真珠を噛む竜

るりさん

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第九章 ひまわり亭

告白

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 次の日、皆が起きてくると、サニアが朝食に使う野菜を畑に取りにいって帰ってきたところだった。もう少しでご飯になるからと、セルディアがそう言うので、食堂で待たせてもらった。
「そういえば、昨夜はいったい何をなさっていたんです?」
 リゼットが、眠い目をこすりながら、アースに尋ねた。皆、アースと話したくて仕方がなかった。聞きたいことがいっぱいあった。ナリアと地球はどう違うのか、どうして言葉が分かるのか。そして、ナリアと地球の同じところはどこなのか。
 しかし、目下興味のあることは、昨日、セベルを除く男性陣が台所でやっていたことだった。アースは、腕組みをして偉そうに、こう答えた。
「クロヴィスとデコピンごっこをしていたんだ」
 すると、クロヴィスがさっそく訂正をした。
「俺が一方的に食らっていたんでしょうが! あれは痛かった」
 すると、セリーヌがぷっと噴き出して、ジャンヌを見た。
「おそらくは、クロヴィスの悩み相談ですよ。きっと、あなたのことで」
「あたしの? なんで?」
 ジャンヌはどうして自分のことでクロヴィスが悩んでいるのか、なんとなく分かっていた。しかし、何も他の人間を巻き込んでまで悩むことなのだろうか。
 そこが、ジャンヌにとって引っかかっていた。
「クロヴィス、あんた、まさか恋愛相談なんてしてないでしょうね。男ばかりで」
「馬鹿を言え」
 クロヴィスがジャンヌの心配事を一蹴した。エリクが加勢に入る。
「ジャンヌ、クロヴィスは家族のことが心配だったんだ。僕たちは眠れないから、クロヴィスやセルディアさんたちの所に行っただけだよ」
 そう言ってエリクがアースを見たので、アースは頷いて、こう言った。
「俺はデコピン以外何もしていない」
 すると、皆の中から笑いが起こった。
「まさか、師匠が天然ボケをかますなんて」
 セベルが腹を抑えて笑っている。そんなに変なことを言っただろうか。アースは少しばつが悪くなって、頭を掻いた。
「なんか、色々どうでもよくなっちゃったなあ」
 笑い終わると、ジャンヌが真っ先に口を開いた。
「もう、言っちゃってもいいような気がする。皆が見守ってくれるからさ」
 ジャンヌはセリーヌを見た。彼女は嬉しそうにしている。次いでナリアを見ると、にこにこして頷いていた。リゼットは、早くしろとジャンヌを急かしていた。あまり話をすることのないエーテリエさえも、口に手を当てて事の成り行きを見守っていた。
 ジャンヌは、女性皆の顔を確認すると、セルディアやサニアが見守る中、ひとり、座っていた椅子から立ち上がった。すると、エリクが突然クロヴィスの背中を叩いて、立ち上がるように促した。
「女の子一人を立たせちゃいけないよ」
 それでもクロヴィスがためらっていると、リゼットがテーブル越しにクロヴィスの足を蹴った。
「女に恥をかかせる気?」
 そこで、クロヴィスは観念しておとなしく立ち上がることにした。なんで俺がこんなことをしなければならないのか、心の中でそう呟いていた。だが、目の前にいるジャンヌの顔を見て、その考えも変わってきた。
 周りを見渡す。女性陣はジャンヌの応援に入っていたし、エリクは目を輝かせながらクロヴィスを見ている。セベルが頑張れ、と言いたそうに頷いている。アースは、手をひらひらさせてクロヴィスの行動を促した。
「さあ、勇気を出して」
 ナリアが、かなり嬉しそうにしている。
 二人に促され、クロヴィスとジャンヌは心の準備を整えた。何度も深呼吸をして、早鐘を打つ心臓をどうにかしようとする。そのうちに、相手を見ても緊張しなくなってきたので、二人は同時に、息を吸ってこう吐いた。
「好きだ!」
「好きだよ!」
 その瞬間、皆から拍手が起こった。ジャンヌとクロヴィスは真っ赤な顔をしていて、すごすごと椅子に座って下がっていった。
