真珠を噛む竜

るりさん

文字の大きさ
上 下
78 / 147
第十一章 スノー・ドロップ

初めての雪

しおりを挟む
陽が落ちる少し前、皆で薪を集めていると、はらはらと空から白いものが舞ってきた。この林には薪が沢山ある。土に埋もれているものや枯葉の下敷きになっているものもあった。この林には旅人は訪れないのだろうか。
 クロヴィスが不思議に思ってあたりを見回していると、空から降ってくるそれはだんだんと増えてきた。それは皆の顔に当たっては解けて水となり、肩や頭の上に白く積もっていった。
「雪だ」
 クロヴィスがそう呟くと、まず、エリクが飛び上がって喜んだ。
「これが雪なんだね、クロヴィス! 白くてきれいだ!」
「そう喜んでもいられないぞ、エリク。これも積もりに積もると厄介だ。焚火をいくら強くしても、周りに積もった雪は俺たちの進路をふさいでしまう。街道がどこにあったかもわからないくらいに」
 薪をいつもより多めに集めながら、クロヴィスは、はしゃいでいるエリクたちを抑えた。この時期の雪は重い。だがすぐ溶けるだろう。心配はいらないだろうが念を押しておいたほうがいい。
「雪が降るほどの寒さなんだ。眠るときは固まって寝たほうがいいな」
 クロヴィスは、集めた薪を焚火のそばにどっしりと置いた。これだけ用心すれば今回の野宿の分はしのげるだろう。
「これからは、野宿は諦めたほうがいいかも」
 雪がある程度危険なものだと知ったジャンヌが、クロヴィスの近くに寄ってきてかじかんだ手を暖めた。
「アルプス山脈は、一日で越えられるものなんですか?」
 ふと、皆が不安に思っていたことを、エリクが口にした。問われたアースとナリアは、少し、何かを話し合うと、エリクにこう答えた。
「地球のアルプスは到底一日では越えられない。だが、ここは地形が地球とはだいぶ変わってしまっている。核戦争の爪痕が濃い部分だ。地形が変わっているから、良い道を選べば、最も寒い場所を避けて、一日で越えることも可能なはずだ」
 アースの推測は皆に希望を与えた。それに、さらにナリアが補足する。
「それに加えて、中腹にはイェリンのお姉さんのいる集落があります。そこを経由していけば、一日は温かい宿に泊まれるでしょう。村までは二日かかりますから、なるべく早く着くためにも明日早めにここを発ちましょう」
 ナリアとアースの言葉に元気づけられて、皆は安心してその身を大地に委ねることができた。まず、保存食として大量にストックしていた干し肉を食べて、フレデリクに持たせていたパンを頬張る。スープは温かく具のたくさん入ったものを飲んだ。おなか一杯にしてから、炎の当番以外はくっついて眠った。誰が誰の隣に行くのかで少しもめたが、女性は女性と、男性は男性と一緒に寝ることですべてが決着した。
「それにしても、フレデリクはいい子よね」
 最初の火の当番であるリゼットが、一緒に当番をしているクロヴィスに話しかけた。ジャンヌはエーテリエやセベルたちと一緒の当番だ。
 クロヴィスは何も言わずに微笑んだ。じっと炎を見つめている。
「フレデリクは峠を越えて行けるかしら?」
 ふと、疑問を口にしたリゼットに、クロヴィスはこう返した。
「あの馬は丈夫で頭がいい。この山脈で一番高いと言われている山に登る必要がないのなら、フレデリクは十分に活躍できるだろうな。農耕馬は強いからな」
 すると、リゼットは満足そうに、そうね、と言って、眠っている皆を横目でちらりと見た。その先にフレデリクが休んでいる。
「こう寒くちゃ、ぐっすり眠るなんてできないわ。雪もやまないし」
 寒さに身を縮ませるリゼットに、クロヴィスは一言、そうだな、と言って黙ってしまった。何かをずっと考えているのか、その顔に少し翳りが見える。
 リゼットは、その沈黙に身をゆだねることにした。クロヴィスが何かを言いたければ何か言ってくるだろうし、そうでなければ自分も少し考え事をすればいいだけだ。
 リゼットにも、考え込むべき出来事はあった。ただ、それを今まで表に出してこなかっただけだ。
 そして、リゼットは炎を見ながら、ふと、その考えのうちの一つを、口に出していた。
「ねえクロヴィス、家族って、何なのかしらね」
 クロヴィスが顔を上げた。リゼットは続ける。
「一緒にいて楽しいとか、互いの傷を知っているとか、そんなのじゃ、ただの友達じゃない。私たちは家族なのか、仲のいい友達の集まりなのか、どうなのかしら?」
 すると、クロヴィスは薪の塊の中から枝を一本、取り出して火の中の薪を弄り始めた。
「俺の血のつながったもと家族は、家族とは言えない全く別のものだった。俺が家族だと思うのは、たぶん、もっと簡単なことだと思うんだ。皆それぞれの長所や短所を理解したうえで、何度ケンカしても立ち直る力を秘めた人間関係。魂の奥底でつながった状態を言うんだと思う」
「私たち、そうなれているかしら? 魂の奥底でつながっている?」
 クロヴィスは、ゆっくり首を横に振った。
「まだだ。そういうものは築いていくのに時間がかかるだろう? だったら、手っ取り早く家族でいられる方法を試せばいい」
「そんな方法があるの?」
 そう聞いてきたリゼットの表情は、何かに縋りつくようで、クロヴィスは少し焦ってしまった。リゼットは、もしかして自分以上に家族のことを思っているのかもしれない。
「まだ試したことはない。だけど、確実に家族であることを実感できる方法だ」
「それは何? 今すぐにでも知りたいわ」
 リゼットがそう言ってクロヴィスの足に手をやる。背の小さい彼女の手はクロヴィスの手に届かない。足の先を握るのが精いっぱいだった。
 クロヴィスは、そんなリゼットの手を握りしめた。そして、しっかりと彼女の瞳を見据えて、こう言った。
「一人一人が、自分の夢を持つことだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

