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第八章 トネリコ
罪悪感
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鍵を開けると、すこし膨れた顔をしたリゼットが部屋に入るなり、エリクのほうへ駆け寄った。後からついてきたジャンヌは、一番後ろから入ってくるクロヴィスを注視していた。クロヴィスはここに来るまでの短い間、ずっと黙ったままだったからだ。
「例の星の人が来たんですってね! いま、そこで私たちを迎えに来てくださったナリア様から伺ったわ」
リゼットはエリクの手を握った。エリクはその力の強さに苦笑いをして、もう片方の手でリゼットの小さな手を包み込んだ。
「リゼット、星の人はすごいお医者さんだったよ」
エリクが嬉しそうにしているので、それを見たクロヴィスが少し、悔しそうな顔をした。複雑な心境なのだろう。そのことをここにいた誰もが悟った。
「エリク、ごめんな。俺のせいで苦しい目に遭わせて。こんなことになるくらいなら俺は」
クロヴィスは、そこまでしか言えなかった。これ以上の言葉を出してしまえば、ここにいる人間たちはクロヴィスを叱責する。その上で、深い優しさを示してくれるだろう。だが、今のクロヴィスはその優しさに甘えるだけの余裕がなかった。
クロヴィスは、中途半端に言葉を投げかけたまま、外へ出ていった。自分の実の父親、あれにさえ会いに行かなければ、こんなことにはならなかった。そもそもこの家族に自分がいなければ、こんなことにはならなかった。そう思って、ゆっくりと階段を下りて、ふらふらと外に出た。
すると、そこに立ちはだかる一人の人間がいた。クロヴィスはその人間を避けようとしたが、うまくいかなかった。
「どいてくれ、こんな俺なんかもう」
その人間は、クロヴィスより少し背が高かった。見上げると、その人間、いや、男性は、クロヴィスのほうをしっかりと見つめていた。
ああ、この男には敵わない。自分よりはるかに強い。
そう感じて、クロヴィスはよけようとするのをやめて、その場に座り込んだ。
「どうしたらいいんだ、俺は」
クロヴィスは、自分の頭を抱えて叫んだ。イライラした。自分自身が自分自身をどうしようもできない。それに苛立ちを覚えていた。
すると、クロヴィスの目の前に立ちはだかっていた男が、手を伸ばしてきて、頭をかきむしるクロヴィスの手を止めた。
「自分を責めるな」
そう言って、少し、笑ってくれた。
宵闇に光る月の光に照らされたその顔はナリアのように整っていて、闇に溶ける漆黒の髪に、珍しい瑠璃色の瞳は、クロヴィスをまっすぐ見ていた。
その男性は、そのままクロヴィスの手を取ると立ち上がらせて、汚れた服を払ってくれた。
「あんたまさか」
クロヴィスは、その男性を見て、ひとつの想像を巡らせた。もしかしてこの人は星の人なのではないか。そう思って、口を開こうとすると、男性はそれを止めた。
「クロヴィス、お前の悩みはもういいのか?」
クロヴィスは、初めて会ったはずのこの男性がクロヴィスの名も悩み事も全て知っていることに、驚いた。それは顔にも出ていて、あまりの驚きように目を見開いて口をあんぐり開けていた。
そんなクロヴィスの姿を見て、男性は笑った。
「クロヴィス、皆のもとへ戻れ。彼らにはお前が必要だ」
「しかし、今回エリクは俺のせいでああなってしまった。あんたみたいな医者が来なければ助からなかったかもしれない」
すると、その、星の人は、クロヴィスを真剣な目で見て、宿屋の壁に寄り掛かった。腕を組んで、ため息をつく。
「お前は家族に手を出せるほどの悪党なのか? 俺にはとてもそうは見えないが」
「しかし」
クロヴィスは、何かを言おうとして言葉を止めた。この男性は、星の人とはいえナリアとは対極だった。男性であることもそうだが、なにより、謙虚な態度のナリアと違って態度が大きかった。見た目だけならクロヴィスと大して変わらない年齢なのに、なぜこんなに偉そうなのだろう。
クロヴィスは、そのことが引っかかって、それ以上どうやってこの男性と口を聞いたらいいのか分からなくなっていた。
そんなとき、男性は、壁に寄り掛かるのをやめて、クロヴィスのほうへ向かってきた。そして、宿屋の扉を開けると、戸惑うクロヴィスの腕を引いて中に引き入れた。
「ここで彼らの言葉を聞くといい」
クロヴィスは、そう言われてもっともだと思ったが、やはり少し納得できないでいた。すると、男性は少し、寂しそうに笑って、クロヴィスに右手を差し出してきた。
