真珠を噛む竜

るりさん

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第十三章 ルッコラ

部屋に美女が

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第十三章 ルッコラ



 エリクの件を解決した一行は、それからすぐ、次の場所に行く算段を立てた。
「この先にひときわ大きな町があります」
 アルプス越えの後、貨幣単位が変わる直前の村で手に入れた地図を、ナリアが広げた。皆がその周りを囲むように座る。ナリアが指しているのは長靴のような形をした半島の、ちょうど人間でいう太もものあたりにある港町だった。
「ここから少し南になるんですね。地球ではなんて?」
 エリクが積極的に聞いてきたので、嬉しくなって、ナリアはこう答えた。
「ジェノバです」
「面白い名前なんだね」
 ジャンヌが、嬉しそうに呟いた。その姿を見て、ナリアは照れた。
「少しナリアと話し合ったんだが、さらに南にある大都市ローマは少し大きすぎるんだ。だから今回はそこには寄らずにジェノバに寄っていく」
 アースは、説明を終えると、他に何か質問はないかと皆に尋ねた。すると、クロヴィスが何かを考えながら、手を挙げた。
「その大都市ローマに、寄ってみたいな。俺たちはもとより、エリクにもいい刺激になるんじゃないか?」
 すると、ナリアは少し首をかしげて、こう答えた。
「ローマは、刺激が強すぎると判断したのですが。何より、あの都市は古代から続く大帝国の首都だったわけですし。斥候にやったユーグの報告では、地球のローマよりずっと栄えているみたいです。核戦争の影響が少なかったためか、超古代からの遺跡や史跡が多く残っているそうですし」
「超古代の遺跡!」
 セリーヌの目が、急に輝きを増した。鼻息を荒くしてナリアに食って掛かった。
「行きましょう、ローマ!」
 皆が、それに賛成した。ナリアとセベルは、苦笑いを浮かべながら承諾した。
 一行は、キャンプを畳んで火の始末をして、意気揚々とローマへ南下する準備を整えた。ナリアによると、この先は南に行くほど暖かくなるという。だから、持ち物をコントロールし、着ているものを少しずつ薄くしていく必要があった。今は真夏。しかし紫外線の強いこの季節にあまり肌を出しすぎるのも良くない。蚊がいる屋外で野宿をするときのことも考え、半袖や七分袖のシャツや、少し丈夫で風通しの良いズボンやロングスカートを調達する必要があった。
 一行は、アルプス越えからずっと着ていた厚い服と、これからアルプス越えする人間たちの服を交換していった。八割がたはそれで賄えたが、セリーヌとジャンヌの服だけがうまく揃わなかった。
「ここからすぐ南にある町で、服を揃えましょう」
 ナリアのその提案に、一行は賛成して、その場を発った。
それから二、三日歩くと、ずいぶんと開けた土地に出た。背の高い糸杉が並木のように続く広い道はまっすぐ南へ続いていた。道の周りは麦やブドウが植わっていて、壮観かつ壮麗な眺めだった。
 その道を、皆で楽しい会話をしながら歩いて行くと、何台か、馬車が通り過ぎていった。それも立派な馬車で、何かのパーティーでもあるのだろうか。向かう先はエリクたちと同じ村のほう、どれもきれいに着飾った女性を乗せていた。
「なんだか、この先の村に着いても落ち着けそうにないな」
 クロヴィスは、そう言いながら皆を見た。しかし、予想に反して女性陣はにやにやとしている。
「なんか、すごくやる気出てきた!」
 ジャンヌは、そう言ってガッツポーズをした。クロヴィスが訳も分からずにいると、リゼットが耳打ちしてきた。
「ジャンヌはパーティーに憧れているだけよ。華やかなドレスでも着られると思っているのね、オコサマだわ。まあでも、貴婦人がわざわざ遠くからおしゃれしていくような場所よ。例の村、相当おしゃれなんでしょうね」
 リゼットは、そう言うと鼻歌を歌ってスキップをしながら、皆の先を歩いて行った。
「人のこと言えないじゃん、舞い上がっているのはどっちよ」
 リゼットを見ていたジャンヌがそう言うと、リゼットはジャンヌに食って掛かった。そのまま二人は口喧嘩をして、目的の村までの距離を歩いた。
「まったく、女ってのはこういうことになると欲が出ていけないな」
 村で宿を取り、フレデリクを預けると、宿の入り口で荷物を降ろしながら、クロヴィスが愚痴を言った。チェックインは全員分をナリアが済ませてくれていた。
「女の人すべてがリゼットやジャンヌみたいだったら怖いよ。ナリアさんみたいな人もいるんだ。大丈夫だよ、クロヴィス」
 エリクがクロヴィスを手伝って、荷物を宿の部屋に入れる。クロヴィスはエリクと同室ではないが、いつもこうやって二人で力仕事をしている。いつもはアースがいるのだが、今日はいない。彼は、ナリアとも付き合わず、セベルと一緒にどこかへ出かけていた。自分の荷物は、同室のエリクのものと一緒に部屋に運んであった。
「そう言えば、ここに来る途中で、リゼットとジャンヌが、競争をするって言っていたよね」
 エリクは、クロヴィスの分の荷物を運んでしまうと、一息ついて、クロヴィスとともに宿に設けられているカフェに入った。
 そこで、軽食を食べることにした。
「正しくは、ファッションショーだな。それぞれが調達した服で、どちらが男の心を掴むか、競うとか何とか言っていたな」
 エリクは、その言葉に首を傾げた。
「お金はどこから出るんだろう?」
 すると、どこからかこのカフェの店員がやってきて、エリクとクロヴィスが注文したコーヒーとサラダを出してくれた。コーヒーは今までのものより格段に濃く、いい香りがした。サラダにはたくさんのレタスとトマト、それにルッコラが入っていた。
「今日は、村をあげてのファッションショーなんですよ。内外からたくさんのご婦人が集まるんです。ここで栄誉ある女王に選ばれれば、この一帯、この地域すべてに名をとどろかせることができるんです。絹三十メートル分の賞金も出るんですよ」
 店員は、そう言って、さらに二人分のミネラルウォーターをテーブルに置いていった。
「絹三十メートル分の賞金」
 クロヴィスの目が、欲に光を得た。
「クロヴィスは、自分に正直なんだね」
 エリクは、そんなクロヴィスを見て、笑った。クロヴィスが楽しそうに大会の算段を立てる。
「なあエリク、ここはナリアさんに出てもらったらどうだろう。あの人なら何を着ても似合うし、元がいいからそれだけで人気が取れる。ジャンヌやリゼットは田舎育ちだから駄目だ。エーテリエもそこそこ美人だが、俺たちのためには働かないだろうな」
「クロヴィス」
 エリクは、クロヴィスが突然やる気を出したのに、驚いた。確かに少し、最近お金を使いすぎている。お金はほしいが、それなら今までのように地道に稼いでいけばいいだけのことだ。しかし、エリクから見たクロヴィスは違っていた。
「クロヴィス、このコンテストって、男性は出られないのかな」
 エリクの意見に、クロヴィスは顔をゆがませた。
「ダメだ。絶対ダメ。出られたとしても男はダメだ」
「どうして?」
 エリクが疑問を投げつけると、クロヴィスは、大きくため息をついた。
「いいかエリク。こういうコンテストってのは、女にとって名声と金を得るいい機会だが、その半分は男の為にあるんだ。たくさんの美人を見て目の肥やしにして、明日への活力にする。それが、こういうコンテストの意味合いなんだ。そんなところに男が出たところで、ブーイングにさらされるだけだろう」
「そうかなあ?」
「そうだよ」
 一所懸命に説明するクロヴィスの意見が、エリクには分からなかった。じっと首を傾げたまま、クロヴィスの話を聞いていた。
 ルッコラのサラダがあと少しになって、もう少しで平らげるという段になると、二人はコーヒーを口に含んで、その苦さを閉じ込めるために水を飲んだ。
「ねえ、クロヴィス」
 何か思うところがあるのか、エリクは何かを考える仕草をした。
 しかし、それも少しの間で、すぐに笑顔に戻ると、ルッコラのサラダを平らげて、いったん宿の部屋に戻ることにした。
 宿の廊下で別れると、エリクは二階に、クロヴィスは一階に別れていった。クロヴィスが自分の部屋でくつろごうと、靴を脱いで部屋履きに履き替えようとしたその時。
 二階の客室から、エリクが慌てて降りてきて、クロヴィスの部屋のドアを叩いた。
 出ると、息を切らせて、真っ赤な顔をしたエリクが現れた。部屋の中に入れてやると、エリクは息を整えるために、深呼吸した。
「一体どうしたんだ? 泥棒にでも鉢合わせたのか?」
 聞いたが、エリクは、首を振った。しばらくエリクが落ち着くのを待って聞くことにすると、だいぶたってからエリクが、短く、こう言った。
「僕の部屋に、なんかすごくきれいな女の人がいたんだ」
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