆さんそれぞれに役割がありますから、頑張ってくださいね」
「役割って、私やセリーヌ以外にも?」
 ナリアは、にこにこと笑って答えた。
「リゼットは客引きの楽器であるフルートを吹くと言って頑張っていますよ。料理はアースにやらせます。彼は自分がどんな料理人よりも料理の腕が立つことを今まで隠してきました。罰です。セリーヌはお会計係で、ジャンヌはウェイトレス。セベルはお酒や飲み物を作ってくれますし、エリクは初めてのことだらけですから、色々覚えるのは大変でしょう。だから、食材をその時々に応じて調達してもらうようにします。市場との往復だけですからそんなに迷うことはないと思います。念のため、旅慣れているエーテリエを付けましょう」
 そこまで言うと、ナリアは小さな実を摘むのをやめた。ナリアが持っている籠の中にはたくさんのホアジャオの実がある。
「わたくしも、この実の味ははっきりとは分からないのです」
 ナリアは、笑ってそう言った。
「ジャンヌ、レストランには必ずたくさんのお客さんが入ります。アースの料理にはそれだけの力がある。だから、体力勝負のウェイターやウェイトレスには、もう一人、あなたと一緒に、クロヴィスを当てたいのです」
 ジャンヌはそれを聞いて、ドキリとした。胸が苦しくなり、心臓が早鐘を打つ。
「クロヴィスと、あたしが?」
 ナリアは、籠の中の実を皮の袋に開けた。
 ジャンヌは、自分の手に力を込めた。手に持っているカバンのひもに、汗がにじむ。気が付いたら、歯を食いしばっていた。
「嫌だな。あいつと一緒に仕事はしたくない」
 そのセリフを言った途端、ジャンヌは自分の胸が締め付けられるように痛くなるのが分かった。嫌なことを言った。自分で自分を傷つけるようなことを言った。それが分かっているのに、やめられない。
 ナリアは、そんなジャンヌを見て、少し何かを考えて、そして、何かを言おうと口を開いた。すると、そこへ、フレデリクを連れたクロヴィスがやってきた。
 それを見て、ジャンヌは逃げた。
 ナリアのもとから立ち去り、宿の庭を抜けて、クロヴィスのいる宿の玄関ではない、従業員の通用口のほうへ。
「ジャンヌは、泣いていました」
 ナリアは、ジャンヌが逃げた方向を見たまま、クロヴィスのほうに振り向くことはなかった。クロヴィスは何も言わずに立ち去り、その場にあった石を手に取り、地面にたたきつけた。
「視界が開けるまでは、耐えるしかないのです」
 ナリアは、そう言うと、小さな木の実が入った袋を、フレデリクに担がせるためにその場を立った。ホアジャオの木の陰に、小さくうずくまるリゼットを残して。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

~まるまる 町ごと ほのぼの 異世界生活~

クラゲ散歩
ファンタジー
よく 1人か2人で 異世界に召喚や転生者とか 本やゲームにあるけど、実際どうなのよ・・・ それに 町ごとってあり? みんな仲良く 町ごと クリーン国に転移してきた話。 夢の中 白猫?の人物も出てきます。 。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

キャラ交換で大商人を目指します

杵築しゅん
ファンタジー
捨て子のアコルは、元Aランク冒険者の両親にスパルタ式で育てられ、少しばかり常識外れに育ってしまった。9歳で父を亡くし商団で働くことになり、早く商売を覚えて一人前になろうと頑張る。母親の言い付けで、自分の本当の力を隠し、別人格のキャラで地味に生きていく。が、しかし、何故かぽろぽろと地が出てしまい苦労する。天才的頭脳と魔法の力で、こっそりのはずが大胆に、アコルは成り上がっていく。そして王立高学院で、運命の出会いをしてしまう。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

風切山キャンプ場は本日も開拓中 〜妖怪達と作るキャンプ場開業奮闘記〜

古道 庵
キャラ文芸
弱り目に祟り目。 この数ヶ月散々な出来事に見舞われ続けていた"土井 涼介(どい りょうすけ)"二十八歳。 最後のダメ押しに育ての親である祖母を亡くし、田舎の実家と離れた土地を相続する事に。 都内での生活に限界を感じていたこともあり、良いキッカケだと仕事を辞め、思春期まで過ごした"風切村(かざきりむら)"に引っ越す事を決める。 手元にあるのは相続した実家と裏山の土地、そして趣味のキャンプ道具ぐらいなものだった。 どうせ自分の土地ならと、自分専用のキャンプ場にしようと画策しながら向かった裏山の敷地。 そこで出会ったのは祖父や祖母から昔話で聞かされていた、個性豊かな妖怪達だった。 彼らと交流する内、山と妖怪達が直面している窮状を聞かされ、自分に出来ることは無いかと考える。 「……ここをキャンプ場として開いたら、色々な問題が丸く収まるんじゃないか?」 ちょっとした思いつきから端を発した開業の話。 甘い見通しと希望的観測から生まれる、中身がスカスカのキャンプ場経営計画。 浮世離れした妖怪達と、田舎で再起を図るアラサー男。 そしてそんな彼らに呆れながらも手を貸してくれる、心優しい友人達。 少女姿の天狗に化け狸、古杣(ふるそま)やら山爺やら鎌鼬(かまいたち)やら、果ては伝説の大妖怪・九尾の狐に水神まで。 名も無き山に住まう妖怪と人間が織りなすキャンプ場開業&経営の物語。 風切山キャンプ場は、本日も開拓中です! -------- 本作は第6回キャラ文芸大賞にて、奨励賞を受賞しました!

処理中です...