真珠を噛む竜

るりさん

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第八章 トネリコ

痕跡

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 丸一日、早駆けして着いた村は、大きな広葉樹に囲まれた森の中の村だった。村の中央には大きなトネリコの木があり、そこら中から湧水が出ているきれいな村だった。
「感じる。確実にいます!」
 馬を降りるとき、ナリアが少し焦った声を上げた。先程から背中に乗せているエリクの熱が上がっている。セリーヌと二人がかりでエリクを下ろして抱えると、まずは村にある唯一の宿に走っていった。
 そして、宿の一室を借りるとともに、ナリアは宿の主人であるおかみさんに、このようなことを聞いていた。
「ここ数日で、見慣れない人間を見ませんでしたか?」
 すると、おかみさんは、腕組みをして何かを考えていた。そして、何かを思い出したかのように手を叩くと、晴れ渡った空のようなさわやかな顔をした。
「そういや、三日前にね、ものすっごいカッコいいお兄さんをこの宿に泊めたよ! 夢のようだったわあ。なんか強そうだったなあ。あんないい男、この世には二人といないよ」
 それを聞いて、ナリアは少しほっとした顔をした。それをみて、セリーヌはなんとなく、先程おかみさんが言っていた人が星の人なのだろうと想像した。
 部屋に着いて、エリクを寝かせると、ずいぶんと憔悴した様子だった。急いで自分の腰に付けた革袋から水を取り出し、エリクに飲ませると、少し安心したような顔をしてまた眠りについた。
 ナリアは、エリクとセリーヌのもとに顔を出すと、セリーヌに二つの種類の薬を渡した。
「一つは、熱の上昇を抑える薬、ひとつは、他の感染症にかからないように守る薬です。今すぐ飲ませて、あとは三時間ごとに飲ませ続けてください。私は星の人を探してきます。三時間以内には戻るつもりですが、念のために、ここに時計を置いていきます」
 ナリアは、そう言って古い懐中時計をテーブルの上に置いた。そして、急いで宿を出ると、村中を探し回るために村人からの聞き込みを始めた。
「エリク、頑張ってくださいね。きっと、星の人は見つかります。そして、きっと、星の人はいいお医者さんですから」
 セリーヌはエリクの手を握った。ずいぶんと熱い。その暑さに、不安になって、ナリアの帰りを今か今かとセリーヌは待ち続けた。薬は、すでに飲ませていた。
 薬の効果が表れて、エリクの呼吸が少しずつ落ち着いてくると、セリーヌは胸をなでおろした。すると、次第に気持ちが緩んできて、セリーヌは、エリクの手を握ったまま、ベッドに突っ伏して眠ってしまった。
 それから何時間が経っただろう。セリーヌが目を覚ますと、自分の肩に毛布が掛けられていて、誰かがこの部屋に寄ったことが分かった。それが理解できると、いつの間にか眠ってしまった自分に焦りを感じ、座っていた椅子から飛びあがった。
「いけない! 私はいつ居眠りを!」
 するとその時、セリーヌの言ったセリフに返事が返ってきた。
「十分ほどだよ、セリーヌ」
 それは、聞き覚えのある声だった。その声のしたほうを見ると、エリクが笑ってこちらを見ていた。ベッドから半身を起こしている。
 セリーヌはびっくりして何も言えずにいた。文字通り言葉を失ってしまっていた。
「星の人が来てくれたんだ。すごくカッコよかったよ。熱もほら」
 エリクは、言葉を失っているセリーヌの手を取って、自分の額に触れさせた。熱が下がっている。たった十分の間に何があったのだろう。こんなに早く熱を下げられる星の人とはいったいどんな人間なのだろう。
「エリク」
 ようやく言葉を取り戻すと、セリーヌはエリクの名を呼んだ。胸がいっぱいになって、涙が目がしらに集まってくる。
「よかったあ。心配したんですよ」
 セリーヌは、エリクの手を握りしめると、もう一度ベッドに突っ伏して、ひとしきり涙を流した。
「心配かけちゃったね。皆にも、報せないと」
 自分のために涙を流してくれているセリーヌの背中をさすって、エリクが呟いた。すると、階下から誰かの話し声が聞こえてきた。エリクは二階の客室にいる。一階は受付とレストランがあるだけだ。
「ねえ、セリーヌ、お客さんかな」
 セリーヌに声をかけると、彼女は顔を上げて涙を拭いた。階下に耳を澄ませると、確かに誰かの話し声が聞こえる。しかも、どこかで聞いたことのある声だ。
 その話し声はいったん収まった。辺りは静まり返る。すると、今度は何人もの人間がこちらに上がってくる足音がした。エリクとセリーヌは少し、身構えた。すると、その足音は部屋の前で止まった。誰かが、部屋のドアを三回ノックした。
「どちら様?」
 震える声で、セリーヌが返事をする。すると、ノックの音がやんで、代わりに声が聞こえてきた。
「どちら様とは失礼ね! セリーヌ、これで私が誰なのか分かったでしょ、ここ、鍵がかかっていて開かないの。開けてくれるかしら?」
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