 セリーヌがジャンヌの背をさすって、よく頑張りましたと声をかけた。また、エリクもクロヴィスに抱きついて、やったねクロヴィス、と、自分のことのように喜んでいた。
 その時、ちょうど朝ご飯が出来上がった。祝福ムードの中で食べる朝食は、おいしいものだった。サニアの運んでくる料理はたくさんあって、どれもおいしかった。最後に出されたのはよく知られていない産地の紅茶だったが、非常においしかった。
 皆は、朝食を終えると、一休みして、宿屋の隣にある大きな庭で稽古をすることになった。サニアはセルディアに台所を任せ、ナリアとともに誰かを呼びに行った。それは、今回ここに来た目的の一つ、放浪の末、定住を決めた家族の在り方の見学だった。
 サニアがナリアとともに行ってしまった後、ナリアに錬術を見てもらえなくなったリゼットは、アースに教わることになった。皆が見ている中、ナリアがなかなか使わない錬術を見るのは楽しいものだった。
「役に立つものではね」
 リゼットが、胸を張ってステッキを振るった。すると、サニアが持っていたワインの瓶にそれが当たった。
「中身を見てみてくださいまし、サニアさん」
 サニアはそれを聞いてワインのコルクを空けて、中身を確認するためにグラスを出した。そして、そこに注いだワインを少し飲んで、驚いた顔をした。
「これ、ブランデーになっているわ!」
 リゼットは、得意げに鼻を伸ばした。
「瞬時にリキュールを蒸留しちゃう錬術なのよ。私にできる範囲はまだこれくらいだけど、研究していけばもっとアルコール度数の高いものだってできるようになるわ」
「へえ、錬術ってすごいもんだねえ」
 そうこうしているうちに、それぞれの武器の稽古が終わり、皆がリゼットたちと合流してきた。皆、疲れてはいたが、どんどん武器の扱いがうまくなってきているのもあって、楽しそうだった。
「アースが、一人一人に稽古つけてくれるようになったからね。私なんか、ナイフの持ち方自体違うって言われちゃった」
 ジャンヌがそう言って舌を出しておどけると、次はクロヴィスが剣を振る仕草をして、ああでもない、こうでもないと言い出した。
「俺も、剣の使い方がなっちゃいなかったな。自己流過ぎて、基本から叩き込まれているんだ。いま、ちょうどスランプだな」
 その中で、最もいい感触を持っていたのは、エリクだった。
「だいぶ、的に当たるようになってきたんだよ。今は短弓だけど、今度長い弓でもやってみようかって話になっているんだよ!」
 エリクは絶好調だった。その時、彼らのもとに誰かがやってきた。
 その誰かは、きれいなキュウリを何本も持ってきていて、サニアにそれを渡そうとしていた。気立てのよさそうな女性で、ジャンヌより少し赤みの強い赤毛のロングヘアを、後ろで束ねていた。
「サニアの妹で、レシェスと申します」
 その気立ての良い娘は、そのあとについてきた二人の夫婦も紹介した。
 一人は、まだ切っていない状態のおいしそうなハムとチーズをかごの中に入れていた。
「これ、うちの牧場でとれたハムとチーズなんですよ」
 そう言いながら自己紹介をしているのは、レイテナという女性で、まだ二十代前半に見えた。もとは猟師をしていたのだという。
「兄と一緒に、クマもずいぶん狩りました」
 レイテナは、そう言って自分の夫を紹介した。
「ソルアです。私の夫で、もともとはセルディアさんと同じ騎士階級の貴族でした。私の兄は彼をずいぶんと嫌っていたのですが、最終的に許してくれました」
 ソルアは、大量のレタスを手に持っていた。皆に礼をすると、照れたように顔を赤らめた。
「ソルアさんって、純情そう」
 セリーヌはなんだか嬉しそうだ。それを見ていたリゼットが、レイテナに一言、こう尋ねた。
「皆さんこれでご家族? そういえば、レイテナさんのお兄さんってどちらにいらっしゃるの?」
 すると、レイテナはよくぞ聞いてくれましたとばかりに、胸を張った。
「よかったら、これを置いてから会いに行きます? 兄は鶏の卵を拾っているんで、ここに来るには時間がかかっているんです。そこで、家族全員が揃いますから」
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