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第十一章 スノー・ドロップ
初めての雪
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陽が落ちる少し前、皆で薪を集めていると、はらはらと空から白いものが舞ってきた。この林には薪が沢山ある。土に埋もれているものや枯葉の下敷きになっているものもあった。この林には旅人は訪れないのだろうか。
クロヴィスが不思議に思ってあたりを見回していると、空から降ってくるそれはだんだんと増えてきた。それは皆の顔に当たっては解けて水となり、肩や頭の上に白く積もっていった。
「雪だ」
クロヴィスがそう呟くと、まず、エリクが飛び上がって喜んだ。
「これが雪なんだね、クロヴィス! 白くてきれいだ!」
「そう喜んでもいられないぞ、エリク。これも積もりに積もると厄介だ。焚火をいくら強くしても、周りに積もった雪は俺たちの進路をふさいでしまう。街道がどこにあったかもわからないくらいに」
薪をいつもより多めに集めながら、クロヴィスは、はしゃいでいるエリクたちを抑えた。この時期の雪は重い。だがすぐ溶けるだろう。心配はいらないだろうが念を押しておいたほうがいい。
「雪が降るほどの寒さなんだ。眠るときは固まって寝たほうがいいな」
クロヴィスは、集めた薪を焚火のそばにどっしりと置いた。これだけ用心すれば今回の野宿の分はしのげるだろう。
「これからは、野宿は諦めたほうがいいかも」
雪がある程度危険なものだと知ったジャンヌが、クロヴィスの近くに寄ってきてかじかんだ手を暖めた。
「アルプス山脈は、一日で越えられるものなんですか?」
ふと、皆が不安に思っていたことを、エリクが口にした。問われたアースとナリアは、少し、何かを話し合うと、エリクにこう答えた。
「地球のアルプスは到底一日では越えられない。だが、ここは地形が地球とはだいぶ変わってしまっている。核戦争の爪痕が濃い部分だ。地形が変わっているから、良い道を選べば、最も寒い場所を避けて、一日で越えることも可能なはずだ」
アースの推測は皆に希望を与えた。それに、さらにナリアが補足する。
「それに加えて、中腹にはイェリンのお姉さんのいる集落があります。そこを経由していけば、一日は温かい宿に泊まれるでしょう。村までは二日かかりますから、なるべく早く着くためにも明日早めにここを発ちましょう」
ナリアとアースの言葉に元気づけられて、皆は安心してその身を大地に委ねることができた。まず、保存食として大量にストックしていた干し肉を食べて、フレデリクに持たせていたパンを頬張る。スープは温かく具のたくさん入ったものを飲んだ。おなか一杯にしてから、炎の当番以外はくっついて眠った。誰が誰の隣に行くのかで少しもめたが、女性は女性と、男性は男性と一緒に寝ることですべてが決着した。
「それにしても、フレデリクはいい子よね」
最初の火の当番であるリゼットが、一緒に当番をしているクロヴィスに話しかけた。ジャンヌはエーテリエやセベルたちと一緒の当番だ。
クロヴィスは何も言わずに微笑んだ。じっと炎を見つめている。
「フレデリクは峠を越えて行けるかしら?」
ふと、疑問を口にしたリゼットに、クロヴィスはこう返した。
「あの馬は丈夫で頭がいい。この山脈で一番高いと言われている山に登る必要がないのなら、フレデリクは十分に活躍できるだろうな。農耕馬は強いからな」
すると、リゼットは満足そうに、そうね、と言って、眠っている皆を横目でちらりと見た。その先にフレデリクが休んでいる。
「こう寒くちゃ、ぐっすり眠るなんてできないわ。雪もやまないし」
寒さに身を縮ませるリゼットに、クロヴィスは一言、そうだな、と言って黙ってしまった。何かをずっと考えているのか、その顔に少し翳りが見える。
リゼットは、その沈黙に身をゆだねることにした。クロヴィスが何かを言いたければ何か言ってくるだろうし、そうでなければ自分も少し考え事をすればいいだけだ。
リゼットにも、考え込むべき出来事はあった。ただ、それを今まで表に出してこなかっただけだ。
そして、リゼットは炎を見ながら、ふと、その考えのうちの一つを、口に出していた。
「ねえクロヴィス、家族って、何なのかしらね」
クロヴィスが顔を上げた。リゼットは続ける。
「一緒にいて楽しいとか、互いの傷を知っているとか、そんなのじゃ、ただの友達じゃない。私たちは家族なのか、仲のいい友達の集まりなのか、どうなのかしら?」
すると、クロヴィスは薪の塊の中から枝を一本、取り出して火の中の薪を弄り始めた。
「俺の血のつながったもと家族は、家族とは言えない全く別のものだった。俺が家族だと思うのは、たぶん、もっと簡単なことだと思うんだ。皆それぞれの長所や短所を理解したうえで、何度ケンカしても立ち直る力を秘めた人間関係。魂の奥底でつながった状態を言うんだと思う」
「私たち、そうなれているかしら? 魂の奥底でつながっている?」
クロヴィスは、ゆっくり首を横に振った。
「まだだ。そういうものは築いていくのに時間がかかるだろう? だったら、手っ取り早く家族でいられる方法を試せばいい」
「そんな方法があるの?」
そう聞いてきたリゼットの表情は、何かに縋りつくようで、クロヴィスは少し焦ってしまった。リゼットは、もしかして自分以上に家族のことを思っているのかもしれない。
「まだ試したことはない。だけど、確実に家族であることを実感できる方法だ」
「それは何? 今すぐにでも知りたいわ」
リゼットがそう言ってクロヴィスの足に手をやる。背の小さい彼女の手はクロヴィスの手に届かない。足の先を握るのが精いっぱいだった。
