真珠を噛む竜

るりさん

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第七章 ライラック香る町

フリーマーケット

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 次の日の朝、皆が分け合って持っている香水瓶を抱えて、町の中央にある噴水の広場に集まった。どうやって売るのかを考えるためだ。
 そこで、セリーヌが案を出した。
「二分の一は行商に持っていきましょう。この町の香水店では高く売れないかもしれません。これはみんなで行きましょう。もう半分は、皆で店を構えて売ります。ちょうど、この先の公園でフリーマーケットを催しているそうです。スペースも空いているので飛び入り歓迎と書いてありました」
 セリーヌの説明が終わると、皆はあんぐりと口を開けたまま何も言えなくなってしまった。そのうちジャンヌだけが、何とかもち直してセリーヌに関心の目を向けた。
「セリーヌ、あんたどこからそんな情報仕入れてきたのさ?」
 セリーヌは、にこにこと笑っている。
「朝の空気が気持ちいいですね。初夏も、もう終わりでしょうか」
「そんなこと聞いてない!」
 みんなが声を揃えて突っ込むと、セリーヌは顎に手を当てて空に視線を移した。
「私だって、皆の力になれるような情報を手に入れたいと思ったんです。昨日の夕方、皆と別れたあと町を回って見て、何かないのかと夜まで探しました。フリーマーケットの会場は押さえておきましたから、安心してください」
 セリーヌがニコニコとしていると、呆れたような顔をしたクロヴィスが、頭を抱えて、座っていた噴水の淵から立ち上がった。
「まるでリゼットとナリアさんを足したものを見ているようだな。まあいいか。それで、その催事場はどこなんだ?」
 クロヴィスの問いに、セリーヌは答えた。
「この町の東側にある、大きな公園です」
 そこで、一行はその大きな公園に向かうために荷物を整理して、公園に向かった。催事場に着くと、もう既にフリーマーケットに出品するために集まった人たちが自分たちのスペースの設営に追われていた。
「これは急がないとね」
 リゼットがそう言って皆を急かした。急いで会場に香水を並べ、テントを借りてきて張った。夏の暑い日差しをよけるテントだ。それに、各々水分補給するための水分を持ちに行った。会場の隅に設置された水の入った樽から水筒へ、水を移していく。
「そういえば、行商にはいつ、売りに行くのよ? ここのフリマだけなら夕方までかかるよ」
 ジャンヌが人数分の水を持ってきて、それぞれに渡す。その問いにはリゼットが答えた。
「行商は夜に行っても大丈夫よ。いつだれが売りに来てもいいように、交代制で見張りをつけているから。ただ、食事中はタイミングが悪いから、それ以外を狙っていかなきゃね。夜の九時半あたりがちょうどいいかしら」
 会場の設営が終わると、皆は一息ついていったん休憩することにした。催しが始まるのは約十分後、それまで休憩することにした。
「やっぱり暑くなってきたね。僕はこんな暑さは初めてだ」
 エリクがなんだか嬉しそうにしている。それを見ていた他の皆も、エリクがそう思うのならこの暑さも悪くはない、そう思えてきた。
 十分後、フリーマーケットが幕を開けた。今か今かと待っていたお客さんたちが次々に入ってきた。全員で客の呼び込みをすると、少しずつ振り返ってくれる人が出始めた。
「ライラックの香水ねえ」
 瓶を一つ、手に取って、中年の女性が呟いた。香りのサンプルを手渡すと、その香りをかいだ女性は気持ちのよさそうな顔をして、香水を一つ、買っていってくれた。
 その後は順調に売れていって、残り半分くらいになったあたりで、事件が起きた。
 クロヴィスの父親が、現れたのだ。
 その男は、突然やってきて一番前にいたエリクの首根っこを掴んだ。
「お前らがうちの息子をたぶらかした! この代償は高くつくぞ!」
 そう言って、エリクを放り投げた。クロヴィスはそれを受け止めて、エリクに声をかけた。
「すまない、エリク。痛くはなかったか?」
 エリクは首を振った。
「大丈夫だよ。クロヴィスこそ、大丈夫?」
 その隙に、クロヴィスの父親は店に並べてあった香水を手に取って、ひとつ、地面にたたきつけて割ってしまった。辺りにはいい香りが立ち込めて、通行人が足を止めた。しかしそこにガラの悪い男が立っているのを見て、遠巻きに見ているしかなかった。
「こんなものを売るのに協力するなど、お前も落ちたものだな。何が花だ、何が香水だ!」
