真珠を噛む竜

るりさん

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第十三章 ルッコラ

サラダとドレス

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 まさか、コーヒーで管を巻く人がいたとは。
 クロヴィスたちは、開いた口が塞がらないまま、その場で立ち尽くしていた。何が起こったのか、飲み込むまで時間がかかっていたからだ。
「穏やかじゃないな。何があったのか教えてくれ」
 クロヴィスが問いかけると、アースは少し冷静になったのか、頭を抱えたままため息をついた。
「クロヴィス、間違ってもナリアをコンテストに出すなんて思うなよ」
 さらに訳が分からなくなってしまった。皆が疑問に思っていると、アースは頭を抱えるのをやめた。
「女がいただろう、ここに」
 そのセリフが出たとたん、エリクが大きい声を上げた。
「あ! うん、いたよ。でもどうしてそんなこと、知っているの?」
「それはどうでもいい。とにかく、間違ってもナリアをコンテストに出すんじゃない」
 アースは、そう言ってまた、非常に疲れた顔をした。そんな彼を見て何を感じたのか、エリクが店員を呼んで先ほどのサラダを注文した。
「あのサラダはなんだか元気が出るんだ」
 エリクは、そう言って笑った。そのエリクの行動に、アースは少し表情を明るくした。
「彼女、すごくきれいな人だった。どこにもないくらいきれいで、僕は少し見とれていたんだ。あの人もコンテストに出るのかな? ジャンヌとリゼットは出るの?」
 エリクが聞くと、二人は胸を張って答えた。
「当然よ」
 すると、クロヴィスが二人の足元から頭の上まで、一通り見た。ため息を一つ、大きくついて、手をひらひらさせる。
「エントリーにも服にも費用がかかる。ムダ金は出したくない」
「なんですって!」
 リゼットが、怒ってクロヴィスに食って掛かった。
「私もジャンヌも、あなたやエリクたちに見てほしいドレスの一つや二つはあるのよ! ナリア様が見張りの時に少しずつ縫ってくれたドレスがあるの! それ着る機会なんてめったにないんだから、エントリーくらい、いいじゃない!」
「ムダ金とは、言ってくれるじゃない」
 ジャンヌは、リゼットとは違う怒り方をしていた。挑戦的な目つきでクロヴィスとエリクを見る。
「ナリアさんのドレスの威力もそうだけどさ、バラを背負った、お金持ちのお嬢様たちだけがおしゃれとは限らないじゃん。その辺の雑草のほうが強い時もあるんだって、思い知るといいよ」
 ジャンヌとリゼットは、それぞれそう言いながら自分たちの部屋へと戻って行った。セリーヌは、リゼットと同室で、カギを二つ預かっていたので、リゼットに付いていってしまった。残されたのは男三人で、三人とも呆気に取られていた。
「ナリアさんが、ジャンヌとリゼットにドレスをねえ」
 クロヴィスは、怒って出ていった二人の女に気圧されていた。あんなに怒るとは思ってもみなかった。
 二人が黙ってしまうと、大きなサラダが来て、取り分け皿も三枚、置かれていったので、エリク以外の二人はびっくりしてしまった。
「みんなで食べようよ。そのほうがおいしいでしょ」
 エリクは、あの女子たちに圧倒されていないのだろうか。不思議に思ったクロヴィスがアースを見ると、今度は窓の外の庭を眺めている。
「コンテストは今日なんだよな。これからなら、忙しくなるな。どこでやるのか、店員に聞いてから、俺たちも出かけるか」
 サラダを食べながらクロヴィスが計画を立てようとしている。エリクは胸が高鳴った。もし、コンテストにあの女の人が出るのなら、もう一度会って、話をしてみたい。それ以前に、生まれて初めて見るコンテストが一体どういうものかも知りたかった。
 アースが、店員を呼んで今夜のコンテストの概要を聞き出した。エリクの頼んだサラダのおかげか、少し表情が明るくなっている。
「この宿から二十分ほど歩いた場所に、開けた催事場があるらしい。そこで、午後七時からコンテストがある。祭り自体は二時間ほど前からやっていて、屋台が出たり、大道芸人が芸を披露したりするみたいだな」
 そこまで聞いて、エリクは目を輝かせた。
「お祭りをやるの? すぐ行こうよ!」
 そう言って、まだ少し残っていたサラダを全て、平らげてしまった。
「まあ、待て」
 アースが、少し笑った。エリクは人を元気にする力を持っている。それは誰もが感じているところだった。クロヴィスは、それを見て安心した。
「エリク、会場までは二十分で行けるし、いまはまだ午後の二時だ。ここでゆっくりお茶をしてから行ってもいい」
 クロヴィスはそう言うと、お茶を新しく頼むために、店員を呼ぼうと手を挙げた。しかし、その手は誰かの手によって下げられてしまった。
「それでは困ります、クロヴィス」
 ナリアだった。薄気味悪く笑っている。いつものナリアではなかった。
「どうしたんですか、ナリアさん?」
 なぜかナリアがとても怖い。こんなナリアは見たことがない。
 ナリアは薄気味悪い笑いから顔を崩さず、答えた。
「男性の皆さんには、荷物持ちをしてもらわなければ困ります。それと、コンテストに星の人は出られませんから、心得ておいてください」
「星の人が出られないなら、なぜあんなことをさせた!」
 アースが半分ほど怒って、立ち上がった。ナリアは怖い笑顔をたたえたまま、答えた。
「わたくしたちの旅費と滞在費を、確実に稼ぐためです。これは義務なのですよ」
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