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第十二章 白いオリーブ
あの丘へ登ろう
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第十二章 白いオリーブ
エリクやクロヴィスたちは、順調にアルプス山脈を抜けた。国境近くにある農村で羊の毛を買った時に、この村から先は貨幣単位が変わると教えられた。エリクたちはそれを聞いて、すぐさま村に一軒だけある両替所で先ほどまでいた地域の紙幣とコインをリラという単位に変えていった。余った小銭でさらに羊の毛を追加購入すると、次の土地へと入っていった。
「ここは、ずっと昔、イタリアと呼ばれていたんだって」
少し歩くと暖かくなってきたので、皆の余裕が出てきたところでエリクが言った。その言葉を聞いて、今まで何故か黙っていたリゼットが含みを持たせた口調でこう返した。
「国境とか、国とか、そう言ったものをなくしたから、これといった大きな戦争は起こっていないんですよね、ナリア様」
すると、ナリアはこう答えた。
「そうであれと願ってはいます。しかし、争いを根絶するには至っていないようです。この世界に人が存在する限り、それは避けられないと言えましょう」
「やはり、いつかは争いが起こるのでしょうか」
リゼットのその問いには、アースが答えた。
「ナリアにおいては、争いは起きにくいだろうな。ナリアと地球は、今や根本的に違っている」
その言葉に、一緒に歩いていた全員が驚いた。何か意外なことがあったかのように、皆がナリアとアースを見る。
「ナリアさん、なんかいつもと立場が逆ですね」
ジャンヌがそう言うと、皆はそれぞれの顔を眺めて互いの意見を確かめ合った。時に笑い、時に黙ったまま、一行は南へと進んでいった。
エステルのいた村からここまでいったい何日が経っただろう。歩き疲れた一行は、宿代を稼ぐためにエステルが夜の見張りの時にせっせと作った編み物を並べてみた。
「今は夏だから」
エステルは、そう言って小さな人形をいくつも取り出して、野宿の時に使う木の切り株に乗せていった。その中にはクッションカバーやまくらカバー、鍋敷きや熱いものを持つための手袋、羊毛を入れたクッションや抱き枕など、多種多様なものが並んでいた。
「この壁掛けの小物入れ、私が欲しいくらいだわ!」
エステルが作った小物入れを取り出して、リゼットが大喜びした。それを見ていたジャンヌがあきれ返ったようにため息をついた。
「いったい何を入れるんだか」
その言葉に、リゼットは顔を真っ赤にした。
「何を入れようが私の自由でしょ! それよりこれ売り物なんだから」
リゼットは少し残念そうにそれを元の場所に戻した。白い羊の毛をいろいろな染料で染めて色を付けた毛糸を使っているので、鮮やかな色をした、立派な小物入れができていた。
一行は、そんな会話を続けながら一日歩けるだけの距離を南へと進んでいった。そして、少し遠くに白い木々でできた丘を臨む場所に、野宿の準備をした。
「ここは旅行者が多いな。宿がところどころにあるし、俺たち以外にも野宿をしている人たちがいる」
クロヴィスが周りを眺めていると、野宿用の薪の準備をしていたエリクが、ふと、クロヴィスを見た。
「みんな、どこに行くんだろう」
そう呟いてクロヴィスを少しだけ見る。クロヴィスは、エリクの質問に答えることができなかった。肩をすくめて応えると、エリクは少し寂しそうに笑った。そして、薪を組み終えたエリクのもとにリゼットがやってきて火をつけると、ジャンヌが狩ってきた獲物とセリーヌがエーテリエとともに集めてきた木の実を入れた。
「近くの水場が整備されていてびっくりしたよ」
少し興奮気味に、セベルが皆の中に入ってきて言った。水汲みはセベルとアースが一緒に行っていた。
「水を入れる革袋をたくさん持ってきて、馬車に詰めるだけ詰めていった人もいたし、煮炊きするための水を汲みに来た旅行者や、キャンプ好きもたくさんいた。ここの土地に住んでいない人もいれば、ここが地元で、都合のいいキャンプ場だから遊びに来たっていう人たちもいた。いろんな人と話したけど、とにかく楽しかった」
いつも以上におしゃべりをするセベルに驚きながらも、エリクたちは楽しく夕食をいただいた。セベルのきいた話では、ここはキャンプ地として有名で、景勝の地であるとともに、自然が沢山あって、ある程度安全な場所だから人気があるのだという。
「セベルの話を聞くと、ここで商売するのもアリかもしれないわ」
夕食を終え、見張りのエステルとセリーヌ以外が毛布にくるまって眠そうにしていると、当のセリーヌが論文を書きながら炎を見つめていた。セリーヌは、ふと口にした言葉に誰が何の反応をするのか試していた。すると、エリクがあくびをしながら答えてくれた。
「明日のこの時間も人が多かったら、売れるものだけでも売りたいね」
すると、木の幹に寄り掛かって眠ろうとしていたクロヴィスが、すこし口元に笑いを浮かべた。