【第2部完結】勇者参上!!~究極奥義を取得した俺は来た技全部跳ね返す!究極術式?十字剣?最強魔王?全部まとめてかかってこいや!!~

Bonzaebon
ファンタジー
『ヤツは泥だらけになっても、傷だらけになろうとも立ち上がる。』  元居た流派の宗家に命を狙われ、激戦の末、究極奥義を完成させ、大武会を制した勇者ロア。彼は強敵達との戦いを経て名実ともに強くなった。  「今度は……みんなに恩返しをしていく番だ!」  仲間がいてくれたから成長できた。だからこそ、仲間のみんなの力になりたい。そう思った彼は旅を続ける。俺だけじゃない、みんなもそれぞれ問題を抱えている。勇者ならそれを手助けしなきゃいけない。 『それはいつか、あなたの勇気に火を灯す……。』

キャラ交換で大商人を目指します

杵築しゅん
ファンタジー
捨て子のアコルは、元Aランク冒険者の両親にスパルタ式で育てられ、少しばかり常識外れに育ってしまった。9歳で父を亡くし商団で働くことになり、早く商売を覚えて一人前になろうと頑張る。母親の言い付けで、自分の本当の力を隠し、別人格のキャラで地味に生きていく。が、しかし、何故かぽろぽろと地が出てしまい苦労する。天才的頭脳と魔法の力で、こっそりのはずが大胆に、アコルは成り上がっていく。そして王立高学院で、運命の出会いをしてしまう。

朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)
ファンタジー
宇宙界きっての大国、ナルス。代々長(おさ)には魂の核(センナ)を生み出す力、破壊する力が受け継がれており、次代長候補である朱己(しゅき)も現在の長である父から授かった。  ときを同じくして、朱己は側近であり婚約者の裏切りに逢ってしまう。重罪人の処刑は長の業務の一つ。長の業務の経験として、自らの手で彼のセンナを砕き、存在を抹消するという処刑をすることとなった。 そんな中、朱己の次の側近を決めろと父から通告されるが、心の整理が追いつかず、民の日常を視察するという名目で人間界に降りると、そこには人間から迫害されている霊獣夫婦がいた。 国の長として、必要なものとは何か?日々葛藤しながら傷つきながら、考えもがいて生きていく異世界ファンタジー。 ※時折グロテスクな描写がございます。 ※この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...