真珠を噛む竜

るりさん

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第十章 月下美人

月下美人と万能ハーブ

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 ナリアの幌馬車は、アルプス山脈を越えられない。その問題にぶち当たって、問題が山積みになっていることを皆が知った。ナリアは星の人だから、自分の荷物くらいは自分でどうにかできるだろう。だが、馬や馬車は売ってしまわなければならない。お金にはなるが、この先エリクたちが売っていくものを預けておく場所がなくなってしまう。
「アルプス越えの前に、たくわえを十分にしておかなければならないな。フレデリクだけでなく、皆もそれぞれ自分の食料を持っていくことになるだろう」
 よくよく考えながら、クロヴィスがみんなを環の形に座らせて相談を始めた。
「イェリンの月下美人どころじゃなくなっちゃったわね」
 リゼットが肩を落とした。すると、クロヴィスは少し笑ってこう言った。
「そうでもないさ。月下美人は今夜みんなで見て、イェリンのことは道すがら考えて行けばいい。山越えの支度は次の町まで持ち越しだからな。その間に毛皮を縫って防寒着にしていけばいい」
 すると、今度はイェリンがそっと手を挙げて、皆の前で発言しようとした。それを見て、ここで何かを言おうとしていたジャンヌが言葉を呑みこんだ。
「この月下美人は」
 小さな声で、イェリンが言う。みんなは静かに聞いていた。
「この月下美人は地球のものです。できれば今夜、皆さんと一緒に見た後に地球に帰してあげたいんです。私の姉は確かにここから三十マイル離れた村にいます。二人で地球からここまで来ました。地球の惑星間渡航者やお医者様から話を聞いて、このナリアにしかない薬草があるって聞いたので。母が、不治の病にかかってしまって、それで薬草を。この花は母が大切にしているものなんです。嘘をついてしまってごめんなさい」
 イェリンが頭を下げると、今度はアースが頭を抱えた。
「ドロシーか」
「ドロシー?」
 リゼットが聞くと、アースは疲れたような顔をして答えた。
「地球にいる惑星間渡航者だ。見た目は十八くらいの女の子だが、中身はもうオバサンだ。何を考えているのか分からなくなる時がある」
「中身はもうオバサン」
 リゼットは、そう言って何かを考えこんだ。そして、突然手を叩くと、ナリアとアースを見比べてこう言った。
「そういえば、ナリア様とアースさまはお年を召されないんですね! なぜなんです?」
 すると、その質問にはナリアが答えた。
「担当する惑星を、その寿命が尽きるまで監視していく役割が星の人。なので、年を取るわけにはいかないのです。基本的にわたくしたち星の人は不老不死なのですよ」
 そう言って、ナリアは少し笑うと、今度はリゼットから目を離してイェリンを見た。
「さて、これからイェリンとわたくしたちはどうしていったらいいのでしょう」
 すると、ジャンヌがすかさず手を挙げてみんなの前に乗り出してきた。
「ここまで来たら乗り掛かった舟さ。今夜月下美人を見たら、次はイェリンのお母さんの病を治す薬草を探すんだよ!」
 すると、クロヴィスやセリーヌも笑ってそれに同意した。
「どのみち、そうしなければイェリンさんも帰るに帰れませんからね」
 セリーヌが補足すると、イェリンはぐっと涙をこらえて、声を震わせて泣いた。
「すみません、こんな勝手な願いを皆さんに押し付けてしまって。わたし、何と言ったらいいのか」
 すると、リゼットが胸を張ってこう言った。
「気にすることはないわ。私たちのお節介は今に始まったことじゃないもの」
 そう言ってウインクするリゼットの笑顔に、イェリンは泣くのをやめた。そして、手に持っている月下美人を見ると、皆の真中に置いた。
「この花は特別な花。薬草が見つからないと、この花を来年見ることなく私の母は死にます。だから、みなさん、どうかよろしくお願いします」
 イェリンはそう言って深々と頭を下げた。エリクやリゼットたちはそれが何だかくすぐったくて、照れ笑いをした。
「そうと決まったら、今夜の夕食の調達をするぞ」
 照れ隠しなのか、そうでないのか、クロヴィスは咳払いをしてそう言った。そして、皆はそれぞれ狩りや木の実やハーブを集めに行く準備をした。
 イェリンは、その姿を見て、もう一度静かに泣いた。
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