真珠を噛む竜

るりさん

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第九章 ひまわり亭

互いの秘密

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第九章 ひまわり亭


 トネリコの木のあった村から南東へ一週間歩くと、目の前に小さな町が見えてきた。町の中央には広いぶどう棚があり、そこにはまだ花の咲いているブドウの木が生えていた。町自体は小さく、家や商店が点々とあるだけだった。村とそう変わりないくらい小さく、各家の周りには、畑や空き地が沢山あった。小さな広葉樹が街路樹として植わっている他にも、家々や商店の軒にも低木と一緒に植わっている様子が見られた。
 ナリアは、町に入って街道を少し進んだあたりにある三件の宿屋のうち、最も離れた場所にあるおしゃれな宿に入っていった。皆を外で待たせて、しばらくその宿で何かをしてから、少し泣きはらしたような顔をして出てきた。
「しばらく会っていないお兄様に会うんですもの、ナリア様のお気持ちは想像できるわ」
 そう、リゼットは言って腕組みをした。ナリアはその言葉を受けて、少し恥ずかしそうに、涙を拭った。
「二、三日、ここに滞在しても構わないそうです。お代は要らないって、兄夫婦は言ってくれているのですが」
 ナリアがそう言って疑問を投げかけてきたので、とっさにエリクが反応した。
「そんなのだめだよ。僕たちはすごく食べるから、お兄さんのお家のお金が無くなっちゃうよ」
 その言葉を受けて、クロヴィスが笑う。
「どうせ、今持っている金はここで換金していかなければならなくなる。換金できない小銭まで使い切るとなると、この宿屋で使い切るのが賢明だな」
 皆が、クロヴィスの意見に同意した。
 宿屋は小さく、全員が入ってしまえば部屋がいっぱいになってしまうほどだった。石造りで、外と中の壁に漆喰が塗ってあるため、宿自体は白く見えた。看板には大きく『ひまわり亭』と書いてあって、日が暮れると、宿屋のおかみであるナリアの義理の姉が、看板の上にあるランプに火を灯した。
 ナリアの兄嫁は、名をサニアと言った。隣国の人間で、金色の髪を肩まで伸ばしていた。どこかにふと漂う気品があって、貴族か何かだったのかと思わせる部分があった。しかし性格は豪快で、大皿に盛りつけた料理を持って歩いては、笑いながら皆にその説明をしていた。テーブルに料理がすべて乗ると、サニアは自分の夫であり、ナリアの兄でもあるこの宿の主人を紹介した。
「賢者ナリアの兄、セルディア。私の夫は、隣国の騎士でした! 民主化の進んだこの国と違い、あの国は専制君主制が残っていて、ようやく民主化にたどり着いたところ。騎士階級や貴族制度も廃止されて、旦那は今、騎士ではありません。なので、宿屋のオヤジって気軽に呼んでくださいね!」
 サニアは、そう言うと、少し照れ気味の栗毛の男性を紹介した。ナリアの兄、セルディアはまだ若い。サニアは少し年を取っていて、若いとは言えなかった。
 そんなことに違和感を覚えていると、アースがみんなに教えてくれた。
「星の人の直系の家族は年を取りにくいんだ。俺の妹も、四十歳過ぎても二十代にしか見えない」
 星の人の直系の家族。
 血のつながりのせいなのか、それとも、精神的なつながりのせいなのかは分からない。だがそれは、星の人がどれだけ特別な存在なのかを知るのに十分な情報だった。
 サニアがセルディアの紹介を終えると、温かい食事に皆はありつくことができた。この土地の特産であるニンジンのサラダには、特別なドレッシングがかかっていた。料理上手なセルディアの手製のソースだという。細切りにされたニンジンはとても甘かった。玉ねぎのスープにはジャガイモやソーセージ、キャベツなどの野菜がたくさん入っていた。ごった煮スープだったが、味が整っていておいしかった。メインは、大きなニジマスで、この辺にある清流でよく釣れるのだという。レモンやタイムと一緒にホイルで巻き、オーブンで蒸し焼きにする。塩コショウをして味を調える。そう言った説明を、サニアは詳しくしてくれた。
 ニジマスは身が柔らかくておいしかった。小骨は細かったのでそう気にならなかった。クロヴィスなどは、ワイルドに骨までバリバリと食べていたくらいだ。
「こんな大きなニジマスの骨、どうして食べられるのかねえ。よくわかんないわ」
