真珠を噛む竜

るりさん

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第六章 ダイアンサス

村長の本音と撫子の花

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 朝になって、火が完全に消えているのを確認すると、一行は村に向かうことにした。荷物をまとめてフレデリクや幌馬車に分けて乗せる。出発してから荷物は確実に増えていた。フレデリクに負担にならないよう、荷物を整理する必要があった。
「村に行ったら、フレデリクを預ける前に荷物をどうにかしなきゃね」
 ジャンヌがフレデリクの腹をポンポンと叩く。フレデリクの足取りは重くはなかったが、軽くもなかった。
 村に着くと、村の入り口近くにいた花小人がエリクたちの姿を見るなりどこかへ走っていってしまった。不思議に思いながらもフレデリクを預けに行こうとすると、エリクたちを呼び止める声がして、皆がそちらを振り返った。
 そこには花小人の男性がいて、傍に二人の若い女性の花小人を従えていた。
「この村の村長です。このたびは、リゼットさんと言う方に対して無礼を働いた件、お詫びを申し上げます」
 村長は、そう言って一行を村に一軒だけある喫茶店へといざなった。喫茶店は小さく、席も少なかったので、それを繋げて全員座れるようにしてくれた。
 その姿を見て、クロヴィスが顎に手を当てて何かを考えていた。
「気に入らないな。コロッと態度を変えて」
 そのセリフを聞いて、エリクはなんだか残念な気持ちになった。確かに村長は態度を変えた。それはエリクも不自然に思っていた。ナリアの手紙の効果なのだろうが、それだけだったらとても悲しいことだったからだ。
 村長は、テーブルをセッティングし終えると、皆に紅茶を一杯ずつ頼んでくれた。紅茶が届くと、村長は話を始めた。
「今回の件は、我々の無知が起こしたことでした。自分の花を知らないことは恥じるべきこと、そう言う風潮がこの村に会ったことは確かです。そして、それが今回リゼットさんを傷つけてしまいました。なんとお詫びそしていいものか」
「お詫びはいいんです」
 リゼットは、はっきりと村長を目の前にして発言をした。その目に怒りはないが悲しみがこもっていた。
「私が自分の花を知らないのは、私が望んだことではありません。この村でもそう言う花小人はいたんでしょう? 彼らはいったいどうしているんです?」
 すると、村長は難しい顔をして、テーブルの上で腕を組んだ。
「それは申し上げられません」
 その村長のいいように、今度はクロヴィスが眉を曲げた。
「言えないほどひどいことをしてきたのか。そりゃ、リゼットも石を投げられるわけだ。喋ることができないなら詫びはいらない。その分、言えないようなことをされた花小人たちを救済してやれよ。リゼットには俺たちがいる。だが、彼らには誰も味方がいないんだからな」
 クロヴィスの発言は的をついていた。この二日でリゼットはだいぶ回復してきていた。それは、ジャンヌをはじめとする家族の力があったからだ。だが、おそらくこの村を追い出されてしまったかもしれない彼らには頼るものなどなかったはずだ。
「村長さん」
 クロヴィスの発言で、エリクは自分の中で何かが変わった気がした。気が付いたら、村長を呼んでいた。
「この村は、きっとこういう形を保つために一生懸命やってきたんだと思います。でも、一生懸命やりすぎると自分も壊れてしまうし、周りにも迷惑がかかるんだって分かりました。村長さんは今、壊れてしまっているんだろうって、僕は感じます。温かい心を壊してしまったんだって」
「私が?」
 村長は、自分で自分を指さして驚いた。温かい心のない人間、そう言われてしまって、困惑した。
「誰よりもこの村のことを思っている私の心が、温かくないとは」
 村長の手が震えだした。必死で怒りを抑えている。クロヴィスやジャンヌにはそう見えた。だから、ジャンヌはリゼットを、クロヴィスはエリクとセリーヌを庇いに入った。
「村長さん」
 ジャンヌが、リゼットを庇いながら村長を見据えた。その瞳には哀れみが宿っていた。
「あんた、そんなことで怒って、それでいいの? この村どうにかして良くしていこうって、そうは思わないの?」
「思っているさ! だからこそ内外から商人を入れて活気を出そうと必死なんじゃないか! この村は古くから花のない花小人を迫害してきた。その歴史をいまさら変えられるものか! よそ者で、しかも花のない花小人は撥ねられて当然なんだよ。せっかく私がこうして謝っているのに、君たちはそれを台無しにするつもりか? リゼットという花小人だけでも特別に許してやろうと思ったが、もう限界だ!」