「これは、職業病でな。すまない。嫌な思いをさせた。俺はアース・フェマルコート。お前の推測通り、もう一人の『星の人』だ」
「例の星の人が来たんですってね! いま、そこで私たちを迎えに来てくださったナリア様から伺ったわ」
リゼットはエリクの手を握った。エリクはその力の強さに苦笑いをして、もう片方の手でリゼットの小さな手を包み込んだ。
「リゼット、星の人はすごいお医者さんだったよ」
エリクが嬉しそうにしているので、それを見たクロヴィスが少し、悔しそうな顔をした。複雑な心境なのだろう。そのことをここにいた誰もが悟った。
「エリク、ごめんな。俺のせいで苦しい目に遭わせて。こんなことになるくらいなら俺は」
クロヴィスは、そこまでしか言えなかった。これ以上の言葉を出してしまえば、ここにいる人間たちはクロヴィスを叱責する。その上で、深い優しさを示してくれるだろう。だが、今のクロヴィスはその優しさに甘えるだけの余裕がなかった。
クロヴィスは、中途半端に言葉を投げかけたまま、外へ出ていった。自分の実の父親、あれにさえ会いに行かなければ、こんなことにはならなかった。そもそもこの家族に自分がいなければ、こんなことにはならなかった。そう思って、ゆっくりと階段を下りて、ふらふらと外に出た。
すると、そこに立ちはだかる一人の人間がいた。クロヴィスはその人間を避けようとしたが、うまくいかなかった。
「どいてくれ、こんな俺なんかもう」
その人間は、クロヴィスより少し背が高かった。見上げると、その人間、いや、男性は、クロヴィスのほうをしっかりと見つめていた。
ああ、この男には敵わない。自分よりはるかに強い。
そう感じて、クロヴィスはよけようとするのをやめて、その場に座り込んだ。
「どうしたらいいんだ、俺は」
クロヴィスは、自分の頭を抱えて叫んだ。イライラした。自分自身が自分自身をどうしようもできない。それに苛立ちを覚えていた。
すると、クロヴィスの目の前に立ちはだかっていた男が、手を伸ばしてきて、頭をかきむしるクロヴィスの手を止めた。
「自分を責めるな」
そう言って、少し、笑ってくれた。
宵闇に光る月の光に照らされたその顔はナリアのように整っていて、闇に溶ける漆黒の髪に、珍しい瑠璃色の瞳は、クロヴィスをまっすぐ見ていた。
その男性は、そのままクロヴィスの手を取ると立ち上がらせて、汚れた服を払ってくれた。
「あんたまさか」
クロヴィスは、その男性を見て、ひとつの想像を巡らせた。もしかしてこの人は星の人なのではないか。そう思って、口を開こうとすると、男性はそれを止めた。
「クロヴィス、お前の悩みはもういいのか?」
クロヴィスは、初めて会ったはずのこの男性がクロヴィスの名も悩み事も全て知っていることに、驚いた。それは顔にも出ていて、あまりの驚きように目を見開いて口をあんぐり開けていた。
そんなクロヴィスの姿を見て、男性は笑った。
「クロヴィス、皆のもとへ戻れ。彼らにはお前が必要だ」
「しかし、今回エリクは俺のせいでああなってしまった。あんたみたいな医者が来なければ助からなかったかもしれない」
すると、その、星の人は、クロヴィスを真剣な目で見て、宿屋の壁に寄り掛かった。腕を組んで、ため息をつく。
「お前は家族に手を出せるほどの悪党なのか? 俺にはとてもそうは見えないが」
「しかし」
クロヴィスは、何かを言おうとして言葉を止めた。この男性は、星の人とはいえナリアとは対極だった。男性であることもそうだが、なにより、謙虚な態度のナリアと違って態度が大きかった。見た目だけならクロヴィスと大して変わらない年齢なのに、なぜこんなに偉そうなのだろう。
クロヴィスは、そのことが引っかかって、それ以上どうやってこの男性と口を聞いたらいいのか分からなくなっていた。
そんなとき、男性は、壁に寄り掛かるのをやめて、クロヴィスのほうへ向かってきた。そして、宿屋の扉を開けると、戸惑うクロヴィスの腕を引いて中に引き入れた。
「ここで彼らの言葉を聞くといい」
クロヴィスは、そう言われてもっともだと思ったが、やはり少し納得できないでいた。すると、男性は少し、寂しそうに笑って、クロヴィスに右手を差し出してきた。
「これは、職業病でな。すまない。嫌な思いをさせた。俺はアース・フェマルコート。お前の推測通り、もう一人の『星の人』だ」
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