真珠を噛む竜

るりさん

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第四章 ニッコウキスゲ

高原へ

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第四章 ニッコウキスゲ


街道沿いの宿場町を出てすぐの平原で、エリクとジャンヌはそれぞれ、新しく手に入れた道具の使い方をクロヴィスに教わっていた。
 クロヴィスは、二人が形だけでもなんとかなるまで根気よく教えてくれた。一日もすると、エリクは弓で矢を射ることができるようになってきた。まだ、狙った場所に当てることはできないが、とりあえず飛ばすことはできるようになった。ジャンヌはもともとナイフを使っていたせいか、呑み込みが早かった。しかし、持ち方や投げ方ができても、目標にうまく当てられない。それが課題だった。
 弓矢や投げナイフの練習をしながらの旅は長く、あれこれやっているうちに、次の目的地に着くのに一週間もかかってしまった。
 緩やかな坂道をいくつも昇って、くねくねした山道を歩いていくと、いろんな動物に出会った。もちろんその動物で狩りをしてもいいのだが、山道には急斜面も多く、いったん道を見失ったら危険なほど迷いやすい。ここで初心者が狩りをするのは危険だった。
「ここは俺が狩りをする。もう少しで山を抜けるはずだから、そうしたら目的地だ」
 そう言って、クロヴィスは狩りに出かけていってしまった。残された三人は、昼食の用意をするために街道の端にある笹の近くで茣蓙を敷いた。フレデリクから荷物を降ろし、休ませる。そうこうしているうちに、クロヴィスがウサギを二羽、捕まえて、絞めて戻ってきた。皮をはぎ、肉をばらす手つきは並のものではなかった。
「高原に着いたら、狩ってはいけない動物もいるし、摘んでも取ってもいけない植物もある。その地域の取り決めで、保護されているんだ。気を付けていくんだぞ」
 クロヴィスは、そう言いながらウサギの肉を焼いた。塩と胡椒を振りかけると、より良い香りがする。焼いている途中で、荷物袋から出したセージの葉をちぎって肉にかけ、それが引っ付くと、ワインをかけた。すると、ウサギ肉から非常にいい香りがしてきて、三人はいい気分になってきた。
 肉が出来上がると、四人は譲り合ってそれを食べた。
 昼食が終わると、さっそく山道を抜けるための準備が始まった。フレデリクに荷物を持たせると、それぞれ狩りの道具と貴重品を持った。身軽な格好でないと、この坂は抜けられなかった。
 山道を過ぎると、急に道が平たんになり、視界が開けた。
 目の前には濃い緑の草原が広がり、そこら中に白樺の木が立っていた。街道沿いにはきれいな白い花とオレンジ色の百合のような花が咲き乱れていた。
「ニッコウキスゲだ。もうそんな時期か」
 クロヴィスがそう言うと、エリクはクロヴィスをじっと見て、首を傾げた。
「ニッコウキスゲ?」
「ああ、あの花のことだ。高山植物で、この時期になると群生する。貴重な花だよ。皆、絶対摘むんじゃないぞ」
「分かっているわよ」
 リゼットが、そう言って手をひらひらさせる。
「花小人の私が花を知らないなんてことになったら、笑いものだわ」
「もっともね」
 ジャンヌは、そう言うと草原の空気を吸った。
「それにしても、空気がきれいだなあ。カッコウの声でも聞こえてきそう。もっとも、聞いたことはないんだけどね」
 すると、突然カッコウが泣き始めた。だが二人は気が付いていなかった。カッコウの声がどういうものかを知らなかったからだ。
「おい二人とも、あれがカッコウだぞ」
 クロヴィスに指摘されて、二人はびっくりした。互いに目を見合わせると、今度は喜び始めた。
「カッコウだって! あれカッコウ!」
 二人は大はしゃぎで、道の上をぴょんぴょんと跳ね回った。
 しかし、それもクロヴィスにあっという間に止められてしまった。
「おい、もうよせ!」
 急いで二人のもとへ寄っていったクロヴィスが、リゼットたちがはしゃぎまわっていたあたりを調べる。クロヴィスはため息をついて、女子二人を見た。
「どうしたの、クロヴィス?」
 走って寄ってきたエリクが、クロヴィスが地面についている手の下を見た。すると、あっと声を上げて女子二人を見た。
「リゼット、ジャンヌ、嬉しいのは分かるけど、花をいじめちゃだめだよ」
クロヴィスが、立ち上がって、頭を抱える。手の下にあった小さなピンクの花は、元に戻っていた。
「幸い、大事には至らなかった。これは高原植物の中でも保護植物に指定されている花だ。ただの花でも踏むのはかわいそうだが、これはよくない。気をつけろよ」
 はしゃぎすぎていた二人は、青ざめた顔をして頷いた。
 一行はそのまま道を南へ進んだ。するっと、道すがらに一軒の家を見つけた。その家を見ると、二階から外を覗く女性が目に入った。長いプラチナブロンドが印象的だった。女性はこちらを見ると。にこりと笑って手を振ってくれた。
「ねえ、そういえばさ」
 家を少し過ぎたあたりで、ジャンヌがふと、皆に話しかけてきた。
「あたしたち、姓がないよね」
「姓?」
 リゼットが問い返すと、ジャンヌはみんなを一人ひとり、見渡した。
「うん。家族なのに、家族の名前がないんだよね。屋号っていうの? なになに家、みたいなの」
「あ、それ素敵だね!」
 エリクが、目を輝かせた。
「それがあれば、僕たちもっと分かりやすくなる。それに、離れ離れになったときに探しやすくもなるよ。姓、付けようよ」
「そうねえ、じゃあ、何がいいかしら? ロングフィールドとか、マウンテンマウスとか」
「何それ。なにその既視感?」
 そう言って、ジャンヌが笑った。
 そんなジャンヌの肩に、クロヴィスが手を当てる。
「ロングフィールドはいいんじゃないか? ノース・オーシャン・ロードよりかは短い」
「ノース・オーシャン・ロード。ぷぷぷ」
 ジャンヌは今にも吹き出しそうだった。高原でその名前が出るのがおかしかったからだ。
「面白い名前ばかりだね。僕は、名前はそんなに悩まなくてもすぐ決まると思う。だって、フレデリクの時もそうだったでしょ」
「まあ、そうだけど、でも、色々案を出したほうが楽しくない?」
 リゼットがそう言うと、そのリゼットの背を、クロヴィスが押した。
「お前たちが喧嘩をしなきゃ、楽しいだろうよ」
 そう言われて、リゼットとジャンヌはクロヴィスに食って掛かった。
「最近喧嘩してないもん!」
 そんな話をしながら、結局いろいろな案を出し合って進む一行を、先程の女性は羨ましそうに見ていた。そして、二階の窓からすっと体をひっこめると、階下へ降りていって、自分でお茶を淹れて飲んだ。
「家族か、羨ましい」
 そう、一言言って、女性は外に出た。そして、外に出かける支度をすると、家のドアにしっかりと鍵をかけた。そして、背中まである長い金の髪を揺らすと、一行の後を追った。空は、きれいに晴れていた。


 街道を南に行くと、そこにはいくつかの土産屋や観光案内所が立ち並ぶ街があった。その街に着くと、リゼットは宿探しを始めた。
「クロヴィスは毛皮と干し肉を売ってきてね。エリクとジャンヌは、この観光案内所で、観光スポットを聞いてきてちょうだい。私たちは旅行中の家族なんだから、観光もしないともったいないでしょ。旅行中なんだから」
 そう急ぐ旅ではない。みんなそれは知っていたので、この旅を楽しむ目的も忘れてはいなかった。家族として皆がどうあるか。それも課題の一つだったからだ。
 リゼットは常にそのことを気にしていた。ただ一緒に旅するだけならただの仲間だ。だが、リゼットたちは違う。家族なのだ。
 それぞれが、それぞれの役割のために散っていくと、エリクはジャンヌとともに観光案内所に足を運んだ。そこには強面の案内人がいて、こちらをじっと見ていたので、エリクはつい、引いてしまった。
「あの、ここの観光案内をお願いしたいんですが」
 エリクが話しかけると、その強面の案内人は、にこりと笑って応えてくれた。
「ようこそ! いやあ、この案内所には誰も来ないので困っていたところですよ。皆さん案内なしでガイドブックだけ持って行ってしまうので、穴場を教えてあげられなくて。私の顔がいけないらしいんですけどね」
「たしかに、あなたは顔は怖いです」
 エリクは、そう言って笑った。案内人ががっくり来るのが目に見えて、ジャンヌはエリクを止めようとした。
「ちょっと、エリク、あんたなんてこと言うのよ! この人いい人じゃない」
「うん、だから、いい人だって言おうと思ったんだ。穴場を教えてくれるって。ジャンヌ、この人なら大丈夫だよ。案内をお願いしよう」
 エリクが案内を再びお願いすると、案内人の男性は嬉しそうに地図を取り出して、一般的なガイドブックと照らし合わせた。そして、ガイドブックには載っていないが地図には載っている、ある場所を指さした。
「ここには白樺の林とちょっとした泉がありましてね、その泉には、天気がよければ二重の虹がかかるんです。水もきれいで、飲めるんですよ。容器を持ってきて持って帰れば、数日間は水には困りません。白樺の林の下にはニッコウキスゲが咲いていましてね。それは美しいんですよ。今の時期見ごろじゃないですかね。林の中には入れませんが、周囲に遊歩道があるので、歩いてみてください。ここからだとちょうど二十分ほど歩けば行けますよ。町を抜けてしまいますが、整備された場所なので大丈夫です」
 案内人の説明が終わると、ジャンヌが急に不安そうな顔をした。
「どうしたの、ジャンヌ?」
 エリクが尋ねると、ジャンヌは震える声でこう言った。
「おじさん、そこ、クマは出ないですよね」
 すると、案内人は大きな声で笑って、こう言った。
「出ないですよ、きっとね!」

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