 クロヴィスの父親はそう叫んでもう一つの瓶を割るために、香水が乗っている台に手を伸ばした。しかし、その手をクロヴィスが止めた。
「あんたが切りつけたために俺は片目を失った。今度は大事な家族のやっていることまで邪魔するのかよ。もういい加減俺の目の前から消えてくれ」
 そう言って、大男である父親を振り投げた。通行人のほうへと倒れていく父親を見て、クロヴィスは店に戻り、乱れた香水の瓶を並べなおすのを手伝った。
「これだけでは済まされないからな!」
 そう言い、父親は去っていった。通行人はそれを見て、クロヴィスに拍手を送った。いい香りが立ち込めているので、その香りにつられてきた人たちが、クロヴィスを称賛しながら香水を買い求めていった。
 けがの功名もあってか、その日用意した香水は、フリーマーケットが終わるまでにすべてが売れた。一行は、すぐに次の準備に取り掛かった。
 残った半分の香水を、行商に売りに行くのだ。時間は九時半、今は夕方の五時だ。食事休憩をした後でも十分に間に合う。この地域の行商は町の東側、町を挟んで運河の反対側にいつも待機していた。町を横切るのに人の足で一時間はかかる。今日は寝るのが遅くなりそうだった。
 五人は、行商の近くまで歩いていって、そこで、町のパン屋で買ったパンを頬張った。外で食べるパンはことのほか美味しく、皆の心は満たされていった。 
 ただ、気になるのはクロヴィスの父親が言った一言だった。
「このままでは済まされない、か」
 ジャンヌは、ふと、クロヴィスを見た。ずっと何かを考えこんでいる。自分のせいで家族に迷惑がかかるのではないか、それを恐れていた。
「クロヴィス、気にしないでよ」
 パンをいち早く食べ終わったエリクが、クロヴィスの肩に手を置いた。
「僕らは、どんなことがあってもクロヴィスを責めたりしないよ」
 クロヴィスは、自分の肩に置かれたエリクの手を、握り返した。
「あいつは、あの男は容赦がない。誰か一人でも傷ついたら、俺は、自分がどうなってしまうのか」
 エリクは、自分の手を握るクロヴィスの手の温かさとともに、震えを感じた。
「クロヴィス、僕らは傷つかない。大丈夫だ。もし傷ついても、それはクロヴィスのせいじゃない」
 エリクは、優しい声でそう言った。クロヴィスは、自分が異常に涙もろくなっているのを感じ、目がしらに集まってくるそれを、指で抑え込んだ。
 その時だった。
 エリクが、何の前触れもなく、倒れた。
 クロヴィスの肩に置かれていた手は離れ、地面にうずくまるように倒れこんだエリクは、激しく息をしていた。もしやと思い、クロヴィスはエリクの身体じゅうを探して、一本の針を見つけ出した。
「毒針か!」
 クロヴィスは、そう吐き捨てて針を捨てた。誰がやったのかはだいたい想像がつく。他の皆もクロヴィスの言葉を聞いて、一人の人物を思い浮かべた。
「エリクをどこかに運ばないと! 熱が出てきたわ!」
 リゼットがそう言ってエリクを運ぼうとした。しかし、小さな花小人の力では限界があった。クロヴィスとジャンヌでエリクを支えて抱き上げる。クロヴィスが背負うと、皆はいったん行商に行くのを諦めて、エリクが泊まっていた宿屋に行くことにした。途中、ナリアやセベルたちを呼びに、ジャンヌが走っていった。
 皆が宿に着くと、エリクの部屋にはすでにナリアたちが到着していた。ナリアはエリクの様子を見ると、難しい顔をした。
「触れただけですぐに死に至る猛毒です。生きているのが不思議なくらい。とりあえず、この部屋を暖めてたくさんの水を用意してください。熱を冷ますためのタオルや、替えの毛布も必要でしょう。この毒は私の手には負えません。隣町まで馬を走らせて医者を呼んできますから、少しだけ待っていただけますか?」
 ナリアが急いで馬の準備をしていると、外に出てきたクロヴィスが、ナリアのもとへやってきた。
「隣町の医者なら、エリクを助けられるのか? その医者が来るまでエリクは持つのか?」
 すると、ナリアは馬の準備をしながら答えた。
「隠匿はしていますが腕の立つ医者です。心配しないで。エリクは、私が置いていった薬で二時間は持つでしょう。私はそれまでに帰ります」
そう言って、馬の準備を終えると、ナリアはすぐに宿を発って町を出ていってしまった。
 残された人間たちは、ナリアの言った通りにエリクを介抱していった。熱は下がるどころか上がっている。息遣いも苦しそうだ。そんな中、エリクは一度、目を覚ました。苦しみに耐えながら、こう言った。
「僕は、負けない。だからみんなも、負けないで」
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