「みんなアルプス越えで軽装だから、売り場の設営がしにくいな。それさえ何とかなればいいんだが」
クロヴィスはそこで言葉を切った。そして、その次の言葉を待っていた皆が気付いたころには、クロヴィスは静かに寝息を立てて眠ってしまっていた。
「仕方ないよ、ちょっときつかったもん。みんなを守らなきゃって、アルプスを越えた後も一所懸命でさ」
ジャンヌが、クロヴィスの分の毛布を持ってきて、かけてやると、皆の視線が自分に集中しているのを感じた。しばし体をこわばらせたジャンヌが皆に食って掛かると、見張り以外の人間も含めて皆が笑ってジャンヌを迎え入れた。
そして、ひとしきり笑った後、落ち着いてきたところで、他のキャンプに情報を集めに行っていたアースとナリアが戻ってきた。
そこで、エリクは少し気になっていたことを二人に相談した。
「あの白い丘には、何があるんだろう」
その疑問には、ナリアが答えた。
「そのことについて、情報収集をしてきました。どうやらあの場所にあるのは、白いオリーブの畑らしいのです」
「白いオリーブ?」
エリクが不思議そうに返すと、アースがエリクの前に座った。
「オリーブは、油の原料になる木の実だ。普通のものは黄色がかった緑だが、あれは核戦争後に現れた変種で、果実だけでなく幹や葉まで白い。それを畑に植えて増やし、丘全体に広げたからああなったらしいな」
「じゃあ、黄緑色のオリーブオイルが、白くなってしまうんですね」
少し考えてエリクが返すと、ナリアが嬉しそうに返してくれた。
「正確には無色透明ですよ。わたくしたちが通ってきた場所で使っているオリーブオイルは、あの場所から西にある土地のものですから、この土地のオリーブのことを、私たちは知りません。どうやらここより南の土地では当たり前の光景のようです。ただ、山脈に阻まれて他の土地に出て行くことがないので、以北の人間が知らなかっただけでしょう」
ナリアの話を聞いて、何かどこか引っかかりを感じたエリクが二人を見ると、ナリアはにこりと笑い、アースはエリクの肩を叩いて励ましてくれた。
「エリク、明日、あの丘へ登ってみるか」
「いいんですか?」
アースは、頷いた。ナリアが嬉しそうに相槌を打つ。
「ジャンヌたちはここで毛糸細工を売るでしょうし、午後になるとは思いますが、皆で登ってみましょう。何か良いことがあるかもしれません」
ナリアの言葉に、エリクは急に嬉しくなった。ナリアやアースがこういうことを言うと、本当にいいことがある気がする。
エリクは、嬉しくなって二人と話を続けたくなったが、すぐに寝ようという話になって、はやる気持ちを抑えて眠りについた。
エリクやクロヴィスたちは、順調にアルプス山脈を抜けた。国境近くにある農村で羊の毛を買った時に、この村から先は貨幣単位が変わると教えられた。エリクたちはそれを聞いて、すぐさま村に一軒だけある両替所で先ほどまでいた地域の紙幣とコインをリラという単位に変えていった。余った小銭でさらに羊の毛を追加購入すると、次の土地へと入っていった。
「ここは、ずっと昔、イタリアと呼ばれていたんだって」
少し歩くと暖かくなってきたので、皆の余裕が出てきたところでエリクが言った。その言葉を聞いて、今まで何故か黙っていたリゼットが含みを持たせた口調でこう返した。
「国境とか、国とか、そう言ったものをなくしたから、これといった大きな戦争は起こっていないんですよね、ナリア様」
すると、ナリアはこう答えた。
「そうであれと願ってはいます。しかし、争いを根絶するには至っていないようです。この世界に人が存在する限り、それは避けられないと言えましょう」
「やはり、いつかは争いが起こるのでしょうか」
リゼットのその問いには、アースが答えた。
「ナリアにおいては、争いは起きにくいだろうな。ナリアと地球は、今や根本的に違っている」
その言葉に、一緒に歩いていた全員が驚いた。何か意外なことがあったかのように、皆がナリアとアースを見る。
「ナリアさん、なんかいつもと立場が逆ですね」
ジャンヌがそう言うと、皆はそれぞれの顔を眺めて互いの意見を確かめ合った。時に笑い、時に黙ったまま、一行は南へと進んでいった。
エステルのいた村からここまでいったい何日が経っただろう。歩き疲れた一行は、宿代を稼ぐためにエステルが夜の見張りの時にせっせと作った編み物を並べてみた。
「今は夏だから」
エステルは、そう言って小さな人形をいくつも取り出して、野宿の時に使う木の切り株に乗せていった。その中にはクッションカバーやまくらカバー、鍋敷きや熱いものを持つための手袋、羊毛を入れたクッションや抱き枕など、多種多様なものが並んでいた。
「この壁掛けの小物入れ、私が欲しいくらいだわ!」
エステルが作った小物入れを取り出して、リゼットが大喜びした。それを見ていたジャンヌがあきれ返ったようにため息をついた。
「いったい何を入れるんだか」
その言葉に、リゼットは顔を真っ赤にした。
「何を入れようが私の自由でしょ! それよりこれ売り物なんだから」
