30 / 147
第五章 ブドウに宿る記憶
優しい水
しおりを挟む
リゼットは、皆が採ってきたブドウの量を見て、あんぐりと口を開けた。驚きのあまり声も出なかった。人一人が入るような大きい袋が三つ、一杯になっていた。
「こんなに森にあったかしら?」
すると、にこにこと笑っていたナリアが、きれいな瓶をいくつも自分の荷物の中から出した。
「どうせ売るのならたくさんあったほうがいいでしょう。リゼット、あなたの所からはとてもいい香りがします。そのジャムなら確実に売れるでしょう。それに」
ナリアが、他のメンバーを見る。ジャンヌやクロヴィス、それにエリクも、何かに期待した目をしている。
「リゼット、僕らが食べる分も欲しいよ。一人一つとまではいわないから」
エリクはもの欲しそうだ。考えていることがすぐに顔に出る。リゼットは、それを見て思わず笑ってしまった。
「いいわよ。ここにいる全員の分を作って、さらに売る分も作ってもあまりそうな量だもの。でも、そのためにはみんな、手伝ってもらうわよ!」
リゼットが張り切ると、皆は賛成して、手分けをして作業することになった。ブドウを潰し、皮を取り除く係はエリクとセリーヌ、火を起こす薪を集めに行ったり、今日の夕食の得物を捕りに行ったりするのはクロヴィスとジャンヌだった。ナリアはできたジャムをひたすら瓶詰めして名前を書いていてくれた。
「やっぱり素敵だわ。何をやっても素敵だわ、ナリア様」
リゼットがジャムを煮ながらボーっとしているので、セリーヌがリゼットに大声で注意をした。
「リゼット、火が強いわ!」
すると、リゼットは我に返って、焦って炎を出している薪を抜いた。
ジャムを確認すると、まだ焦げてはいなかったがだいぶとろみがついてきている。これを、もう一つの焚火で沸かした湯に入れて煮沸した瓶に詰める。ナリアが書いたラベルに糊付けをして瓶に貼り、逆さにしたまま持ち歩けばよい。
「ナリアさんのラベル、素敵ですね」
作業を終えてジュースになった状態のブドウを運びながら、セリーヌがナリアの手元を見た。セリーヌの手はブドウの黒で染まってしまっていて、きれいな指が台無しだった。しかし本人はそのようなことを気にしていなかった。きっと、今まで生物学を研究している中でこういうことが何度もあったのだろう。
「ナリアさんはなんでもおできになるんですね。羨ましい」
セリーヌがそう言ってリゼットにジュースを渡す。リゼットはそれを受け取って鍋の中に入れた。ナリアからもらった砂糖を入れてかまどにかける。ナリアは、その様子を見て、寂しそうに笑った。
「私にも、苦手なことはあるのですよ」
ナリアのそう言った顔は珍しいものだった。少なくとも、ゼンテイカ一家の者からすれば。いままで屈託のない笑みを向けてくれていたナリアの寂しい顔。彼女も完璧ではない。そう思えてきて、リゼットとセリーヌはナリアにそれ以上のことを訊ねるのはやめた。
「この地は、優しい水と称します。しかし、この土地は遥か昔、地球と呼ばれていました。その地球は、もう一つあるのです」
ナリアは、誰にともなくそう話した。
「もう一つの大地には、もう一人の私がいます。そして、そのもう一人の私は、私にできることができない代わりに、私にできないことができる。私も、もう一人の私も、完璧ではない。完璧な人間など存在しないのです」
それは、衝撃的な話だった。この大地がもう一つあり、もう一人の自分がいる。その話をしているのがジャンヌやリゼットだったら、誰もそれを信じなかっただろう。しかし、その話はナリアが話していた。だれもが、もう一つの大地の存在を信じなければならなくなった。
「もう一つの大地、もう一つの自分?」
薪集めから帰ってきたジャンヌが、エリクに聞いた。クロヴィスはそれを聞いて考え込んでいる。
「ナリアさんが?」
リゼットとエリクが首を大きく振って頷く。誰も信じてくれないだろう。ナリアの言っていることはまるで夢物語だった。
ジャンヌは、エリクたちからその話を聞いて、にわかには信じがたいことだと思った。
「ちょっと頭に入ってこないな。ナリアさん本当にそんなこと言ったの?」
「うん」
自分でも半分は信じられないのか、エリクは自信なさそうにしていた。リゼットは、そんなエリクを小突いた。
「ナリア様が嘘つくわけないでしょ! とはいえ私もびっくりはしたわ」
リゼットは、鍋の中のジャムをかき回している。クロヴィスは、まだ考え事をしていた。セリーヌも、何かを考えているのか、じっと同じ場所を見つめていた。
「今思えば思い当たるところは節々にあるんだ」