 そう言ってジャンヌが肩をすくめると、隣でセリーヌが笑った。
「ジャンヌは、クロヴィスのことが好きなのね」
 すると、ジャンヌは顔を一気に赤面させた。
「な、なんでそうなるのよ!」
 言葉がどもっている。セリーヌは他の人に聞こえないように言っていたが、ジャンヌが言葉をどもらせて怒鳴ったので、何事かと全員がジャンヌを見た。そして、その中で、アースとナリアだけが、二人してジャンヌの行動に噴き出していた。
「分かりやすいな」
 笑いをこらえて、アースがワインを口に運ぶ。ナリアも、くすくすと笑いながらニジマスを頬張っていた。
「ありがとう、ジャンヌさん。おかげで私も元気が出てきましたよ」
 ナリアは、そう言って食事を続けた。
 ジャンヌは真っ赤な顔のまま周りを見てひとつ咳ばらいをした。隣を見ると、セリーヌが笑いをこらえている。
「ごめんなさい、ジャンヌ。でも、私、なんだか嬉しくて」
「嬉しい?」
 ジャンヌが聞き返すと、セリーヌは食べていたものを飲み込んで、うんうんと頷いた。
「エリクが元気になって、みんなが元気になって。それだけじゃなくて、ジャンヌがクロヴィスのことを好きになって。なんだか素敵なことばかりで、このままこの幸せがずっと続けば嬉しいって、そう思ったんです」
「でも、この私が何でクロヴィスのこと好きになるのよ?」
「見ていれば分かりますよ」
 セリーヌは、そう言ってクロヴィスとジャンヌを見比べた。
「あなたはクロヴィスをよく見ていますから。私たちよりずっと、彼のことを知っている。そして、彼が嫌な思いをすると、あなたは誰よりも真っ先に怒ってくれる」
 セリーヌがそう語っていると、そこへサニアがやってきて、二人の所に白と赤のワインをひとつずつ、置いていった。
「セリーヌさんは、そんなジャンヌさんをよく見ているんだね。いや、家族全員を見渡していると言ったほうがいいかしら」
 サニアは、そう言って二人の肩を叩いた。
「そのワイン、飲み比べしてごらんよ。きっと、素敵な出会いがあるはずだよ」
 そう言って、宿屋の女主人はジャンヌとセリーヌのもとから去っていった。
 一方、先程のジャンヌの騒ぎで、最も恥ずかしい思いをしていたのは、クロヴィスだった。
「あいつ、皆の目の前でまた大声出して」
 すると、隣にいたエリクが、クロヴィスのグラスにワインを注いできた。なんだか幸せそうな顔をしている。エリクはすでに一本、ワインを空けていた。
「ねえ、クロヴィスって、ジャンヌのこと、いつもすごく心配しているよね。この間の狩りの時も」
 エリクが言いかけると、クロヴィスはエリクの口を両手でふさいだ。酒のせいか、ずいぶんと赤い顔をしている。
「いいかエリク、それ以上言うんじゃない。みんなに聞かれたら大変だ」
 するとエリクは、クロヴィスの手を離して、きょとんとした顔をした。
「なんで? 何か恥ずかしいことでもあるの?」
「恥ずかしいさ」
 クロヴィスは、自分の気持ちに気が付いていた。この旅の途中から、ジャンヌのことが気になって仕方がなくなっていた。次第に、妹のように思うようになり、それが、守ってやらなければならない相手になっていた。
「なあ、エリク」
 クロヴィスは、エリクに、何か言いたそうな顔をした。エリクは何だい、と聞き返してきたが、クロヴィスはその先を言えなくなってしまっていた。その姿を見て、サニアが立ち止まった。夫のセルディアは厨房で仕事をしていて、こちらには来られなかった。
「クロヴィス、あなたには少し、休息が必要みたいね」
 サニアは、そう呟いて、料理を運ぶのを再開した。
 食事が終わり、皆が席を立って自分の部屋に戻っていく。今日の料理は格別だった。明日は近くの川で川釣りをしよう、そんな話をしながら、皆散ってゆく。
 その中でひとり、クロヴィスだけが食堂に残っていた。片手で頭を抱えている。エリクは、先に部屋に行っていると言って去っていった。食事の片づけが終わって、サニアがテーブルを拭き終わると、クロヴィスは窓際に移動して、何やら考え事をしていた。
 そこへ、仕事を終えたサニアとセルディアがやってきた。申し合わせたかのように、椅子を持ってきてクロヴィスの近くに座る。
「さあ、聞きましょうか、あなたの悩み」
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