リゼットは少し残念そうにそれを元の場所に戻した。白い羊の毛をいろいろな染料で染めて色を付けた毛糸を使っているので、鮮やかな色をした、立派な小物入れができていた。
一行は、そんな会話を続けながら一日歩けるだけの距離を南へと進んでいった。そして、少し遠くに白い木々でできた丘を臨む場所に、野宿の準備をした。
「ここは旅行者が多いな。宿がところどころにあるし、俺たち以外にも野宿をしている人たちがいる」
クロヴィスが周りを眺めていると、野宿用の薪の準備をしていたエリクが、ふと、クロヴィスを見た。
「みんな、どこに行くんだろう」
そう呟いてクロヴィスを少しだけ見る。クロヴィスは、エリクの質問に答えることができなかった。肩をすくめて応えると、エリクは少し寂しそうに笑った。そして、薪を組み終えたエリクのもとにリゼットがやってきて火をつけると、ジャンヌが狩ってきた獲物とセリーヌがエーテリエとともに集めてきた木の実を入れた。
「近くの水場が整備されていてびっくりしたよ」
少し興奮気味に、セベルが皆の中に入ってきて言った。水汲みはセベルとアースが一緒に行っていた。
「水を入れる革袋をたくさん持ってきて、馬車に詰めるだけ詰めていった人もいたし、煮炊きするための水を汲みに来た旅行者や、キャンプ好きもたくさんいた。ここの土地に住んでいない人もいれば、ここが地元で、都合のいいキャンプ場だから遊びに来たっていう人たちもいた。いろんな人と話したけど、とにかく楽しかった」
いつも以上におしゃべりをするセベルに驚きながらも、エリクたちは楽しく夕食をいただいた。セベルのきいた話では、ここはキャンプ地として有名で、景勝の地であるとともに、自然が沢山あって、ある程度安全な場所だから人気があるのだという。
「セベルの話を聞くと、ここで商売するのもアリかもしれないわ」
夕食を終え、見張りのエステルとセリーヌ以外が毛布にくるまって眠そうにしていると、当のセリーヌが論文を書きながら炎を見つめていた。セリーヌは、ふと口にした言葉に誰が何の反応をするのか試していた。すると、エリクがあくびをしながら答えてくれた。
「明日のこの時間も人が多かったら、売れるものだけでも売りたいね」
すると、木の幹に寄り掛かって眠ろうとしていたクロヴィスが、すこし口元に笑いを浮かべた。
「みんなアルプス越えで軽装だから、売り場の設営がしにくいな。それさえ何とかなればいいんだが」
クロヴィスはそこで言葉を切った。そして、その次の言葉を待っていた皆が気付いたころには、クロヴィスは静かに寝息を立てて眠ってしまっていた。
「仕方ないよ、ちょっときつかったもん。みんなを守らなきゃって、アルプスを越えた後も一所懸命でさ」
ジャンヌが、クロヴィスの分の毛布を持ってきて、かけてやると、皆の視線が自分に集中しているのを感じた。しばし体をこわばらせたジャンヌが皆に食って掛かると、見張り以外の人間も含めて皆が笑ってジャンヌを迎え入れた。
そして、ひとしきり笑った後、落ち着いてきたところで、他のキャンプに情報を集めに行っていたアースとナリアが戻ってきた。
そこで、エリクは少し気になっていたことを二人に相談した。
「あの白い丘には、何があるんだろう」
その疑問には、ナリアが答えた。
「そのことについて、情報収集をしてきました。どうやらあの場所にあるのは、白いオリーブの畑らしいのです」
「白いオリーブ?」
エリクが不思議そうに返すと、アースがエリクの前に座った。
「オリーブは、油の原料になる木の実だ。普通のものは黄色がかった緑だが、あれは核戦争後に現れた変種で、果実だけでなく幹や葉まで白い。それを畑に植えて増やし、丘全体に広げたからああなったらしいな」
「じゃあ、黄緑色のオリーブオイルが、白くなってしまうんですね」
少し考えてエリクが返すと、ナリアが嬉しそうに返してくれた。
「正確には無色透明ですよ。わたくしたちが通ってきた場所で使っているオリーブオイルは、あの場所から西にある土地のものですから、この土地のオリーブのことを、私たちは知りません。どうやらここより南の土地では当たり前の光景のようです。ただ、山脈に阻まれて他の土地に出て行くことがないので、以北の人間が知らなかっただけでしょう」
ナリアの話を聞いて、何かどこか引っかかりを感じたエリクが二人を見ると、ナリアはにこりと笑い、アースはエリクの肩を叩いて励ましてくれた。
「エリク、明日、あの丘へ登ってみるか」
「いいんですか?」
アースは、頷いた。ナリアが嬉しそうに相槌を打つ。
「ジャンヌたちはここで毛糸細工を売るでしょうし、午後になるとは思いますが、皆で登ってみましょう。何か良いことがあるかもしれません」
ナリアの言葉に、エリクは急に嬉しくなった。ナリアやアースがこういうことを言うと、本当にいいことがある気がする。
エリクは、嬉しくなって二人と話を続けたくなったが、すぐに寝ようという話になって、はやる気持ちを抑えて眠りについた。
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