クロヴィスは、そんなリゼットの手を握りしめた。そして、しっかりと彼女の瞳を見据えて、こう言った。
「一人一人が、自分の夢を持つことだ」
クロヴィスが不思議に思ってあたりを見回していると、空から降ってくるそれはだんだんと増えてきた。それは皆の顔に当たっては解けて水となり、肩や頭の上に白く積もっていった。
「雪だ」
クロヴィスがそう呟くと、まず、エリクが飛び上がって喜んだ。
「これが雪なんだね、クロヴィス! 白くてきれいだ!」
「そう喜んでもいられないぞ、エリク。これも積もりに積もると厄介だ。焚火をいくら強くしても、周りに積もった雪は俺たちの進路をふさいでしまう。街道がどこにあったかもわからないくらいに」
薪をいつもより多めに集めながら、クロヴィスは、はしゃいでいるエリクたちを抑えた。この時期の雪は重い。だがすぐ溶けるだろう。心配はいらないだろうが念を押しておいたほうがいい。
「雪が降るほどの寒さなんだ。眠るときは固まって寝たほうがいいな」
クロヴィスは、集めた薪を焚火のそばにどっしりと置いた。これだけ用心すれば今回の野宿の分はしのげるだろう。
「これからは、野宿は諦めたほうがいいかも」
雪がある程度危険なものだと知ったジャンヌが、クロヴィスの近くに寄ってきてかじかんだ手を暖めた。
「アルプス山脈は、一日で越えられるものなんですか?」
ふと、皆が不安に思っていたことを、エリクが口にした。問われたアースとナリアは、少し、何かを話し合うと、エリクにこう答えた。
「地球のアルプスは到底一日では越えられない。だが、ここは地形が地球とはだいぶ変わってしまっている。核戦争の爪痕が濃い部分だ。地形が変わっているから、良い道を選べば、最も寒い場所を避けて、一日で越えることも可能なはずだ」
アースの推測は皆に希望を与えた。それに、さらにナリアが補足する。
「それに加えて、中腹にはイェリンのお姉さんのいる集落があります。そこを経由していけば、一日は温かい宿に泊まれるでしょう。村までは二日かかりますから、なるべく早く着くためにも明日早めにここを発ちましょう」
ナリアとアースの言葉に元気づけられて、皆は安心してその身を大地に委ねることができた。まず、保存食として大量にストックしていた干し肉を食べて、フレデリクに持たせていたパンを頬張る。スープは温かく具のたくさん入ったものを飲んだ。おなか一杯にしてから、炎の当番以外はくっついて眠った。誰が誰の隣に行くのかで少しもめたが、女性は女性と、男性は男性と一緒に寝ることですべてが決着した。
「それにしても、フレデリクはいい子よね」
最初の火の当番であるリゼットが、一緒に当番をしているクロヴィスに話しかけた。ジャンヌはエーテリエやセベルたちと一緒の当番だ。
クロヴィスは何も言わずに微笑んだ。じっと炎を見つめている。
「フレデリクは峠を越えて行けるかしら?」
ふと、疑問を口にしたリゼットに、クロヴィスはこう返した。
「あの馬は丈夫で頭がいい。この山脈で一番高いと言われている山に登る必要がないのなら、フレデリクは十分に活躍できるだろうな。農耕馬は強いからな」
すると、リゼットは満足そうに、そうね、と言って、眠っている皆を横目でちらりと見た。その先にフレデリクが休んでいる。
「こう寒くちゃ、ぐっすり眠るなんてできないわ。雪もやまないし」
寒さに身を縮ませるリゼットに、クロヴィスは一言、そうだな、と言って黙ってしまった。何かをずっと考えているのか、その顔に少し翳りが見える。
リゼットは、その沈黙に身をゆだねることにした。クロヴィスが何かを言いたければ何か言ってくるだろうし、そうでなければ自分も少し考え事をすればいいだけだ。
リゼットにも、考え込むべき出来事はあった。ただ、それを今まで表に出してこなかっただけだ。
そして、リゼットは炎を見ながら、ふと、その考えのうちの一つを、口に出していた。
「ねえクロヴィス、家族って、何なのかしらね」
クロヴィスが顔を上げた。リゼットは続ける。
「一緒にいて楽しいとか、互いの傷を知っているとか、そんなのじゃ、ただの友達じゃない。私たちは家族なのか、仲のいい友達の集まりなのか、どうなのかしら?」
すると、クロヴィスは薪の塊の中から枝を一本、取り出して火の中の薪を弄り始めた。
「俺の血のつながったもと家族は、家族とは言えない全く別のものだった。俺が家族だと思うのは、たぶん、もっと簡単なことだと思うんだ。皆それぞれの長所や短所を理解したうえで、何度ケンカしても立ち直る力を秘めた人間関係。魂の奥底でつながった状態を言うんだと思う」
「私たち、そうなれているかしら? 魂の奥底でつながっている?」
クロヴィスは、ゆっくり首を横に振った。
「まだだ。そういうものは築いていくのに時間がかかるだろう? だったら、手っ取り早く家族でいられる方法を試せばいい」
「そんな方法があるの?」
そう聞いてきたリゼットの表情は、何かに縋りつくようで、クロヴィスは少し焦ってしまった。リゼットは、もしかして自分以上に家族のことを思っているのかもしれない。
「まだ試したことはない。だけど、確実に家族であることを実感できる方法だ」
「それは何? 今すぐにでも知りたいわ」
リゼットがそう言ってクロヴィスの足に手をやる。背の小さい彼女の手はクロヴィスの手に届かない。足の先を握るのが精いっぱいだった。
クロヴィスは、そんなリゼットの手を握りしめた。そして、しっかりと彼女の瞳を見据えて、こう言った。
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