 村長の叫びに、誰も動じる者はいなかった。
「それが本音か」
 クロヴィスが、後ろの二人を庇ったまま、笑いを浮かべた。
「化けの皮がはがれたな」
「もっとも、化けてすらいなかったようだけどね」
 クロヴィスの言葉を継ぐように、ジャンヌも笑いを浮かべた。
「あんた、花のない花小人って言ったけど、花はないんじゃない。あるのに知らないだけだ。それに、リゼットはあんたに許してもらうつもりなんてない。そうだろ?」
 ジャンヌに問われ、リゼットは強く頷いた。
「私がいつ、あなたに許しを請いました? 許されていないのはあなたじゃなくて?」
 リゼットは、勇気を振り絞ってその言葉を出した。真実を突く、その大変さが今、分かった。それを当たり前のようにやっているように見えるが、クロヴィスは毎回こんな気持ちなのだろう。ドキドキして、身体じゅうが震えている。
「言ってくれるな。この村にはもうお前たちを入れない、そう言うことも私の権限ではできるのだぞ」
「こんな小さな村ひとつ、入れなくたって痛くもかゆくもないさ。それより、あんたのほうが痛手なんじゃないのかい?」
 ジャンヌは、そう言って村長の目の前からどいた。いつの間にか、村長の周りには人だかりができていて、それが喫茶店をぐるりと囲んでいた。
「村長、うちの娘にも花はあったんですか、花小人だったんですか?」
 喫茶店を取り囲んでいた花小人の女性が、涙を流して訴えた。
 村長は、その声に、頭を垂れた。
 彼は、長い間ずっと、花を知らない花小人を追放してきた。そして、それが行方不明になったりどこかで死んでしまったりしたことを、村人に隠してきた。
「迫害ってなんだよ。あれは、花を取得する修行に出したんじゃなかったのか?」
 村は混乱した。情報が錯綜している。先程村長が言ったことが波紋を呼んでいた。
 そんな中、村人をかき分けて、ナリアとセベルが村長のもとに訪れた。
「やってくれたな、皆」
 セベルが、そう言って笑いかけてくれた。ナリアは、村長を正面に見据えてから、村人たちを見渡した。
「花小人の失われた記憶は、取り戻すことができます。見ていてください」
 ナリアはそう言って、そっと微笑んでリゼットの手を取った。リゼットはナリアの誘いに応じると、彼女に連れられて噴水の花壇の所へと移動した。
「もし、記憶を失った花小人がいたら、いろんな花に触れさせてあげてください。その中に、きっとその者の媒体があるはずです」
 村の皆にそう言うと、ナリアは囁くような声で、リゼットに、撫子の花に触れるように言った。
 リゼットは、こわごわと撫子の花に触れた。最も背の高い、白い撫子だった。そして、その花に触れたとたん、リゼットは大粒の涙を流して泣いた。
「お父さん、お母さん」
 まだ生きていた頃のリゼットの母、そして父。その記憶がリゼットの中をめぐっていた。小さなころ、母が錬術の練習のためにくれたステッキ。そして、母が病気で亡くなるときに父がしてくれた熱いキス。父は、男手一つでリゼットを育ててくれていた。ある程度大きくなるまで父は頑張ってくれたが、そのうち身体を壊して亡くなってしまった。その父がリゼットに形見として渡してくれたのが、錬術だった。いくら練習してもできなかった錬術が、父の死後すぐにできるようになった。花小人のくせに花を知らない。それはコンプレックスだったが、それを何とか乗り越えてこられたのは、錬術の存在があったからだ。そして、リゼットは新しい家族を得た。新しく得たそれは、在りし日の父や母のように暖かくて、守っていきたい、そう思える存在だった。
「白い撫子、それが私の花」
 リゼットは、涙を拭いて、ナリアを見た。そこには家族である五人もしっかりついてきてくれていた。
「リゼット、自分の花が分かったんだね!」
 エリクが真っ先にやってきて、リゼットに抱きついた。その力は思いのほか強く、リゼットは少し苦しくなってしまった。
 しかし、リゼットは嬉しかった。他の皆もリゼットを見て笑っていてくれたし、何よりも自分のことのように思ってくれていたからだ。
「ありがとう、エリク、皆」
 リゼットは、そう言って涙を流した。
 自分のもとへ寄ってくる家族の姿を見て、皆と抱き合った。村の皆から拍手が起こる。
 リゼットは自分の花を知ることができた。それは、村の人間皆に希望を与えていた。
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