真珠を噛む竜

るりさん

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第八章 トネリコ

川魚を揚げたものが挟まっているサンドイッチ

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 次の日の朝、エリクの部屋で過ごしていた皆が目を覚ますと、すでに旅支度を終えたエリクが、さわやかな笑顔で皆を起こそうとしていた。昨夜はそんなに寝ていない。正直な話もっと寝ていたかった。しかし、エリクはそれを許してはくれなかった。
「みんな起きて! 星の人が一緒に来てくれるって!」
 それを聞いて、皆は跳び起きた。
「あの素敵な方が?」
 真っ先に起きたのは、リゼットだった。次いで、ジャンヌが起きて何やらもぞもぞと自分の身の周りを整理しだした。
「きれいにしておかないと。手癖が悪いと思われたらたまったもんじゃない」
 その姿を見て、セリーヌがそそくさと化粧を始めた。いつもは日焼け止めだけなのに、今日はファンデーションまで塗っている。
「変ではありませんよね。ああ、緊張する」
 そんな三人を見ていたクロヴィスは、あくびをしながらエリクと顔を見合わせた。なんだかおかしい。女というものはこうもコロコロ変わるものなのか。
「確かに、あの人は強そうで、俺からみてもカッコいいなとは思ったさ。エリクの毒を抜いてすぐにあんなに元気にしちまえる腕のいい医者だってことも認める。だが、そこまでするほどか?」
 すると、女性三人はみんな、クロヴィスのほうを見て睨みつけた。
「何か言った?」
 クロヴィスは、旅支度をしている途中だったが、その三人の迫力に気圧されてしまった。
「おお怖。エリク、発言には気を付けたほうがよさそうだ」
 クロヴィスが怖がっているので、それを見ておかしくなったエリクが笑っていると、そこに、昨夜の男性が来た。星の人だ。彼は、エリクに体の様子を聞くと、いい返事が返ってきたので満足そうにしていた。そして、すぐにクロヴィスに向き直った。そして、ふたりでごにょごにょと何かを話していた。クロヴィスが嬉しそうに何かの言葉を返していたが、他の人には何が何だか分からなかった。
「俺はもっと強くなれる」
 クロヴィスは、嬉しそうに自分の手を握り、拳を見た。それを不思議そうに見ている他の人間の視線に気が付くと、赤い顔をしてごまかし笑いをした。
 皆は、宿屋のおかみさんが全員分の朝ご飯を用意してくれていたので、ありがたくいただくことにした。その食事の席で、皆は、星の人の名前と、大体の素性を知った。
「地球って星の、星の人なのに、また別の星にある国の王様か。態度が大きいのはそのせいだったんだな。しかし、複雑な立場なんだな」
 クロヴィスがサラダを食べながら情報のおさらいをしている。昨夜のことがようやく納得できて、ほっとした。アースは、何も偉そうな口をききたくてやっているわけではないのだ。クロヴィスは見下されていたわけではなかった。
「私だったら、アースさんみたいな方に尊大な態度をされたら、イチコロだね」
 丁寧なのかそうでないのか、ジャンヌの喋り方はおかしかった。いちいちそれを指摘するのが面倒になってきたリゼットは、ため息をついた。
「女の性ってやつね。でも、私が男だったとしても、アースさんに偉そうなこと言われても、平気だわ。それに見合った実力と品格が伴っていますもの」
 一緒に食べているアースが、皆の意見に苦笑いをした。この宿の朝食は美味しい。しかし、彼にとってこう言った話題は苦手だったのだ。
「俺のことは呼び捨てでいい。それと、ナリアから錬術を学んでいるリゼット以外は、俺が武器の稽古をつける。だから、まどろっこしい態度はやめてくれ」
 すると、リゼットは一瞬、不満な顔をして、すぐに元に戻ると、朝食を再び食べ始めた。
「どうしたの、リゼット?」
 セリーヌがリゼットの様子がおかしいので、尋ねると、リゼットは顔を赤くしながら首を振った。
「いいの、セリーヌ、何でもない!」
 結局、リゼットから謎の態度の理由は聞き出せなかった。皆は、朝食を食べ終わると、宿を早々に出た。おかみさんに何度も礼を言い、宿を出ると、ナリアが、幌馬車とフレデリクを連れて出迎えに出てきてくれた。
「この村にはあと三日、滞在したいと思います。ライラックの町にいた隊商がこの村に来るのが、三日後。リゼットの香水を売るのにもってこいだと思うのですが」
 ナリアのその意見には、皆が納得した。