クロヴィスが、考えるのをやめて、ナリアに問いかけた。
「ナリアさん、この国をめぐってみてわかったんだが、ここは不自然な起伏が多い。きれいな円形の湖もあれば、えぐられた跡にできた丘のようなものもある。いったい、ここで何が起きたんだ?」
すると、ナリアは表情を暗くして、答えた。
「そのことはいずれあなた方にも分かることでしょう。いま、その出来事の名前を出しても皆さんにはピンと来ないかもしれませんから」
「でも!」
リゼットが立ち上がって、ナリアに抗議をした。しかし、セリーヌがその肩を押して、ゆっくりとその場に座らせた。
「いいのよ、リゼット。これはナリアさんにできる、精いっぱいの、私たちへの贈り物なのだから。この大地が二つあって、自分ももう一人いて、そして、この大地にはこうなる前に何かがあった。それだけわかれば十分、私たちは、私たちの住んでいるこの土地のことを知ったことになるわ」
「そ、そうね」
まだ少し納得いかないことがあるのか、リゼットが不安そうにしていると、その肩をクロヴィスが叩いた。そして、ナリアに、今日の最後の問いかけをした。
「ひとつ、答えてくれ、ナリアさん。あなたは一体何者なんだ?」
「こんなに森にあったかしら?」
すると、にこにこと笑っていたナリアが、きれいな瓶をいくつも自分の荷物の中から出した。
「どうせ売るのならたくさんあったほうがいいでしょう。リゼット、あなたの所からはとてもいい香りがします。そのジャムなら確実に売れるでしょう。それに」
ナリアが、他のメンバーを見る。ジャンヌやクロヴィス、それにエリクも、何かに期待した目をしている。
「リゼット、僕らが食べる分も欲しいよ。一人一つとまではいわないから」
エリクはもの欲しそうだ。考えていることがすぐに顔に出る。リゼットは、それを見て思わず笑ってしまった。
「いいわよ。ここにいる全員の分を作って、さらに売る分も作ってもあまりそうな量だもの。でも、そのためにはみんな、手伝ってもらうわよ!」
リゼットが張り切ると、皆は賛成して、手分けをして作業することになった。ブドウを潰し、皮を取り除く係はエリクとセリーヌ、火を起こす薪を集めに行ったり、今日の夕食の得物を捕りに行ったりするのはクロヴィスとジャンヌだった。ナリアはできたジャムをひたすら瓶詰めして名前を書いていてくれた。
「やっぱり素敵だわ。何をやっても素敵だわ、ナリア様」
リゼットがジャムを煮ながらボーっとしているので、セリーヌがリゼットに大声で注意をした。
「リゼット、火が強いわ!」
すると、リゼットは我に返って、焦って炎を出している薪を抜いた。
ジャムを確認すると、まだ焦げてはいなかったがだいぶとろみがついてきている。これを、もう一つの焚火で沸かした湯に入れて煮沸した瓶に詰める。ナリアが書いたラベルに糊付けをして瓶に貼り、逆さにしたまま持ち歩けばよい。
「ナリアさんのラベル、素敵ですね」
作業を終えてジュースになった状態のブドウを運びながら、セリーヌがナリアの手元を見た。セリーヌの手はブドウの黒で染まってしまっていて、きれいな指が台無しだった。しかし本人はそのようなことを気にしていなかった。きっと、今まで生物学を研究している中でこういうことが何度もあったのだろう。
「ナリアさんはなんでもおできになるんですね。羨ましい」
セリーヌがそう言ってリゼットにジュースを渡す。リゼットはそれを受け取って鍋の中に入れた。ナリアからもらった砂糖を入れてかまどにかける。ナリアは、その様子を見て、寂しそうに笑った。
「私にも、苦手なことはあるのですよ」
ナリアのそう言った顔は珍しいものだった。少なくとも、ゼンテイカ一家の者からすれば。いままで屈託のない笑みを向けてくれていたナリアの寂しい顔。彼女も完璧ではない。そう思えてきて、リゼットとセリーヌはナリアにそれ以上のことを訊ねるのはやめた。
「この地は、優しい水と称します。しかし、この土地は遥か昔、地球と呼ばれていました。その地球は、もう一つあるのです」
ナリアは、誰にともなくそう話した。
「もう一つの大地には、もう一人の私がいます。そして、そのもう一人の私は、私にできることができない代わりに、私にできないことができる。私も、もう一人の私も、完璧ではない。完璧な人間など存在しないのです」
それは、衝撃的な話だった。この大地がもう一つあり、もう一人の自分がいる。その話をしているのがジャンヌやリゼットだったら、誰もそれを信じなかっただろう。しかし、その話はナリアが話していた。だれもが、もう一つの大地の存在を信じなければならなくなった。
