真珠を噛む竜

るりさん

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第五章 ブドウに宿る記憶

優しい水

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リゼットは、皆が採ってきたブドウの量を見て、あんぐりと口を開けた。驚きのあまり声も出なかった。人一人が入るような大きい袋が三つ、一杯になっていた。
「こんなに森にあったかしら?」
 すると、にこにこと笑っていたナリアが、きれいな瓶をいくつも自分の荷物の中から出した。
「どうせ売るのならたくさんあったほうがいいでしょう。リゼット、あなたの所からはとてもいい香りがします。そのジャムなら確実に売れるでしょう。それに」
 ナリアが、他のメンバーを見る。ジャンヌやクロヴィス、それにエリクも、何かに期待した目をしている。
「リゼット、僕らが食べる分も欲しいよ。一人一つとまではいわないから」
 エリクはもの欲しそうだ。考えていることがすぐに顔に出る。リゼットは、それを見て思わず笑ってしまった。
「いいわよ。ここにいる全員の分を作って、さらに売る分も作ってもあまりそうな量だもの。でも、そのためにはみんな、手伝ってもらうわよ!」
 リゼットが張り切ると、皆は賛成して、手分けをして作業することになった。ブドウを潰し、皮を取り除く係はエリクとセリーヌ、火を起こす薪を集めに行ったり、今日の夕食の得物を捕りに行ったりするのはクロヴィスとジャンヌだった。ナリアはできたジャムをひたすら瓶詰めして名前を書いていてくれた。
「やっぱり素敵だわ。何をやっても素敵だわ、ナリア様」
 リゼットがジャムを煮ながらボーっとしているので、セリーヌがリゼットに大声で注意をした。
「リゼット、火が強いわ!」
 すると、リゼットは我に返って、焦って炎を出している薪を抜いた。
 ジャムを確認すると、まだ焦げてはいなかったがだいぶとろみがついてきている。これを、もう一つの焚火で沸かした湯に入れて煮沸した瓶に詰める。ナリアが書いたラベルに糊付けをして瓶に貼り、逆さにしたまま持ち歩けばよい。
「ナリアさんのラベル、素敵ですね」
 作業を終えてジュースになった状態のブドウを運びながら、セリーヌがナリアの手元を見た。セリーヌの手はブドウの黒で染まってしまっていて、きれいな指が台無しだった。しかし本人はそのようなことを気にしていなかった。きっと、今まで生物学を研究している中でこういうことが何度もあったのだろう。
「ナリアさんはなんでもおできになるんですね。羨ましい」
 セリーヌがそう言ってリゼットにジュースを渡す。リゼットはそれを受け取って鍋の中に入れた。ナリアからもらった砂糖を入れてかまどにかける。ナリアは、その様子を見て、寂しそうに笑った。
「私にも、苦手なことはあるのですよ」
 ナリアのそう言った顔は珍しいものだった。少なくとも、ゼンテイカ一家の者からすれば。いままで屈託のない笑みを向けてくれていたナリアの寂しい顔。彼女も完璧ではない。そう思えてきて、リゼットとセリーヌはナリアにそれ以上のことを訊ねるのはやめた。
「この地は、優しい水と称します。しかし、この土地は遥か昔、地球と呼ばれていました。その地球は、もう一つあるのです」
 ナリアは、誰にともなくそう話した。
「もう一つの大地には、もう一人の私がいます。そして、そのもう一人の私は、私にできることができない代わりに、私にできないことができる。私も、もう一人の私も、完璧ではない。完璧な人間など存在しないのです」
 それは、衝撃的な話だった。この大地がもう一つあり、もう一人の自分がいる。その話をしているのがジャンヌやリゼットだったら、誰もそれを信じなかっただろう。しかし、その話はナリアが話していた。だれもが、もう一つの大地の存在を信じなければならなくなった。
「もう一つの大地、もう一つの自分?」
 薪集めから帰ってきたジャンヌが、エリクに聞いた。クロヴィスはそれを聞いて考え込んでいる。
「ナリアさんが?」
 リゼットとエリクが首を大きく振って頷く。誰も信じてくれないだろう。ナリアの言っていることはまるで夢物語だった。
 ジャンヌは、エリクたちからその話を聞いて、にわかには信じがたいことだと思った。
「ちょっと頭に入ってこないな。ナリアさん本当にそんなこと言ったの?」
「うん」
 自分でも半分は信じられないのか、エリクは自信なさそうにしていた。リゼットは、そんなエリクを小突いた。
「ナリア様が嘘つくわけないでしょ! とはいえ私もびっくりはしたわ」
リゼットは、鍋の中のジャムをかき回している。クロヴィスは、まだ考え事をしていた。セリーヌも、何かを考えているのか、じっと同じ場所を見つめていた。
「今思えば思い当たるところは節々にあるんだ」
 クロヴィスが、考えるのをやめて、ナリアに問いかけた。
「ナリアさん、この国をめぐってみてわかったんだが、ここは不自然な起伏が多い。きれいな円形の湖もあれば、えぐられた跡にできた丘のようなものもある。いったい、ここで何が起きたんだ?」
 すると、ナリアは表情を暗くして、答えた。
「そのことはいずれあなた方にも分かることでしょう。いま、その出来事の名前を出しても皆さんにはピンと来ないかもしれませんから」
「でも!」
 リゼットが立ち上がって、ナリアに抗議をした。しかし、セリーヌがその肩を押して、ゆっくりとその場に座らせた。
「いいのよ、リゼット。これはナリアさんにできる、精いっぱいの、私たちへの贈り物なのだから。この大地が二つあって、自分ももう一人いて、そして、この大地にはこうなる前に何かがあった。それだけわかれば十分、私たちは、私たちの住んでいるこの土地のことを知ったことになるわ」
「そ、そうね」
 まだ少し納得いかないことがあるのか、リゼットが不安そうにしていると、その肩をクロヴィスが叩いた。そして、ナリアに、今日の最後の問いかけをした。
「ひとつ、答えてくれ、ナリアさん。あなたは一体何者なんだ?」
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