 そして三日間のあいだ、近くの平原で、アースはセベルやクロヴィス、エリクやジャンヌにそれぞれの武器の稽古をつけてくれることになった。それぞれが皆一気にかかっていっても、アースは少しも動じることなく避けて反撃してくる。野生動物相手に戦いなれているクロヴィスでさえ、軽くあしらわれてしまう。そんなアースのことを、セベルは師匠と呼んでいた。
 一方、ナリアのもとで真剣に錬術を学んでいるリゼットは、次のステップに進みたい気持ちが先だってなかなか集中できないでいた。ナリアはそのリゼットの気持ちを悟って、一度、錬術のトレーニングを打ち切った。
「他の星の人であるアースが、どんな錬術を使うのか、見てみたいのですね」
 ナリアにそれを言い当てられ、リゼットはどきりとした。やはり見透かされていた。ナリアはすごい。
「ナリア様、あなたの錬術に飽きたのではないんです。でも、どうしても気になってしまって」
 すると、ナリアにこりと微笑んだ。
「分かっていますよ。あなたは好奇心旺盛な花小人さんですもの。私からアースに言っておきます。でも、セベルがあちらに行ってしまって少し寂しいですから、たまにはこちらにも来てくださいね」
「たまには、なんて、そんな!」
 リゼットが力いっぱいフォローしてくるので、ナリアは嬉しくなって、くすくすと笑った。リゼットが赤くなっていると、その背をそっと押して、すでに疲れが出てきているエリクたちのもとへと行かせた。
 リゼットがエリクたちのもとへ行くと、そこは修羅場になっていた。
 ジャンヌの投げたナイフはことごとく手で掴み取られていたし、エリクの矢も同じだった。クロヴィスの剣は片手で防がれ、どんなに力を込めても、どこから攻撃しても同じ結果になる。セベルは善戦していたが、攻撃がまず当たることはなく、槍の柄を掴まれては放り投げられていた。
「歯が立たない! なんて強いんだ」
 クロヴィスが、ガクガクしている足で何とか立ち上がる。エリクも疲れで手が震えていた。ジャンヌは早くもおなかが減ってきていたし、セベルは何とか持っていたが、それでも額の汗を拭っては息を弾ませていた。
「すごい。以前より強くなっていますね、師匠」
 対するアースは、傷一つなく、呼吸ひとつ乱れていなかった。
「いろいろあったからな」
 アースは、そう言ってため息をついた。そこに、ナリアが大きなバスケットを持ってやってきた。いい香りがする。いち早くお腹をすかせていたジャンヌがナリアの持っているバスケットの中身を想像した。
「お昼だ!」
 叫んだのは、エリクだった。アースがいいというので、稽古をしていた皆は、ナリアが用意してくれたお昼ご飯用の布の周りに座りだした。
 ナリアが用意してくれたお昼ご飯は、コロコロとした可愛らしいバターロールのサンドイッチだった。卵が入ったものもあれば、ハムやチーズ、レタスやトマトなど、様々な具材が挟まっていた。中には川魚を揚げたものが挟まっているものもあった。
 一同は、ナリアに礼を言って昼食を食べ始めた。話題は、もっぱら稽古の内容のことだった。
「横から見ていて思ったんだけど、エリクが弓を引くときに、脇を締めすぎなんじゃないかって思うんだ。あれ、的を絞りにくいと思う」
 ジャンヌがサンドイッチを頬張りながら、エリクの弱点を指摘する。すると、ただ見ていただけのリゼットがジャンヌの弱点を晒した。
「あんたはもっと脇を締めなさいよ。あれじゃ大振りになって変なところに飛んでいくでしょ」
「でも、皆、どんどん上手になっていくのが分かります。最初と最後では全く動きが違いましたから」
 横で皆の様子を観察していたセリーヌが、稽古の結果をまとめにかかった。セリーヌは生物学の論文を書きながら観察していたのだが、途中から稽古の様子に夢中になっていた。特に、武器の扱いに慣れているクロヴィスとセベルの動きは見ていて楽しいものだった。
 ナリアは、それを嬉しそうに見ていた。すると、アースが立ち上がってナリアのもとに行き、何かを耳打ちした。すると、ナリアは小さな声でアースに何かを言った。
 その内容は分からなかったが、セリーヌは、ひとつだけ、単語を拾うことができた。それは、彼女の中で聞き洩らしようのない言葉だった。
「ランサー」
 セリーヌは、自分の中でそれを確かめるようにつぶやいた。そして、何事もなかったかのように、食事を続けた。
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