「もう一つの大地、もう一つの自分?」
薪集めから帰ってきたジャンヌが、エリクに聞いた。クロヴィスはそれを聞いて考え込んでいる。
「ナリアさんが?」
リゼットとエリクが首を大きく振って頷く。誰も信じてくれないだろう。ナリアの言っていることはまるで夢物語だった。
ジャンヌは、エリクたちからその話を聞いて、にわかには信じがたいことだと思った。
「ちょっと頭に入ってこないな。ナリアさん本当にそんなこと言ったの?」
「うん」
自分でも半分は信じられないのか、エリクは自信なさそうにしていた。リゼットは、そんなエリクを小突いた。
「ナリア様が嘘つくわけないでしょ! とはいえ私もびっくりはしたわ」
リゼットは、鍋の中のジャムをかき回している。クロヴィスは、まだ考え事をしていた。セリーヌも、何かを考えているのか、じっと同じ場所を見つめていた。
「今思えば思い当たるところは節々にあるんだ」
クロヴィスが、考えるのをやめて、ナリアに問いかけた。
「ナリアさん、この国をめぐってみてわかったんだが、ここは不自然な起伏が多い。きれいな円形の湖もあれば、えぐられた跡にできた丘のようなものもある。いったい、ここで何が起きたんだ?」
すると、ナリアは表情を暗くして、答えた。
「そのことはいずれあなた方にも分かることでしょう。いま、その出来事の名前を出しても皆さんにはピンと来ないかもしれませんから」
「でも!」
リゼットが立ち上がって、ナリアに抗議をした。しかし、セリーヌがその肩を押して、ゆっくりとその場に座らせた。
「いいのよ、リゼット。これはナリアさんにできる、精いっぱいの、私たちへの贈り物なのだから。この大地が二つあって、自分ももう一人いて、そして、この大地にはこうなる前に何かがあった。それだけわかれば十分、私たちは、私たちの住んでいるこの土地のことを知ったことになるわ」
「そ、そうね」
まだ少し納得いかないことがあるのか、リゼットが不安そうにしていると、その肩をクロヴィスが叩いた。そして、ナリアに、今日の最後の問いかけをした。
「ひとつ、答えてくれ、ナリアさん。あなたは一体何者なんだ?」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~
aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」
勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......?
お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
未来の地球と辺境の星から 趣味のコスプレのせいで帝のお妃候補になりました。初めての恋でどうしたら良いのか分かりません!
西野歌夏
ファンタジー
恋を知らない奇妙で野暮な忍び女子#
仕事:奉行所勤め#
今まで彼氏なし#
恋に興味なし#
趣味:コスプレ#
ー時は数億年先の地球ー
そんな主人公が問題を起こし、陰謀に巻き込まれ、成り行きで帝のお妃候補になる話。
帝に愛されるも、辺境の星から、過去の地球から、あちこちから刺客が送り込まれて騒ぎになる話。
数億年前の地球の「中世ヨーロッパ」の伯爵家を起点とする秘密のゲームに参加したら、代々続く由緒正しい地主だった実家に、ある縁談が持ち込まれた。父上が私の嫁入りの話を持ってきたのだ。23歳の忍びの私は帝のお妃候補になってしまった。プテラノドン、レエリナサウラ、ミクロラプトルなどと共存する忍びの国で、二つの秘密結社の陰謀に巻き込まれることになる。
帝と力を合わせて事件を切り抜けて行くうちに、帝に愛され、私は帝にとってなくてはならない存在にー
美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます
今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。
アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて……
表紙 チルヲさん
出てくる料理は架空のものです
造語もあります11/9
参考にしている本
中世ヨーロッパの農村の生活
中世ヨーロッパを生きる
中世ヨーロッパの都市の生活
中世ヨーロッパの暮らし
中世ヨーロッパのレシピ
wikipediaなど
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる