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第十三章 ルッコラ
もう一度会いたかったあのひと
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受付が終わり、祭りの始まる時間になると、皆は、思い思いの場所で祭りを楽しむことにした。こんな場所で団体行動をとるのもおかしいし、それぞれ自由に屋台や祭りを回ってみたかったからだ。
エリクは、皆と別れて一人きりになると、目新しい雑貨や食べ物が並ぶ屋台を回ったり、大道芸にコインを投げたりしていた。一回りして満足すると、少し、寂しくなってきた。
空腹も満たされて、誰かに合流できないかと、祭りの会場をウロウロしていると、きれいな黒い髪がエリクの前を横切った。それは、新月の夜の空のような漆黒で、艶めいた黒の髪はさらさらとしていた。エリクは、息をのんだ。
「あの!」
どう呼んでいいか、わからなかった。その女性の名前を、エリクは知らない。女性は足を止めた。風になびいていた髪が、一つにまとまる。女性がエリクのほうを見ると、エリクは言葉を失った。
美しい。
あの時、初めて見た時より、ずっときれいだった。
唇には薄いピンク色の口紅を塗り、肌の色をうまく生かした化粧は透明感すらあった。顔立ちは完璧で、非の打ちどころのない美人。どこか人を引き付ける魅力を持ち、体はすらりとして、スタイルが良かった。きれいな深い青の不思議なドレスを着ている。左足のほうにスリットが入っていて、艶めいた太ももをあらわにしている。細身の体に合う絹のドレスだった。
「何か?」
女性は、エリクに笑いかけた。
見とれるエリクの頬に、女性の細い指が触れる。すると、エリクは我に返って、夢のような空間から何とかはい出ることができた。
「あの、あなたの名前は? 名前は、どういう名前なんですか?」
すると、女性は、エリクの手を取って、近くにある椅子に座らせ、自分もその横に座った。エリクの心臓の鼓動が高鳴る。憧れの人が隣にいる。先ほど頬に触れた手はとても柔らかかった。エリクは、体が熱でほてってくるのが分かった。
女性が、ふと、呟く。やわらかそうな唇が動いて、言葉を放つ。
「ティエラ」
女性は、そう言って少し、笑った。
少し笑っただけで、こんなにも魅惑的で、胸が高鳴る。ナリアよりきれいだった。黒い髪というのがまた、エリクには大きかった。母と同じ髪色だったからだ。
エリクは、ふと思い出して、自分の持っている荷物の中から、ナリアが『かんざし』と呼んだ串を出した。それを、ティエラに手渡す。
ティエラはそれを受け取ると、嬉しそうにエリクに笑いかけた。
「ありがとう、探していたの」
彼女は、そう言うと、自分の髪を結って、かんざしをそこに刺した。彼女が髪を結っている間の手の動きも、かんざしをくわえる唇も、黒いさらさらな髪も、愁いを帯びた深い青の瞳も、一挙手一投足、全てが美しい。
完璧だった。
エリクにはもうそれで、それ以上言うことはなくなってしまった。今にも失神しそうだ。どうしてエリクの部屋に彼女がいたのかとか、どうしてあの時泣いていたのかとか、そう言ったことはもはやどうでもよくなってしまった。
エリクは、その時、恋をした。
この人が、どうしようもなく好きだ。ほかのだれがどういおうと、きれいなものはきれいなのだ。もし、この人がコンテストで優勝してしまったらどうなるのだろう。
それは、嫌だった。
この空間も、この時間も、エリクとティエラだけのものにしてしまいたい。コンテストが始まってティエラがどこかへ行ってしまえば、もう会えなくなる。そんな気がした。
「コンテストには、出るんですか?」
エリクが、声を震わせて聞くと、ティエラは少し寂しそうに頷いた。
「私には、やらなければならないことがあるから」
エリクは、ティエラの寂しそうな顔を見て、それにつられてしまった。訳もないのに切ない気持ちになる。そして、彼女がコンテストに出なければならなくなった理由を知りたくなった。
「コンテストに出ないですむ方法はないのかな」
エリクがそう呟くと、ティエラは優しく微笑んだ。
「ありがとう。でも、ここでみんなの分もお金を稼げるのは、私しかいないから」
「みんなの分?」
ティエラは、頷いた。
「私は旅の隊商にいるの」
ティエラはそう言って、立ち上がった。
「でも、あなたのような人に出会えてよかった。少し、元気が出たわ」
そう言って、ティエラは笑った。エリクはその美しさをいつまでも取っておきたくて、彼女をここから逃がしたくなくなった。
しかし、そこでエリクは思いとどまった。彼女には彼女の時間があって、やらなくてはいけないこともある。エリクにそれを止めることはできないし、自分といることを強制するわけにもいかない。もし、そんなことをすれば、エリクは彼女に嫌われてしまう。
「ティエラ、僕の名前はエリク。また会えるかな」
ティエラは、頷いた。
「ええ、いつでも会えるわ」
そう言って、彼女はその場からゆっくり歩きだした。エリクがついてこないのを見ると、一度だけ、こちらを振り返った。
エリクは彼女に手を振った。少し、胸が痛くなった。
エリクは、皆と別れて一人きりになると、目新しい雑貨や食べ物が並ぶ屋台を回ったり、大道芸にコインを投げたりしていた。一回りして満足すると、少し、寂しくなってきた。
空腹も満たされて、誰かに合流できないかと、祭りの会場をウロウロしていると、きれいな黒い髪がエリクの前を横切った。それは、新月の夜の空のような漆黒で、艶めいた黒の髪はさらさらとしていた。エリクは、息をのんだ。
「あの!」
どう呼んでいいか、わからなかった。その女性の名前を、エリクは知らない。女性は足を止めた。風になびいていた髪が、一つにまとまる。女性がエリクのほうを見ると、エリクは言葉を失った。
美しい。
あの時、初めて見た時より、ずっときれいだった。
唇には薄いピンク色の口紅を塗り、肌の色をうまく生かした化粧は透明感すらあった。顔立ちは完璧で、非の打ちどころのない美人。どこか人を引き付ける魅力を持ち、体はすらりとして、スタイルが良かった。きれいな深い青の不思議なドレスを着ている。左足のほうにスリットが入っていて、艶めいた太ももをあらわにしている。細身の体に合う絹のドレスだった。
「何か?」
女性は、エリクに笑いかけた。
見とれるエリクの頬に、女性の細い指が触れる。すると、エリクは我に返って、夢のような空間から何とかはい出ることができた。
「あの、あなたの名前は? 名前は、どういう名前なんですか?」
すると、女性は、エリクの手を取って、近くにある椅子に座らせ、自分もその横に座った。エリクの心臓の鼓動が高鳴る。憧れの人が隣にいる。先ほど頬に触れた手はとても柔らかかった。エリクは、体が熱でほてってくるのが分かった。
女性が、ふと、呟く。やわらかそうな唇が動いて、言葉を放つ。
「ティエラ」
女性は、そう言って少し、笑った。
少し笑っただけで、こんなにも魅惑的で、胸が高鳴る。ナリアよりきれいだった。黒い髪というのがまた、エリクには大きかった。母と同じ髪色だったからだ。
エリクは、ふと思い出して、自分の持っている荷物の中から、ナリアが『かんざし』と呼んだ串を出した。それを、ティエラに手渡す。
ティエラはそれを受け取ると、嬉しそうにエリクに笑いかけた。
「ありがとう、探していたの」
彼女は、そう言うと、自分の髪を結って、かんざしをそこに刺した。彼女が髪を結っている間の手の動きも、かんざしをくわえる唇も、黒いさらさらな髪も、愁いを帯びた深い青の瞳も、一挙手一投足、全てが美しい。
完璧だった。
エリクにはもうそれで、それ以上言うことはなくなってしまった。今にも失神しそうだ。どうしてエリクの部屋に彼女がいたのかとか、どうしてあの時泣いていたのかとか、そう言ったことはもはやどうでもよくなってしまった。
エリクは、その時、恋をした。
この人が、どうしようもなく好きだ。ほかのだれがどういおうと、きれいなものはきれいなのだ。もし、この人がコンテストで優勝してしまったらどうなるのだろう。
それは、嫌だった。
この空間も、この時間も、エリクとティエラだけのものにしてしまいたい。コンテストが始まってティエラがどこかへ行ってしまえば、もう会えなくなる。そんな気がした。
「コンテストには、出るんですか?」
エリクが、声を震わせて聞くと、ティエラは少し寂しそうに頷いた。
「私には、やらなければならないことがあるから」
エリクは、ティエラの寂しそうな顔を見て、それにつられてしまった。訳もないのに切ない気持ちになる。そして、彼女がコンテストに出なければならなくなった理由を知りたくなった。
「コンテストに出ないですむ方法はないのかな」
エリクがそう呟くと、ティエラは優しく微笑んだ。
「ありがとう。でも、ここでみんなの分もお金を稼げるのは、私しかいないから」
「みんなの分?」
ティエラは、頷いた。
「私は旅の隊商にいるの」
ティエラはそう言って、立ち上がった。
「でも、あなたのような人に出会えてよかった。少し、元気が出たわ」
そう言って、ティエラは笑った。エリクはその美しさをいつまでも取っておきたくて、彼女をここから逃がしたくなくなった。
しかし、そこでエリクは思いとどまった。彼女には彼女の時間があって、やらなくてはいけないこともある。エリクにそれを止めることはできないし、自分といることを強制するわけにもいかない。もし、そんなことをすれば、エリクは彼女に嫌われてしまう。
「ティエラ、僕の名前はエリク。また会えるかな」
ティエラは、頷いた。
「ええ、いつでも会えるわ」
そう言って、彼女はその場からゆっくり歩きだした。エリクがついてこないのを見ると、一度だけ、こちらを振り返った。
エリクは彼女に手を振った。少し、胸が痛くなった。
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